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恵庭の寺-8,日蓮宗の寺 「龍王山妙正寺」

2015-03-26 11:41:10 | 恵庭散歩<歴史・碑文・神社仏閣・彫像>

恵庭散歩-「寺院」の章

漁村と島松村を合せて「恵庭村」が発足した頃(明治39年),我が国は日清戦争及び日露戦争が終わり高揚した時代に入っていた。その高揚感は大正時代も続いたが(第一次世界大戦による景気浮揚もあった),大正12年には関東大震災,昭和時代に入ると一転して世界恐慌・昭和恐慌が起こり,我が国は満州事変へと突入する。そして,我が国は第二次世界大戦,太平洋戦争へと転がり始める。

このような時代背景のなか,恵庭村に日蓮宗の法務所(日蓮宗恵庭説教所,現・妙正寺)が開設された。昭和4年のことであった。

龍王山妙正寺を訪れた。

 

8.龍王山妙正寺(りゅうおうざんみょうしょうじ),日蓮宗

所在地は恵庭市桜町2丁目。地図で所在地を確認し,恵庭駅通りを南西に桜町地区まで進むのが分かりやすい。JR恵庭駅の南西1.3km,徒歩で20分弱の距離にある。近くに市営住宅桜町団地があるが,寺院はやや高台に位置するのでよく目立つ。

山門は,右に「日蓮宗」左に「妙正寺」と彫られた門柱で,その脇には「南無妙法蓮華経,龍王山妙正寺」の碑が建っている。山門を入ると駐車スペースがあり,正面に本堂が配置されているが,その寺院建築の姿は朝陽に映え荘厳でさえあった。訪れたのは春の彼岸中日(春分の日)で,彼岸会に参詣する信者で賑わっていた(写真は2015.3.21撮影)。

この寺は,昭和4年(1929)に藤岡智龍師が日蓮宗広宣寺法務所を設置したことに始まる(広宣寺は由仁町にある日蓮宗の寺)。翌年の昭和5年(1930)には日蓮宗恵庭説教所と公称し,昭和10年(1935)に日蓮宗恵庭説教所設置許可を得て布教に努めた。当時の信徒総代は,杉本熊次郎,菊澤源兵衛,島田清一郎とある。

第二次世界大戦後の昭和28年(1953)に宗教法人妙正寺の設立登記がなされ,現在に至っている。

◆龍王山「妙正寺」の概要

所在地:恵庭市桜町2丁目

祖山:身延山久遠寺(山梨県身延町)

本尊:日蓮上人尊定の大曼荼羅

開創:昭和4年

歴代住職:藤岡智龍(初代),藤岡智淨(二世),藤岡智祥(三世),藤岡智旭(四世)

沿革(歴史)

昭和4年(1929)4月:藤岡智龍師,日蓮宗広宣寺法務所を設置。

昭和5年(1930)10月:日蓮宗恵庭説教所と公称。

昭和10年(1935)2月:日蓮宗恵庭説教所設置許可を得る(昭和9年8月,恵庭村大字漁村8-30,桜町に設置許可を申請)。

昭和28年(1953)3月:宗教法人妙正寺の設立登記。

昭和50年(1975)11月:本堂,庫裏を改築完成。

参照:恵庭市史(昭和54)

 

◆日蓮宗

デジタル大辞典(小学館)によれば,日蓮宗「仏教の一宗派。鎌倉時代に日蓮が開いた。法華経を所依とし,南妙法蓮華経の題目を唱える実践を重んじ,折伏・摂受の二門を立て,現実における仏国土建設をめざす。のち,分派を形成。法華宗」とある。

宗祖(開山):日蓮聖人(1222-1282)

本尊:久遠寺には日蓮聖人真筆大曼荼羅本尊を木造形式にしたものがある。

総本山(祖山):身延山久遠寺(山梨県身延町)

経典:法華経

題目:南無妙法蓮華経

教義:「法華経」(来世でなく現世の生き方を問う)こそ,混迷した世の人々を救う「お釈迦様の真の教え」であると説く。自らの幸せを願うより,まず社会の安穏を願うべきである。お題目「南無妙法蓮華経」を口に出して唱えることで,己の中の仏心を呼び現し,誰もが仏になることが出来るとする。「南無」とは一心に仏を信じる事,「妙法蓮華経」とは釈迦が説いた知恵と慈悲の功徳を意味し,法華経に帰依することを念じる行為である。日蓮宗ポータルサイトでは「合掌の心を世界へ,未来へ」と謳っている。

日蓮宗は全国に5,000の寺院があり,信徒は300万人と言われている。本仏の位置づけ,妙法蓮華経の解釈から分派(門流)・合流を繰り返した歴史がある。その流れは複雑で素人には理解できない。現在,門下連合会を結成しているのは,法華宗本門流,顕本法華宗,法華宗陣門流,本門佛立宗,法華宗真門流,国柱会,日本山妙法寺,日蓮本宗,本門法華宗,京都門下連合会である。

現在の日蓮宗宗制では寺院は祖山,霊跡寺院,由緒寺院,一般寺院に分けられているが,総本山・大本山・本山の称号も用いられている。なお,教育分野では,立正大学,身延山大学などが知られる。

日蓮宗宗定法要式に定めた作法には,線香の本数1本もしくは3本,焼香の回数3回(導師や特別な役割の僧侶)または1回(前記以外の僧侶及び檀信徒),手順は「合掌・一礼」~「焼香」~「合掌・一礼」とある。

なお,日蓮宗ポータルサイトには,恵庭市にある日蓮宗寺院として妙正寺と妙輝結社(北柏木町)が掲載されている。

参照:日蓮宗ポータルサイトほか

注意:わが国の寺院は,檀家と呼ばれる信者を抱え,先祖を供養する一方経済的基盤を檀家や信者の財施に依っている場合が多い(檀那寺)。一般の方が境内へ立ち入るときは,許可を得るなど礼節を重んじること。

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