一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『海辺の生と死』  ……満島ひかりについて知ることのすべて……

2017年09月29日 | 映画


文学好きな人なら、
島尾敏雄の私小説『死の棘』を、
一度くらいは読んだことがあるのではないだろうか?


【島尾敏雄】作家
1917年(大正6年)4月18日、神奈川県横浜市に生まれる。
九大卒。
1944(昭和19)年、第18震洋隊(特攻隊)の指揮官として奄美群島加計呂麻島に赴く。
1945年8月13日に発動命令が下るが、発進命令がないままに15日の敗戦を迎える。
1948年、『単独旅行者』を刊行し、新進作家として注目を集める。
以後、私小説的方法によりながらも、
日本的リアリズムを超えた独自の作風を示す多くの名作を発表。
代表作に『死の棘』(日本文学大賞・読売文学賞・芸術選奨)、
『魚雷艇学生』(野間文芸賞・川端康成文学賞)などがある。
1986年(昭和61年)11月12日鹿児島県鹿児島市にて死去。(享年69歳)
妻は同じく作家の島尾ミホ。
長男は写真家の島尾伸三で、
漫画家のしまおまほは孫にあたる。


『死の棘』
思いやりの深かった妻が、
夫の“情事”のために突然神経に異常をきたす。
狂気のとりことなって憑かれたように夫の過去をあばきたてる妻。
ひたすら詫び、許しを求める夫。
日常の平穏な刻は止まり、現実は砕け散る。
妻の、果てしない狂乱。
ぎりきりまで追いつめられる夫。
夫婦の絆とは何か……
愛とは何か……
を、底の底まで見据えた凄絶な人間記録。


『死の棘』は、
小栗康平によって映画化され、
第43回カンヌ国際映画祭にて、審査員グランプリを受賞しているので、
映画で『死の棘』の存在を知った人も多いことだろう。


この『死の棘』の主人公である、
島尾ミホと島尾敏雄の、
出逢いから二人が結ばれるまでの時間を描いたのが、
本日紹介する映画『海辺の生と死』である。
主演は、私の大好きな満島ひかり。
今年(2017年)の7月29日に公開された作品であるが、
佐賀(シアターシエマ)では2ヶ月遅れの9月中旬から公開されており、
先日、やっと見ることができたのだった。



昭和19年(1944年)12月、
奄美 カゲロウ島(加計呂麻島がモデル)。
国民学校教員として働く大平トエ(満島ひかり)は、


新しく駐屯してきた海軍特攻艇の隊長・朔中尉(永山絢斗)と出会う。


朔が兵隊の教育用に本を借りたいと言ってきたことから知り合い、
互いに好意を抱き合う。


島の子供たちに慕われ、軍歌よりも島唄を歌いたがる軍人らしくない朔に、
トエは惹かれていく。


ある日、トエは朔から
「今夜9時頃浜辺に来て下さい」
と記された一通の手紙を受け取る。
その手紙をきっかけに、
トエは朔と逢瀬を重ねるようになる。


しかし、時の経過と共に敵襲は激しくなり、
沖縄は陥落、広島に新型爆弾が落とされる。
そして、ついに朔が出撃する日がやってきた。
母の遺品の喪服を着て、短刀を胸に抱いたトエは家を飛び出し、
いつもの浜辺へと無我夢中で駆けるのだった……




上映中、作品を盛り上げるような音楽は流れない。
波の音と、静寂のみ。
時折、登場人物が歌う島唄が聴こえてくるが、
音の調べはそれだけである。


だから、
島尾敏雄のことも、島尾ミホのことも知らず、
『死の棘』をはじめとする二人の著作も読んだことがなく、
主演の満島ひかりにも関心がなく、
受け身の映画鑑賞しかしてこなかった人にとっては、
この静寂には耐えられないかもしれない。
苦痛の155分になるかもしれない。
事実、「Yahoo!映画」のレビューなど読むと、
そんな批評が少なからずあった。
だが、私にとっては、
一瞬たりとも満島ひかりから目が離せず、
彼女のすべてを感じ取れた2時間35分であった。


満島ひかりの演技は、
島尾ミホが乗り移っているかのようであった。
沖縄出身の満島ひかりだが、
祖母が奄美の生まれで、自身のルーツは奄美大島にあるという。
その所為もあるのだろう、
島尾ミホの顔とどことなく似ている。
目が大きく、南国の島の女性によく見られる特徴のある顔立ちをしている。



妻は夫が奄美の加計呂麻島に、特攻基地の隊長であったときの島の少女であった。その位相はニライ神をむかえる巫女のようだ。また島に君臨する最高支配者をむかえる島の上層の神女のようだった。(昭和50年『吉本隆明全著作集9 作家論Ⅲ』所収「〈家族〉」より)

夫は故郷の島を守るために海の彼方ヤマトから渡って来た荒ぶる神であり、稀人である。それ故にユカリッチュの家に生まれ、老いた両親のもと珠のように可愛がられ、島人から唯ひとり「カナ」とまぶしく呼ばれ、ノロ信仰の島を治める巫女の血を引く、この誇り高い島の長の娘が、島人の心を代表して、ニカラカナイの神、稀人の妻として仕えた。(『群像』昭和52年1月号 奥野健男「『死の棘』論――極限状況と持続の文学――」より)



吉本隆明と奥野健男がミホに負わせた、
高貴な血を引く南島の巫女というイメージそのままに、
満島ひかりは、島尾ミホを完璧に演じている。
映画の中の、
海軍特攻艇の隊長・朔中尉と、国民学校教員として働く大平トエの恋は、
さながら、外来の神と、それを迎える巫女の、神聖な儀式のようですらあった。


隊長・朔中尉が出撃する日、
出撃を見届けて、己も自決しようと、
水垢離(みずごり)をし、母の遺品の喪服を着て、短刀を胸に抱き、


いつもの浜辺へと向かうのだが、
その水垢離のシーンで、満島ひかりは、躊躇なく裸体を晒している。
初めて見る彼女の裸身であるが、
その薄い肉体が、
狂気を聖なるものに浄化する役目を果たしているように感じた。
一瞬の微笑は、すべての感情が昇華された、安らぎのようなものであったかもしれない。


映画『海辺の生と死』を見て、
いつの日か、満島ひかりが主演する『死の棘』も見てみたいなと思った。
小栗康平監督作の松坂慶子とは違ったミホ像を見せてくれるのではないかと思った。


とにもかくにも、今後も満島ひかりから目が離せない。
とりあえずは、
10月17日から始まる小泉今日子主演のTVドラマ『監獄のお姫さま』(TBS系)に出演しているようなので、こちらを楽しもうと思っている。
『監獄のお姫さま』は、脚本が宮藤官九郎で、
主題歌を(引退を発表した)安室奈美恵が担当している。
そういう意味でも注目のドラマになっている。


映画『海辺の生と死』は、
7月に上映が始まった作品であるが、
これから上映予定の映画館も多数あるようなので、
機会がありましたら、ぜひぜひ。
現時点での、満島ひかりのすべてを見せてくれる作品だと思う。

この記事についてブログを書く
« 映画『奥田民生になりたいボ... | トップ | 八幡岳 ……タヌキマメ、ナン... »