一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『MOTHER マザー』 ……長澤まさみの代表作が誕生した瞬間を目撃……

2020年07月07日 | 映画


長澤まさみといえば、
『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年5月8日公開)
を思い出す人が多いことと思う。


ヒロイン・廣瀬亜紀を演じ、
第29回報知映画賞 最優秀助演女優賞、
第17回日刊スポーツ映画大賞 新人賞、
第22回わかやま市民映画祭 助演女優賞、
第47回ブルーリボン賞 助演女優賞、
第28回日本アカデミー賞 最優秀助演女優賞、話題賞(俳優部門)、
第42回ゴールデン・アロー賞 映画賞

など、多くの映画賞を受賞した。
初期の代表作と言えるだろう。
その後、
『タッチ』(2005年9月10日公開)で、浅倉南を演じ、
同じあだち充原作の『ラフ ROUGH』(2006年8月26日公開)などで、
青春映画のアイドル的な存在になった。


TVドラマでも、
かつて薬師丸ひろ子が主演して記録的大ヒットとなった映画『セーラー服と機関銃』のリメイクとなる連続ドラマ(2006年、TBS)に主演し、
2007年4月クールの月9ドラマ『プロポーズ大作戦』に月9初出演及び初主演(山下智久とダブル主演)するなど、
清純派の若手スターとして輝いていた。


しかし、その後は、
同じような役柄を無難にこなすだけの女優に見え、
〈華はあるけれど、女優としてはこのまま終わってしまうかも……〉
と思った。
その長澤まさみに変化を感じたのは、2011年だった。
映画『モテキ』(2011年9月23日公開)において、清純派を脱皮し、
かつてないセクシーシーンに挑戦し、新境地を開いたのだ。


第54回ブルーリボン賞 助演女優賞、
第35回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞、
第3回日本劇場スタッフ映画祭 優秀主演女優賞、
第11回 ニューヨーク・アジア映画祭 スター・アジア・ライジング・スター賞

などを受賞し、新たな評価を得た。
この年はさらに、
PARCO劇場において本谷有希子の作・演出による舞台「クレイジーハニー」で初舞台を踏むなど、
女優としての“覚悟”が感じられるようになった。
その後の映画においては、
私がこのブログのレビューで高く評価した、
是枝裕和監督作品『海街diary』(2015年6月13日公開)で、
第28回日刊スポーツ映画大賞 助演女優賞、
第70回毎日映画コンクール 女優助演賞、
第25回東京スポーツ映画大賞 助演女優賞、
第39回日本アカデミー賞 優秀助演女優賞
を、
黒沢清監督作品『散歩する侵略者『(2017年9月9日公開)で、
第72回毎日映画コンクール 女優主演賞、
第27回東京スポーツ映画大賞 主演女優賞、
第41回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞

を受賞するなど、
演技力が凄まじく進歩した。


ミュージカル『キャバレー』(2017年)では歌唱力があることも知らしめ、
その福岡公演を観た私は、
……長澤まさみの生まれ持ったスターとしての輝き……
とのサブタイトルで絶賛するレビューを書いた。(コチラを参照)


昨年(2019年)は、
『マスカレード・ホテル』(2019年1月18日公開)
『キングダム』(2019年4月19日公開)
『コンフィデンスマンJP -ロマンス編』(2019年5月17日公開)
に出演し、
第44回報知映画賞 主演女優賞(『マスカレード・ホテル』『コンフィデンスマンJP』)
第43回日本アカデミー賞 優秀助演女優賞(『キングダム』)
第62回ブルーリボン賞 主演女優賞(『コンフィデンスマンJP』)
などを受賞し、話題をさらった。


これほどまでに女優として成長した(今の)長澤まさみの出演作は、
映画にしろ、TVドラマにしろ、舞台にしろ、
絶対見る(観る)べきだと思う。
今年(2020年)は、
『コンフィデンスマンJP -プリンセス編』(当初は5月1日に公開予定だった)
『MOTHER マザー』(7月3日公開予定)
の主演作の公開が予定されていたが、
『コンフィデンスマンJP -プリンセス編』の方は、
新型コロナウイルスの影響で、7月24日に公開が延期された。
『MOTHER マザー』の方も心配されたが、
こちらは予定通りに、7月3日に無事公開されることとなり、
長澤まさみファンの私としては安堵した。
で、公開直後に、映画館に駆けつけたのだった。




シングルマザーの秋子(長澤まさみ)は、
息子・周平(郡司翔)を連れて、実家を訪れていた。


その日暮らしの生活に困り、両親に金を借りに来たのだ。


これまでも散々家族からの借金をくり返してきた秋子は、
愛想を尽かされ追い返されてしまう。


金策のあてが外れ、昼間からゲームセンターで飲んだくれていた秋子は、
そこでホストの遼(阿部サダヲ)と出会う。
二人は意気投合し、遼は、秋子のアパートに入り浸るようになる。


遼が来てから、秋子は生活保護費を使い切ってしまうばかりか、
一人残した幼い周平を学校にも通わせず、
遼と出かけたまま何週間もアパートを空ける始末だった。
周平が残された部屋の電気もガスも止められた頃、
遊ぶ金がなくなった秋子と遼が帰ってきた。


二人は、以前から秋子に気があった市役所職員の宇治田(皆川猿時)を脅して金を手に入れようとする。


だが、遼が誤って宇治田を刺し、
一家はラブホテルを転々とする逃亡生活を余儀なくされることに……
そんな中、秋子が妊娠した。
だが父親が自分だと認めない遼は、
「堕さない」と言い張る秋子と周平を残して去っていく。
ラブホテルの従業員・赤川(仲野太賀)と関係と持ち、


敷地内に居候をつづける秋子は、
周平を実家へ向かわせ金を無心するが、
母の雅子(木野花)から今度は絶縁を言い渡されてしまうのだった。


5年後、
16歳になった周平(奥平大兼)のそばには、
妹の冬華(浅田芭路)がいた。


秋子は定職にも就かずパチンコばかり。
一方、周平は学校に行くこともなく、冬華の面倒をみていた。


住む家もなくなった三人に児童相談所の亜矢(夏帆)が救いの手を差し伸べ、


簡易宿泊所での新しい生活がはじまった。
亜矢から学ぶことの楽しさを教えられた周平は、
自分の世界が少しずつ開いていくのを感じていた……


安息も束の間、遼が秋子たちの元へ戻ってくる。
しかし借金取りに追われていた遼は、再び秋子と周平の前から姿を消すのだった。
残された秋子は、周平にすがる。


「私には周平しかいないんだからね」


母と息子は後戻りのできない道へ踏み出そうとしていた……




いやはや、凄い映画だった。
実際に起きた“少年による祖父母殺害事件”をベースにしていることもあって、
心が痛くなるようなシーンの連続ではあったが、
母親を演じた長澤まさみの“怪物”ぶりに唸らされたし、
息子を演じた郡司翔(幼年期)、奥平大兼(少年期)のまっすぐな演技に感心させられたし、
その他、
阿部サダヲ、夏帆、仲野太賀、木野花などの好演もあって、
素晴らしい作品に仕上がっていた。
例えて言うなら、
『誰も知らない』(2004年、是枝裕和監督)
『きみはいい子』(2014年、呉美保監督)
『葛城事件』(2016年、赤堀雅秋監督)
『万引き家族』(2018年、是枝裕和監督)
『母さんがどんなに僕を嫌いでも』(2018年、御法川修監督)
の5作品を混ぜて攪拌し、5で割ったような……
大森立嗣監督作品としては、


『さよなら渓谷』(2013年)以来の傑作と言っていいでしょう。


ファーストシーン、
自転車に乗った秋子(長澤まさみ)は、
坂を歩いていた息子の周平(郡司翔)を抜き去り、自分を追いかけさせる。
そして、周平の膝のケガを見つけ、傷口をぺろりと舐める。


後に、秋子の口から、
「舐めるように育ててきたんです」
という言葉が吐かれるが、
その異常な親子関係を象徴するようなシーンを冒頭に置くことで、
この作品が尋常ではないものだということを観客に教えている。
このファーストシーンによって作品の中に引きずり込まれ、
見る者も渦中の人となる。


本作を見て、
秋子を演じている長澤まさみに魅了されない者はいないだろう。
初の大森立嗣監督作品ということや、
初の“汚れ役”に挑戦するということで、
普通なら役作りや演技をやり過ぎてしまうものであるが、
そういった気負いもなく、
スタンドプレイに走ることなく、
男にだらしなく、その場しのぎで生きてきたシングルマザーの秋子を、
長澤まさみは、静かに、不気味に演じていた。
1987年6月3日生まれなので、まだ33歳(2020年7月現在)なのであるが、
本作の中では疲れ切った中年女に見えるときもあり、
その演技の巧さに感心させられた。
東宝「シンデレラ」オーディションで、35,153人の中から当時(2000年1月9日)、史上最年少の12歳(小学6年生)でグランプリに選ばれ、芸能界入りしているので、
まだ33歳ながら、女優歴は既に20年。
様々な経験の積み重ねの上に、現在の長澤まさみがあるのだと思うと感慨深かった。


この映画のオファーを受けた理由を、

結婚しておらず、子供がいない自分は、母親目線ではなく、息子の目線で脚本を読んでいた。人ごとじゃないと思わせられるリアルさがあって母親の存在の大きさ、親として子供を育てる責任について考えさせられ、演じてみたいと思った。

と語っていたが、
この共感を得られないであろう役に挑む、
その“チャレンジ精神”と“覚悟”が、
本作を傑作へと押し上げたのだと思う。



秋子の内縁の夫役・川田遼を演じた阿部サダヲ。


この遼の役は、
普通ならイケメンのヤサ男や強面の俳優をキャスティングしがちなのであるが、
ややコミカルさのある阿部サダヲに演じさせたことで成功している。
大森立嗣監督も、キャスティング理由を、

阿部さんには勝手に親近感を持っていたので、そんなに心配はしてなくて。この役はまともにやると重すぎて、そういう男性像は見たくなかったので、阿部さんが演じてくれたように、どこか滑稽でキャンキャン吠えてる感じを求めていました。

と語っていたが、
重いテーマだし、暗くなりがちな作品を、
ほんの少し軽く、ほんの少し明るくしてくれていて、秀逸であった。
『夢売るふたり』(2012年)では松たか子を、
『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)で蒼井優を引き立たせていたように、
本作でも長澤まさみを引き立たせ、目立たせていた。
阿部サダヲと組んだ女優が皆好い表情をし、好い演技をしているのは、
阿部サダヲという稀有な才能の男優のお蔭であろう。



秋子の息子・周平を演じた郡司翔(幼年期)、奥平大兼(少年期)。
舐めるように育てられたという周平の心の深い闇のような部分を表現するのは難しかったと思うが、二人とも素朴でまっすぐな演技で素直に表現していて好感が持てた。
演技経験はほとんどなかったようだが、
子役にありがちな小賢しい演技や、悪目立ちする演技がなかったのが良かった。
これからが楽しみな二人である。





秋子の母・三隅雅子を演じた木野花。
『愛しのアイリーン』(2018年)のレビューで、私は、

一番驚いたのが、彼女の演技だ。
これまで、なんだか“穏やかな女性”のイメージがあったので、ビックリ。
息子を溺愛する単純な性格の母親かと思いきや、
次第に明かされる過去が、ツルを特別な女性へと持ち上げていく。
ほとんどが、怒りや悲しみの感情表現であったが、
ラスト近くには、安らぎの表情も見せる。
その圧倒的な演技力、表現力で、見る者を魅了する。
今年の最優秀助演女優賞の有力候補の一人と言えるだろう。


と書いたが、
ここ数年の木野花の演技は凄みがあるし、素晴らしい。
本作でも、秋子を拒絶する母親を迫力ある演技でリアルに演じていて、
本作を傑作にすべく一翼を担っていた。
最近、お婆さんの役が多いな~と思って、年齢を調べたら、
1948年1月8日生まれの72歳。(2020年7月現在)
私と同じ60代半ばくらいかなと思っていたので、ちょっとビックリ。
70代になると演技が枯れてくるものだが、
逆に、生々しく、凄みが出てくる女優というのも魅力的だ。
木野花が出演しているだけで、その作品は見る価値ありだと思う。



児童相談所の高橋亜矢を演じた夏帆。
『天然コケッコー』(2007年)を見て以来ファンになり、
彼女の出演作はなるべく見るようにしてきたが、
『箱入り息子の恋』(2013年)
『海街diary』(2015年)
『友罪』(2018年)
『きばいやんせ! 私』(2019年)
『Red』(2020年)
などで、私を楽しませ続けてくれている。
本作では、幼少期に親からDVを受けて育ったという過去を持つ児童相談員の役で、
複雑な心情を抱えた亜矢が、
同じような境遇に育った周平に寄り添い、
なんとか勉強する環境を整えてあげたいと尽力する姿が胸を打つ。
その演技は繊細で見る者の心を揺さぶる。
主演映画の夏帆も素敵だが、
脇役のときの彼女も素晴らしい。
長澤まさみとは『海街diary』以来の共演だが、
どちらも『海街diary』のときとはあまりにも役柄が違うので驚きがある。
『海街diary』の方もまた見たくなった。



その他、
ラブホテルの従業員・赤川圭一を演じた仲野太賀、


以前から秋子に好意を寄せる市役所職員・宇治田守を演じる皆川猿時などが、
長澤まさみの主演作をしっかり支えていた。



本作映画『MOTHER マザー』の配給は、スターサンズ。
『二重生活』(2016年)
『あゝ、荒野』(2017年)
『海辺の生と死』(2017年)
『愛しのアイリーン』(2018年)
『新聞記者』(2019年)、
『宮本から君へ』(2019年)
など、ここ数年、話題作を次々と世に放っている映画会社だ。
このスターサンズの特徴は、
常に忖度せず作品を創出していること。
表現や描写に一切の妥協をせず、スポンサーや観客の顔色をうかがうこともしない。
故に、
他の作品には真似できない(尋常ではない)リアリティと、
型破りな面白さがある。
登場人物に共感できるとかできないとか、
そんな低次元の感想を打ち砕くものが、スターサンズの作品群にはある。
そのスターサンズの作品に、
勇気と覚悟を持って参加し、見事に仕事を成した長澤まさみには、
もう尊敬の念しかない。
本作『MOTHER マザー』を見る者は、すなわち、
長澤まさみの代表作が誕生する瞬間を目撃することになる。
映画館で、ぜひぜひ。

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