一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『四十九日のレシピ』…永作博美・二階堂ふみ・荻野友里の好演が光る傑作…

2013年11月29日 | 映画
昨年(2012年)の私の邦画ベストテンは、

①ヘルタースケルター
②ヒミズ
③ふがいない僕は空を見た
④鍵泥棒のメソッド
⑤夢売るふたり
⑥終の信託
⑦ALWAYS 三丁目の夕日'64
⑧この空の花・長岡花火物語
⑨あなたへ
⑩僕達急行A列車で行こう


であった。
このとき、私は、
タナダユキ監督作品『ふがいない僕は空を見た』を第3位に挙げ、
高く評価している。
次作を楽しみに待っていたのだが、
早くもタナダユキ監督の新作『四十九日のレシピ』が前作から1年後に公開された。
キャストを見てみると、
永作博美、石橋蓮司、二階堂ふみなど、
私の好きな俳優が出演している。
時間を作って、映画館へ駆けつけた。

熱田良平(石橋蓮司)が急に妻の乙美を亡くして2週間が過ぎたころ、
突然、派手なファッションの‟イモ”こと井本幸恵(二階堂ふみ)が熱田家を訪問し、
亡き妻から四十九日を無事に迎えるためのレシピを預かっていると言う。
彼女の存在に良平は目を白黒させる。
一方、夫(原田泰造)の不倫により、
判を押した離婚届と結婚指輪を残して、自宅を出る百合子(永作博美)。
気持ちが沈んだまま実家に着いた彼女は、
父・良平とイモが一緒にいる様子を見て面喰う。


事情を訊いてみると、
イモは、依存症の少女たちの更生施設でボランティアをしていた乙美の元生徒だったとのこと。
乙美から、
「自分が死んだら良平と百合子を手伝って、みんなが楽しく飲み食いする“四十九日の大宴会”をしてほしい」と頼まれていたと言うのだ。
「やるぞ、四十九日の大宴会!」
百合子と自分自身を励ますように宣言する良平。
イモは、助っ人に日系ブラジル人のハル(岡田将生)を連れてくる。
乙美がパートをしていた自動車工場で働いていた青年だ。


こうして、乙美のレシピ通りに家を整理して準備を始めたものの、
大宴会で何をしたらいいのかわからない。
百合子は乙美の“人生の年表”を作って貼り出すことを提案。
だが、出来た年表は空白だらけ。
四十九日まであと少し。
良平と百合子は、乙美の人生を辿り始めるが……


タナダユキ監督作品は、
『ふがいない僕は空を見た』のときにも感じたことなんだけれど、
いろんなことを詰め込み過ぎて、ややまとまりに欠ける部分はあるものの、
それらを「小さいこと」と思わせるほどのパワーを持っている。
いつの間にか見る者を「感動へともっていく」力強さがある。
これは、映画監督として、特に優れた資質であり、
選ばれた者だけが持ち得る稀有な資質であると思う。
本作『四十九日のレシピ』でも、それは変わらなかった。

タナダユキ監督は、ある所で、こう語っている。

最初にこの映画を作ろうと思ったときに、"助けたり助けられたり"という人間関係は必ずしも家族じゃなくても成り立つのではないか、という考え方を大事にして作ろうと思いました。本作で描かれているハルやイモなどは、一瞬だけ目の前に現れて人生をかき回して帰っていくだけのキャラクターかもしれない。でも、血のつながった家族だから全てを分かり合えるわけでもないし、世の中には色々な人との関わり方があると思う。この映画が2013年に世の中に出る意味はそこにあるような気がします。

それを受けて、ある映画評論家が、
「東日本大震災を経て、日本人は逆に家族至上主義へと回帰したのであり、血のつながりを求めるようになったのである。だから、2013年らしい映画をというのなら目指す方向が正反対である」
というようなトンチンカンな発言をしていたが、
だからこそ、
それを解ったうえで、
「人間関係は必ずしも家族じゃなくても成り立つのではないか?」
と、タナダユキ監督は問題提起しているのである。
そして、映画をよく見てみれば解ることだが、
血のつながりの大切さ、大事さも、しっかり描いている。
さすがタナダユキ監督と思わせる一作であった。

百合子役の永作博美。
『八日目の蝉』(2011年)での素晴らしい演技が強く印象に残っており、
本作も期待して見に行った。
感情表現が難しい役であったが、
期待に違わぬ演技で、物語世界へ見る者を連れ去ってくれた。
いまや、日本映画界が誇る実力派女優になった感があり、
これからが大いに楽しみ。
次作に、2014年冬公開予定の、
『さいはてにて-かけがえのない場所-』(チアン・ショウチョン監督)
が控えているが、
日本初の世界農業遺産に登録された能登半島でオールロケを行い、
三大映画祭やアジア全域での公開に向けて製作しているとのことなので、
期待しつつ待ちたいと思う。


百合子の父・熱田良平役の石橋蓮司。
『今度は愛妻家』(2009年)でのオカマ役が強烈に印象に残っているが、
その他にも、『大鹿村騒動記』(2011年)や『北のカナリアたち』(2012年)などで、
存在感をしめす演技をしている。
岸部一徳と共に、
現在の邦画界に欠かせない男優である。
かつてはヤクザや犯罪者などの役が多く、
怖い人……というイメージであったが、
本作では、その部分も多少残しつつも、
やや情けない父親を、ユーモラスに演じていた。


‟イモ”こと井本幸恵役の二階堂ふみ。
ヴェネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(最優秀新人俳優賞)を受賞した、
園子温監督作品『ヒミズ』(2011年)以来、
ずっと注目している女優であるが、
本作でも素晴らしい演技をしている。
突飛さがあり、現実にはありえないような役柄なのであるが、
彼女が演じるとリアル感があり、
なくてはならない存在に思わされる。
『脳男』(2013年)でやや失速したが、本作で見事復活した彼女に、
これからも目が釘づけだ。


日系ブラジル人・ハル役の岡田将生。
軟弱なイケメン俳優という感じなのだが、(失礼)
私の好きな映画によく出ているので、印象深い男優である。
山下敦弘監督の映画『天然コケッコー』(2007年)で初めて見て以降、
中島哲也監督作『告白』(2010年)、
李相日監督作『悪人』(2010年)、
瀬々敬久監督作『アントキノイノチ』(2011年)など、
傑作と呼べる作品によく出ている。
本作では、日系ブラジル人という難役であったが、
明るく、ユーモラスに、巧みに演じていて、感心した。
いろんな監督が彼を使いたがるのが、解る気がした。


この他、原田泰造、淡路恵子なども好演しているが、


強く印象に残ったのは、
百合子の母・乙美を演じた荻野友里。
スクリーンに現れたとき、
<阿川佐和子さん?>
と一瞬思わされるほどよく似ていたので、ちょっとビックリ。
(左・荻野友里 右・阿川佐和子)
 

ただ、阿川佐和子よりもかなり若いし、
ときどきTVCM(←クリック)で見かける顔なので、
調べてみると、荻野友里(おぎの・ゆり)という女優であった。
1982年10月11日富山県生まれというから、現在31歳。(2013年11月29日現在)
青年団という劇団に所属していて、
映画の出演は、
『東京人間喜劇』(2008年)
『踊る大捜査線THE MOVIE 3』(2010年)
のみで、
主に舞台を中心に活躍されているようである。
百合子とは血のつながりのない母親の役であったが、
陰の主役は彼女ではないか……
と思わせるほど存在感があり、
夫や娘に向ける優しい表情がいつまでも印象に残った。
これからは、舞台だけでなく、
TVドラマや映画にも大いに出演してもらいたいと思った。


蛇足であるが、
荻野友里が演じた「乙美」は、「おとみ」と読ませている。
私の高校時代に、同じ「乙美」で「いつみ」というクラスメイトがいた。
出席簿で出欠の確認をするとき、各科目の先生が「おとみ」と読み、
「いつみ」ですと、そのクラスメイトが訂正していたのを思い出したのだが、
本作では、「おとみ」でなくてはならない理由があった。
なぜなら……それは映画を見て確かめて。(笑)

シリアスな場面から始まるので、
ちょっと重めのドラマかな……と思いきや、
笑わされるシーンや、泣かされるシーン、ほっこりさせられるシーンもあり、
とても素敵な作品であった。
やはり、タナダユキ監督はただものではないと、
あらためて思わされた一作であった。

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