一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

南アルプスひとり旅(北岳・仙丈ケ岳)最終章 ……南アルプスで一番美しい花……

2017年07月16日 | 南アルプス(北岳・仙丈ケ岳)単独行


私は、山の雑誌『PEAKS』が好きで、
中でも「シェルパ斉藤の山小屋24時間滞在記」を毎号楽しみに愛読している。


今から遡ること3年前、
2014年10月号(第50回)の取材先は、船窪小屋であった。
オーナーである松澤宗洋・寿子夫妻は有名で、
船窪小屋にはまだ行ったことのない私でさえ、
その美味しい料理や、
小屋を発つときに鐘を鳴らしてくれるといったことは知っていた。
「シェルパ斉藤の山小屋24時間滞在記」の記事では、
オーナーである松澤夫妻のことを中心にうまくまとめていたが、
いつもの連載記事とはちょっと違っていて、
そのスタッフである斎藤しのぶさんのことにも多くふれてあった。
斎藤しのぶさんのことを、
松澤夫妻と「てっきり本物の親子かと思った」とか、
「娘のようにかわいがられている斎藤しのぶさんは僕と同じ丑年。ああ29歳ね……と思ったら、違っていて驚いた。アラフォーには見えない若々しさだよね。ちなみにしのぶさんは冬の間は日本酒の杜氏の仕事に携わっている」とか、
このようにオーナー以外のスタッフに多くの記事を割くことは珍しいことであった。
それだけシェルパ斉藤氏が斎藤しのぶさんのことを(もちろん山小屋の優れたスタッフとして)気に入ったのだなと思った。



それから1年後の2015年9月号(第60回)は、御嶽山の五の池小屋であった。


1年前の夏、北アルプスの船窪小屋に泊まったとき、小屋番のしのぶさんが教えてくれた。
「御嶽山の五の池小屋はおすすめです。私は支配人と知り合いで何度か手伝っていますが、カフェがあって素敵な山小屋ですよ」
山小屋を知り尽くした小屋番が推薦する山小屋にハズレはない。
秋に五の池小屋に行こうと決めたのだが、周知のとおり、御嶽山が噴火して一帯は立ち入り禁止区域になってしまった。
しかしあれから月日が流れ、状況は変わった。噴火警戒レベルが緩和されて9合目までの立ち入りが可能となり、五の池小屋は7月1日に1カ月遅れでオープンした。
いまこそ、五の池小屋へ行こう。むしろ普通に営業していることを人々に知らせたい。そんな思いで、梅雨が明けた7月21日に五の池小屋へ向かった。


こんな書き出しで始まるのだが、

(中略)そして、支配人の市川さんも明るい笑顔で僕らを迎えてくれた。
「じつは船窪小屋で働いていた女性にすすめられまして……」
噴火の話題性で五の池小屋を選んだわけではないことを強調したら、市川さんがにんまり笑った。
「彼女、いますよ。ここに」
「えっ?」
驚いて厨房を覗くと、そこには船窪小屋のしのぶさんがいて、照れ笑いを浮かべていた。
「エーッ! どうしてここに?」
僕の質問に彼女ははにかんだ。五の池小屋のことを気にかけていたしのぶさんは、営業再開の情報を聞き、自分も力になろうと人気が高い船窪小屋を断って五の池小屋の小屋番を志願したそうだ。
話を聞いて胸が熱くなった。
ヤンキースから広島カープへ移籍した黒田投手の男気を思わせるエピソードだ。そして有能な小屋番であるしのぶさんを快く送り出した船窪小屋のオーナー、松澤夫妻にも拍手を送りたい。


と、シェルパ斉藤氏は、斎藤しのぶさんと再会を果たすのである。
「有能な小屋番であるしのぶさん」
と、シェルパ斉藤氏は書いているが、他にも、

実家が酒屋で、山小屋のオフシーズンは酒蔵で働く生粋の酒飲み、しのぶさんが名酒を注いでくれる。自然と顔がにやけてしまう。
「しのぶさんはお嫁さんにしたい小屋番ベスト3に入ると思う!」
僕は彼女をそう誉め讃え、みんなでおいしい酒を酌み交わした。


などとも書かれており、
シェルパ斉藤氏は斎藤しのぶさんをベタ誉めなのである。
山小屋取材で百戦錬磨のシェルパ斉藤氏を、ここまで言わせる斎藤しのぶさんとは、どんな女性なのだろう……
自然と興味が沸き、「彼女が働いている山小屋へ行ってみたい」と思うようになった。



2014年が、船窪小屋、
2015年が、五の池小屋、
2016年はどの小屋で働いているのだろう……と思っていたら、
今年(2017年)になってそれが判明した。
山の雑誌『山と溪谷』(2017年6月号)を見て、ビックリ。
斎藤しのぶさんは、昨年(2016年)の夏から秋にかけて、
日本海から太平洋へ、55日間のひとり旅をしていたのだ。


北アルプス、乗鞍岳、御嶽山、中央アルプス、霧ヶ峰、八ヶ岳、南アルプスを一筆書きで踏破していたのだ。
100ℓのザックを背負い、テント泊や避難小屋泊を基本とした山旅であった。



斎藤さんが日本海から太平洋まで縦走したのは、2016年8月25日から10月18日まで。親不知を出発し、後立山連峰を南下。裏銀座から穂高、上高地を通り、平湯温泉から乗鞍高原、御嶽山へ。上松から中央アルプスに入り、駒ケ根へと抜け、そこからは北へ。霧ヶ峰、蓼科山から赤岳を経由して南アルプスに入り、甲斐駒ケ岳を皮切りに南下。最後は長い舗装道路を経て大浜海岸にたどり着いた。全行程をわずか55日で達成してしまったのだから恐れ入る。いったい、斎藤さんという人はどんな人なのだろうか。
出身は、福島県の安達太良山の麓、大玉村。子どものころは山好きの父親に連れられて山菜採りに山に入っていたが、特別に山や自然が好きというわけではなかったという。
自然の中で暮らすことが好きになったのは、大学卒業後、山村留学の施設で働くようになってから。
そして北海道旅行の際、旭岳温泉ビジターセンターでアルバイトを募集しているのを知り、そこで働き始めて、山のことを知らなくてはならないからと、山に登るようになった。
北海道では11年過ごし、ビジターセンターや山岳ガイドの仕事をして、山のスキルを身につけた。日本酒6升を背負って登ったこともあるという男性顔負けのボッカ力は、北海道でガイドをしているときに培われた。
本州に戻り、愛知県の山里で自然と密着した生活を送っているとき、山小屋で働いてみたいと思うようになり、船窪小屋と御嶽山五の池小屋で働いた。そして、日本海から太平洋までアルプスを縦断しようと決意する。
「同じような縦走をした人から話を聞いて、生きている証ではないですが、私も何かをやり遂げたくなったんです。私はクライミングの技術に秀でているわけでもないし、縦走が身の丈にいちばん合ったチャレンジかなと。ストイックさを求めているわけではないので、トランスジャパンアルプスレースのように走ることはせず、自分のペースでゆっくり歩いて、景色を見て、お酒も飲みたいし、人との出会いも大切にしたい。山を楽しみながら冒険をしたいと思って、挑戦することにしました」



出発したときのザックの重さは30kg。
ザックの中には、日本酒の一升瓶も入っていたというのだから驚く。

「ただ歩くだけではつまらないと思い、自分が飲むためだけではなく、出会った人にお酌がしたいと思って持っていきました」

いやはや、凄いとしか言いようがない。
なんというオトコマエぶりだろう。

そして、この『山と溪谷』の記事は、
次のような言葉で、文章を締めくくっていた。

斎藤さんは、この全アルプス縦走をひとつの区切りと考えていた。登山の集大成にしようと。
船窪小屋で働いていたころから、自分で山小屋を切り盛りしたいと思っていたという斎藤さんだが、今年6月から南アルプス・仙丈ケ岳の馬の背ヒュッテで小屋番を務めるそうだ。
「任せてもらえる小屋がなかなか見つからず、あきらめていたとき、ちょうどお話をいただいて。山小屋運営は、縦走とは違ったチャレンジです。今まで経験してきたことを山小屋で生かしたいです。私も山小屋で元気をもらってきたので、小屋に来た人に、『楽しかった』『来てよかった』と感じてもらいたい。そして、元気をあげられたらいいなと思っています」



ここまで読んで、私は、
仙丈ケ岳へ行くことを、
そして、馬ノ背ヒュッテに行くことを決意した。(笑)
ナヨナヨとした女性より、オトコマエ女子の方が好きな私としては、
ぜひとも斎藤しのぶさんに会ってみたいと思った。
そして、その元気をもらいたいと思った。


仙丈ケ岳へ行くなら、
その隣にある北岳にも登りたい。
北岳に登るなら、キタダケソウにも逢いたい。
そんな風に発想が広がっていった。
馬ノ背ヒュッテに電話すると、営業開始は7月6日からだという。
今年は残雪が多く、
6月に花期を終えることもあるキタダケソウも、
7月初旬まで見られそうとのことなので、
まず北岳へ行って、キタダケソウを観賞し
次に仙丈ケ岳に登って、最後に馬ノ背ヒュッテに泊まることにした。
こうして私の今年の夏山遠征プランは決定したのだった。


そうして、実際に会った斎藤しのぶさんはどうだったかというと……
シェルパ斉藤氏が絶賛していた通りの、素晴らしい女性であった。
まず会って驚いたのは、背が高かったこと。
「170cmはあります」
とのことだったので、女性としてはモデル並みの高身長。
元宝塚といった感じで、ボーイッシュな感じではあるのだが、
その中に女性らしい美しさや魅力が秘められている。
気さくで明るい人柄で、優しい心遣いのできる女性であった。


夕食の後に、全アルプス縦走のことを訊いたときにも、
快く応じ、語ってもらえた。
そして、
「写真を撮らせてもらっていいですか?」
と訊いたときにも、
「ハイ」と言って、この笑顔。
本当に元気がもらえる素敵な笑顔であった。


南アルプスでは、
キタダケソウやチョウノスケソウなど、
美しい花にたくさん逢ったけれど、
南アルプスで一番美しい花は、斎藤しのぶさんではないかと思った。
北岳には、ミヤマハナシノブという美しい花が咲くが、


仙丈ケ岳には、サイトウシノブという美しい花が咲いている。
……そんな風に、
私の花のアルバムに新しい花の名前が書き加えられた、記憶に残る美しい夏であった。
皆さんも、
機会がありましたら、(いや、機会を作って)
仙丈ケ岳へ、
そして、馬ノ背ヒュッテへ、ぜひぜひ。


※このブログ記事の中に、馬ノ背ヒュッテのフェイスブックより写真をお借りしたものが数枚あります。管理人さん(斎藤しのぶさん)の承諾を得て掲載しています。
『山歩き(トレッキング)』 ジャンルのランキング
この記事についてブログを書く
« 南アルプスひとり旅(北岳・... | トップ | 映画『彼女の人生は間違いじ... »