竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集巻十五を鑑賞する  集歌3640から集歌3659まで

2012年05月31日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻十五を鑑賞する


熊毛浦舶泊之夜作歌四首
標訓 熊毛(くまけ)の浦に舶(ふね)泊(はて)せし夜に作れる歌四首
集歌 3640 美夜故邊尓 由可牟船毛我 可里許母能 美太礼弖於毛布 許登都甚夜良牟
訓読 京辺(みやこへ)に行かむ船もが刈り薦(こも)の乱れて思ふ事告げやらむ

私訳 奈良の京の方に行く船が欲しい。刈る薦の跡のように乱れる私の想いを告げて手紙に送りたい。

右一首、羽栗
左注 右の一首は、羽栗


集歌 3641 安可等伎能 伊敝胡悲之伎尓 宇良末欲理 可治乃於等須流波 安麻乎等女可母
訓読 暁の家恋しきに浦廻(うらみ)より楫の音するは海人(あま)娘子(をとめ)かも

私訳 夜明けの暁に家を恋しく想っていると、湊の方から楫の音がするのは海人娘子なのだろうか。


集歌 3642 於枳敝欲理 之保美知久良之 可良能宇良尓 安佐里須流多豆 奈伎弖佐和伎奴
訓読 沖辺(おきへ)より潮満ち来らし可良の浦にあさりする鶴(たづ)鳴きて騒(さは)きぬ

私訳 遠浅の海岸の沖の方から潮が満ちて来るようだ、可良の浦で餌を探す鶴が鳴いて騒いでいる。


集歌 3643 於吉敝欲里 布奈妣等能煩流 与妣与勢弖 伊射都氣也良牟 多婢能也登里乎
訓読 沖辺(おきへ)より船人上る呼び寄せていざ告げ遣(や)らむ旅の宿(やど)りを

私訳 沖の方で船の旅人が京に上って行く。呼び寄せて、さあ告げてやろう。今までの京からの旅の様子を。

一云、多妣能夜杼里乎 伊射都氣夜良奈
左注 一は云はく、旅の宿(やど)りをいざ告げ遣(や)らな


佐婆海中、忽遭逆風漲浪漂流。經宿而後、幸得順風、到著豊前國下毛郡分間浦。於是追怛艱難、悽惆作八首
標訓 佐婆(さば)の海中(わたなか)にして、忽(にはか)に逆風に遭ひて漲浪(ちょうろう)に漂流せり。經宿(やどり)せし後に、幸(さきはひ)に順風を得て、豊前國の下毛郡(しもつけのこほり)の分間(わくま)の浦に到著(とうちゃく)す。ここに追ひて艱難を怛(いた)み、悽惆(かなし)みて作れる八首


集歌 3644 於保伎美能 美許等可之故美 於保布祢能 由伎能麻尓末 夜杼里須流可母
訓読 大王(おほきみ)の御言(みこと)畏(かしこ)み大船の行きのまにまに宿りするかも

私訳 大王の御命令を謹んで、大船の進行にあわせて、旅の宿りをすることです。

右一首、雪宅麿
左注 右の一首は、雪宅麿


集歌 3645 和伎毛故波 伴也母許奴可登 麻都良牟乎 於伎尓也須麻牟 伊敝都可受之弖
訓読 吾妹子は早も来ぬかと待つらむを沖にや住まむ家つかずして

私訳 私の愛しい貴女は早く帰って来ないかと待っているでしょうが、私は海の沖の船に留まっている。陸の家に住まないで。


集歌 3646 宇良末欲里 許藝許之布祢乎 風波夜美 於伎都美宇良尓 夜杼里須流可毛
訓読 浦廻(うらみ)より漕ぎ来し船を風早(かぜはや)み沖つ御浦(みうら)に宿りするかも

私訳 湊の方から漕ぎ出して来た船を、風が速いので沖の海神の湊で夜を過ごすことです。


集歌 3647 和伎毛故我 伊可尓於毛倍可 奴婆多末能 比登欲毛於知受 伊米尓之美由流
訓読 吾妹子がいかに思へかぬばたまの一夜(ひとよ)もおちず夢(いめ)にし見ゆる

私訳 私の愛しい貴女がどうのように思うでしょか、私は漆黒の一夜も欠かすことなく貴女を夢に見ることです。


集歌 3648 宇奈波良能 於伎敝尓等毛之 伊射流火波 安可之弖登母世 夜麻登思麻見無
訓読 海原(うなはら)の沖辺(おきへ)に灯(とも)し漁(いさ)る火は明(あか)して灯(とも)せ大和島見む

私訳 海原の沖合に灯す漁火は、明るく照らせ、大和島を見よう。


集歌 3649 可母自毛能 宇伎祢乎須礼婆 美奈能和多 可具呂伎可美尓 都由曽於伎尓家類
訓読 鴨じもの浮寝(うきね)をすれば蜷(みな)の腸(わた)か黒(かぐろ)き髪に露ぞ置きにける

私訳 鴨のように浮寝をすると、蜷の腸のような真黒な髪に波飛沫で露が降りたようです。


集歌 3650 比左可多能 安麻弖流月波 見都礼杼母 安我母布伊毛尓 安波奴許呂可毛
訓読 ひさかたの天照る月は見つれども吾(あ)が思ふ妹に逢はぬころかも

私訳 遥か彼方の天空に照る月を見るのですが、私が心に想う貴女には逢えないこのころです。


集歌 3651 奴波多麻能 欲和多流月者 波夜毛伊弖奴香文 宇奈波良能 夜蘇之麻能宇倍由 伊毛我安多里見牟
訓読 ぬばたまの夜(よ)渡る月は早も出でぬかも海原(うなはら)の八十島(やそしま)の上ゆ妹があたり見む

私訳 漆黒の夜を渡って行く月は早くでないかな。海原の多くの島々の先に貴女の住む方向を見ましょう。


至筑紫舘遥望本郷、悽愴作歌四首
標訓 筑紫の舘(たち)に至りて遥(はるか)に本郷(もとつくに)を望みて、悽愴(いた)みて作れる歌四首
集歌 3652 之賀能安麻能 一日毛於知受 也久之保能 可良伎孤悲乎母 安礼波須流香母
訓読 志賀の海人(あま)の一日もおちず焼く塩のからき恋をも吾(あ)れはするかも

私訳 志賀島の海人の一日も絶えず焼く塩のような、辛い恋を私はするのでしょうか。


集歌 3653 思可能宇良尓 伊射里須流安麻 伊敝比等能 麻知古布良牟尓 安可思都流宇乎
訓読 志賀の浦に漁りする海人(あま)家人(いへひと)の待ち恋ふらむに明(あ)かし釣る魚(うを)

私訳 志賀の浦で漁りする海人、家族が待っているだろうに夜を明かして魚を釣る。


集歌 3654 可之布江尓 多豆奈吉和多流 之可能宇良尓 於枳都之良奈美 多知之久良思母
訓読 可之布江(かしふへ)に鶴(たづ)鳴き渡る志賀の浦に沖つ白波立ちし来(く)らしも

私訳 可之布の入江で鶴が鳴きながら飛び渡る、志賀の浦に沖からの白波が立って来るらしい。

一云、美知之伎奴久良思
左注 一云はく満ちし来ぬらし


集歌 3655 伊麻欲理波 安伎豆吉奴良之 安思比奇能 夜麻末都可氣尓 日具良之奈伎奴
訓読 今よりは秋づきぬらしあしひきの山(やま) 松蔭(まつかげ) にひぐらし鳴きぬ

私訳 今日からは秋らしくなるらしい。葦や檜が繁る山の松の蔭にひぐらしが鳴いている。


七夕仰觀天漢、各陳所思作歌三首
標訓 七夕(なぬかのよ)に天漢(あまのかは)を仰ぎ觀て、各(おのおの)の所思(おもひ)を陳(の)べて作れる歌三首
集歌 3656 安伎波疑尓 々保敝流和我母 奴礼奴等母 伎美我美布祢能 都奈之等理弖婆
訓読 秋萩ににほへる吾(あ)が裳(も)濡れぬとも君が御船(みふね)の綱し取りてば

私訳 秋萩が衣に咲いている私の裾裳が濡れても、私の許にやって来る彦星の貴方の乗る御船の引き綱を手に取るのなら。

右一首、大使
左注 右の一首は、大使


集歌 3657 等之尓安里弖 比等欲伊母尓安布 比故保思母 和礼尓麻佐里弖 於毛布良米也母
訓読 年にありて一夜(ひとよ)妹に逢ふ彦星(ひこほし)も吾(あ)れにまさりて思ふらめやも

私訳 一年中で一夜だけ、恋人に逢う彦星も私以上に恋人を想うのでしょか。


集歌 3658 由布豆久欲 可氣多知与里安比 安麻能我波 許具布奈妣等乎 見流我等母之佐
訓読 夕(ゆふ)月夜(つくよ)影(かけ)立ち寄り合ひ天の川漕ぐ舟人(ふなひと)を見るが羨(とも)しさ

私訳 夕月による夜の影を寄り添わせ天の川で船を漕ぐ舟人を見る、それが羨ましい。


海邊望月作九首
標訓 海邊に月を望みて作れる九首
集歌 3659 安伎可是波 比尓家尓布伎奴 和伎毛故波 伊都登可和礼乎 伊波比麻都良牟
訓読 秋風は日(ひ)に日(け)に吹きぬ吾妹子はいつとか吾(あ)れを斎(いは)ひ待つらむ

私訳 秋風は日一日と吹きてきた、私の愛しい貴女は、何時還って来るのかと私のことを、望みを託す神を斎って待っているでしょう。

大使之第二男
左注 大使の第二男(なかこち)
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万葉集巻十五を鑑賞する  集歌3620から集歌3639まで

2012年05月28日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻十五を鑑賞する


集歌 3620 故悲思氣美 奈具左米可祢弖 比具良之能 奈久之麻可氣尓 伊保利須流可母
訓読 恋繁み慰めかねてひぐらしの鳴く島蔭(しまかげ)に廬(いほ)りするかも

私訳 貴女を想う恋心が激しいのを慰めることが出来ず、ひぐらしの鳴く島蔭に宿りするでしょう。


集歌 3621 和我伊能知乎 奈我刀能之麻能 小松原 伊久与乎倍弖加 可武佐備和多流
訓読 吾(あ)が命を長門の島の小松原(こまつはら)幾代(いくよ)を経てか神さびわたる

私訳 わが命を長くと思う。長門の島の小松原は、どれほどの年月でこれほど神々しくなったのか。


従長門浦舶出之夜、仰觀月光作歌三首
標訓 長門の浦より舶出し夜に、月の光を仰ぎ觀て作れる歌三首
集歌 3622 月余美乃 比可里乎伎欲美 由布奈藝尓 加古能己恵欲妣 宇良末許具可聞
訓読 月読(つくよ)みの光りを清み夕なぎに水手(かこ)の声呼び浦廻(うらま)漕ぐかも

私訳 月の光が清らかなので、夕方の凪の中を水手の声を合わせて湊の付近を漕ぐらしい。


集歌 3623 山乃波尓 月可多夫氣婆 伊射里須流 安麻能等毛之備 於伎尓奈都佐布
訓読 山の端(は)に月傾けば漁りする海人(あま)の燈火(ともしび)沖になづさふ

私訳 山の端に月が傾くと漁をする海人の灯火が沖の波間に見え隠れする。


集歌 3624 和礼乃未夜 欲布祢波許具登 於毛敝礼婆 於伎敝能可多尓 可治能於等須奈里
訓読 吾(あ)れのみや夜船は漕ぐと思へれば沖辺(おきへ)の方に楫の音すなり

私訳 我々だけが夜に船を漕ぐと思っていると、沖合に船を漕ぐ楫の音がした。


古挽歌一首并短歌
標訓 古き挽歌一首并せて短歌
集歌 3625 由布左礼婆 安之敝尓佐和伎 安氣久礼婆 於伎尓奈都佐布 可母須良母 都麻等多具比弖 和我尾尓波 之毛奈布里曽等 之露多倍乃 波祢左之可倍弖 宇知波良比 左宿等布毛能乎 由久美都能 可敝良奴其等久 布久可是能 美延奴我其登久 安刀毛奈吉 与能比登尓之弖 和可礼尓之 伊毛我伎世弖思 奈礼其呂母 蘇弖加多思吉弖 比登里可母祢牟

訓読 夕されば 葦辺(あしへ)に騒き 明け来れば 沖になづさふ 鴨すらも 妻とたぐひて 我が尾には 霜な降りそと 白栲の 羽さし交(か)へて うち掃ひ さ寝とふものを 行く水の 帰らぬごとく 吹く風の 見えぬがごとく 跡もなき 世の人にして 別れにし 妹が着せてし なれ衣(ころも)袖(そで)片敷(かたし)きて ひとりかも寝む

私訳 夕方になると葦のほとりに鳴き騒ぎ、夜が明けて来ると沖に飛んで行って波間に漂う鴨でさえ、妻と連れだって、私の尾羽に霜よ降るなと、白栲のような白い羽をさし交わし、霜を払い合っては寝るというものを。流れゆく水が戻らないように、吹く風が目に見えないように、残る跡とて無い世の中の人として死んで行った貴女。その貴女が着せてくれた着なれた衣の、袖の片側だけを床に敷いて、私は一人で寝るのであろう。


反歌一首
集歌 3626 多都我奈伎 安之倍乎左之弖 等妣和多類 安奈多頭多頭志 比等里佐奴礼婆
訓読 鶴(たづ)が鳴き葦辺をさして飛び渡るあなたづたづしひとりさ寝れば

私訳 鶴が鳴いて葦の茂る岸辺をさして飛び渡ってゆく。ああ心細いことよ。一人寝をしていると。

右、丹比大夫悽愴亡妻歌
左注 右は、丹比大夫の亡(みまか)りし妻を悽愴(いた)むる歌


属物發思歌一首并短歌
標訓 物に属(つ)きて思(おもひ)を發(おこ)せる歌一首并せて短歌

集歌 3627 安佐散礼婆 伊毛我手尓麻久 可我美奈須 美津能波麻備尓 於保夫祢尓 真可治之自奴伎 可良久尓々 和多理由加武等 多太牟可布 美奴面乎左指天 之保麻知弖 美乎妣伎由氣婆 於伎敝尓波 之良奈美多可美 宇良末欲理 許藝弖和多礼婆 和伎毛故尓 安波治乃之麻波 由布左礼婆 久毛為可久里奴 左欲布氣弖 由久敝乎之良尓 安我己許呂 安可志能宇良尓 布祢等米弖 宇伎祢乎詞都追 和多都美能 於枳乎見礼婆 伊射理須流 安麻能乎等女波 小船乗 都良々尓宇家里 安香等吉能 之保美知久礼婆 安之辨尓波 多豆奈伎和多流 安左奈藝尓 布奈弖乎世牟等 船人毛 鹿子毛許恵欲妣 柔保等里能 奈豆左比由氣婆 伊敝之麻婆 久毛為尓美延奴 安我毛敝流 許己呂奈具也等 波夜久伎弖 美牟等於毛比弖 於保夫祢乎 許藝和我由氣婆 於伎都奈美 多可久多知伎奴 与曽能末尓 見都追須疑由伎 多麻能宇良尓 布祢乎等杼米弖 波麻備欲里 宇良伊蘇乎見都追 奈久古奈須 祢能未之奈可由 和多都美能 多麻伎能多麻乎 伊敝都刀尓 伊毛尓也良牟等 比里比登里 素弖尓波伊礼弖 可敝之也流 都可比奈家礼婆 毛弖礼杼毛 之留思乎奈美等 麻多於伎都流可毛

訓読 朝されば 妹が手にまく 鏡なす 御津の浜びに 大船に 真楫(まかぢ)繁貫(しじぬ)き 韓国(からくに)に 渡り行かむと 直(ただ)向(むか)ふ 敏馬(みぬめ)をさして 潮待ちて 水脈(みを)引き行けば 沖辺(おきへ)には 白波高み 浦廻(うらみ)より 漕ぎて渡れば 吾妹子に 淡路の島は 夕されば 雲居隠りぬ さ夜更けて ゆくへを知らに 吾(あ)が心 明石の浦に 舶(ふね)泊(と)めて浮寝をしつつ わたつみの 沖辺(おきへ)を見れば 漁(いさり)する 海人(あま)の娘子(をとめ)は 小舟乗り つららに浮けり 暁の 潮満ち来れば 葦辺には 鶴(たづ)鳴き渡る 朝なぎに 船出をせむと 船人も 水手(かこ)も声呼び にほ鳥の なづさひ行けば 家島は 雲居に見えぬ 我が思へる 心なぐやと 早く来て 見むと思ひて 大船を 漕ぎ我が行けば 沖つ波 高く立ち来ぬ 外(よそ)のみに 見つつ過ぎ行き 玉の浦に 船を留めて 浜びより 浦(うら)礒(いそ)を見つつ 泣く子なす 音のみし泣かゆ わたつみの 手巻の玉を 家づとに 妹に遣らむと 拾(ひり)ひ取り 袖には入れて 帰し遣る 使(つかひ)なければ 持てれども 験(しるし)を無(な)みと また置きつるかも

私訳 朝になると貴女が手にとる鏡のような水面の澄む御津の海辺で、大船の艫に立派な楫を付けて、韓国に海を渡り行こうとして、真直ぐに敏馬を目指し、潮ぐあいを見ながら海流にそって行くと、沖の方は白波が高く、湊から漕いで渡ると、私の愛しい貴女に逢う、その淡路の島は、夕暮れになると雲に隠れてしまった。夜がふけて船が行く先が判らないので、私の心のような証しの、明石の湊で船を泊め、海原に船を漂わせ、渡す海の沖合を見ると、漁をする海人の娘たちは小舟に乗り、連なって海に浮かんでいる。暁の潮が満ちて来ると、葦のほとりに鶴が鳴き飛び渡る。朝の凪に船出をしようとすると、船に乗るように人も水手も声を掛け合い、にほ鳥のように浮き沈みしてゆくと、家島は雲の彼方に見えてきて、その家の名で私の想いは心なごむと、早く来て家島を見ようと、大船を漕いで私たちがゆくと、沖の波が高々と寄せて来た。遠くからだけ見ながら過ぎて行き、玉の浦に船を泊めて浜辺から浦の磯を見ていると、子どもが泣くようにさめざめと泣けてしまう。渡す海の海神が手に巻き持つという白玉を土産として貴女に贈ろうと思い拾いとり、袖には入れて、奈良の京に帰し贈る使いの者もいないので、持っていても仕方がないと、また捨てたことだ。


反歌二首
集歌 3628 多麻能宇良能 於伎都之良多麻 比利敝礼杼 麻多曽於伎都流 見流比等乎奈美
訓読 玉の浦の沖つ白玉拾(ひり)へれどまたぞ置きつる見る人をなみ

私訳 玉の浦の沖から寄せる白玉を拾ったのだが、また捨てました。それを見る貴女がいないので。


集歌 3629 安伎左良婆 和我布祢波弖牟 和須礼我比 与世伎弖於家礼 於伎都之良奈美
訓読 秋さらば吾(あ)が舶(ふね)泊(は)てむ忘れ貝寄せ来て置けれ沖つ白波

私訳 秋になったら、私の乗る船を再びここに泊めよう。貴女への物思いを忘れさせる忘れ貝を波に寄せて来させて浜辺に置いてくれ。沖に立つ白波よ。


周防國玖河郡麻里布浦行之時作歌八首
標訓 周防國の玖河郡(くかのこほり)の麻里布(まりふ)の浦を行きし時に作れる歌八首
集歌 3630 真可治奴伎 布祢之由加受波 見礼杼安可奴 麻里布能宇良尓 也杼里世麻之乎
訓読 真楫(まかぢ)貫(ぬ)き船し行かずは見れど飽かぬ麻里布(まりふ)の浦に宿りせましを

私訳 艫に立派な舵を挿し下ろすような大船はそこへ行くことができない。見ていて飽きない麻里布の浦に泊まっていきたのですが。


集歌 3631 伊都之可母 見牟等於毛比師 安波之麻乎 与曽尓也故非無 由久与思於奈美
訓読 いつしかも見むと思ひし粟島(あはしま)を外(よそ)にや恋ひむ行くよしをなみ

私訳 いつかは見ようと思う粟島を遠くから見ましょう。見たいと思っても行く方法がないので。


集歌 3632 大船尓 可之布里多弖天 波麻藝欲伎 麻里布能宇良尓 也杼里可世麻之
訓読 大船にかし振り立てて浜清き麻里布(まりふ)の浦に宿りかせまし

私訳 大船に舵を抜き起して、浜が清い麻里布の浦に泊まっていきたのですが。


集歌 3633 安波思麻能 安波自等於毛布 伊毛尓安礼也 夜須伊毛祢受弖 安我故非和多流
訓読 粟島(あはしま)の逢はじと思ふ妹にあれや安寝(やすい)も寝ずて吾(あ)が恋ひわたる

私訳 粟島の名の、その名のように「逢はじ」と私が思うような貴女でしょうか。物思いで安眠も出来なくて私は貴女に恋しています。


集歌 3634 筑紫道能 可太能於保之麻 思末志久母 見祢婆古非思吉 伊毛乎於伎弖伎奴
訓読 筑紫(つくし)道(ぢ)の可太(かた)の大島しましくも見ねば恋しき妹を置きて来ぬ

私訳 筑紫に行く可太の大島。その島の名のように「しましく」も逢わないからか貴女が恋しい。その貴女を奈良の京に置いて来た。


集歌 3635 伊毛我伊敝治 知可久安里世婆 見礼杼安可奴 麻里布能宇良乎 見世麻思毛能乎
訓読 妹が家路(いへぢ)近くありせば見れど飽かぬ麻里布(まりふ)の浦を見せましものを

私訳 貴女の家に行く路が近くにあったならば、見ていても飽くことのないこの麻里布の浦を見せたいのですが。


集歌 3636 伊敝妣等波 可敝里波也許等 伊波比之麻 伊波比麻都良牟 多妣由久和礼乎
訓読 家人は帰り早来(はやこ)と伊波比島(いはひしま)斎(いは)ひ待つらむ旅行く我れを

私訳 家に残る人は早く帰って来なさいと、伊波比島の名のように、貴女は神に斎って待つでしょう旅を行く私たちを。


集歌 3637 久左麻久良 多妣由久比等乎 伊波比之麻 伊久与布流末弖 伊波比伎尓家牟
訓読 草枕旅行く人を伊波比島(いはひしま)幾代(いくよ)経(へ)るまで斎(いは)ひ来にけむ

私訳 草を枕にするような辛い旅を行く人を斎う、伊波比島。何代ほども、そんな人々を斎って来たのだろう。


過大嶋鳴門而經再宿之後、追作歌二首
標訓 大嶋の鳴門を過ぎて再宿(ふたよ)を經(へ)し後に、追ひて作れる歌二首
集歌 3638 巨礼也己能 名尓於布奈流門能 宇頭之保尓 多麻毛可流登布 安麻乎等女杼毛
訓読 これやこの名に負(お)ふ鳴門のうづ潮に玉藻刈るとふ海人(あま)娘子(をとめ)ども

私訳 これよ、これ。人々に有名な鳴門のうづ潮は。その名を負う鳴門のうづ潮に玉藻を刈っている海人娘子たちは。

右一首、田邊秋庭
左注 右の一首は、田邊秋庭


集歌 3639 奈美能宇倍尓 宇伎祢世之欲比 安杼毛倍香 許己呂我奈之久 伊米尓美要都流
訓読 波の上に浮寝(うきね)せし夜(よひ)あど思へか心(こころ)悲(かな)しく夢に見えつる

私訳 沖行く波の上の大船で浮寝した夜に、どうして、ふと思ったのか、心悲しく貴女の姿が夢に見えました。
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万葉集巻十五を鑑賞する  集歌3600から集歌3619まで

2012年05月26日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻十五を鑑賞する


集歌 3600 波奈礼蘇尓 多弖流牟漏能木 宇多我多毛 比左之伎時乎 須疑尓家流香母
訓読 離れ礒(いそ)に立てるむろの木うたがたも久しき時を過ぎにけるかも

私訳 離れ磯に立っているムロの木は、まこと、長い年月を過ぎて来たのだな。


集歌 3601 之麻思久母 比等利安里宇流 毛能尓安礼也 之麻能牟漏能木 波奈礼弖安流良武
訓読 しましくもひとりありうるものにあれや島のむろの木離れてあるらむ

私訳 暫くの間も独りでいるものでしょうか。それなのに島のムロの木は、ひとり離れて立っている。

右八首、乗船入海路上作謌
左注 右の八首は、船に乗りて海に入り路の上にして作れる謌


集歌 3602 安乎尓余志 奈良能美夜古尓 多奈妣家流 安麻能之良久毛 見礼杼安可奴加毛
訓読 あをによし奈良の宮にたなびける天の白雲見れど飽かぬかも

私訳 若葉の色つやが美しい奈良の京にまで棚引く天の白雲は、見ていても飽きないものです。

右一首、詠雲
左注 右の一首は、雲を詠う


集歌 3603 安乎揚疑能 延太伎里於呂之 湯種蒔 忌忌伎美尓 故非和多流香母
訓読 青楊の枝伐(き)り下ろし斎種(ゆたね)蒔(ま)きゆゆしき君に恋ひわたるかも

私訳 青楊の枝を伐り下ろし木鍬を作り、斎種を播く神田下種祭の神事を行う神に仕える巫女である貴女に心が引かれます。


集歌 3604 妹我素弖 和可礼弖比左尓 奈里奴礼杼 比登比母伊毛乎 和須礼弖於毛倍也
訓読 妹が袖別れて久になりぬれど一日も妹を忘れて思へや

私訳 恋人の貴女と夜の床で袖を交えるような日々をしなくなって久しくなりますが、一日も貴女を私が忘れたと思いますか。


集歌 3605 和多都美乃 宇美尓伊弖多流 思可麻河伯 多延無日尓許曽 安我故非夜麻米
訓読 わたつみの海に出でたる飾磨(しかま)川(かわ)絶えむ日にこそ吾(あ)が恋やまめ

私訳 渡す海の海神が治める海に流れ出る飾磨川の水が絶える日が、私が貴女との恋をやめるときです。

右三首、戀歌
左注 右の三首は、戀歌


集歌 3606 多麻藻可流 乎等女乎須疑弖 奈都久佐能 野嶋我左吉尓 伊保里須和礼波
訓読 玉藻刈る乎等女(をとめ)を過ぎて夏草の野島が崎に廬りす吾(わ)れは

私訳 美しい藻を刈る乙女を行き過ぎて、夏草の茂る野島の崎に船宿りする我々は。

柿本朝臣人麿歌曰、敏馬乎須疑弖
左注 柿本朝臣人麿の歌に曰はく、敏馬を過ぎて

又曰、布祢知可豆伎奴
左注 また曰はく、舟近づきぬ


集歌 3607 之路多倍能 藤江能宇良尓 伊時里須流 安麻等也見良武 多妣由久和礼乎
訓読 白栲の藤江の浦に漁りする海人(あま)とや見らむ旅行く吾(あ)れを

私訳 白栲を造る葛(ふぢ)の、その藤江の浦で漁をする海人だろうかと思うだろう。旅を行く私を。

柿本朝臣人麿歌曰、安良多倍乃
左注 柿本朝臣人麿の歌に曰はく、荒栲の

又曰、須受吉都流安麻登香見良武
左注 また曰はく、鱸釣る海人とか見らむ


集歌 3608 安麻射可流 比奈乃奈我道乎 孤悲久礼婆 安可思能門欲里 伊敝乃安多里見由
訓読 天離る鄙の長道を恋ひ来れば明石の門(と)より家のあたり見ゆ

私訳 大和の京から離れた田舎からの長い道を大和の国を恋しく思って帰って来ると、明石の海峡から大和の家方向が見えました。

柿本朝臣人麿歌曰、夜麻等思麻見由
左注 柿本朝臣人麿の歌に曰はく、大和島見ゆ


集歌 3609 武庫能宇美能 尓波余久安良之 伊射里須流 安麻能都里船 奈美能宇倍由見由
訓読 武庫の海の庭よくあらし漁(いざり)する海人(あま)の釣舟波の上ゆ見ゆ

私訳 武庫の海の海上は穏やからしい。出漁している海人の釣船が波の上を見え隠れして行くのが見える。

柿本朝臣人麿歌曰、氣比乃宇美能
左注 柿本朝臣人麿の歌に曰はく、飼飯の海の

又曰、可里許毛能美多礼弖出見由安麻能都里船
左注 また曰はく、刈薦の乱れて出づ見ゆ海人の釣船


集歌 3610 安胡乃宇良尓 布奈能里須良牟 乎等女良我 安可毛能須素尓 之保美都良武賀
訓読 安胡の浦に舟乗りすらむ娘子(をとめ)らが赤裳の裾に潮満つらむか

私訳 安胡の浦で遊覧の船乗りをしているだろう官女の人たちの赤い裳の裾に潮の飛沫がかかって、すっかり濡れているでしょうか。

柿本朝臣人麿歌曰、安美能宇良
左注 柿本朝臣人麿の歌に曰はく、安美の浦

又曰、多麻母能須蘇尓
左注 また曰はく、珠裳の裾に


七夕歌一首
標訓 七夕の歌一首
集歌 3611 於保夫祢尓 麻可治之自奴伎 宇奈波良乎 許藝弖天和多流 月人乎登古
訓読 大船に真楫(まかぢ)繁貫(しじぬ)き海原(うなはら)を漕ぎ出て渡る月人(つきひと)壮士(をとこ)

私訳 大船の艫に立派な楫を刺し貫いて海原を漕ぎ出して、天の河を渡る月の船に乗る勇者よ。

右、柿本朝臣人麿歌
左注 右は、柿本朝臣人麿の歌


備後國水調郡長井浦舶泊之夜作歌三首
標訓 備後國の水調郡(みつきのこほり)の長井(ながゐ)の浦に舶(ふね)泊(はて)し夜に作れる歌三首
集歌 3612 安乎尓与之 奈良能美也故尓 由久比等毛我母 久左麻久良 多妣由久布祢能 登麻利都牙武仁
訓読 あをによし奈良の京に行く人もがも草枕旅行く船の泊り告げむに

私訳 若葉が照り輝き美しい奈良の京に行く人がいてほしい。草を枕にするような苦しい旅を行く船中の日々での出来事を告げるために。

右一首、大判官
左注 右の一首は、大判官


集歌 3613 海原乎 夜蘇之麻我久里 伎奴礼杼母 奈良能美也故波 和須礼可祢都母
訓読 海原(うなはら)を八十島(やそしま)隠(かく)り来ぬれども奈良の京は忘れかねつも

私訳 海原を幾つもの島々を過ぎ去った島で重ね隠すようにやって来たが、奈良の京は忘れられないものです。


集歌 3614 可敝流散尓 伊母尓見勢武尓 和多都美乃 於伎都白玉 比利比弖由賀奈
訓読 帰るさに妹に見せむにわたつみの沖つ白玉拾ひて行かな

私訳 帰る時には貴女に見せたいと、海神の治める沖にある白玉を海に潜り拾って行こう。


風速浦舶泊之夜作歌二首
標訓 風速の浦に舶(ふね)泊(はて)し夜に作れる歌二首
集歌 3615 和我由恵仁 妹奈氣久良之 風早能 宇良能於伎敝尓 奇里多奈妣家利
訓読 吾(あ)がゆゑに妹嘆くらし風早(かぜはや)の浦の沖辺(おきへ)に霧たなびけり

私訳 私のために貴女は逢えない悲しみに嘆くらしい、風早の浦の沖合に霧が立ち込め流れて逝く。


集歌 3616 於伎都加是 伊多久布伎勢波 和伎毛故我 奈氣伎能奇里尓 安可麻之母能乎
訓読 沖つ風いたく吹きせば吾妹子が嘆きの霧に飽かましものを

私訳 沖に吹く風がもし強く吹くと、私の愛しい貴女の嘆きの霧に飽きるほどしっとり包まれてしまいたい。


安藝國長門嶋舶泊礒邊作歌五首
標訓安藝國の長門の嶋に舶(ふな)泊(はて)して礒邊(いそへ)に作れる歌五首
集歌 3617 伊波婆之流 多伎毛登杼呂尓 鳴蝉乃 許恵乎之伎氣婆 京師之於毛保由
訓読 石(いは)走る瀧(たき)もとどろに鳴く蝉の声をし聞けば京し思ほゆ

私訳 巌を流れ落ちる瀧の音がとどくのに、それを越えるように鳴く蝉の声を聞くと奈良の京が思い出されます。

右一首、大石蓑麿
左注 右の一首は、大石蓑麿


集歌 3618 夜麻河伯能 伎欲吉可波世尓 安蘇倍杼母 奈良能美夜故波 和須礼可祢都母
訓読 山川の清き川瀬に遊べども奈良の都は忘れかねつも

私訳 山からの川の清い川瀬に風流を楽しんでも奈良の京が忘れられません。


集歌 3619 伊蘇乃麻由 多藝都山河 多延受安良婆 麻多母安比見牟 秋加多麻氣弖
訓読 石(いそ)の間(ま)ゆたぎつ山川絶えずあらばまたも相見む秋片巻けて

私訳 石の間に激しく流れる山からの川の水が絶えないのなら、また再び見ましょう。秋が中盤になるころ。
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万葉集巻十五を鑑賞する  集歌3578から集歌3599まで

2012年05月24日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻十五を鑑賞する

はじめに
 万葉集巻十五の歌を鑑賞しますが、例によって、紹介する歌は、原則として西本願寺本の原文の表記に従っています。そのため、紹介する原文表記や訓読みに普段の「訓読み万葉集」と相違するものもありますが、それは採用する原文表記の違いと素人の無知に由来します。また、勉学に勤しむ学生の御方にお願いですが、ここでは原文、訓読み、それに現代語訳や一部に解説があり、それなりの体裁はしていますが、正統な学問からすると紹介するものは全くの「与太話」であることを、ご了解ください。つまり、コピペには全く向きません。あくまでも、大人の楽しみでの与太話で、学問ではありません。
 この万葉集巻十五は遣新羅使の歌と中臣朝臣宅守と狭野茅上娘子との贈答歌だけで編纂された巻です。この編纂に関して、ご存じのように万葉集は他の書物とは違い、本の目次となる巻の目録と本の内容となる本文とは、その作成された年代が違うという大きな特徴があります。このため、万葉集のそれぞれの巻の目録には、本文と正しく関連すると云うことについて十分な信頼性はありません。遣新羅使の歌は、慎重に鑑賞すると数次に亘る遣新羅使が詠う歌であることが判ると思います。つまり、本文と目録には矛盾があります。この件などについては、今後「万葉集巻十五を考える」で私案を述べる予定ですが、ここではそれを前提に数次に亘る遣新羅使が詠う歌として鑑賞しています。
 個人の感想ですが、万葉集巻十五は天武天皇が作り上げた対朝鮮融和策(新羅友好政策)と大和歌に対する、ある種の挽歌と考えています。特殊な鑑賞の立場ですが、それをご了解の上でお付き合いください。

遣新羅使人等、悲別贈答、及海路慟情陳思、并當所誦之古歌
標訓 新羅に遣(つか)はされし使ひ人等(たち)の、別れを悲(かな)しびて贈答し、また海路(うなぢ)にして情(こころ)を慟(いた)ましめる思(おも)ひを陳(の)べたる。并せて所に當りて誦(うた)へる古き歌

集歌 3578 武庫能浦乃 伊里江能渚鳥 羽具久毛流 伎美乎波奈礼弖 古非尓之奴倍之
訓読 武庫の浦の入江の渚鳥(すどり)羽(は)ぐくもる君を離(はな)れて恋に死ぬべし

私訳 武庫の浦の入江の渚に巣を作る渚鳥が雛を羽で隠すように、家に籠っている貴女から離れてしますと、恋しくて死んでしまうでしょう。


集歌 3579 大船尓 伊母能流母能尓 安良麻勢波 羽具久美母知弖 由可麻之母能乎
訓読 大船に妹乗るものにあらませば羽(は)ぐくみ持ちて行かましものを

私訳 大船に貴女が乗れるものでしたら親鳥が雛を羽で隠すように、連れて行きたいものです。


集歌 3580 君之由久 海邊乃夜杼尓 奇里多々婆 安我多知奈氣久 伊伎等之理麻勢
訓読 君が行く海辺の宿に霧立たば吾が立ち嘆く息と知りませ

私訳 貴方が行く海辺の宿に霧が立ったならば、それは私が嘆くため息と思って下さい。


集歌 3581 秋佐良婆 安比見牟毛能乎 奈尓之可母 奇里尓多都倍久 奈氣伎之麻佐牟
訓読 秋さらば相見むものを何しかも霧に立つべく嘆きしまさむ

私訳 秋になったらまた互いに逢うことが出来るのに、どうして霧が立ち込めるようなため息となる深い嘆きをなさるのですか。


集歌 3582 大船乎 安流美尓伊太之 伊麻須君 都追牟許等奈久 波也可敝里麻勢
訓読 大船を荒海(あるみ)に出だしいます君障(つつ)むことなく早帰りませ

私訳 大船で荒海を漕ぎ出される貴方。無事で早く帰って来て下さい。


集歌 3583 真幸而 伊毛我伊波伴伐 於伎都奈美 知敝尓多都等母 佐波里安良米也母
訓読 ま幸くて妹が斎(いは)はば沖つ波千重に立つとも障(さは)りあらめやも

私訳 ご無事でと、貴女が私を祈ってくれるのですと、沖に波が千重も立ったとしても航海の障害となるでしょうか。


集歌 3584 和可礼奈波 宇良我奈之家武 安我許呂母 之多尓乎伎麻勢 多太尓安布麻弖尓
訓読 別れなばうら悲しけむ吾(あ)が衣下にを着ませ直に逢ふまでに

私訳 別れたら、どれほど悲しいでしょう。私の衣を服の下に来て下さい。直接、また逢う日まで。


集歌 3585 和伎母故我 之多尓毛伎余等 於久理多流 許呂母能比毛乎 安礼等可米也母
訓読 吾妹子が下にも着よと贈りたる衣の紐を吾(あ)れ解かめやも

私訳 私の愛しい貴女が、服の下に着てくださいと贈ってくれた衣の紐を私が解くことはありません。


集歌 3586 和我由恵尓 於毛比奈夜勢曽 秋風能 布可武曽能都奇 安波牟母能由恵
訓読 吾(あ)がゆゑに思ひな痩せそ秋風の吹かむその月逢はむものゆゑ

私訳 私のために想い悩んで痩せないでください。秋風の吹くころの、その月にはまた逢えるもですから。


集歌 3587 多久夫須麻 新羅邊伊麻須 伎美我目乎 家布可安須可登 伊波比弖麻多牟
訓読 栲(たく)衾(ふすま)新羅(しらぎ)へいます君が目を今日か明日かと斎(いは)ひて待たむ

私訳 白い栲衾の言葉のような新羅へ行かれる貴方に私の姿を直接に見ていただけるのは、今日か明日かと祈って待っています。


集歌 3588 波呂波呂尓 於母保由流可母 之可礼杼毛 異情乎 安我毛波奈久尓
訓読 はろはろに思ほゆるかもしかれども異(け)しき心を吾(あ)が思はなくに

私訳 離れていると波が寄せ来るように何度も何度も貴女は物思いをするかも知れませんが、旅先の新羅美人に心を寄せるような気持を私は持っていません。

右十一首、贈答
左注 右の十一首は、贈答


集歌 3589 由布佐礼婆 比具良之伎奈久 伊故麻山 古延弖曽安我久流 伊毛我目乎保里
訓読 夕さればひぐらし来鳴く生駒山越えてぞ吾が来る妹が目を欲り

私訳 役所の仕事も終わり夕暮れになると、ひぐらしがやって来て鳴く生駒山を越えて私が貴女の許へやって来る。貴女に逢いたい一心で。

右一首、秦間満
左注 右の一首は、秦間満


集歌 3590 伊毛尓安波受 安良婆須敝奈美 伊波祢布牟 伊故麻乃山乎 故延弖曽安我久流
訓読 妹に逢はずあらばすべなみ岩根(いはね)踏む生駒の山を越えてぞ吾(あ)が来る

私訳 貴女に逢えないのならどうしようもない。険しい岩道を踏み越える生駒山を越えて私が貴女の許へやって来る。

右一首、暫還私家陳思
左注 右の一首は、暫(しまし)く私の家に還りて思(おもひ)を陳(の)ぶ


集歌 3591 妹等安里之 時者安礼杼毛 和可礼弖波 許呂母弖佐牟伎 母能尓曽安里家流
訓読 妹とありし時はあれども別れては衣手寒きものにぞありける

私訳 貴女と一緒にいたときは良かったけれど、貴女と離れては衣の袖が寒いことが感じられます。


集歌 3592 海原尓 宇伎祢世武夜者 於伎都風 伊多久奈布吉曽 妹毛安良奈久尓
訓読 海原(うなはら)に浮寝せむ夜は沖つ風いたくな吹きそ妹もあらなくに

私訳 海原に浮寝する夜は沖の風をそんなに強く吹くな。寒さを忘れさせる愛しい貴女がいないのだから。


集歌 3593 大伴能 美津尓布奈能里 許藝出而者 伊都礼乃思麻尓 伊保里世武和礼
訓読 大伴の御津(みつ)に船乗り漕ぎ出てはいづれの島に廬(いほ)りせむ吾(あ)れ

私訳 大伴の御津から船に乗り漕ぎ出して、次はどこにの島に停泊するのだろうか。我々は。

右三首、臨發之時作歌
左注 右の三首は、發(た)たむに臨(のぞ)みぬ時に作れる歌


集歌 3594 之保麻都等 安里家流布祢乎 思良受之弖 久夜之久妹乎 和可礼伎尓家利
訓読 潮待つとありける船を知らずして悔(くや)しく妹を別れ来にけり

私訳 潮を待って停船していると知らないで、残念なことに貴女と別れて来てしまった。


集歌 3595 安佐妣良伎 許藝弖天久礼婆 牟故能宇良能 之保非能可多尓 多豆我許恵須毛
訓読 朝開き漕ぎ出て来れば武庫の浦の潮干(しほひ)の潟に鶴(たづ)が声すも

私訳 朝が明けるのを待って船を漕ぎ出てくると武庫の浦の潮の干いた潟に鶴の声がする。


集歌 3596 和伎母故我 可多美尓見牟乎 印南都麻 之良奈美多加弥 与曽尓可母美牟
訓読 吾妹子が形見に見むを印南(いなみ)都麻(つま)白波高み外(よそ)にかも見む

私訳 私の愛しい貴女の形見にしようと、近くで見たいのに妻の名のある印南の都麻は白波が高いので遠く沖合から見ましょう。


集歌 3597 和多都美能於 伎津之良奈美 多知久良思 安麻乎等女等母 思麻我久礼見由
訓読 わたつみの沖つ白波立ち来らし海人(あま)娘子(をとめ)ども島(しま)隠(かく)る見ゆ

私訳 渡す海の海神の治める沖に白波が立って来るらしい。海人少女たちが乗る船が島影に隠れて行くのが見える。


集歌 3598 奴波多麻能 欲波安氣奴良 多麻能宇良尓 安佐里須流多豆 奈伎和多流奈里
訓読 ぬばたまの夜は明けぬらし玉の浦にあさりする鶴(たづ)鳴き渡るなり

私訳 漆黒の夜は明けるらしい。玉の浦で餌を探す鶴の啼き声が響き渡る。


集歌 3599 月余美能 比可里乎伎欲美 神嶋乃 伊素末乃宇良由 船出須和礼波
訓読 月読(つきよみ)の光りを清み神島の礒廻(いそま)の浦ゆ船出す吾(わ)れは

私訳 月の光が清らかなので、(広島県福山市の)神島の磯廻の湊から船出をする。私たちは。
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万葉集巻十九を鑑賞する  集歌4280から集歌4292まで

2012年05月21日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻十九を鑑賞する


集歌4280 立別 君我伊麻左婆 之奇嶋能 人者和礼自久 伊波比弖麻多牟
訓読 立ち別れ君がいまさば磯城島(しきしま)の人は吾(われ)じく斎(いほ)ひて待たむ

私訳 旅立ち別れの、貴方がいらっしゃらないと、この敷島の大和の人は、我がことのように、無事を祈って帰りを待っています。

右一首、右京少進大伴宿祢黒麻呂
注訓 右の一首は、右京少進大伴宿祢黒麻呂


集歌4281 白雪能 布里之久山乎 越由加牟 君乎曽母等奈 伊吉能乎尓念 (伊伎能乎尓須流)
訓読 白雪の降り敷く山を越え行かむ君をそもとな息(いき)の緒に思ふ (息の緒にする)

私訳 白雪の降り積もる山を越えて行くでしょう貴方を、無性に心に込めて慕います。

左大臣換尾云、伊伎能乎尓須流。然猶喩曰、如前誦之也
注訓 左大臣の尾(び)を換へて云ふには「息の緒にする」と。然れども、猶、喩(さと)して曰はく「前の如く之を誦め」と。

右一首、少納言大伴宿祢家持
注訓 右の一首は、少納言大伴宿祢家持


五年正月四日、於治部少輔石上朝臣宅嗣家宴謌三首
標訓 五年の正月四日に、治部少輔石上朝臣宅嗣の家(いへ)にして宴(うたげ)せし謌三首
集歌4282 辞繁 不相問尓 梅花 雪尓之乎礼氏 宇都呂波牟可母
訓読 辞(こと)繁み相問はなくに梅し花雪にしをれてうつろはむかも

私訳 正月の神事が重なり、相聞することも無いうちに梅の花は雪に萎れて花の季節は終わるのでしょうか。

注意 原文の「辞繁」の「辞」の解釈は世事である「事」ではなく「神事」の「辞」として鑑賞しています。

右一首、主人石上朝臣宅嗣
注訓 右の一首は、主人(あるじ)石上朝臣宅嗣


集歌4283 梅花 開有之中尓 布敷賣流波 戀哉許母礼留 雪乎持等可
訓読 梅し花咲けるが中にふふめるは恋か隠れる雪を待つとか

私訳 梅の花が咲いているが、中に混じってつぼみがあるのは、眺める人への恋心が隠れているのか、それとも雪を待っているのでしょうか。

右一首、中務大輔茨田王
注訓 右の一首は、中務大輔茨田王


集歌4284 新 年始尓 思共 伊牟礼氏乎礼婆 宇礼之久母安流可
訓読 新しき年し初めに思ふどちい群れて居(を)れば嬉しくもあるか

私訳 新しい年の初めに親しい人同士が集っていると、なんと楽しいことでしょうか。

右一首、大膳大夫道祖王
注訓 右の一首は、大膳大夫道祖王


十一日、大雪落積尺有二寸。因述拙懐三首
標訓 十一日に、大雪の落(ふ)り積ること尺に二寸あり。因りて拙(つたな)き懐(おもひ)を述べたる三首
集歌4285 大宮能 内尓毛外尓母 米都良之久 布礼留大雪 莫踏祢乎之
訓読 大宮の内にも外(と)にもめづらしく降れる大雪な踏みそね惜(を)し

私訳 大宮の内にも外にも、愛でるように降った大雪は、踏み荒らすな、雪の景色が惜しいから。


集歌4286 御苑布能 竹林尓 鴬波 之波奈吉尓之乎 雪波布利都々
訓読 御苑生(みそのふ)の竹し林に鴬はしば鳴きにしを雪は降りつつ

私訳 御庭園の竹の林に鶯が、しきりに啼いていたのに、雪は降り続けている。


集歌4287 鴬能 鳴之可伎都尓尓保敝理之 梅此雪尓 宇都呂布良牟可
訓読 鴬の鳴きし垣内(かきつ)ににほへりし梅この雪にうつろふらむか

私訳 鶯の啼いている垣根の内に咲き誇る梅、この雪で散り逝ってしまうだろうか。


十二日、侍於内裏聞千鳥喧作謌一首
標訓 十二日に、内裏(うち)に侍(さもら)ひて千鳥の喧(な)くを聞きて作れる謌一首
集歌4288 河渚尓母 雪波布礼々之 宮乃裏 智杼利鳴良之 為牟等己呂奈美
訓読 河渚(かはす)にも雪は降れれし宮の裏(うち)に千鳥鳴くらし居(を)む処(ところ)無(な)み

私訳 川の洲にも雪は降っている、宮の内まで千鳥が飛び来て啼いているようだ、雪で居るべき場所がないので。


二月十九日、於左大臣橘家宴、見攀折柳條謌一首
標訓 二月十九日に、左大臣橘の家(いへ)の宴(うたげ)にして、攀(よ)ぢ折れる柳の條(えだ)を見たる謌一首
集歌4289 青柳乃 保都枝与治等理 可豆良久波 君之屋戸尓之 千年保久等曽
訓読 青柳の上枝(ほつゑ)攀(よ)ぢ取りかづらくは君し宿にし千年(ちとし)寿(ほ)くとぞ

私訳 青柳の梢の枝を攀じ取って、蔓にするのは貴方の家で、千年の寿を祝うためです。


廿三日、依興作謌二首
標訓 廿三日に、興に依りて作れる謌二首
集歌4290 春野尓 霞多奈比伎 宇良悲 許能暮影尓 鴬奈久母
訓読 春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも

私訳 春の野に霞が棚引き、なんとなく物悲しい。この夕暮れに鶯が鳴いていても。


集歌4291 和我屋度能 伊佐左村竹 布久風能 於等能可蘇氣伎 許能由布敝可母
訓読 我が宿のい笹群竹(むらたけ)吹く風の音のかそけきこの夕かも

私訳 我が家の少しばかりの群竹を吹き過ぎる風の音がかすかな、この夕暮れよ。


廿五日、作謌一首
標訓 廿五日に、作れる謌一首
集歌4292 宇良々々尓 照流春日尓 比婆理安我里 情悲毛 比等里志於母倍婆
訓読 うらうらに照れる春日(はるひ)に雲雀(ひばり)上がり心悲しも独し思へば

私訳 うららかに輝いている春の日に雲雀が飛び上がり、でも、気持ちは悲しいのです、独りで物思いをすると。

春日遅〃鶬鶊正啼、悽惆之意非歌難撥耳。仍作此歌、式展締緒。但此巻中不偁作者名字、徒録年月所處縁起者、皆大伴宿祢家持裁作歌詞也。
注訓 春日(はるひ)は遅遅(ちち)にして、鶬鶊(ひばり)正(まさ)に啼く、悽惆(せいちう)の意(こころ)は歌にあらずは撥(はら)ひ難しのみ。仍(よ)りて此の歌を作り、式(も)ちて締(むすば)れし緒(こころ)を展(の)ぶ。但(しかし)、此の巻の中に作者の名字(な)を偁(い)はず、徒(ただ)、年月・所處・縁起を録(しる)せるは、皆大伴宿祢家持の裁作(つく)れる歌詞(うた)なり。

注訳 春の日はゆるゆるのどかにして、雲雀はその季節に鳴く、気鬱の気分は歌でなければ打ち払うことが難しい。そこでこの歌を作り、よって凝り固まった気持ちを解く。なお、この巻の中に作者の名を示さず、ただ、年月・場所・縁起だけを記したものは、すべて大伴宿祢家持の作った歌である。

注意 この左注の解釈で、左注を記述した人物を大伴家持とする立場と、そうでないとする立場があります。家持が記述したとする立場での左注の漢文の解釈では、少なくともこの巻十九は家持の編纂と推定します。一方、左注の漢文の「皆大伴宿祢家持裁作歌詞也」の句などの文言や文章構成から家持の文章で無いとする立場では、万葉集巻十九の編纂と家持との関係が、依然、不明となります。素人感覚ですが、この文章の前半は集歌4292の歌に対する評論のみで、後半は巻十九全体の作歌者の推定を述べています。およそ、この文章の構成からは左注を記述した人物は家持ではない人物によるものと推定され、文章の趣旨としては集歌4292の歌の鑑賞とその作歌者を大伴家持とする推定を述べたものと考えられます。これは集歌4292の歌の「比婆理安我里 情悲毛」の句における、相互の句のつながりの特殊性によるものと考えられます。
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