たけじいの気まぐれブログ

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長崎の鐘

2018年08月09日 09時54分50秒 | 懐かしいあの曲

今日8月9日は、長崎に原爆が投下されてから 73年目になります。
平和記念公園では 平和式典が行われるようですが 毎年 この日になると 「長崎の鐘」が 脳裏に浮かんでしまいます。

爆心地に近い長崎医科大学で被爆した 当時助教授だった 永井 隆が 当時の状況や 重症を負いながら救護活動に当たった様子等を 執筆した随筆「長崎の鐘」を基に 作詞 サトウ ハチロー、作曲 古関 裕而、唄 藤山 一郎で 1949年(昭和24年)に コロンビアレコードから発表された 「長崎の鐘」です。
永井 隆は 大量出血で失神したものの 気がついた後、生き残った医師や看護婦と共に 被災者の救護にあたり、帰宅したのは翌日だったようです。自宅は 跡形もなく 台所の有ったあたりには 焼け残った妻の骨盤と腰椎、そして 妻が身に付けていたロザリオが転がっていたんだそうです。 
永井 隆は 闘病生活、多くの苦難にめげず 平和と愛を訴え続け その姿は 国内のみならず 海外でも深い感動を呼びましたが 1951年(昭和26年)に 43歳の若さで 逝去されました。

作詞 サトウ ハチロー、作曲 古関 裕而、唄 藤山 一郎、

1、こよなく晴れた青空を、
  悲しと思うせつなさよ、
  うねりの波の人の世に、
  はかなく生きる野の花よ、
  なぐさめ はげまし 長崎の、
  ああ 長崎の鐘が鳴る、

2、召されて妻は天国へ、
  別れてひとり旅立ちぬ、
  かたみに残るロザリオの、
  鎖に白きわが涙、
  なぐさめ はげまし 長崎の、
  ああ 長崎の鐘が鳴る、

3、つぶやく雨のミサの音、
  たたえる風の神の歌、
  輝く胸の十字架に、
  ほほえむ海の雲の色、
  なぐさめ はげまし 長崎の、
  ああ 長崎の鐘が鳴る、

4、こころの罪をうちあけて、
  更け行く夜の月すみぬ、
  貧しき家の柱にも、
  気高く白きマリア様、
  なぐさめ はげまし 長崎の、
  ああ 長崎の鐘が鳴る、

口ずさんでも 聴いても 涙が出てくるようです。
作詞家のサトウ ハチロウも 作曲家の古関裕而も 数多くのヒット作品を残していますが 静かな曲調の中に 戦争への怒り、悲しみを刻み込み 心を揺さぶる 「長崎の鐘」は 最高傑作の楽曲ではないかと思っています。

ハーモニカ演奏の「長崎の鐘」、
YouTubeから共有させていただきました。

(追記)
相互読者登録している夢逢人様から 丁度1年前の今日 投稿された「長崎の鐘の想い出記事」が 寄せられました。
ご紹介します。→ 2017年8月9日 「長崎の鐘」

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コメント (10)   この記事についてブログを書く
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10 コメント

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こんにちは (九州より)
2018-08-09 11:03:16
小学6年生の修学旅行は長崎でした。
その時、バスで永井博士の小さな家の前を通り、ガイドが紹介したことを覚えています。
同じく、二十六聖人像もバスの中から見た記憶があります。
ただ昨年長崎に行った時、二十六聖人像を見学しましたが、丘の上の公園にありバスが通れるような処ではありませんでした。
果たして博士の家(如己堂)の前をバスは通れたのだろうかと、我が記憶を訝しんでいます。

九州よりさん、こんにちは、 (takezii)
2018-08-09 11:17:28
長崎もまた まだ訪ねたことの無い地ですが 日本史上、歴史遺産も有り、広島と共に 世界に例の無い原爆被災地、本当に 足腰大丈夫な内に 一度は訪ねてみたい地の一つになっています。
小学生の修学旅行が長崎・・・、
今は 随分変わりましたでしょうね。
コメントいただき有難うございます。
思い出の歌です (KUMI)
2018-08-09 15:15:13
この歌と永井博士のことは、小4くらいのとき、母から教わりました。
音痴の親子でしたがこれだけは二人で歌った覚えが。
原爆のことも、初めてこの歌から学んだのかもしれません。
15年くらい前、念願叶って長崎へ行くことが出来、博士の家も見ました。
今も、二番までは諳んじている、という自分の記憶にびっくりです。
平和学習、などと話で聴くよりも歌から・・が一番効果があるかもしれません。

いつも、懐かしい音楽など拝見(拝聴?)しています、ありがとうございます。
KUMIさん、こんにちは、 (takezii)
2018-08-09 16:06:39
原爆の恐ろしさ、惨さを 「長崎の鐘」を介して 母から教わった、、、、、
そして 母と娘で 歌った、、、、
いいお話、有難うございます。
子供の頃 覚えた音楽は 不思議と 蘇ってくるものですね。
長崎は まだ1度も訪ねたことのない地ですが 日本人なら誰しも 特別な思いを寄せる地のひとつだと思いますね。
コメントいただき有難うございます。

貴兄のブログの愛読者のひとりです・・。 (夢逢人)
2018-08-09 16:57:10
初めまして・・。

貴兄のブログ『たけじいの気まぐれブログ』の愛読者のひとりです。

確か半年前の頃に、偶然に貴兄のブログを読ませて頂き、瞬時に魅了されて、
まもなく私のブログの左サイドにあるブックマークに於いて、
《・・ご当人様のご承諾も得ずに、掲載させて頂く・・》と明記し、
貴兄のブログも登録して、日々愛読してきた次第です。

貴兄は音楽の懐かしいポピュラーの名曲の数々を掲載して下さり、
私より少し先輩の御方かしら、と思いながら、過ぎし時代を思い馳せたりしてきました。

今回、貴兄は『長崎の鐘』を掲載して下さり、
たまたま私は昨年の8月9日に、私なりの『長崎の鐘』を投稿しました。
『長崎の鐘』、原作、歌、そして映画に関して、齢ばかり重ねた私でも、ささやかな想いでを秘めて・・。
https://blog.goo.ne.jp/yumede-ai/d/20170809

よろしかったならば、今後ともよろしくお願い致します。
夢逢人さん、こんばんは、 (takezii)
2018-08-09 17:08:26
初めまして、
爺さんの気まぐれブログにコメントいただき有難うございます。
そして 丁度1年前に投稿された記事をご紹介いただき 早速拝見拝読させていただきました。
やはり 子供の頃に脳裏に焼き付いている「長崎の鐘」なんですね。
素晴らしいご文です。せっかくですから 記事末尾に追記させていただきます。
これからもよろしくお願いします。
忘れてはいけないこと (笑ばあちゃん)
2018-08-09 22:12:36
原爆、戦争を知らない世代ですが
この悲惨な出来事を忘れず、平和の大切さを
次世代に繋いでいかないといけませんね。

今年の春、小学生の孫と長崎を訪れた時、
永井隆博士の「この子を残して」をガイドさんに読んでいただきました。
博士の二人の子供、やがて孤児となる運命を案じた内容、
重く悲しい内容でしたが、孫たちは真剣に聞いていました。
そして歌っていただいた「長崎の鐘」
忘れてはいけないですね。
笑ばあちゃんさん、こんばんは、 (takezii)
2018-08-09 22:35:14
核兵器を無くす方向性が見えていた一時期もありましたが 次第に核保有国が増え、米、ロも 不穏な動き、唯一の被爆国日本が先頭に立たなければならないのに 米に押さえられてしまって・・、
ノーモア広島、ノーモア長崎を 口先だけでなく 世界のリーダーになってもらいたいものですね。
コメントいただき有難うございます。
長崎の鐘 (tango)
2018-08-10 05:26:49
私もこの歌を口ずさむと悲しくなります
好きです
昨日のテレビ中継を見ておりました
戦争を知りませんが両親からいつも話を聞いて
いました
小学生のころ、父から自分の戦争体験話を一生懸命
聞いていたので父がいつもいろいろ教えてくれて
いました
戦争より父親のことの方をなつかしく思います
tangoさん、おはようございます、 (takezii)
2018-08-10 09:29:52
73年の歳月が流れても 決して 忘れることのない悲劇、惨劇、
トランプ、プーチン、過激な言動、拡散する核、今こそ 日本が 先頭に立って 核廃絶推進しなければならないのに・・・、
ですね。
父母の世代から我々に、そして次の世代に きっちり教えていくことが重要だと思いますね。
コメントいただき有難うございます。

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