竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集巻七を鑑賞する  集歌1370から集歌1389まで

2012年04月30日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻七を鑑賞する


寄雨
標訓 雨に寄せる
集歌1370 甚多毛 不零雨故 庭立水 太莫逝 人之應知
訓読 はなはだも降らぬ雨故(ゆゑ)にはたづみいたくな行きそ人し知るべく

私訳 それほどひどくは降っていない雨なのだから、庭に水溜まりを大仰にして帰って行かないで、人が気付いてしまう。


集歌1371 久堅之 雨尓波不著乎 恠毛 吾袖者 干時無香
訓読 ひさかたし雨には着ぬを恠(あや)しくも吾が衣手(ころもて)は干(ひ)る時なきか

私訳 遥か彼方からの雨の時には着ることがないのに、不思議なことに私の衣の袖は乾く時が無いようです。


寄月
標訓 月に寄せる
集歌1372 三空徃 月讀牡士 夕不去 目庭雖見 因縁毛無
訓読 み空行く月読(つくよみ)牡士(をとこ)夕(ゆふ)さらず目には見れども寄る縁(よし)も無み

私訳 美しい空を渡り行く月読壮士は宵ごとに目には見ることが出来るが、近寄る縁がありません。


集歌1373 春日山 々高有良之 石上 菅根将見尓 月待難
訓読 春日(かすか)山(やま)山高(やまた)からし石(いは)し上(へ)し菅し根見むに月待ち難(かた)し

私訳 春日山よ、その山が高いらしい。月明りで岩の上の菅の根を見ようとするに、月の出を待ちきれない。


集歌1374 闇夜者 辛苦物乎 何時跡 吾待月毛 早毛照奴賀
訓読 闇(やみ)し夜は苦しきものを何時(いつ)しかと吾が待つ月も早も照らぬか

試訳 貴女の姿が見えない暗闇の夜はつらいものです。いつ出て来るのかと私が待っている。月も早く出て照らないものでしょうか。

注意 集歌1375の歌の左注により、試訳を行っています。


集歌1375 朝霜之 消安命 為誰 千歳毛欲得跡 吾念莫國
訓読 朝霜(あさしも)し消(け)やすき命(いのち)誰がために千歳(ちとせ)もがもと吾が念(おも)はなくに

私訳 朝霜のように消えやすい命、他の誰のためにも千年も生きてありたいと私は願うことはありません。

右一首者、不有譬喩歌類也。但、闇夜歌人、所心之故並作此謌。因、以此歌載於此次。
注訓 右の一首は、譬喩歌の類(たぐひ)に有らず。但し、「闇の夜」を歌ふ人の、所心(おもひ)の故に並(とも)に此の謌を作れり。因りて、この歌を以つて此の次(しだひ)に載せたり。


寄赤土
標訓 赤土(はに)に寄せる
集歌1376 山跡之 宇陀乃真赤土 左丹著者 曽許裳香人之 吾乎言将成
試訓 山し跡(あと)し宇陀(うだ)の真赤土(まはに)しさ丹(に)著(つ)かばそこもか人し吾(あ)を言(こと)なさむ

試訳 山から採って来た宇陀の真っ赤な赤土のように、(あの人に出会って)真っ赤に私が顔を染めたら、そのことであの人は私に愛を誓うでしょうか。

注意 原文の「山跡之」は、一般に「大和の」と訓みます。


寄神
標訓 神に寄せる
集歌1377 木綿懸而 祭三諸乃 神佐備而 齊尓波不在 人目多見許増
訓読 木綿(ゆふ)懸(か)けて祭る三諸(みもろ)の神さびて斎(いは)ふにはあらず人目(ひとめ)多(た)みこそ

私訳 木綿の幣を懸けてお祭りする三諸の神のように、神々しいからと身を慎んでいるのではありません。人目が多いからです。


集歌1378 木綿懸而 齊此神社 可超 所念可毛 戀之繁尓
訓読 木綿(ゆふ)懸(か)けて斎(いは)ふこの神社(もり)越えぬべく念(おも)ほゆるかも恋し繁きに

私訳 木綿の幣を懸けて身を慎しむべきこの神の杜を越えて行きたいと願うほどです。恋心の激しさに。


寄河
標訓 河に寄せる
集歌1379 不絶逝 明日香川之 不逝有者 故霜有如 人之見國
訓読 絶えず逝(い)く明日香し川し逝(い)かざらば故(ゆゑ)しもあるごと人し見まくに

私訳 絶えず流れ行く明日香の川の水が流れ行かないのであれば、何かわけがあるのだろうと人は思うでしょう。気持がよどむのは、なにか訳でもありますか。


集歌1380 明日香川 湍瀬尓玉藻者 雖生有 四賀良美有者 靡不相
訓読 明日香川瀬々(せせ)に玉藻は生(お)ひたれどしがらみあれば靡きあはなく

私訳 明日香の川の速い流れの瀬ごとに美しい藻は生えたけれど、しがらみがあるので靡くことをしない。


集歌1381 廣瀬川 袖衝許 淺乎也 心深目手 吾念有良武
訓読 広瀬川袖漬(つ)くばかり浅きをや心深めて吾が念(も)へるらむ

私訳 広瀬川は袖が川に漬かるほど浅いのに。なのに気を留めてくれない浅き心根の人を、心を込めて私は恋い慕っています。


集歌1382 泊瀬川 流水沫之 絶者許曽 吾念心 不遂登思齒目
訓読 泊瀬川流る水沫(みなわ)し絶えばこそ吾が念(も)ふ心遂(と)げじと思はめ

私訳 泊瀬川を流れる水の泡がもし絶えるのなら、私が恋い慕う気持ちは遂げられないと思うでしょう。


集歌1383 名毛伎世婆 人可知見 山川之 瀧情乎 塞敢与有鴨
訓読 嘆(なげ)きせば人知りぬべみ山川し激(たぎ)つ情(こころ)を塞(せ)かへてあるかも

私訳 この心境を嘆いたなら人はきっと気づくでしょう、山の川のような激しい恋心を心の内に堰き止めているのです。


集歌1384 水隠尓 氣衝餘 早川之 瀬者立友 人二将言八方
訓読 水隠(みこも)りに息衝(いきつ)きあまり早川し瀬には立つとも人に言はめやも

私訳 潜水して呼吸を継ぎに息を激しく吐き出すほどの激しい早川の瀬には立ったとしても(=窮地に立つ)、人には語らないでください。


寄埋木
標訓 埋れ木に寄せる
集歌1385 真鉇持 弓削河原之 埋木之 不可顕 事等不有君
訓読 真鉋(まかな)持ち弓削(ゆげ)し川原し埋木(うもれぎ)し顕(あらは)れがたき事にあらなくに

私訳 立派な鉋を持って弓を削る、その言葉の表示のような弓削の川原の埋木のように、表に現れないで済みそうな事ではないのに。

注意 原文の「真鉇持弓削河原之」は、歌を木簡などに墨書して回覧することで初めて了解可能な表現方法です。


寄海
標訓 海に寄せる
集歌1386 大船尓 真梶繁貫 水手出去之 奥将深 潮者干去友
訓読 大船に真梶(まかぢ)繁(しじ)貫(ぬ)き水手(かこ)出(い)なし沖つ深けむ潮は干(ひ)ぬとも

私訳 大船に立派な梶を刺し貫いて水夫たちが出航していった。沖はきっと大船に相応しく深いのでしょう。潮は引いていても。


集歌1387 伏超従 去益物乎 間守尓 所打沾 浪不數為而
訓読 伏超(ふせこえ)ゆ行かましものを守らひに打ち濡らさえぬ浪数(よ)まずして

私訳 伏超から行けばよかったのに、浪間を見計らっている間に波に打ち濡らされてしまった。浪を十分に考慮しなくて。


集歌1388 石灑 岸之浦廻尓 縁浪 邊尓来依者香 言之将繁
訓読 石(いは)灑(そそ)く岸し浦廻(うらみ)に寄する浪(なみ)辺(へ)に来寄らばか言(こと)し繁(しげ)けむ

私訳 岩に水が飛び散る岸の浦辺に打ち寄せる浪、その浪のように貴女のそばに近づき寄ったら、きっと、噂話が激しく立つでしょう。


集歌1389 礒之浦尓 来依白浪 反乍 過不勝者 雉尓絶多倍
訓読 礒し浦に来寄る白浪反(かへ)りつつ過ぎかてなくは雉にたゆたへ

私訳 磯の入り江に寄せ来る白浪が打ち返すように、何度も振り返りながら通り過ぎて行けないのは、焼野の雉のように激しく気を引かれてためらっているから。

注意 原文の「雉尓絶多倍」は、一般に「誰尓絶多倍」の誤記として「誰にたゆたへ」と訓みますが、ここでは原文のままに訓んでいます。なお、慣用句「焼野の雉子、夜の鶴」が奈良時代に使われていたかは不安です。
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万葉集巻七を鑑賞する  集歌1350から集歌1369まで

2012年04月28日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻七を鑑賞する


集歌1350 淡海之哉 八橋乃小竹乎 不造矢而 信有得哉 戀敷鬼乎
訓読 淡海(あふみ)しや矢橋(やはし)の小竹(しの)を矢はがずてまことありえむや恋しきものを
私訳 近江の、あの矢橋に生える小竹を、その言葉のように矢として羽を付けることをしないで、本当にこのままでいられるでしょうか。これほど恋い焦がれているのに。

集歌1351 月草尓 衣者将摺 朝露尓 所沾而後者 徒去友
訓読 月草(つきくさ)に衣(ころも)は摺(す)らむ朝露に濡れてし後(のち)はただうせるとも
私訳 ツユクサの葉で衣を摺り染めましょう。朝露に濡れたその後は、いたずらに色が失せて行くとしても。

集歌1352 吾情 湯谷絶谷 浮蓴 邊毛奥毛 依益士
訓読 吾(あ)が情(こころ)ゆたにたゆたに浮蓴(うきぬは)し辺(へ)にも沖にも寄りまさらしし
私訳 私の気持ちはゆらゆらと水面を漂うジュンサイの草、岸辺にも沖にも波に漂い寄せられるのです。

寄稲
標訓 稲に寄せる
集歌1353 石上 振之早田乎 雖不秀 繩谷延与 守乍将居
訓読 石上(いそのかみ)布留(ふる)し早稲田(わせた)を秀(ひ)でずとも縄(なは)だに延(は)へよ守(も)りつつ居(を)らむ
私訳 石上の布留の早稲田を、穂が出ていなくても縄だけは張っておけ、田を荒らされないように見守っていよう。

寄木
標訓 木に寄せる
集歌1354 白菅之 真野乃榛原 心従毛 不念君之 衣尓摺
訓読 白菅(しらすげ)し真野(まの)の榛原(はりはら)心ゆも念(おも)はぬ君し衣に摺(す)りつ
私訳 白菅にある真野の榛原よ、心底から私を恋い慕ってくれない貴方の衣に神に祈りを捧げる神事の摺り染めをしました。

集歌1355 真木柱 作蘇麻人 伊左佐目丹 借廬之為跡 造計米八方
訓読 真木柱(まきはしら)作る杣人(そまひと)いささめに仮廬(かりほ)しためと造りけめやも
私訳 立派な宮殿の柱を作る杣人は、いい加減に仮の宿りのためとして造るでしょうか。

集歌1356 向峯尓 立有桃樹成哉等 人曽耳言為 汝情勤
訓読 向(むか)つ峯(を)に立てる桃し樹成らめやと人ぞ耳言(ささや)く汝(な)が情(こころ)ゆめ
私訳 向かいの峯に生え立っている桃の木は、実がなるだろうかと、人が噂してささやきあっている。貴女の気持ちは油断してはいけない。

集歌1357 足乳根乃 母之其業 桑尚 願者衣尓 著常云物乎
訓読 足乳(たらち)ねの母しそれ業(な)る桑(くはこ)すら願へば衣(きぬ)に着(け)すといふものを
私訳 乳を与え育ててくれた母が育てる蚕でも、願えば絹衣として着させてくれると云うではないか。

集歌1358 波之吉也思 吾家乃毛桃 本繁 花耳開而 不成在目八方
訓読 はしきやし吾家(わぎへ)の毛桃(けもも)本(もと)繁(しげ)み花のみ咲きてならずあらめやも
私訳 愛しい私の家の毛桃は幹に葉がたっぷり繁っている。花だけ咲いて実がならないことがあるでしょうか。

集歌1359 向岳之 若楓木 下枝取 花待伊間尓 嘆鶴鴨
訓読 向(むか)つ岳(を)し若(わか)楓(かつら)木し下枝(しづえ)取り花待つい間(ま)に嘆きつるかも
私訳 向かいの丘の若楓の木の下枝を手に取り、その花の咲くのを待つ、その間に、ため息をついたことです。

寄花
標訓 花に寄せる
集歌1360 氣緒尓 念有吾乎 山治左能 花尓香君之 移奴良武
訓読 気(いき)し緒に念(おも)へる吾を山ぢさの花にか君し移(うつ)ろひぬらむ
私訳 命に掛けて恋い焦がれる私を、山ぢさの花のように貴女の気持ちは気移りしたのでしょうか。

集歌1361 墨吉之 淺澤小野之 垣津幡 衣尓揩著 将衣日不知毛
訓読 住吉(すみのへ)し浅沢(あささは)小野し杜若(かきつばた)衣(きぬ)に摺(す)り付け着(き)む日知らずも
私訳 住吉にある浅沢の小野の杜若を衣に摺り染め付けて、その衣を着る日が何時とは判らないのです。

集歌1362 秋去者 影毛将為跡 吾蒔之 韓藍之花乎 誰採家牟
訓読 秋さらば移(うつ)しもせむと吾が蒔きし韓(から)藍(あゐ)し花を誰れか採(つ)みけむ
私訳 秋がやって来ると色を移して染めようと私が蒔いた紅花の花を誰が摘んだのでしょうか。

集歌1363 春日野尓 咲有芽子者 片枝者 未含有 言勿絶行年
訓読 春日野に咲きたる萩は片枝(かたえだ)はいまだ含(ふふ)めり言(こと)な絶えそね
私訳 春日野に咲いた萩は、一部の枝がいまだにつぼみです。伝言は絶やさないでください。

集歌1364 欲見 戀管待之 秋芽子者 花耳開而 不成可毛将有
訓読 見まく欲(ほ)り恋ひつつ待ちし秋萩は花のみ咲きてならずかもあらむ
私訳 眺めてみたいと焦がれて待っていた秋萩は花だけが咲いて、実はならないのでしょうか。

集歌1365 吾妹子之 屋前之秋芽子 自花者 實成而許曽 戀益家礼
訓読 吾妹子し屋前(やと)し秋萩花よりは実になりてこそ恋ひ益(まさ)りけれ
私訳 私の愛しい貴女の家の前庭の秋萩よ。その花が咲くことよりも、その実がなって初めて恋しさが増すでしょう。

寄鳥
標訓 鳥に寄せる
集歌1366 明日香川 七瀬之不行尓 住鳥毛 意有社 波不立目
訓読 明日香川七瀬(ななせ)し淀に住む鳥も心あれこそ波立てざらめ
私訳 明日香川のたくさんの瀬の淀みに住む鳥も、風流な気持ちがあるから川面に波を立てないのだろう。

寄獸
標訓 獣に寄せる
集歌1367 三國山 木末尓住歴 武佐左妣乃 此待鳥如 吾俟将痩
訓読 三国(みくに)山(やま)木末(こぬれ)に住まふ鼯鼠(むささび)の鳥待つ如(ごと)し吾待ち痩(や)せむ
私訳 三国山の梢に住んでいるムササビが鳥と成ることを待つように、私は貴女の気持ちを待ち焦がれて痩せてしまうでしょう。

寄雲
標訓 雲に寄せる
集歌1368 石倉之 小野従秋津尓 發渡 雲西裳在哉 時乎思将待
訓読 石倉(いはくら)し小野(をの)ゆ秋津(あきつ)に立ち渡る雲にしもあれや時をし待たむ
私訳 刻々と移り変わる、石倉にある小野から秋津へと立ち渡る雲のようであれば、その時節の来るのを待ちましょう。

寄雷
標訓 雷に寄せる
集歌1369 天雲 近光而 響神之 見者恐 不見者悲毛
訓読 天雲し近く光りて鳴る神し見れば恐(かしこ)し見ねば悲しも
私訳 空の雲の近く光って鳴り渡る雷神のように貴方に逢うと恐れ多いし、逢えなけば悲しいことです。
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万葉集巻七を鑑賞する  集歌1330から集歌1349まで

2012年04月21日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻七を鑑賞する


集歌1330 南淵之 細川山 立檀 弓束級 人二不所知
訓読 南淵(なみふち)し細川(ほそかわ)山(やま)し立つ檀(まゆみ)弓束(ゆづか)撓(しな)ふまで人に知らえじ

私訳 南淵にある細川山に立つ檀(まゆみ)の木の、その真弓(まゆみ)の握り手の束が撓(しな)う、その言葉のひびきではないが、貴女が従(しな)い添うまで私の思いを他の人に悟らせない。


寄山
標訓 山に寄せる
集歌1331 磐疊 恐山常 知管毛 吾者戀香 同等不有尓
訓読 磐(いは)畳(たたみ)恐(かしこ)き山と知りつつも吾は恋ふるか同等(なみ)にあらなくに

私訳 巌が重なり神々しい山と知っていても、私は恋い焦がれるのか。並みなこと(=ひと)ではないのだが。


集歌1332 石金之凝木敷山尓 入始而 山名付染 出不勝鴨
訓読 石(いは)がねし凝(こご)きし山に入り始(そ)めて山なつかしみ出(い)でかてぬかも

私訳 眺めるとむき出しの岩肌のごつごつした山に入りはじめて、今では心を惹かれて出て帰ることが出来ない。


集歌1333 佐保山乎 於凡尓見之鹿跡 今見者 山夏香思母 風吹莫勤
訓読 佐保(さほ)山(やま)を凡(おほ)に見しかど今見れば山なつかしも風吹くなゆめ

私訳 佐保山をぼんやり眺めていたけれど、今、このように眺めると佐保山に心が惹かれる。風よ吹くな、決して。


集歌1334 奥山之 於石蘿生 恐常 思情乎 何如裳勢武
訓読 奥山(おくやま)し石(いは)し蘿(こけ)生(む)し恐(かしこ)けど思ふ情(こころ)をいかにかもせむ

私訳 奥山の岩に苔むして神々しくて恐れ多いのだけど、お慕いする気持ちをどの様に顕わしたらよいでしょうか。


集歌1335 思臗 痛文為便無 玉手次 雲飛山仁 吾印結
訓読 思ひあまり甚(いた)もすべなみ玉(たま)襷(たすき)畝火(うねひ)し山に吾(あれ)標(しめ)結(ゆ)ふ

私訳 恋い焦がれてどうしようもなさに、美しい襷を掛けるような畝傍の山に私は恋を誓う証の標を結んだ。


寄草
標訓 草に寄せる
集歌1336 冬隠 春乃大野乎 焼人者 焼不足香文 吾情熾
訓読 冬こもり春の大野(おほの)を焼く人は焼き足(た)らねかも吾が情(こころ)焼く

私訳 冬が春の季節に隠れ行き春の大野を焼く人は焼き足らないのか。私の恋する心を燃やす。


集歌1337 葛城乃 高間草野 早知而 標指益乎 今悔拭
訓読 葛城(かつらぎ)の高間(たかま)し草野(かやの)早知りて標(しめ)指(さ)しましを今ぞ悔しき

私訳 葛城の高間の草野を早く知って、恋の誓いの標をしておけば良かった。今は、とても残念です。


集歌1338 吾屋前尓 生土針 従心毛 不想人之 衣尓須良由奈
訓読 吾(あ)が屋前(やと)に生(お)ふる土針(つちはり)心ゆも想(おも)はぬ人し衣(きぬ)に摺(す)らゆな

私訳 私の家の前庭に生える土針の草よ。お前を心底から恋い焦がれない人の衣に摺り染められないように。


集歌1339 鴨頭草丹 服色取 揩目伴 移變色登 称之苦沙
訓読 鴨頭草(つきくさ)に衣(ころも)色どり揩(す)らめども移(うつ)ろふ色と称(い)ふし苦しさ

私訳 ツユクサで衣を色取り摺り染めたのだけど、移り変わりやすい色とあてこするのが残念です。


集歌1340 紫 絲乎曽吾搓 足檜之 山橘乎 将貫跡念而
訓読 紫(むらさき)し糸をぞ吾が搓(よ)るあしひきし山(やま)橘(たちばな)を貫(ぬ)かむと念(おも)ひて

私訳 この紫色の糸を私が撚る。葦や桧の生える山の、その山橘の実を紐に刺し貫こうと願って。


集歌1341 真珠付 越能菅原 吾不苅 人之苅巻 惜菅原
訓読 真珠(またま)つく越(をち)の菅原(すかはら)吾(われ)刈らず人し刈らまく惜(を)しき菅原(すかはら)

私訳 美しい珠を付ける緒の、その越(をち)の菅原。私が刈らないで、他の人が刈るだろうことが残念です。菅原よ。


集歌1342 山高 夕日隠奴 淺茅原 後見多米尓 標結申尾
訓読 山(やま)高(たか)し夕日(ゆふひ)隠(かく)りぬ浅茅(あさぢ)原(はら)後(のち)見むために標(しめ)結(ゆ)はましを

私訳 山が高いのでもう夕日は山の際に隠れてしまった。浅茅の原を、あとで再び見るために標を結んでいれば良かった。


集歌1343 事痛者 左右将為乎 石代之 野邊之下草 吾之苅而者
訓読 事(こち)痛(た)くはかもかも為(せ)むを磐代(いはしろ)し野辺(のへ)し下草吾(われ)し刈りてば

私訳 物事が上手くいかなければどうにかしたのですが。磐代にある野辺の下草を、この私が刈ったのなら。

一云 紅之 寫心哉 於妹不相将有
一(ある)は云はく、
訓読 紅(くれなゐ)し現(うつ)し心や妹に逢はずあらむ

私訳 紅色のようにはっきりとした気持ちです。愛しい貴女に逢わずにいることができるでしょうか。


集歌1344 真鳥住 卯名手之神社之 菅根乎 衣尓書付 令服兒欲得
訓読 真鳥(まとり)住む卯名手(うなて)し杜(もり)し菅し根を衣(きぬ)にかき付け着せむ子もがも

私訳 鷲が住む卯名手の杜の菅の根を、衣に摺り付け染めて、私に着せてくれるような子がいないかなあ。


集歌1345 常不 人國山乃 秋津野乃 垣津幡鴛 夢見鴨
訓読 常ならぬ人国(ひとくに)山(やま)の秋津(あきつ)野(の)の杜若(かきつはた)をし夢し見しかも

私訳 常ならぬ人。その言葉のひびきではないが、人国山にある秋津野の杜若を夢に見ました。


集歌1346 姫押 生澤邊之 真田葛原 何時鴨絡而 我衣将服
訓読 女郎花(をみなへし)生(お)ふる沢辺(さはへ)し真葛原(まふぢはら)いつかも繰(く)りて我が衣(ころも)し着む

私訳 女郎花が生える沢の辺の美しい藤原よ、春山の霞壮士の言い伝えのような、その美しい藤を、何時、手繰って私の衣として着るでしょうか。


集歌1347 於君似 草登見従 我標之 野山之淺茅 人莫苅根
訓読 君に似る草と見しより我が標(し)めし野山し浅茅(あさぢ)人な刈りそね

私訳 貴女に似る草と思って眺めたときから、私が標を結んだ野山の浅茅を、人よ刈らないで。


集歌1348 三嶋江之 玉江之薦乎 従標之 己我跡曽念 雖未苅
訓読 三島(みしま)江(え)し玉江(たまえ)し薦(こも)を標(し)めしより己(おの)がとぞ思(も)ふいまだ刈らねど

私訳 三島江の美しい入り江にある薦を標に結んだ時から、自分のものだと思う。未だに刈っていないが。


集歌1349 如是為也 尚哉将老 三雪零 大荒木野之 小竹尓不有九二
訓読 かくしてやなほや老(おひ)いなむみ雪降る大荒木(おほあらき)野(の)し小竹(しの)にあらなくに

私訳 このようにして、これからも年老いて行くのだろう。雪の重みで腰を曲げるような、雪の降る大荒木野にある小竹ではないのだが。

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万葉集巻七を鑑賞する  集歌1310から集歌1329まで

2012年04月19日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻七を鑑賞する


集歌1310 雲隠 小嶋神之 恐者 目間 心間哉
訓読 雲隠る小島し神しかしこけば目こそは隔(へだ)て心隔てや

私訳 雲間に隠れる吉備の小島の神が恐れ多いので逢うことは出来ないが、貴女への恋心は離れてはいません。

右十五首、柿本朝臣人麿之歌集出
注訓 右の十五首は、柿本朝臣人麿の歌集に出づ。


寄衣
標訓 衣に寄せる
集歌1311 橡 衣人者 事無跡 曰師時従 欲服所念
訓読 橡(つるばみ)し衣(ころも)し人は事(こと)無しと云ひし時より着(き)欲(ほ)しく念(おも)ほゆ

私訳 「橡染めの衣を着た人は、事件を起こすような不誠実な人ではない」と貴女が語ったときから、その橡染めの衣を着たく思いました。


集歌1312 凡尓 吾之念者 下服而 穢尓師衣乎 取而将著八方
訓読 凡(おほ)ろかに吾し念(おも)はば下し着て穢(な)れにし衣(きぬ)を取りて着めやも

私訳 いい加減に私が貴女を慕っているのでしたら、服の下に着てくたびれてしまった貴女との思い出の衣を、このように取り出して着ているでしょうか。


集歌1313 紅之 深染之衣 下著而 上取著者 事将成鴨
訓読 紅(くれなゐ)し深(こ)染(そめ)し衣(ころも)下し着て上し取り着ば事(こと)なさむかも

私訳 貴女の紅に深く染めた衣を下着に着て、それを改めて恋人として人目に付くようにと上着として着たら、貴女は結婚してくれるでしょうか。


集歌1314 橡 解濯衣之 恠 殊欲服 此暮可聞
訓読 橡(つるばみ)し解(と)き濯(あら)ひ衣(きぬ)しあやしくも殊(こと)し着(き)欲(ほ)しきこの暮(ゆふへ)かも

私訳 橡染めの服を解いて洗って、そして縫い直した衣を、不思議なことに無性に着てみたいと思う、この夕暮れです。


集歌1315 橘之 嶋尓之居者 河遠 不曝縫之 吾下衣
訓読 橘(たちばな)し島にし居(を)れば川(かは)遠(とほ)み曝(さら)さず縫(ぬ)ひし吾が下衣(したころも)

私訳 布を裁ったまま、その言葉のひびきのような橘の茂る島に居るので、川が遠くて水に曝すことなく縫った私の下衣です。


寄絲
標訓 絲に寄せる
集歌1316 河内女之 手染之絲乎 絡反 片絲尓雖有 将絶跡念也
訓読 河内(かふち)女(め)し手(て)染(そ)めし糸を絡(く)り反(かへ)し片糸(かたいと)にあれど絶えむと念(おも)へや

私訳 河内の女の手染めの糸を何度も枠に掛けて撚り操り返した一片の糸ですが、それが切れると思いますか。


寄玉
標訓 玉に寄せる
集歌1317 海底 沈白玉 風吹而 海者雖荒 不取者不止
訓読 海(わた)し底(そこ)沈(しづ)く白玉風吹きて海(うみ)は荒るとも取らずはやまじ

私訳 海の底深くに沈む白玉を、風が吹いて海が荒れるとしても、それを取ることは止めません。


集歌1318 底清 沈有玉乎 欲見 千遍曽告之 潜為白水郎
訓読 底(そこ)清(きよ)し沈(しづ)ける玉を見まく欲(ほ)り千遍(ちたび)ぞ告(の)りし潜(かづ)きする白水郎(あま)

私訳 海の底が清らかで底深く沈んでいる玉を見つけてみたいと、千遍も願って海に潜る海人よ。


集歌1319 大海之 水底照之 石著玉 齊而将採 風莫吹行年
訓読 大海(おほうみ)し水底(みなそこ)照らし沈(しづ)く玉(たま)斎(いは)ひて採(と)らむ風な吹きそね

私訳 大海の水底を照り輝かせて海底深くに沈んでいる玉を、神に願って取ろうと思う。風よ吹かないでくれ。


集歌1320 水底尓 沈白玉 誰故 心盡而 吾不念尓
訓読 水底(みなそこ)に沈(しづ)く白玉誰が故(ゆゑ)し心尽して吾が念(おも)はなくに

私訳 水底に沈む白玉よ、誰のためでしょう、これほど心を尽くして私が恋い慕うことはありません。


集歌1321 世間 常如是耳加 結大王 白玉之緒 絶樂思者
試訓 世間(よのなか)し常かくのみか結(ゆ)ひし大王(きみ)白玉し緒し絶(た)ゆらく思へば

試訳 世の中とはこんなものでしょうか。私と契りを結ばれた貴方様。その言葉のひびきではありませんが、結んだ白玉の紐の緒が切れるように、貴方様との縁も絶えてしまうと思うと。

注意 原文の「結大王」の「大王」は王羲之からのしゃれとして「てし」と訓みますが、ここでは律令天皇制の時代背景から「大王」は戯訓には成らないとして、原文を尊重して訓んでいます。


集歌1322 伊勢海之 白水郎之嶋津我 鰒玉 取而後毛可 戀之将繁
訓読 伊勢(いせ)海(うみ)し白水郎(あま)し島津(しまつ)が鰒(あはび)玉(たま)採りて後(のち)もか恋し繁けむ

私訳 伊勢の海の海人のいる島の入り江のアワビの中の玉よ。それを採った後にも、恋する心は一層増すでしょう。


集歌1323 海之底 奥津白玉 縁乎無三 常如此耳也 戀度味試
訓読 海(わた)し底(そこ)沖つ白玉よしをなみ常かくのみや恋ひわたりなむ

私訳 海の底深く隠れている白玉よ。それを採る方法がなくて、いつもこのように恋い焦がれる思いだけが続いていく。


集歌1324 葦根之 懃念而 結義之 玉緒云者 人将解八方
試訓 葦(あし)し根しねもころ念(も)ひて結(ゆ)ひ期しし玉し緒と云はば人解(と)かめやも

試訳 葦の根のように心を尽くして恋い慕って結び誓った玉の紐の緒ですと云ったなら、他の人があえてその紐を解くでしょうか。

注意 原文の「結義之」の「義之」は、一般に王羲之を意味し、書の師から「手師」を起想して「てし」と訓みます。この「結義之」と集歌1321の歌の「結大王」とを類似の表記と見なします。また、王羲之・王献之の親子関係から、綽名として大王・小王と称します。ここでは原文のままに訓んでいます。


集歌1325 白玉乎 手者不纒尓 匣耳 置有之人曽 玉令泳流
訓読 白玉を手には纏(ま)かずに匣(はこ)のみに置(お)けりし人ぞ玉泳(およ)がする

私訳 白玉を肌身である己が手に巻かずに、大切なものとして箱の中にしまって置いた人こそは、その玉を水の流れに漂わせてしまう。


集歌1326 照左豆我 手尓纒古須 玉毛欲得 其緒者替而 吾玉尓将為
訓読 照左豆(てりさづ)が手に纏(ま)き古(ふる)す玉もがもその緒は替(か)へて吾が玉にせむ

私訳 照左豆が手に巻いて古くなった玉であってもその玉が欲しい。その紐の緒を替えて私の玉にしたい。


集歌1327 秋風者 継而莫吹 海底 奥在玉乎 手纒左右二
訓読 秋風は継ぎてな吹きそ海(わた)し底(そこ)奥(おき)なる玉を手し纏(ま)くさへに

私訳 秋風は次々と吹き続くな、せめて海の底の奥深くにある玉を採って手に巻くだけまでは。


寄日本琴
標訓 日本琴に寄せる
集歌1328 伏膝 玉之小琴之 事無者 甚幾許 吾将戀也毛
訓読 膝(ひざ)に伏す玉し小琴(をこと)し事無くはいたく幾許(ここだく)し吾恋ひめやも

私訳 膝に置く美しい小さな琴の、(貴女の)音を聞くことが無かったならならば、これほどひどく、私は恋い焦がれるでしょうか。


寄弓
標訓 弓に寄せる
集歌1329 陸奥之 吾田多良真弓 著絲而 引者香人之 吾乎事将成
訓読 陸奥(みちのく)し安太多良(あだたら)真弓(まゆみ)弦(つら)着(は)けて引かばか人し吾(あ)を事(こと)なさむ

私訳 陸奥の安太多良山の真弓の弦をつけて弓を引くように気を引いたからか、あの人が私に言い寄るでしょう。

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万葉集巻七を鑑賞する  集歌1290から集歌1309まで

2012年04月16日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻七を鑑賞する


集歌1290 海底 奥玉藻之 名乗曽花 妹与吾 此何有跡 莫語之花
訓読 海(わた)つ底沖(おく)つ玉藻し名告藻(なのりそ)し花 妹とわれ此処にしありと莫告藻(なのりそ)し花

私訳 人目に付かない海の底の沖の美しい玉藻の名告藻の花、恋人と私とここにいるとお互いに名乗る莫告藻の花。


集歌1291 此岡 莫苅小人 然苅 有乍 君来座 御馬草為
訓読 この岡し草刈る小人(わらは)然(しか)な刈りそね 在りつつも君し来まして御(み)馬(ま)草(くさ)にせむ

私訳 この岡で草刈るこどもよ、そんなに草を刈るな、 このままにしているとあの人が遣っていらっしゃって御馬の草にするでしょう。


集歌1292 江林 次宍也物 求吉 白栲 袖纏上 宍待我背
訓読 江(え)林(はやし)し宿(やど)る猪鹿(しし)やも求めし吉しし 白栲(しろたえ)し袖纏き上げて猪鹿待つわが背

私訳 入り江近くの林に棲む猪や鹿を獲るのに良いのだろうか、白栲の袖を纏き上げて猪や鹿を待つ愛しい貴方。


集歌1293 丸雪降 遠江 吾跡川楊 雖苅 亦生云 余跡川楊
訓読 霰(あられ)降(ふ)り遠江(とほつあふみ)し吾跡(あと)川(かわ)楊(やなぎ) 刈りぬともまたも生(お)ふといふ吾跡川楊

私訳 霰が降る遠江の吾跡川の楊よ。刈りとってもまたも生るといふ吾跡川の楊よ。


集歌1294 朝日在 向山 月立所見 遠妻 持在人 看乍偲
訓読 朝日つく向かつ山し月立ちし見し 遠妻(とほつま)し持ちたる人し見つつ思はむ

私訳 朝日が昇る、その向こうの山に月が昇るのが見える、遠く離れて住む妻を持っている人がその風景を見て離れて住む妻を思い出している。

右廿三首、柿本朝臣人麿之謌集出
注訓 右の二十三首は、柿本朝臣人麿の歌集に出づ。


集歌1295 春日在 三笠乃山二 月船出 遊士之 飲酒坏尓 陰尓所見管
訓読 春日(かすが)なる三笠の山に月船し出づ 遊士(みやびを)し飲む酒杯(さかづき)に影にし見つつ

私訳 春日にある三笠の山に月の船が出る。風流の人の飲む杯の中にその月の姿を影として見せながら。


譬喩謌
訓 譬喩(ひゆ)の謌

寄衣
標訓 衣に寄せたる
集歌1296 今造 斑衣服 面就 吾尓所念 未服友
訓読 今造る斑らし衣(ころも)服面(きおも)就(つ)く吾に念(おも)ひは未だ着ぬとも

私訳 今作っている摺り染めの着物、その由緒ある摺り染め着物は立派な貴方に相応しいと思う。私の心に貴方の私への想いを着せるように、貴方は私が造った衣をまだ着ていませんが。

注意 原文の「面就」の「就」は一般に「影」の誤字として「面影」と表記して「面影に」と訓みます。ここでは原文のままに「就」の漢字の意味を尊重して訓んでいます。


集歌1297 紅 衣染 雖欲着 丹穂哉 人可知
訓読 紅(くれなゐ)し衣(ころも)を染めて着(き)に欲(ほ)しし丹(あけのに)し秀(ほ)や人し知るべし

私訳 紅色に衣を染め揚げて着て欲しい。そうすれば、朱に映える美貌の貴女の美しさを人が気づくでしょう。


集歌1298 千名人 雖云 織次 我廿物 白麻衣
試訓 千名(ちな)し人(ひと)雖(ただ)に云ふとも織りつがむ我廿物(はたもの)し白き麻(あさ)衣(きぬ)

試訳 多くの人は、私と貴方のことを噂するのですが、私は織り続けましょう。私が織る、たくさんの、貴方が云うようにどのような色にも染まる白い麻の衣を。

注意 原文の「千名人雖云織次我廿物白麻衣」については、初句を「干各」の誤字として、つぎのように改訂するものもあります。ここでは試訓を行っています。なお、伝統では初句と二句は「千名 人雖云」として「千(ちぢ)の名に人は云ふとも」と訓みます。

改訂 干各 人雖云 織次 我廿物 白麻衣
訓読 かにかくに人は云ふとも織り継がむわが機物の白き麻衣

意訳 とかく人は言うにしても、織り続けよう。私の機に織っているこの白麻の布よ。


寄玉
標訓 玉に寄せたる
集歌1299 安治村 十依海 船浮 白玉採 人所知勿
訓読 あぢ群しとをよる海し船浮けて白玉採りし人し知らゆな

私訳 あじ鴨の群れが浮かびうねる海に船を浮かべて白玉を採ったと、人に気付かせないで。


集歌1300 遠近 磯中在 白玉 人不知 見以鴨
訓読 遠近(をちこち)し磯し中なる白玉し人し知らえず見むよしもがも

私訳 あちらこちらの磯の海中にある白玉を人に知られずに、採って見たいものです。


集歌1301 海神 手纏持在 玉故 石浦廻 潜為鴨
訓読 海神(わたつみ)し手に纏き持てし玉ゆゑし磯し浦廻(うらみ)し潜(かづき)するかも

私訳 海神が手首に纏って持っている玉なので、磯浜の浦で潜水して採るのでしょう。


集歌1302 海神 持在白玉 見欲 千遍告 潜為海子
訓読 海神(わたつみ)し持てる白玉見まく欲り千遍(ちへ)し告りし潜(かづき)する海人

私訳 海神の持っている白玉を見たいと思って、何遍も宣言して潜水する海人よ。


集歌1303 潜為 海子雖告 海神 心不得 所見不云
訓読 潜(かづき)する海人(あま)し告るとも海神(わたつみ)し心し得じし見ゆといはなくに

私訳 潜水して玉を採ろうとする海人は宣言しますが、海神の許しを得ないと逢ったと宣言することは出来ません。


寄木
標訓 木に寄せたる
集歌1304 天雲 棚引山 隠在 吾忘 木葉知
試訓 天雲し棚引く山し隠りたる吾し忘れし木し葉知るらむ

試訳 天雲が棚引いている山のように、姿を隠し籠って、忘れられてしまった私。その山の木の葉のことを知っていますか。

注意 原文の「吾忘」の「忘」は、一般に「下心」の誤字として「吾下心」と表記して「わが下こころ」と訓みます。ここでは原文のままに訓んでいます。


集歌1305 雖見不飽 人國山 木葉 己心 名着念
訓読 見れど飽ず人国山し木し葉し己(おの)が心し懐しみ思ふ

試訳 見つめても見飽きぬ人、その言葉のひびきのような、人国山の木の葉。その木の葉のことは、私は心の底から心惹かれて恋い焦がれます。

注意 集歌1305の歌を集歌1304の歌との組歌として鑑賞しています。


寄花
標訓 花に寄せたる
集歌1306 是山 黄葉下 花牟我 小端見 反戀
訓読 この山し黄葉(もみぢは)下(した)し花を我はつはつに見てなほ恋ひにけり

私訳 この山の黄葉の木の下に咲く花を、私はちらりと見て、反って恋しくなりました。


寄川
標訓 川に寄せたる
集歌1307 従此川 船可行 雖在 渡瀬別 守人有
訓読 この川ゆ船し行くべくあり云へど渡り瀬ごとに守(まも)る人あり

私訳 この川から船で行くことが出来ると云いますが、船で渡る瀬毎にその瀬を管理する人がいますね。貴女。


寄海
標訓 海に寄せたる
集歌1308 大海 候水門 事有 従何方君 吾率凌
訓読 大海(おほうみ)しさもらふ水門(みなと)事あらば何方(いくへ)ゆ君し吾を率(ひき)凌(の)がむ

私訳 大海を航行する船の湊で、事件が起きたらどこへ貴方は私を連れて逃れるのでしょうか。


集歌1309 風吹 海荒 明日言 應久 公随
訓読 風吹きし海し荒りし明日と言ふ久しかるべし君しまにまに

私訳 風が吹いて海が荒れて、明日逢いましょうと貴方は云う。それは待ち通しいことです。でも、貴方の御気に召すままに。

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