ベルギーの市街 2005年02月28日 | 海外旅行 行った頃はお祭りらしく 街の広場は 花を集めての絵が一面に描かれ たくさんの人が周りを取り囲み楽しそうに見ていた 街外れに小さな川があり緩やかな流れの上を 美しい水鳥が静かな波を立てて泳ぎ 川沿いを馬車がゆっくり走っていた 綺麗で古風な街並みだった 友達が一件のレストランを指して ここで飲むオニオンスープは 特別に美味しいと言うので飲んでみた どこにも有るような味で 特に美味しいとは思わなかったが・・・ 機会があったら また行きたいところだ
ドイツのビアーホール 2005年02月26日 | 海外旅行 本場のビールが飲みたくて 夜、若者が集まるビアホールへ出かけた 机と椅子が整然と並べられてるだけのお店だったけど 小さなオーケストラがステキな音楽を演奏し リクエストにも答えていた 薄暗い照明が庶民的で気楽な雰囲気を演出していた 早速、生ビールを注文した さすが本場のビール すごく美味しかった
ベルサイユ宮殿 2005年02月25日 | 海外旅行 ベルサイユ宮殿(フランス)の中庭です。 観光バスに乗り遅れたので ホテルからタクシーで行った 料金を払ったあと「メルシー」と言って かなりのお釣りを返さないから 「どうしようか」と迷っていたら 友達が「貰いなさい」と言うので きつい顔をして返してもらい 少しのチップを払った記憶がある 今は昔 この大きな宮殿で ステキな王女と王様が優雅に暮らしていたのだなーっと 思いながら中を見てまわった 海外旅行初めてのときだった
銀山温泉の小川 2005年02月24日 | 温泉 今から500年前頃に 近くの山から銀が沢山採れたとのこと 今でもその廃校跡があり そこから流れ出ている水がせせらぎとなって 温泉街の中心に流れていた 川底が普通の色と違って黄金色に染まり なんとも言えない美しさがあった
銀山温泉 2005年02月23日 | 温泉 地図を見ながら山奥の温泉を目指してるときだった 車の運転に疲れ どこかに泊まるところがないかと思い 地図を見たら この温泉が目に付いた 尾花沢から道を聞きながら着いた温泉を見てビックリした 江戸時代そのものの街が真ん中の小川を中心に並んでるではないか... 写真の真ん中あたりの旅館に声をかけ泊めてもらった3畳一間の部屋だった 部屋には雑記長が置いてあり 学生が「温泉の歴史を調べてる」と 書いてあったのが印象ぶかい 歴史ある街並みだけに 観光化された大きなホテルはなく 温泉の風呂も食事も簡素だったが 雰囲気がすごく良かった
サマルカンド ( 旧ソ連 ) 2005年02月22日 | 海外旅行 砂漠地帯で街の中心は砂っぽかったが ごみごみしたところは無く落ち着いていた 町外れには十字軍時代からの寂れたモスクがあり歴史を感じさせた 上記の写真は修復されないで そのまま残っているモスクとの説明だった 建設された当事は すばらしい建物だったのだろう 数百年をへて 今も残っているのが不思議な感じで すばらしい
サマルカンドの市場 ( 旧ソ連 ) 2005年02月22日 | 海外旅行 ここは中央アジアだから 住んでる人達は日本人と顔立ちが似た黄色人種 なんとなく親しみやすく感じが良かった この頃は共産主義政権だったが町外れに自由市場があり そこで果物を買った記憶がある いまでこそ どこのスーパーでも売っている マスクメロンじゃなくて、プリンスメロンでもなく、ハメネイメロン 食べ物は日本人に合う味付けは少なく 素材や砂漠地帯の関係もあるのだろうが ホテルで食べたものは 意外と雑な味付けで美味しいとは思わなかった ガイドによれば チョウザメの卵、キャビアが出れば 最高のもてなしをしてくれてるとのことだった この卵、始めて食べたけど美味しいとは思わなかったが・・・ 貴重な珍味なんだろうね
モスク通り ( 旧ソ連 ) 2005年02月22日 | 海外旅行 まだソ連邦だったころ 中央アジアのシルクロードへ旅行するのがブームになっていた 新潟から国際線アエロフロートに乗りハバロフスクへ そこで一泊して中国との国境のそば、サマルカンドへ行った 途中、シベリアの森林地帯を寄り道しながらの旅は近いようで遠かった
レニングラード ( 旧ソ連 ) 2005年02月21日 | 海外旅行 モスクワから少し離れたところにある第二の中心都市 道路も広く整然と並んだ北欧風の建物が多い お店は並んでるのだが道路にはみ出したような看板は無く 入り口に商店名の書いた板がかけてあった 物が統制されて作られているから これで良いのかも・・・ 写真を見ればわかるが 広い道路のわりに車が少なく 自転車に乗ってる人も見かけなくて歩いている人が多かった 現在は自由主義経済に移行してるから 日本から持ってきた中古車が多く走ってるかもしれないが・・・ このころはアメリカとの冷戦時代 飲み物にしてもアメリカの物は無く わずかにペプシコーラがホテルで売っていた アルコール類は 日本の焼酎に似たウオッカが有ったが味もなく度数も強く 我々が毎日飲める代物ではない ビールも それに合わせてか度数が強く18度のものが多かった 喉が渇いたからって飲むと後でかえって喉が渇いた記憶がある