新専貨回想

平成の世を駈けたヤード系輸送の末裔

新専貨編成記録(3) 4380~4381レ その1

2018-08-15 09:39:56 | 日本海縦貫線/上越線/信越線

 では引き続き、黒井―二本木間フィーダー列車の4380/4381を。

2000年9月6日 4380レ@黒井

機 EF641033(高機)
1 アタキ  3710 ダイセル化学/新井   車票失念(中条→新井の酢酸積?)
2 コタキ  7771 日本曹達/二本木    新潟タ→二本木 交検出場
3 コタキ57754 電気化学工業/青海   青海→二本木 苛性ソーダ
4 コタキ14252 日本曹達/二本木    西名港→二本木 返空

これはハズレ編成、と言ったら最末期しか知らない人には怒られそうですが...

同日 4381レ@二本木

機 EF641033(高機)
1 コタキ  5131 日本硫炭工業/安治川口 二本木→安治川口 二硫化炭素
2  タキ22916 日本曹達/倉敷タ    二本木→倉敷タ 返空
3  タキ22905 日本曹達/倉敷タ    二本木→倉敷タ 返空
4  タキ22928 JOT/郡山(臨倉敷タ)  二本木→倉敷タ 返空
5 コタキ57769 日本曹達/二本木    二本木→安治川口 カセイカリ
6 コタキ14274 電気化学工業/青海   二本木→青海 返空
7 コタキ23632 JOT/郡山(臨根岸)   二本木→根岸 返空

2-4号車は青化ソーダ、7号車は液体硫黄の返空車なので、メチオニン事業関連の財源が大半を占めます。あと大分ケミカル、ダイセル大竹からアクロレインが来るので、硫黄と天然ガスから二硫化炭素とメチルメルカプタンを作り、メチルメルカプタンとアクロレインからMMP(メチルメルカプトプロピオンアルデヒド)とし、これをアンモニア存在下,青化ソーダと反応させてメチオニンのニトリル、これを希硫酸等で加水分解して最終製品のメチオニンを得るという流れです。このプロセスで要する原料の大半がタンク車やタンクコンテナで鉄道輸送されていたので、日曹のメチオニン事業終息で財源が一気に無くなる訳ですね。

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新専貨編成記録(2) 3880レ その2

2018-08-14 21:00:19 | 日本海縦貫線/上越線/信越線

 続いて、何でも運べる新専貨の象徴的な編成を紹介、シキ車の回送以外にも、交検、全検入場車等の配給列車代わりに、はたまた1車単位の甲種輸送等、便利屋でもありました。

2002年11月14日 3880レ@新鶴見信

機 EF651054(新)
1 コタキ44110 JOT/根岸      渋川→根岸 返空
2 コタキ45575 キグナス石油/末広町 渋川→浮島町 返空
3  タキ49825 JOT/郡山(臨浜川崎) 三ヶ尻→浜川崎 返空
4  タキ19873 JOT/郡山(臨浜川崎) 三ヶ尻→浜川崎 返空
5 アコタキ  7549 日産化学工業/速星  速星→奥野谷浜 甲硝
6  タキ22916 日本曹達/二本木   二本木→千鳥町 返空
7  タキ22912 日本曹達/二本木   二本木→千鳥町 返空
8 コタキ23628 JOT/郡山(臨根岸)   二本木→根岸 返空
9 オホキ  1407            新潟タ→川崎貨物 全検入場
10  オホキ  1408            新潟タ→川崎貨物 全検入場
11   シキ  800C 日本通運/多気    沼垂→多気 返空
12   シキ  850C 日本通運/末広町   沼垂→末広町 返空
13 コタキ45245 JOT/郡山(臨沼垂)  沼垂→川崎貨物 返空

取り敢えずあるもの全部繋げちゃえ!な投げやり感が楽しい編成です。

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新専貨編成記録(1) 3880レ その1

2018-08-14 12:54:40 | 日本海縦貫線/上越線/信越線

 古いフィールドノートが出てきたので、何かの参考になればと上げてみます。他の所で発表済みの物もあると思いますが…

2000年10月19日 3880レ@新鶴見信

機 EF651088(新)
1 コタキ29122 日産化学工業/速星 速星→奥野谷浜 甲硝
2 コタキ23632 JOT/郡山     二本木→根岸 返空
3 オトキ29476 東/川崎貨物    新潟タ→川崎貨物 返空
4 コタキ95761 伊藤忠商事/宮下(臨小坂) 小坂→郡山 全検入場
5 コタキ29301 古河機械金属/小坂 小坂→郡山 全検入場
6 コタキ 7764  呉羽化学工業/勿来 向浜→勿来 返空
7 コタキ17797 呉羽化学工業/勿来 向浜→勿来 返空

4,5号車の小坂→郡山、ちょっと遠回りな気もしますが、既に大館→八戸貨物間の新専貨スジが消滅していたので仕方ないのでしょう。出場車の返送は逆ルートで送れば良い様なものの、5172→3363→3560→3881→8881ともっと遠回りでした。

2001年2月頃(日付失念) 3880レ@新鶴見信

機 EF651061(新)
1 コタキ23631 JOT/郡山(臨根岸) 二本木→根岸 返空
2 コタキ45462 JOT/四日市(臨浜川崎) 三ヶ尻→浜川崎 返空
3 コタキ45368 JOT/沼垂(臨浜川崎) 三ヶ尻→浜川崎 返空
4 コタキ44130 JOT/根岸     渋川→根岸 返空
5 コタキ44100 JOT/根岸     渋川→根岸 返空
6  タキ35538 JOT/船川港(臨浜川崎) 渋川→浜川崎 返空
7 アコタキ  7538 日産化学工業/速星 速星→奥野谷浜 甲硝
8 アコタキ  7541 日産化学工業/速星 速星→奥野谷浜 甲硝
9 コタキ17258 内外輸送/中条   太郎代→北上 メタノール
10 コキ104-1217          新潟操→川崎貨物/新潟タ 全検入場
11 コタキ45190 JOT/郡山(臨沼垂) 沼垂→川崎貨物 全検入場
12  ヨ8928   西アク       秋田貨物→梅田
13  タキ 8862 JOT/南四日市   秋田港→奥野谷浜 返空
14 コタキ37777 早川商事/勿来   向浜→勿来 返空
15 コタキ  7760 呉羽化学工業/勿来 向浜→勿来 返空

今考えれば非常に贅沢ですが、こんな編成でも珍しい形式が入っていないからつまらん、と思っていたものです。今見返すと、この時代でも北上のメタノールとか、まだ残っていたのですね。

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日本海縦貫線の存在意義

2018-07-14 20:54:32 | 日本海縦貫線/上越線/信越線

 大阪北部での地震の時、京阪神以東から以西に抜ける貨物鉄道ルートが1本しかないことを危惧していたら、山陽地方での豪雨災害で早くもそれが現実のものとなってしまいました。山陰本線への迂回は南海トラフ巨大地震との関連で以前から検討はされている様ですが、小浜、舞鶴~山陰ルートは今後の事を考えても早急に最重点整備課題とすべきだと思います。船で運べば良いじゃん、という声もありますが、最適な構造の貨物船が緊急時に動員できるだけだぶついている筈もなく、数年前に東海道線が由比で寸断された時も、内航海運とトラックで代行手配できた量はJR貨物の通常輸送量の半分にも遠く及ばなかった位ですし。東京外環状ルートとしての武蔵野線と京葉線があり、上越線と日本海縦貫線を使って広域迂回も可能で、北海道、東北ー京阪神間の貨物も東京を経由しないで行くことが出来るのと比較すると、余りにも脆弱と言えるでしょう。リニアに国費を投じる位なら、こっちとJR北海道の経営危機への対応の方が、安全保障上優先順位が高い筈なんですけど…

大袈裟に言えば国防上の重責を背負っていると言える日本海縦貫線、勿論新専貨ルートとしても最重要路線の一つで、その最北端の拠点ヤード、秋田港駅の往年の姿を。

   

秋田製錬や小坂の硫酸、酒田港からのカセイソーダや液化塩素、太郎代からのメタノールに前川からの石炭酸、そして千鳥町からのラテックスが存在感を発揮していました。その昔は中島埠頭の日石からの石油類や、穀保町に到着するセメントなどで賑わったのでしょう。そう言えば製油所も、室蘭や秋田、新潟と危機管理上重要な拠点から順番にリストラされたのも何とも...

 

新潟臨海から来たそのままの色のDEも、青いDD13が牽くコンテナ貨物に載っているのがC35ズラリと言うのも、今見ると懐かしいですねぇ。

(2002年12月頃 奥羽貨物支線 秋田港駅)

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夏の恒例行事で

2018-07-08 15:37:10 | Weblog

 余り買うものも無くなっちゃったな、と毎年思いつつも惰性の様に通い続けるJNMAフェスティバル、昔の仲間と近況報告している中で、「新貨車通信」とかの貨物系掲示板に良く出入りしていた人たちってどうしているのかな?と言う話題。何人かは今でも場所を移して活動しているのは存じていますが、大多数は新専貨の消滅と共に卒業してしまったのかな?という感じで、リンク集にあるWebサイトも無料ホームページサービスの終了と共に消滅か、残っていても何年も更新していない様なのが悲しいことに大多数です。

ただ、新専貨消滅から10年経ち、その現役時代を知りたくとも、一般に容易に入手可能な体系的資料が紙媒体、Web双方非常に少ないのが憂慮すべき状況です。その片鱗だけでも当時を知る者としては、次世代に語り継いでいくことも責務なのかな、と思いつつも、なかなか筆が進まない昨今で…ふと、かつて新貨車の掲示板に集った方に、もう一度どこかで集まりません?と呼びかけても、果たしてどれ位集まってくれるかな、なんて…

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これはどうかな?

2018-04-15 18:36:35 | Weblog

 Googleストリートビューで何気なく山峡の某化学工場の専用線跡あたりを観察してみたら、何やら怪しい物体を発見。昔から1/80で模型化されているから有名な割には、実際に実車を見たことがあるという人が少なそうな某粉モノタンク車と特徴が一致するのだけど、果たして正体は...

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これ違うよね?

2017-08-19 23:19:45 | 東北線/常磐線

 某ナローな電車の保存車を見に行こうと駅から足を進めると、視界に入ってきたのが、木造建築が渋い工場。そう言えばこの工場、昔は専用線があって、俗に「高下駄」とか呼ばれた、妙に腰の高い加藤のロコが居たんだったっけ、と観察していると、工場内に白いタンク体の様なものが…

拡大してみると、東洋レーヨンのタム900っぽい4本の帯金で固定されている様ですが、元タンク車ならある筈の踏み板が撤去した痕跡すらこの画像では確認できないし、ドームの形態もどう見てもタンク車っぽく無いですね。北上のタ3050とか、南相馬のタム500とか、東北方面では新発見が相次いだので、ちょっと期待してしまったのですが。

 

工場は赤煉瓦の煙突や門柱とか、歴史を感じて実に良い感じなんですが。因みにこの門の前はナローな電車の走っていた廃線跡です。

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夢の跡

2017-08-17 19:45:51 | Weblog

 かつて60輌余りのタキ4000形及びタキ5750形が常備され、国内有数の硫酸発送拠点であり、一時は民鉄トップクラスの貨物取扱量を誇った山上の楽園の跡、その賑わいは既に無く。

近年まで色々と遺構が残っていましたが、廃止から40年以上を経て、その面影を残すものも殆ど姿を消してしまいました。

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伏木のリン酸タンク車

2017-05-28 22:19:46 | 日本海縦貫線/上越線/信越線

 友人とのメールのやり取りの中で富山地鉄稲荷町のタンク車の話題が出たので、そう言えば燐化学工業のタンク車を越中島と伏木で撮っていたな、と思い出し、写真を探し出してきました。同社のリン酸タンク車は、比較的近年まで残っていた割には地味な存在で、その運用実態も謎が多い車輛ではないでしょうか。

 

1形式1輌のタキ3650形と、タキ11200形燐化学工業所有者のラストナンバーである11209は早期に運用から外れ、伏木港の端にある石炭埠頭の傍らに留置されていました。11209番は保安対策が強化後に増備の孤立ロットなので、11206-08とは台枠の構造や長さが違います。

  

最後まで動いていた11206-08もこの頃には運用落ちしていた様で、伏木駅の貨物扱所に3輌まとめて休車中でした。コープケミカル系(ラサ工業/新潟硫酸/サン化学)のタキ11200形が何れも硫酸タンク車に準じた外観なのに対し、燐化学のタキ11200形はフランジ付きドームが付いて細身の塩酸専用車っぽい外観になっていますね。常備駅は11206のみ伏木、他4輌は半田埠頭でしたが、少なくとも晩年は半田埠頭よりの運用実績は無かった模様、運用先は伏木より越中島の東京液体化成品センター向けは把握しているのですが、それ以外の運用先はどうだったのでしょうか? 工場はかつては稲荷町駅構内に隣接し、これらのタンク車も同駅に常備されていましたが、市街地の化学工場は環境的に次第に操業し難くなってきたので、昭和55年頃に郊外の新湊市に移転し、跡地は公園と立山黒部貫光の事業用地になっています。

(1995年8月28日 氷見線 伏木駅)

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試行中

2017-05-27 00:05:26 | Weblog

 フィルムスキャナによる電子化は結構手間なので、もっと簡単に程々のクオリティでポジフィルム画像の電子化を模索し、ペンタックスK-1+SMC50mmF4マクロ+中間リング+ニコンES-1で等倍複写を試行中。取り込み速度は圧倒的に速いし、ライブビューで見ながらフレームの微調整が出来るし、画像クオリティもISO100で撮影すれば余り遜色は無さそう、と言うかピントに関してははこっちの方が良い様な気もします。(OpticFilmは固定焦点なので、マニュアルフォーカスで調節できるデジイチデュープの方が焦点精度では有利なんでしょうね)

20年以上前の神栖で、案外見かけなかった日陸のタキ4200、元日新電化だったかな? 隣の信越化学のはタキ9000だったかな?

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