一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『宮本から君へ』 …池松壮亮と蒼井優の激演吹き出る真利子哲也監督の傑作…

2019年10月01日 | 映画

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映画『宮本から君へ』は、
私の好きな蒼井優が出演しているのと、


『ディストラクション・ベイビーズ』(2016年5月21日公開)の真利子哲也監督作品ということで、
鑑賞することを決めた。


『ディストラクション・ベイビーズ』のレビューを書いたとき、
……柳楽優弥の異様な存在感に圧倒される……
と、サブタイトルをつけて、私は次のように記している。

路上でいきなり見知らぬ人間に殴りかかり、
ストリートファイトを繰り返す若者を描いた、
刺激的で挑発的な衝撃作。
良識派の大人は眉をひそめそうな題材の映画ではあるが、
今年は、このような暴力や殺人を扱った映画が多い。
このブログでもレビューを書いている、
『ヒメアノ~ル』や『葛城事件』などがそうだった。
両作とも衝撃的な映画ではあったが、優れた作品でもあった。
本作『ディストラクション・ベイビーズ』も、
『ヒメアノ~ル』や『葛城事件』に勝るとも劣らない傑作であった。

(全文はコチラから)

2016年は、
インディペンデント映画で高い評価を得てきた若き監督たちの、
商業映画デビューが相次いだ年で、
真利子哲也監督の他、
中野量太監督の『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年10月29日公開)、
山戸結希監督の『溺れるナイフ』(2016年11月5日公開)
などの作品も公開され、
いずれもが傑作であったことが強く印象に残っている。
2016年は、また、
優れた(というのもオカシイが)暴力映画が多く公開された年で、
『ディストラクション・ベイビーズ』の他、
『ヒメアノ~ル』(2016年5月28日公開)、
『葛城事件』(2016年6月18日公開)なども公開され、
その壮絶な暴力描写に衝撃を受けた年でもあった。
中でも、
商業映画デビューが暴力映画であった真利子哲也監督作品の印象は強烈で、
その真利子哲也監督の新作ならばぜひ見たいと思った。


『宮本から君へ』は、
原作は新井英樹の同名漫画で、
一度、TVドラマ化されている。
2018年4月7日(6日深夜) から6月30日(29日深夜)まで、
テレビ東京系の「ドラマ25」枠で毎週土曜(0:52~1:23)(金曜深夜)にて放送され、
主演は池松壮亮で、真利子哲也が全話の脚本演出を手掛けている。
深夜帯のTVドラマということで、私は不覚にも観ておらず、
原作の漫画も読んでいなかったので、
……て言うか、(恥ずかしながら)『宮本から君へ』そのものを知らなかった。


ドラマ版では、
主人公の宮本が営業マンとして奮起する原作の前半部分「サラリーマン篇」を描き、
映画版では、
蒼井優演じる中野靖子をヒロインとした原作の後半部分を描き、
壮絶な決闘シーンも登場するという。
原作も未読で、
TVドラマで描かれた前半部分も知らずに映画を見ることに一抹の不安があったが、
必要が生じれば後から読んだり観たりすればイイと思い直し、
とりあえず映画館へ駆けつけたのだった。



文具メーカー「マルキタ」で働く営業マン宮本浩(池松壮亮)は、
笑顔がうまくつくれない、
気の利いたお世辞も言えない、
なのに、人一倍正義感が強い超不器用な人間であった。


会社の先輩・神保(松山ケンイチ)の仕事仲間である、


自立した女・中野靖子(蒼井優)と恋に落ちた宮本は、


靖子の自宅での食事に呼ばれるが、
そこに靖子の元彼・裕二(井浦新)が現れる。


裕二を拒むため、宮本と寝たことを伝える靖子。
怒りで靖子に手を出した裕二に対して、
宮本は「この女は俺が守る」と言い放つ。


この事件をきっかけに、心から結ばれた宮本と靖子に、ひとときの幸福の時間が訪れる。


ある日、
営業先で気に入られた真淵部長(ピエール瀧)と大野部長(佐藤二朗)に誘われ、
靖子を連れて飲み会に参加した宮本は、


気合いを入れて日本酒の一升瓶を飲み干し、泥酔してしまう。
見かねた大野が、真淵の息子・拓馬(一ノ瀬ワタル)の車で送らせようと拓馬を呼びつける。
そこに現れたのは、ラグビーで鍛えあげられた巨漢の怪物だった。


泥酔する宮本と、
宴会を楽しむ靖子、


そんな二人に、人生最大の試練が立ちはだかる……




いろんな説明が省かれており、
いきなりTVドラマの続きのようなシーンから始まり、
現在と過去が何度も行き来するので、
最初は若干、戸惑う。
だが、
グイグイと迫ってくる登場人物の強烈なキャラクターと、
意表を突く物語展開に圧倒され、
原作がどうだとか、
TVドラマがどうだとかは、どうでもよくなり、(笑)
ただただスクリーンに見入る(魅入る)ようになる。
そして、後半のクライマックスでは、
知らず知らずのうちに涙がこぼれていた。(爆)
いやはや、スゴイものを見させてもらった。
真利子哲也監督、畏るべし。


真利子哲也監督の脚本(港岳彦との共同脚本)、演出もさることながら、
この映画を傑作たらしめている大きな要因は、やはり、
主演を務めた宮本浩役の池松壮亮と、
ヒロインを演じた中野靖子役の蒼井優の、
熱演、いや激演であろう。



まずは、宮本を演じた池松壮亮。


普段は寡黙で静かな印象があるが、
本作での彼は、レッドゾーンまで振り切れた演技をしている。

普段は穏やかに暮らしているんですが、いざ、映画の現場に行くと、脳や体が暴走しそうになることがあるんです。“これはいったいなぜだろう?”と考えたことがあるんですが…僕はすごく極端な人間で、0か100しか興味がないんですよね。だから、役に入ってしまったら、とことん振り切ってしまうんです。


と以前語っていたが、
ラスト近くのクライマックスシーンでは、
映画史に残るような激演を見せており、
第6回 「一日の王」映画賞(2019年公開の日本作品を対象)の、
最優秀主演男優賞の有力候補に名乗り出たと言っていいだろう。



靖子を演じた蒼井優。


『彼女がその名を知らない鳥たち』では、
各映画賞の最優秀主演女優賞を総なめにしたが、
その演技力には定評があり、
本作でも、凄まじい演技を見せている。
とくに池松壮亮との演技の応酬は見事の一言。


僕は、蒼井さん以外に靖子を演じられる人はいないと思っていました。誰に対してもフラットで、正義感が強くて、自分に厳しくて、ちょっと単細胞的で。僕から見ると、蒼井さんは靖子そのものなんです。蒼井さんとは同郷で、僕が11歳のときに出会っていて、12歳のときに出演した映画でも主演とヒロインという関係でした。それからも同じ作品に出演していることが、3、4年に1回は必ずあって。なんだかよく会う近所のお姉さんという感じで、勝手にシンパシーを抱いていました。昨年も『斬、』という映画でご一緒して、人生の試練なのではないかと思うような作品で立て続けに共演させていただきました。それは本当に感動的なことで、本作の撮影においても蒼井さんがいてくれたことで、ものすごく救われたような気がしています。

池松壮亮は、某インタビューでこのように語っていたが、
続けて、

お互いに容赦がないですからね。普通に考えたら女優さんの顔にご飯粒とか吹きかけるなんて、絶対にやっちゃダメですから(笑)。靖子の表情全てが、今でも残像として僕の心に残っています。印象的なシーンはどこかといわれれば、「選べない」としかお答えできません。「映画は、人生のハイライトを2時間に収めること」といわれることもありますが、本作はまさにそういう映画。宮本と靖子のハイライトが詰まっているので、一番いいシーンを全て選んだ結果が、あの完成作だと思っています。僕は蒼井さんを日本映画界の宝物のような方だと思っています。そういう方と続けてご一緒できて、本当に幸せです。

とまで言っている。
同郷(福岡県)で、共演することの多かった故の信頼関係で結ばれており、
二人のバトルシーンは、ラブシーンにまで及び、
「そこまでやるか!」
というくらい、激しい。(コラコラ)
「R15+」指定なのは、
暴力シーンだけではなく、
ラブシーンを含めたものなのかもしれないと思った。


蒼井優自身は、

私自身も本当に楽しみにしていた作品だったのですが、あまりの熱量で、予想していたよりも圧倒的に早く体力がなくなってしまったんです。想像を絶するしんどさでした。もうちょっとペース配分を考えればよかったのですが、最初から50メートル走のテンションでフルマラソンに挑んでしまった感じ。


と語っていたが、
「最初から50メートル走のテンションでフルマラソンに挑んでしまった感じ」
とは、言い得て妙。
まさに、池松壮亮と二人で、最初から最後まで全速力で駆け抜けたような作品であった。



真淵の息子・拓馬を演じた一ノ瀬ワタル。


拓馬役にはオーディションで抜てきされ、
真利子監督とは、
「体重を110キロに増やす」
という約束をしたという一ノ瀬は、
2カ月で33キロも増量したそうだ。


【一ノ瀬ワタル】
1985年7月30日生まれ、佐賀県出身。
格闘家としての現役時代に出演した『クローズZEROⅡ』(09)で俳優デビュー。
日本人俳優として規格外の体格を活かし、
『HiGH&LOW』シリーズ、『新宿スワン』シリーズなど様々な作品に出演する。
近年の主な出演作品に、
『銀魂2 掟は破るためにこそある』(18)、
『トラさん〜僕が猫になったワケ〜』(19)、
『キングダム』(19)などがある。


佐賀県出身の俳優が、こうして重要な役で出演しているのが嬉しい。
クライマックスシーンで、
宮本(池松壮亮)と壮絶な喧嘩を繰り広げるのだが、
「映像化するのは困難」とされていた“非常階段の決闘シーン”では、
実在するマンションの8階で、スタントマンもCGも使わずに撮影したとか。


周囲の住民の方は皆さん驚いていましたね。もちろん、セーフティーは万全でしたが、ワイヤーで吊るされてのノースタント・アクションは本当に怖かった。階段から落ちる夢を何度も見ましたよ。(笑)

とは、本人の弁。



エンドロールでは、
宮本浩次(エレファントカシマシのヴォーカル&ギター)の、
「Do you remember?」が流れ、
本編に負けないほどの熱く激しい歌声で聴かせる。


映画『宮本から君へ』は、
とにかく、
愛は、熱く、激しく燃え盛るものであり、
劇薬であり、麻薬であり、歯止めが効かないものであることを、
激痛を伴って見る者に知らしめてくれるような作品であった。
今年(2019年)上映された日本映画では、5本の指に入る傑作です。
原作漫画を読んでいなくても、TVドラマを観ていなくても、まったく問題なし。
映画版にはそれほどのパワーがあり、
観客を魅了するものを持っていた。
映画館で、ぜひぜひ。

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