竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集巻十を鑑賞する  集歌2050から集歌2079まで

2011年06月30日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻十を鑑賞する


集歌2050 明日従者 吾玉床乎 打拂 公常不宿 孤可母寐
訓読 明日よりは吾(あ)が玉床をうち払(ばら)ひ君と寝(い)ねずてひとりかも寝(ね)む

私訳 明日からは私たちの大切な寝床を払い清め貴方と共寝をしなくて、ただ、私独りで寝るのでしょうか。


集歌2051 天原 徃射跡 白檀 挽而隠在 月人牡子
訓読 天の原い往(い)きて射(い)むと白(しら)真弓(まゆみ)引きて隠(かく)れる月人(つきひと)牡士(をとこ)

私訳 天の原を翔け行きて、得物を射ようと白木の立派な弓を引いたままで山の端に隠れて行った月人壮士よ。


集歌2052 此夕 零来雨者 男星之 早滂船之 賀伊乃散鴨
訓読 この夕(ゆふへ)降り来る雨は男星(ひこほし)の早滂(こ)ぐ舟の櫂の散(ち)りかも

私訳 この七夕の夕べに降り来る雨は、彦星が急いで舟を漕ぐ櫂のしずくが飛び散ったものでしょうか。


集歌2053 天漢 八十瀬霧合 男星之 時待船 今滂良之
訓読 天の川八十瀬(やそせ)霧(き)らへり男星(ひこほし)の時待つ舟は今し滂(こ)ぐらし

私訳 天の川のたくさんの瀬が霧に包まれている。彦星が織姫と出会う時を待ち焦がれていた舟は、今から漕ぎ出すようだ。


集歌2054 風吹而 河浪起 引船丹 度裳来 夜不降間尓
訓読 風吹きて川波立ちぬ引船(ひきふね)に渡りも来ませ夜の更(ふ)けぬ間(ま)に

私訳 風が吹いて川浪が立って来た。舟を引く綱も引いてでも渡って来て下さい。夜の更けない間に。


集歌2055 天河 遠度者 無友 公之舟出者 年尓社候
訓読 天の川遠き渡りはなけれども君が舟出(ふねで)は年にこそ待て

私訳 天の川は遠い川渡りではないのですが、愛しい恋人の舟出を一年かけて待ちなさい。


集歌2056 天河 打橋度 妹之家道 不止通 時不待友
訓読 天の川打橋渡せ妹が家道(いへぢ)やまず通(かよ)はむ時待たずとも

私訳 天の川に杭を打った立派な打橋を渡しなさい。愛しい恋人の家への道を絶えることなく通おう。一年に一度の時を待たなくとも。


集歌2057 月累 吾思妹 會夜者 今之七夕 續巨勢奴鴨
訓読 月重ね吾(あ)が思ふ妹に逢へる夜は今し七夜(ななよ)を継ぎこせぬかも

私訳 月を重ねて私が恋い慕う愛しい貴女に逢える夜は、今から七夕の名のように七夜続かないでしょうか。


集歌2058 年丹装 吾舟滂 天河 風者吹友 浪立勿忌
訓読 年に装(よそ)ふる吾(あ)が舟滂(こ)がむ天の川風は吹くとも浪立つなゆめ

私訳 年に一度、舟を飾り立てた私の舟を漕ぎましょう。天の川よ、風は吹いても、浪は立つな、決して。


集歌2059 天河 浪者立友 吾舟者 率滂出 夜之不深間尓
訓読 天の川浪は立つとも吾(あ)が舟はいざ滂(こ)ぎ出でむ夜の更(ふ)けぬ間に

私訳 天の川よ、浪は立っても、私の舟は、さあ漕ぎ出そう。夜が更けて行かない間に。


集歌2060 直今夜 相有兒等尓 事問母 未為而 左夜曽明二来
訓読 ただ今夜(こよひ)逢ひたる子らに事(こと)問(と)ひもいまだせずしてさ夜(よ)ぞ明(あ)けにける

私訳 まさに七夕の今夜に逢った愛しい貴女と、愛し合うことも、満足にしないうちに、夜が明けてしまった。


集歌2061 天河 白浪高 吾戀 公之舟出者 今為下
訓読 天の川白波(しらなみ)高し吾(あ)が恋ふる公(きみ)が舟出(ふなで)は今し為(す)らしも

私訳 天の川は白波が高い。私の恋い慕う貴方の船出は、今、この時になされるようです。


集歌2062 機 躁木持徃而 天河 打橋度 公之来為
訓読 機(はたもの)の躁木(まねき)持ち行きて天の川打橋(うつはし)渡す公(きみ)が来(こ)むため

私訳 機織りのその踏み木を持って行って、天の川に杭を打った丈夫な打橋を渡します。貴方がやって来るために。


集歌2063 天漢 霧立上 棚幡乃 雲衣能 飄袖鴨
訓読 天の川霧立ち上(のぼ)る棚幡(たなはた)の雲の衣(ころも)の飄(かへ)る袖かも

私訳 天の川に霧が立ち上る。それは織姫の雲の衣の瓢る袖なのでしょうか。


集歌2064 古 織義之八多乎 此暮 衣縫而 君待吾乎
訓読 古(いにしへ)ゆ織りてし服(はた)をこの夕(ゆふへ)衣(ころも)に縫ひて君待つ吾(われ)を

私訳 ずっと以前から織って来た反物を、この七夕での衣に縫って愛しい貴方を待つ私です。


集歌2065 足玉母 手珠毛由良尓 織旗乎 公之御衣尓 縫将堪可聞
訓読 足(あし)玉(たま)も手(て)玉(たま)もゆらに織(お)る機(はた)を公(きみ)が御衣(みけし)に縫ひもあへむかも

私訳 足首の飾りも手首の飾りもゆらゆらとするほどに懸命に私が織る反物を、貴方の大切な着物に縫い上げても、貴方に似合うでしょうか。


集歌2066 擇月日 逢義之有者 別乃 惜有君者 明日副裳欲得
訓読 月日(つきひ)択(え)り逢ひてしあれば別れの惜(を)しくある君は明日(あす)さへもがも

私訳 この七夕の月日を決して逢ったのであるから、別れが惜しまれる愛しい貴方は、明日もまたやって来てほしい。


集歌2067 天漢 渡瀬深弥 泛船而 掉来君之 檝之音所聞
訓読 天の川渡り瀬深み舟浮けて掉(こ)ぎ来る君の楫(かじ)の音(ね)聞こゆ

私訳 天の川の渡りの瀬が深い。舟を浮かべて漕ぎ来る愛しい貴方の楫の音が聞こえる。


集歌2068 天原 振放見者 天漢 霧立渡 公者来良志
訓読 天の原降り放(さ)け見れば天の川霧立ちわたる公(きみ)は来(き)ぬらし

私訳 天の原を振り仰ぎ眺めると、天の川に霧が立ち渡っている。愛しい貴方がやって来るようです。


集歌2069 天漢 瀬毎幣 奉 情者君乎 幸来座跡
訓読 天の川瀬ごとに幣(ぬさ)奉(まつ)る心は君を幸(さき)く来(き)ませと

私訳 天の川、渡る瀬ごとに幣を奉じて祈る気持ちは、愛しい貴方が無事でいらっしゃいとの思いで。


集歌2070 久方之 天河津尓 舟泛而 君待夜等者 不明毛有寐鹿
訓読 ひさかたの天の川(かは)津(つ)に舟浮けて君待つ夜らは明けずもあらぬか

私訳 遥か彼方にある天の川の船着場に舟を浮かべて、愛しい貴方を待つ夜は、夜明けを迎えないままでいられないでしょうか。


集歌2071 天河 足沾渡 君之手毛 未枕者 夜之深去良久
訓読 天の川足沾(なづさ)ひ渡る君が手もいまだ枕(ま)かねば夜の更(ふ)けぬらく

私訳 天の川を足を濡らして苦労して渡る愛しい貴方の手も、いまだ手枕にしていないのに、夜が更けていく。


集歌2072 渡守 船度世乎跡 呼音之 不至者疑 梶之聲不為
訓読 渡守(わたりもり)舟渡せをと呼ぶ声の至らねばかも梶の声せぬ

私訳 舟を渡す番をする渡し守よ、舟を渡してくれと呼ぶ声が渡し守の所まで届かないのか、舟を漕ぐ梶の音がしません。


集歌2073 真氣長 河向立 有之袖 今夜巻跡 念之吉沙
訓読 ま日(け)長く川に向き立ちありし袖今夜(こよひ)枕(ま)かむと思はくがよさ

私訳 この日一日を長く訪れを待って川に向かい立っていた、貴女の袖。その貴女の袖を、今夜に貴女との夜着として身に纏うと思うと気が弾む。


集歌2074 天漢 渡湍毎 思乍 来之雲知師 逢有久念者
訓読 天の川渡り瀬ごとに思ひつつ来(こ)しくもしるし逢へらく思へば

私訳 天の川の渡る瀬ごとに、恋い慕いながらやって来るのも甲斐がある。貴女に逢えると想うと。


集歌2075 人左倍也 見不継将有 牽牛之 嬬喚舟之 近附徃乎
訓読 人さへや見継がずあらむ牽牛(ひこほし)の嬬(つま)呼ぶ舟の近づき往(い)くを

私訳 恋人以外の人でさへ見続けているでしょう。彦星の妻の許を訪ねる舟が近づいて行くのを。

一云 見乍有良武
一(ある)は云はく、
訓読 見つつあるらむ
私訳 じっと、眺めているでしょう。


集歌2076 天漢 瀬乎早鴨 烏珠之 夜者闌尓乍 不合牽牛
訓読 天の川(かは)瀬(せ)を早みかもぬばたまの夜(よ)は更(ふ)けにつつ逢はぬ牽牛(ひこほし)

私訳 天の川の、その川の瀬は急流なのでしょうか、漆黒の夜は更けて行くのに、まだ、織姫に逢っていない彦星よ。


集歌2077 渡守 舟早渡世 一年尓 二遍徃来 君尓有勿久尓
訓読 渡守(わたりもり)舟早渡せ一年にふたたび通(かよ)ふ君にあらなくに

私訳 渡し守よ、舟を早くこちらに渡せ。一年に何度も通う愛しいあの人ではないのだから。


集歌2078 玉葛 不絶物可良 佐宿者 年之度尓 直一夜耳
訓読 玉(たま)葛(かづら)絶えぬものからさ寝(ぬ)らくは年の度(たび)にただ一夜(ひとよ)のみ

私訳 美しい藤蔓のように、二人の仲は絶えるものではありませんが、共寝できるのは一年の内に、ただ、この一夜だけです。


集歌2079 戀日者 氣長物乎 今夜谷 令乏應哉 可相物乎
訓読 恋ふる日(ひ)は日(け)長きものを今夜(こよひ)だに乏(とも)しむべしや逢ふべきものを

私訳 相手を恋い慕う日々は、その日々が長いものだから、恋人に逢う今夜だけは心残りと相手に思わすべきではありません。年に一度だけ逢うはずの日ですから。

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万葉集巻十を鑑賞する  集歌2020から集歌2049まで

2011年06月27日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻十を鑑賞する

集歌2020 天漢 夜船滂而 雖明 将相等念夜 袖易受将有
訓読 天の川夜船(よふね)を漕ぎて明けぬとも逢はむと思ふ夜袖交(か)へずあらむ

私訳 天の川よ、夜船を漕ぎ続けて夜が明けてきても貴女に逢おうと想う。夜に貴女と床で衣の袖をお互いに交わしたい。


集歌2021 遥嬢等 手枕易 寐夜 鶏音莫動 明者雖明
訓読 遠妻(とほつま)と手枕(たまくら)交(か)へて寝(ね)たる夜は鶏(とり)がねな鳴き明(あ)けば明けぬとも

私訳 遠くに住む恋人と手枕を交えて寝た夜は、鶏の音よ、するな。夜明けが明けても。


集歌2022 相見久 厭雖不足 稲目 明去来理 舟出為牟 麗
訓読 相見らく飽(あ)き足(た)らねどもいなのめの明(あ)けさりにけり舟出せむ妻

私訳 お互いに逢った時は飽きることはありません。稲穂を数えられるような明るい時がやってきたら、帰りの船出をしましょ
う。恋人よ。


集歌2023 左尼始而 何太毛不在者 白栲 帶可乞哉 戀毛不遏者
訓読 さ寝(ね)そめて幾許(いだく)もあらねば白栲の帯(おび)乞(こ)ふべしや恋も遏(とど)めずば

私訳 抱き合って寝てそれほどでもないのに、身づくろいの着物の白栲の帯を求めるのでしょうか。恋の行いを抑えきれないのに。


集歌2024 万世 携手居而 相見鞆 念可過 戀奈有莫國
訓読 万世(よろづよ)に携(たづさ)はり居(ゐ)て相見とも思ひ過ぐべき恋なあらなくに

私訳 永遠の月日を手を取り合って体の関係を持っていても、恋の想いが満足するような、そんな簡単な恋ではありません。


集歌2025 万世 可照月毛 雲隠 苦物叙 将相登雖念
訓読 万世(よろづよ)に照るべき月も雲隠(くもがく)り苦しきものぞ逢はむと思へど

私訳 永遠に照るはずの月が雲に隠れて辛いことです。今宵、貴女に逢おうと思うと。


集歌2026 白雲 五百遍隠 雖遠 夜不去将見 妹當者
訓読 白雲の五百重(いほへ)隠(かく)りて遠くとも夜(よる)去らず見む妹が辺(あたり)は

私訳 白雲がたくさん折り重なって隠して遠くても、一晩中見つめましょう。貴女の住むあたりを。


集歌2027 為我登 織女之 其屋戸尓 織白布 織弖兼鴨
訓読 我がためと織女(たなばたつめ)のその屋(や)戸(と)に織(お)る白栲は織りてけむかも

私訳 今度逢う時にと、私のためと織女がその家で織る白栲はもう織り終わったでしょうか。


集歌2028 君不相 久時 織服 白妙衣 垢附麻弖尓
訓読 君に逢はず久(ひさ)しき時ゆ織(お)る服(はた)の白妙(しろたへ)衣(ころも)垢付くまでに

私訳 貴方に逢わない日々が長くなったようです。私が織る服の白く美しい衣に汚れが付くまでに。


集歌2029 天漢 梶音聞 孫星 与織女 今夕相霜
訓読 天の川楫の音聞こゆ彦星(ひこほし)と織女(たなばたつめ)と今夕(こよひ)逢ふらしも

私訳 天の川に楫の音が聞こえます。彦星と織女が今夕に逢っているようです。


集歌2030 秋去者 河霧 天川 河向居而 戀夜多
訓読 秋されば河(かは)の霧(き)らふる天の川河に向き居(ゐ)て恋ふる夜(よ)ぞ多(おほ)き

私訳 秋がやって来ると河に霧が立ち込る天の川よ。そんな河に向かって遣って来る恋人を慕っている夜が多いことです。


集歌2031 吉哉 雖不直 奴延鳥 浦嘆居 告子鴨
訓読 よしゑやし直(ただ)ならずともぬえ鳥のうら嘆(な)げ居(を)りと告(つ)げむ子もがも

私訳 えい、仕方がない、直接に逢えなくても。星明かりもない漆黒の夜のぬえ鳥のように、ただ嘆いていると告げるあの人です。


集歌2032 一年迩 七夕耳 相人之 戀毛不遏者 夜深往久毛
訓読 一年(ひととし)に七夕(ひちせき)のみに逢ふ人の恋も遏(とど)ずば夜は更(ふ)けゆくも

私訳 一年に一度七夕の夜に逢う人も恋を抑えきれずに夜は更けて往くよ。


集歌2033 天漢 安川原 定而 神競者 磨待無
訓読 天の川八湍(やす)の川原の定まりて神(かみ)競(きそは)へば磨(まろ)は待たなく

私訳 天の八湍の川原で約束をして天照大御神と建速須佐之男命とが大切な誓約(うけひ)をされていると、それが終わるまで天の川を渡って棚機女(たなはたつめ)に逢いに行くのを待たなくてはいけませんが、年に一度の今宵はそれを待つことが出来ません。

此謌一首庚辰年作之。
注訓 この歌一首は庚辰の年に作れり
右、柿本朝臣人麿之謌集出。
注訓 右は、柿本朝臣人麿の歌集に出づ。


集歌2034 棚機之 五百機立而 織布之 秋去衣 孰取見
訓読 棚機(たなはた)の五百機(いほはた)立てて織(お)る布(ぬの)の秋さり衣(ころも)誰れか取り見む

私訳 織姫がたくさんの機を立てて織る布で仕立てる、七夕の秋がやって来るときの衣を、誰が手に取って眺めるのでしょうか。


集歌2035 年有而 今香将巻 烏玉之 夜霧隠 遠妻手乎
訓読 年にありて今か巻くらむぬばたまの夜霧(よぎり)隠(かく)れる遠妻(とほつま)の手を

私訳 一年の間があって、今は貴方の腕に巻き取るのでしょう。漆黒の夜霧の中に身を隠す遠妻の腕を。


集歌2036 吾待之 秋者来沼 妹与吾 何事在曽 紐不解在牟
訓読 吾(あ)が待ちし秋は来りぬ妹(いも)と吾(われ)何事(なにこと)あれぞ紐(ひも)解(と)かずあらむ

私訳 私が待っていた秋はやって来た。愛しい貴女と私。どんなことがあっても、閨で貴女の衣の紐を解かないではいられない。


集歌2037 年之戀 今夜盡而 明日従者 如常哉 吾戀居牟
訓読 年の恋今夜(こよひ)尽(つく)して明日よりは常のごとくや吾(あ)が恋ひ居(を)らむ

私訳 一年に一度の恋。今夜は互いに床で激情を尽くして、明日からは、いつものように私はただ逢うことの出来ない貴女を恋い慕っているでしょう。


集歌2038 不合者 氣長物乎 天漢 隔又哉 吾戀将居
訓読 逢はなくは日(け)長きものを天の川隔(へだ)ててまたや吾(あ)が恋ひ居(を)らむ

私訳 こうして互いに逢うまでは、逢わないでいる日々は長い時でしたが、天の川を隔てて、明日からは、またもや、私は逢うことの出来ない貴女を恋い慕っているでしょう。


集歌2039 戀家口 氣長物乎 可合有 夕谷君之 不来益有良武
訓読 恋しけく日(け)長きものを逢ふべくある夕(よひ)だに君が来(き)まさずあるらむ

私訳 恋い慕っている日々は長い時でしたが、貴方とお逢いできるはずの今宵ですが、どうして貴方はやって来ないのでしょうか。


集歌2040 牽牛 与織女 今夜相 天漢門尓 浪立勿謹
訓読 牽牛(ひこほし)と織女(たなはたつめ)と今夜逢ふ天の川門(かはと)に波立つなゆめ

私訳 彦星と織姫が今夜は逢う、天の川の渡し場に、波よ、立つな。決して。


集歌2041 秋風 吹漂蕩 白雲者 織女之 天津領巾毳
訓読 秋風の吹きただよはす白雲は織女(たなはたつめ)の天つ領巾(ひれ)かも

私訳 秋風が吹き漂わせる白雲は、織姫の天つ領巾なのでしょうか。


集歌2042 數裳 相不見君矣 天漢 舟出速為 夜不深間
訓読 しばしばも相見ぬ君を天の川(かは)舟出(ふねで)速せよ夜の更(ふ)けぬ間(ま)に

私訳 たびたびお逢いできない貴方を、天の川よ、その船の出を速く後押ししなさい。夜が更けない間に辿りつくように。


集歌2043 秋風之 清夕 天漢 舟滂度 月人牡子
訓読 秋風の清(さや)けき夕(ゆふ)へ天の川舟滂(こ)ぎ渡る月人(つきひと)牡士(をとこ)

私訳 秋風が清々しいこの夕べ、その天の川を舟を操って渡る月人壮士よ。


集歌2044 天漢 霧立度 牽牛之 楫音所聞 夜深徃
訓読 天の川霧立ちわたり牽牛(ひこほし)の楫の音聞こゆ夜の更(ふ)けゆけば

私訳 天の川に霧が立ち込める。そこを渡って行く彦星の舟の楫の音が聞こえる。夜が更けてゆくと。


集歌2045 君舟 今滂来良之 天漢 霧立度 此川瀬
訓読 君が舟今滂(こ)ぎ来(き)らし天の川霧立ちわたるこの川の瀬に

私訳 貴方の舟が、今、漕ぎ渡って来るようです。天の川の川霧が立ち込める、この川の瀬に。


集歌2046 秋風尓 河浪起 暫 八十舟津 三舟停
訓読 秋風に川波立ちぬしましくは八十(やそ)の舟津(ふなつ)に御舟(みふね)停(とど)めよ

私訳 秋風に川波が立ってきました。しばらくは多くの舟が留まる湊で貴方の御舟を泊めて下さい。


集歌2047 天漢 川聲清之 牽牛之 秋滂船之 浪参香
訓読 天の川川の音(ね)清(きよ)し牽牛(ひこほし)の秋滂(こ)ぐ舟の波のさわきか

私訳 天の川の川音が清々しい。それは、彦星が織姫に逢いに行く秋に漕ぐ舟が立てる波のさざ波でしょうか。


集歌2048 天漢 川門立 吾戀之 君来奈里 紐解待
訓読 天の川川門(かはと)に立ちて吾(あ)が恋ひし君来(き)ますなり紐(ひも)解(と)き待たむ

私訳 天の川の渡し場に立って、私が恋い慕う貴方がやって来られるらしい。衣の紐を解いて貴方の訪れを待ちましょう。

一云 天川 河向立
一(ある)は云はく、
訓読 天の川河に向き立ち
私訳 天の川の河に向かい立って待つ、


集歌2049 天漢 川門座而 年月 戀来君 今夜會可母
訓読 天の川川門(かはと)に居(を)りて年月を恋ひ来(こ)し君に今夜(こよひ)逢へるかも

私訳 天の川の渡し場に居て一年の年月を恋い慕ってきた、その貴方に今夜はお逢いできるのでしょう。

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万葉集巻十を鑑賞する  集歌1990から集歌2019まで

2011年06月25日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻十を鑑賞する

集歌1990 吾社葉 憎毛有目 吾屋前之 花橘乎 見尓波不来鳥屋
訓読 吾(わ)れこそば憎くもあらめ吾(あ)が屋前(やと)の花橘を見には来じとや

私訳 私だけならばつれない人間かもしれません。だからと云って私の庭の花橘の咲いているのを眺めには来ないのですか。


集歌1991 霍公鳥 来鳴動 岡部有 藤浪見者 君者不来登夜
訓読 霍公鳥(ほととぎす)来(き)鳴(な)き響(とよ)もす岡部(おかへ)なる葛波(ふぢなみ)見には君は来じとや

私訳 ここから、ホトトギスが飛び来てその鳴き声を響かせる丘の辺りに見える藤波を、貴方は眺めに来ないと云うのですか。


集歌1992 隠耳 戀者苦 瞿麥之 花尓開出与 朝旦将見
訓読 隠(こも)りのみ恋(こ)ふれば苦(くる)し撫子(なでしこ)の花に咲き出よ朝(あさ)な朝(さ)な見む

私訳 恋心を隠して貴方をただ恋い慕うと辛い。撫子の花が咲き出るように、表にその姿を見せて下さい。毎朝、毎朝、その姿を拝見しましょう。


集歌1993 外耳 見筒戀牟 紅乃 末採花之 色不出友
訓読 外(よそ)のみに見つつ恋ひなむ紅(くれなゐ)の末摘花(うれつむはな)の色に出(い)でずとも

私訳 遠くからだけお姿を拝見して恋い慕いましょう。紅の末摘花の色のように、はっきりと表に想いを見せなくても。


寄露
標訓 露に寄せる
集歌1994 夏草乃 露別衣 不著尓 我衣手乃 干時毛名寸
訓読 夏草の露(つゆ)別(わ)け衣(ころも)着(つ)けなくに我が衣手(ころもて)の干(ふ)る時もなき

私訳 夏草の朝露を踏み分けて衣に着けたわけでもないのに、なぜか、私の衣の袖は乾く間もありません。


寄日
標訓 日に寄せる
集歌1995 六月之 地副割而 照日尓毛 吾袖将乾哉 於君不相四手
訓読 六月(みなつき)の地(つち)さへ割(さ)けて照る日にも吾(あ)が袖乾(ひ)めや君に逢はずして

私訳 六月の大地までもをひび割れさして照りつける太陽にも、それで私の衣の袖は乾くでしょうか。貴方に逢うこともなくて。


秋雜謌
標 秋の雑歌(くさぐさのうた)
七夕
標訓 七夕

集歌1996 天漢 水左閇而 照舟 竟舟人 妹等所見寸哉
訓読 天の川水(みなも)もさへに照らす舟(ふな)竟(わた)る舟人(ふなひと)妹と見えきや

私訳 天の川の水面もさへも輝かすような舟。天の川を渡った舟人は恋人に逢ったでしょうか。


集歌1997 久方之 天漢原丹 奴延鳥之 裏歎座津 乏諸手丹
訓読 久方の天の川原にぬえ鳥のうら歎(な)げましつすべなきまでに

私訳 遥か彼方の天の川原のぬえ鳥のように悲しく泣いて嘆いています。どうしようもなくて。


集歌1998 吾戀 嬬者知遠 往船乃 過而應来哉 事毛告火
訓読 吾(わ)が恋ふる嬬(つま)は知る遠き往(い)く舟の過ぎて来(く)べしや事(こと)も告ぐるか

私訳 私の恋しい恋人が気付く遠く天の川を渡って行く船が通り過ぎて行く。逢えないことを告げるのだろうか。


集歌1999 朱羅引 色妙子 数見者 人妻故 吾可戀奴
訓読 朱(あか)らひくしきたへの子をしば見れば人妻ゆゑに吾(わ)れ恋ひぬべし

私訳 朱に染まる美しい織姫をたびたび眺めても、貴女は人の妻だから私は恋心を秘めましょう。


集歌2000 天漢 安渡丹 船浮而 秋立待等 妹告与具
訓読 天の川安の渡りに舟浮けて秋立つ待つと妹に告(つ)げこそ

私訳 天の川の安の渡しに船を浮かべて、川を渡る秋の季節を待っていると、愛しい恋人に告げてほしい。


集歌2001 従蒼天 往来吾等須良 汝故 天漢道 名積而叙来
訓読 大空ゆ通ふわれすら汝がゆゑに天の川路をなづみてぞ来し

私訳 大空を自由に行き来する、そんな私ですが、貴女のために天の川の通い路を苦労して遣って来ました。


集歌2002 八千戈 神自御世 乏麗 人知尓来 告思者
訓読 八千戈(やちほこ)の神の御世(みよ)より乏(とも)し妻(つま)人知りにけり告ぐと思へば

私訳 八千戈の神の時代からなおざりにされた妻。人は知ってしまった、そのなおざりにされた人妻に私が恋をしていると告げようとすると。


集歌2003 吾等戀 丹穂面 今夕母可 天漢原 石枕巻
訓読 吾(わ)が恋ふる丹の秀(ほ)の面(おもは)今夕(こよひ)もか天の川原に石(いは)枕(まくら)まく

私訳 私が恋をする赤く染まる美しい貴女の顔。今宵も天の川原で貴女の代わりに石を手枕にする。


集歌2004 己麗 乏子等者 竟津 荒磯巻而寐 君待難
訓読 己(おの)が妻乏(とも)しき子らは竟(わた)る津の荒礒(ありそ)枕(ま)きて寝(ぬ)君待ちかてに

私訳 貴方の妻、そのなおざりにされている恋人は、貴方の船が渡って来る、今は寂しい岸で石を手枕として寝ている。貴方を待ちわびて。


集歌2005 天地等 別之時従 自麗 然叙手而在 金待吾者
訓読 天地と別れし時ゆ己(おの)が妻然(しか)ぞ手にある秋待つ吾(わ)れは

私訳 神代の天と地が別れた時から自分の妻をこのように手の内に抱ける秋。その秋を私は待っている。
注意 原文の「然叙手而在」の「手」は一般に「年」の誤字として「然(しか)ぞ年にある」と訓みますが、ここでは原文のままに訓んでいます。


集歌2006 孫星 嘆須麗 事谷毛 告余叙来鶴 見者苦弥
訓読 彦星(ひこほし)は嘆(なげ)かす妻に事(こと)だにも告(つ)げにぞ来つる見れば苦しみ

私訳 彦星が逢えないことを嘆いている妻に、逢えないことすらを告げずに帰って来るのを見ると心苦しいことです。


集歌2007 久方 天印等 水無河 隔而置之 神世之恨
訓読 ひさかたの天つ印(しるし)と水無(みな)川(かは)隔(へだ)てて置きし神代し恨(うら)めし

私訳 遥か彼方の天の約束の印として水無川を隔てて二人を置いた神代の時代が恨めしいことです。


集歌2008 黒玉 宵霧隠 遠鞆 妹傳 速告与
訓読 ぬばたまの夜霧に隠(こも)り遠(とほ)くとも妹が伝へは早く告(つ)げこそ

私訳 漆黒の夜霧に閉じ込められ隠れていて遠くても、恋人への逢えなくなった連絡は早く告げるべきです。


集歌2009 汝戀 妹命者 飽足尓 袖振所見都 及雲隠
訓読 汝(な)が恋ふる妹の命(みこと)は飽き足らに袖振る見えつ雲隠(くもがく)るまで

私訳 貴方が恋している恋人の御方は、貴方との別れに飽き足らなくて袖を振っているのを見える。雲に姿が隠れるまで。


集歌2010 夕星毛 往来天道 及何時鹿 仰而将待 月人壮
訓読 夕星(ゆふつつ)も通ふ天道(あまぢ)をいつまでか仰ぎて待たむ月人(つきひと)壮士(をとこ)

私訳 夕星が移り行く天の道を、年に一度の逢う日をいつまでかと仰いで待っている月人壮士。


集歌2011 天漢 己向立而 戀等尓 事谷将告 麗言及者
訓読 天の川い向ひ立ちて恋しらに事(こと)だに告(つ)げむ妻と言ふまでは

私訳 天の川に向い立って恋しいあまり、逢えないことだけでも告げましょう。直接逢って、貴女を妻と言うまで。


集歌2012 水良玉 五百部集乎 解毛不及 吾者于可太奴 相日待尓
試訓 みら玉の五百重(いほへ)集(あつ)めを解(と)きも得ず吾(あれ)は行(う)かたぬ逢はむ日待つに

私訳 天空の美しく輝く星がたくさん集まったのを散らすことが出来なくて、(天の川が流れるので)私は出かけることが出来ない。貴女が逢うでしょう、その日を待っているのに。

注意 一般に原文の表記は次のように改訂して解釈します。試訓と私訳は、原文からの実験です。
改訂 水良玉 五百都集乎 解毛不見 吾者年(又は「干」)可太奴 相日待尓
訓読 しら玉の五百(いほ)つ集(つど)ひを解きも見ず吾(わ)は寝かてぬ(又は「離れてぬ」)逢はむ日待つに


集歌2013 天漢 水陰草 金風 靡見者 時来之
訓読 天の川水(みず)蔭(かげ)草(くさ)の秋風に靡かふ見れば時は来にけり

私訳 天の川よ、川辺の草が秋風に靡くのを見ると、そのときはやってきたようです。


集歌2014 吾等待之 白芽子開奴 今谷毛 尓寶比往奈 越方人迩
訓読 吾(わ)が待ちし秋萩咲きぬ今だにもにほひに行かな彼方(をちかた)人に

私訳 私が待ちわびていた秋萩が咲きました。今こそ、衣を染めていきましょう。彼方に住む人のために。


集歌2015 吾世子尓 裏戀居者 天河 夜船滂動 梶音所聞
訓読 吾(わ)が背子にうら恋ひ居(を)れば天の川夜船(よふね)漕ぐなる楫の音聞こゆ

私訳 私の愛しい貴方に秘めやかに恋していると、天の川に夜船を漕ぐ楫の音が聞こえる。


集歌2016 真氣長 戀心自 白風 妹音所聴 紐解往名
訓読 ま日(け)長く恋ふる心ゆ秋風に妹が音(ね)聞こゆ紐解(と)き往(い)かな

私訳 長い日々を恋しく想う心に、秋風に乗って恋人の声が聞こえてきた。恋人の着物の紐を解きに往きましょう。


集歌2017 戀敷者 氣長物乎 今谷 乏之牟可哉 可相夜谷
訓読 恋ひしくは日(け)長きものを今だにも乏(とも)しむべしや逢ふべき夜だに

私訳 貴女を恋しく想う日々は長い日々ですが、今だけなのに、残念なことです。貴女に逢うべき今宵ですが。


集歌2018 天漢 去歳渡代 遷閇者 河瀬於踏 夜深去来
訓読 天の川去年(こぞ)の渡りゆ遷(うつ)ろへば川瀬を踏むに夜ぞ更(ふ)けにける

私訳 天の川の去年川を渡った場所が川の流れの変わりで遷ってしまったので、川の瀬を踏み渡るのに夜が更けてしまった。


集歌2019 自古 擧而之服 不顧 天河津尓 年序経去来
訓読 古(いにしへ)ゆ挙(あ)げてし服(はた)も顧(かへり)みず天の川津に年ぞ経にける

私訳 古くから行ってきた服を織ることも忘れてしまって、天の川の渡りの湊で彦星を待って年月が経ってしまった。

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万葉集巻十を鑑賞する  集歌1960から集歌1989まで

2011年06月23日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻十を鑑賞する


集歌1960 物念登 不宿旦開尓 霍公鳥 鳴而左度 為便無左右二
訓読 物思ふと寝(ゐ)ねぬ朝明(あさけ)に霍公鳥(ほととぎす)鳴きてさ渡るすべなきさふに

私訳 貴方への恋の物思いに寝られぬ朝明けに、ホトトギスが「それはカツコヒ(片恋)」と鳴きながら飛び渡って行く。やるせなさが一層に募るほどに。


集歌1961 吾衣 於君令服与登 霍公鳥 吾乎領 袖尓来居管
訓読 吾(あ)が衣(ころも)君に着せよと霍公鳥(ほととぎす)吾(わ)れをうながす袖に来(き)居(ゐ)つつ

私訳 ねえ、貴方。私の衣を共寝の床の貴方の体に被せなさいと、ホトトギスが私をそそのかします。その私の衣の袖に飛び来て絵柄として留っていますよ。


集歌1962 本人 霍公鳥乎八 希将見 今哉汝来 戀乍居者
訓読 本(もと)つ人霍公鳥(ほととぎす)をや希(めづら)しく今か汝(な)が来(く)る恋ひつつ居(を)れば

私訳 ねえ、貴方。ホトトギスに託すのでしょうか。久ぶりに今やっとホトトギスが(「カツコヒ(片恋)、カツコヒ」と)啼きながらやって来る。このように貴方を恋い慕っていると。


集歌1963 如是許 雨之零尓 霍公鳥 宇之花山尓 猶香将鳴
訓読 かくばかり雨の降らくに霍公鳥(ほととぎす)卯の花山になほか鳴くらむ

私訳 (人の訪れを邪魔する)これほどに雨が降っているのに、ホトトギスが卯の花(有の花)の咲く山のあたりで、さらに(「カツコヒ、カツコヒ」と貴方を恋しく)鳴いているでしょう。


詠蝉
標訓 蝉を詠める
集歌1964 黙然毛将有 時母鳴奈武 日晩乃 物念時尓 鳴管本名
訓読 黙然(もだ)もあらむ時も鳴かなむ晩蝉(ひぐらし)の物思ふ時に鳴きつつもとな

私訳 苦情を云わずにすむときには鳴いてほしい。晩蝉が物思いに耽るとき鳴き続けて心がせわしない。


詠榛
標訓 榛を詠めり
集歌1965 思子之 衣将摺尓 々保比与 嶋之榛原 秋不立友
訓読 思ふ子の衣(ころも)摺(す)らむににほひこそ島の榛原(はりはら)秋立たずとも

私訳 想いを寄せる貴方の衣を摺り染めするから、色鮮やかに染まってほしい。島の榛原の木々に秋がまだやって来なくても。


詠花
標訓 花を詠めり
集歌1966 風散 花橘叨 袖受而 為君御跡 思鶴鴨
訓読 風に散る花橘と袖に受けて君が御跡(みあと)と思(しの)ひつるかも

私訳 風に散る花橘の花びらなのだと、それを袖に受け止めて貴方自身と思い浮かべるでしょう。


集歌1967 香細寸 花橘乎 玉貫 将送妹者 三礼而毛有香
訓読 かぐはしき花橘を玉に貫(ぬ)き送(おく)らむ妹はみつれてもあるか

私訳 芳しい花橘の花びらを薬玉に貫いて贈ってくれるはずの愛しい貴女は、病気なのでしょうか。(今年は贈ってきません)


集歌1968 霍公鳥 来鳴響 橘之 花散庭乎 将見人八孰
訓読 霍公鳥(ほととぎす)来鳴き響(とよ)もす橘の花散る庭を見む人や誰れ

私訳 ホトトギスが飛び来りて「カツコヒ(片恋)」と鳴き声を響かす。この橘の花の散る庭の景色を私と見る人は、さて、誰でしょうか。ねえ、貴方。


集歌1969 吾屋前之 花橘者 落尓家里 悔時尓 相在君鴨
訓読 吾(わ)が屋前(やと)の花橘は散りにけり悔(くや)しき時に逢へる君かも

私訳 私の庭の花橘は散ってしまいました。(ずいぶん、お誘いしたのに)そんな残念な時になってお逢いした貴方。


集歌1970 見渡者 向野邊乃 石竹之 落巻惜毛 雨莫零行年
訓読 見わたせば向ひの野辺(のへ)の石竹花(なでしこ)の散らまく惜しも雨な降りそね

私訳 見渡すと向かいにある野辺のナデシコの花が散ってしまうのが残念です。雨よ、降らないでください。


集歌1971 雨間開而 國見毛将為乎 故郷之 花橘者 散家牟可聞
訓読 雨間(あまま)明けて国見もせむを故郷(ふるさと)の花橘は散りにけむかも

私訳 雨の晴れ間を待って国見をしようと思うが、この雨で故郷の花橘は散ってしまっているでしょう。


集歌1972 野邊見者 瞿麥之花 咲家里 吾待秋者 近就良思母
訓読 野辺(のへ)見れば撫子(なでしこ)の花咲きにけり吾(あ)が待つ秋は近づくらしも

私訳 野辺を眺めるとナデシコの花が咲いている。私が待つ秋が近づいてきたようだ。


集歌1973 吾妹子尓 相市乃花波 落不過 今咲有如 有与奴香聞
訓読 吾妹子(わぎもこ)に楝(あふち)の花は散り過ぎず今咲けるごとありこせぬかも

私訳 私の愛しい貴女に逢う、その言葉のひびきではありませんが、楝(あふち)の花は散り去らず、今、咲いているようにずっと貴女に逢えるように、その楝は咲いていないでしょうか。


集歌1974 春日野之 藤者散去而 何物鴨 御狩人之 折而将挿頭
訓読 春日野(かすがの)の葛(ふぢ)は散りにて何をかも御狩(みかり)の人の折りて挿頭(かざ)さむ

私訳 春日の野の藤の花は散ってしまっているが、さてこれからは何の花を御狩りの人々は手折って髪に挿すのでしょうか。


集歌1975 不時 玉乎曽連有 宇能花乃 五月乎待者 可久有
訓読 時ならず玉をぞ貫(ぬ)ける卯の花の五月(さつき)を待たば久(ひさ)しくあるべみ

私訳 まだその時節ではないのだが、薬玉として紐を貫いているような卯の花が、その花咲く五月を待っていると待ち遠しいのでしょう。



問答
標訓 問答
集歌1976 宇能花乃 咲落岳従 霍公鳥 鳴而沙渡 公者聞津八
訓読 卯の花の咲き散る岳(をか)ゆ霍公鳥(ほととぎす)鳴きてさ渡る公(きみ)は聞きつや

私訳 卯の花の咲き散る丘からホトトギスが鳴きながら渡って行く。貴方はその「カツコヒ」と啼く、その鳴き声を聞きましたか。


集歌1977 聞津八跡 君之問世流 霍公鳥 小竹野尓所沾而 従此鳴綿類
訓読 聞きつやと君が問はせる霍公鳥(ほととぎす)小竹(しの)野(の)に濡れて此(こ)ゆ鳴き渡る

私訳 「聞きましたか」と貴女がお尋ねになったホトトギスは、(私にしっかりその鳴き声を聞かせるために)この小竹の野ですっかり雨に濡れて、そして、ここから鳴き渡って行きました。



譬喩歌
標訓 譬喩歌(ひゆか)
集歌1978 橘 花落里尓 通名者 山霍公鳥 将令響鴨
訓読 橘の花散る里に通ひなば山霍公鳥(ほととぎす)響(とよ)もさむかも

私訳 橘の花の散る里に通ったならば、山ホトトギスは、その「カツコヒ」と啼く、その鳴き声を響かすでしょうか。


夏相聞
標 夏の相聞
寄鳥
標訓 鳥に寄せる

集歌1979 春之在者 酢軽成野之 霍公鳥 保等穂跡妹尓 不相来尓家里
訓読 春さればすがるなす野の霍公鳥(ほととぎす)ほとほと妹に逢はず来にけり

私訳 春がやって来るとスガル蜂が飛び交う野にいるホトトギス。その鳴き声が「カツコヒ(片恋)」と啼くように、ほとんど、貴女に逢わずに過ごして来てしまった。


集歌1980 五月山 花橘尓 霍公鳥 隠合時尓 逢有公鴨
訓読 五月(さつき)山(やま)花橘に霍公鳥(ほととぎす)隠(かく)らふ時に逢へる君かも

私訳 五月の山に咲く花橘にホトトギスが隠れるような、そのように私が家に籠っているときにお逢いできた貴方です。


集歌1981 霍公鳥 来鳴五月之 短夜毛 獨宿者 明不得毛
訓読 霍公鳥(ほととぎす)来(き)鳴(な)く五月(さつき)の短夜(みじかよ)もひとりし寝(ぬ)れば明(あか)しかねつも

私訳 ホトトギスが飛び来て鳴く五月の短い夜も独りで寝ると、夜明けがなかなかやって来ない。


寄蝉
標訓 蝉に寄せる
集歌1982 日倉足者 時常雖鳴 我戀 手弱女我者 不定哭
訓読 晩蝉(ひぐらし)は時と鳴けども吾(あ)が恋に手弱女(たわやめ)我れは時わかず哭(な)く

私訳 ヒグラシは時をわきまえて鳴くが、私の恋心に手弱女である私は時を分かたず声を挙げて泣いてます。


寄草
標訓 草に寄せる
集歌1983 人言者 夏野乃草之 繁友 妹与吾 携宿者
訓読 人(ひと)言(こと)は夏野の草の繁(しげ)くとも妹(いも)と吾(あれ)とが携(たづさ)はり寝(ね)ば

私訳 人の噂は夏の野の草のようにかしましくても、愛しい貴女と私が共寝をすればそれで良いではありませんか。


集歌1984 廼者之 戀乃繁久 夏草乃 苅掃友 生布如
訓読 このころの恋の繁けく夏草の刈り掃(はら)へども生(お)ひしく如し

私訳 この頃の私の恋の想いは盛んで、まるで夏草のように刈り掃っても生い茂って来ると同じです。


集歌1985 真田葛延 夏野之繁 如是戀者 信吾命 常有目八方
訓読 真田(さなだ)の葛(ふぢ)延(は)ふ夏野(なつの)の繁(しげ)くかく恋ひばまこと吾(あ)が命(いのち)常ならめやも

私訳 立派な田に葛が延び這える夏の野のように、恋しげくこのように貴女を恋い慕うと、本当に私の寿命はいつまで持つでしょうか。


集歌1986 吾耳哉 如是戀為良武 垣津旗 丹頬類令妹者 如何将有
訓読 吾(わ)れのみやかく恋すらむ杜若(かきつばた)にほるし妹は如何にかあるらむ

私訳 渡しだけがこのように恋い慕っているのでしょうか。杜若のように鮮やかに美しい貴女はどのように私のことを思っている
のでしょうか。


寄花
標訓 花に寄せる
集歌1987 片搓尓 絲叨曽吾搓 吾背兒之 花橘乎 将貫跡母日手
訓読 片縒(かたよ)りに糸をぞ吾(あ)が縒(よ)る吾(あ)が背子の花橘を貫(ぬ)かむと思(おも)ひて

私訳 片縒りにこの糸を私が縒っています。その糸で私の愛しい貴方に贈る花橘を薬玉に貫き通すと思って。


集歌1988 鴬之 徃来垣根乃 宇能花之 厭事有哉 君之不来座
訓読 鴬の通(かよ)ふ垣根の卯の花の厭(う)きことあれや君が来まさぬ

私訳 鶯が通う垣根に咲く卯の花の、その詞の響きのような「憂き」ことがあるのでしょうか。愛しいあの人がやって来ません。


集歌1989 宇能花之 開登波無二 有人尓 戀也将渡 獨念尓指天
訓読 卯の花の咲くとは無しにある人に恋ひや渡らむ片思(かたおもひ)にして

私訳 卯の花のように「有の花」が咲くことが無いはずのあの人に、私の恋心は寄せている。片思いのままで。

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万葉集巻十を鑑賞する  集歌1930から集歌1959まで

2011年06月20日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻十を鑑賞する

集歌1930 梓弓 引津邊有 莫告藻之 花咲及二 不會君毳
訓読 梓(あずさ)弓(ゆみ)引津(ひきつ)の辺(へ)なる名告藻(なのりそ)の花咲くまでに逢はぬ君かも

私訳 梓弓を引く、その引津のあたりにある、花が咲くことのない、その名告藻の花が咲くまでには、逢ってはくださらない貴女なのですね。


集歌1931 川上之 伊都藻之花乃 何時々々 来座吾背子 時自異目八方
訓読 川の上(うへ)のいつ藻の花のいつもいつも来(き)ませ吾(あ)が背子時じけめやも

私訳 川の水面の清らかな厳藻の花の名のように、いつもいつもやって来てください。私の愛しい貴方。都合の悪い時があるでしょうか。


集歌1932 春雨之 不止零々 吾戀 人之目尚矣 不令相見
訓読 春雨の止まず降(ふ)る降る吾(あ)が恋ふる人の目すらを相見せなくに

私訳 春の雨が止むことなく降り降る。私が恋い慕う貴方のお顔すら、お目にかかれない。


集歌1933 吾妹子尓 戀乍居者 春雨之 彼毛知如 不止零乍
訓読 吾妹子(わぎもこ)に恋ひつつ居れば春雨のそれも知るごと止まず降りつつ

私訳 私の愛しい貴女に恋い慕っていると、春の雨がそれを知っているかのように止むことなく降り続く。


集歌1934 相不念 妹哉本名 菅根乃 長春日乎 念晩牟
訓読 相思はぬ妹をやもとな菅の根の長き春日(はるひ)を思ひ暮らさむ

私訳 恋しても愛してくれない貴女を、私はいたずらに、菅の根のような長い春の一日を恋い焦がれて日を暮します。


集歌1935 春去者 先鳴鳥乃 鴬之 事先立之 君乎之将待
訓読 春去(さ)ればまづ鳴く鳥の鴬の事(こと)先(さき)立(た)ちし君をし待たむ

私訳 春がやって来ると最初に鳴く鳥である鶯のように、物事の最初に先立って貴方の訪れだけを待っています。


集歌1936 相不念 将有兒故 玉緒 長春日乎 念晩久
訓読 相思はずあるらむ児ゆゑ玉の緒の長き春日(はるひ)を思ひ暮らさく

私訳 恋しても愛してくれないでしょうあの子のために、玉を貫く紐の緒のような長い春の一日を恋い焦がれて日を暮します。


夏雜歌
標 夏の雑歌
詠鳥
標訓 鳥を詠う

集歌1937 大夫丹 出立向 故郷之 神名備山尓 明来者 柘之左枝尓 暮去者 小松之若末尓 里人之 聞戀麻田 山彦乃 答響萬田 霍公鳥 都麻戀為良思 左夜中尓鳴

訓読 大夫(ますらを)に 出で立ち向ふ 故郷(ふるさと)の 神名備(かむなび)山(やま)に 明けくれば 柘(つみ)のさ枝に 夕されば 小松が末(うれ)に 里人(さとひと)の 聞き恋ふるまで 山彦(やまひこ)の 相(あひ)響(とよ)むまで 霍公鳥(ほととぎす) 妻恋ひすらし さ夜中(よなか)に鳴く

私訳 立派な男子として出で立ち向かう、故郷、その明日香の甘樫丘の神名備山に、夜が明け来ると柘の小枝に、夕暮れがやって来ると小松の枝先に、里人が聴きたいと思うほどに、山彦が響きあうほどに、ホトトギスが妻を恋い慕うらしい。夜中にも「カツコヒ(片恋)、カツコヒ」と鳴いている。


反謌
集歌1938 客尓為而 妻戀為良思 霍公鳥 神名備山尓 左夜深而鳴
訓読 旅にして妻恋すらし霍公鳥(ほととぎす)神南備(かむなび)山(やま)にさ夜(よ)更(ふ)けし鳴く

私訳 家を離れていて妻を恋い慕っているのだろう、ホトトギスよ。明日香の甘樫丘の神名備山に夜が更けても「カツコヒ、カツコヒ」と鳴いている。
右、古謌集中出
注訓 右は、古き謌の集(しふ)の中(うち)に出(い)ず


集歌1939 霍公鳥 汝始音者 於吾欲得 五月之珠尓 交而将貫
訓読 霍公鳥(ほととぎす)汝(な)が初声(はつこゑ)は吾(わ)れにもが五月(さつき)の珠(たま)に交(か)へて貫(ぬ)かむ

私訳 ホトトギス、お前の「カツコヒ(片恋)」と鳴くその初声が私にもあったならば、あの人に贈る五月の薬玉と一緒にして紐を通そう。


集歌1940 朝霞 棚引野邊 足桧木乃 山霍公鳥 何時来将鳴
訓読 朝霞たなびく野辺(のへ)にあしひきの山霍公鳥(ほととぎす)いつか来鳴かむ

私訳 朝霞が棚引くこの野辺に、葦や桧の生える山に棲むホトトギスよ、いつになれば来て鳴くのだろうか。


集歌1941 旦霞 八重山越而 喚孤鳥 吟八汝来 屋戸母不有九三
訓読 朝霞の八重山(やへやま)越えて呼子(よぶこ)鳥(とり)鳴きや汝(な)が来る屋戸(やと)もあらなくみ

私訳 朝霞の八重山を越えて、呼子鳥よ、鳴きながらお前はやって来る。ここには恋心を伝える相手の家もないのに。


集歌1942 霍公鳥 音聞哉 宇能花乃 開落岳尓 田草引感嬬  (感は、女+感の当て字)
訓読 霍公鳥(ほととぎす)鳴く声聞くや卯の花の咲き散る岳(をか)に田(た)草(かや)引く官女(をとめ)

私訳 ホトトギスのその「カツコヒ(片恋)」と鳴く声を聞きましたか、卯の花(有の花)の咲き散る丘で薬玉を作る萱の穂を引く抜く宮人よ。


集歌1943 月夜吉 鳴霍公鳥 欲見 吾草取有 見人毛欲得
訓読 月夜(つくよ)よみ鳴く霍公鳥(ほととぎす)見まく欲(ほ)り吾(わ)れ草取れり見む人もがも

私訳 月夜が美しいと鳴くホトトギス、そのホトトギスを眺めてみたいと私は野草を採っている。私と眺めたいと思う人がいればよいのに。


集歌1944 藤浪之 散巻惜 霍公鳥 今城岳叨 鳴而越奈利
訓読 藤波(ふぢなみ)の散らまく惜(を)しみ霍公鳥(ほととぎす)今城(いまき)の岳(をか)を鳴きて越ゆなり

私訳 藤浪の花が散ってしまうのを惜しんで、ホトトギスが今城の丘を鳴きながら越していく。


集歌1945 旦霧 八重山越而 霍公鳥 宇能花邊柄 鳴越来
訓読 朝霧の八重山(やへやま)越えて霍公鳥(ほととぎす)卯の花辺(はなへ)から鳴きて越え来ぬ

私訳 朝霧の八重山を越えてホトトギスが、卯の花が咲いているあたりから鳴きながら越えて来た。


集歌1946 木高者 曽木不殖 霍公鳥 来鳴令響而 戀令益
訓読 木(こ)高くはかつて木(き)植ゑじ霍公鳥(ほととぎす)来鳴き響(とよ)めて恋まさらしむ

私訳 木立が高くなるなら木は植えないようにしよう。梢が高ければ、ホトトギスが飛び来りて「カツコヒ(片恋)、カツコヒ」とその声を鳴き響かせて、私の恋心を募らせるだろう。


集歌1947 難相 君尓逢有夜 霍公鳥 他時従者 今杜鳴目
訓読 逢ひかたき君に逢へる夜霍公鳥(ほととぎす)他(あした)時(とき)ゆは今こそ鳴かめ

私訳 逢い難いあの御方に(夢に)逢える夜、ホトトギスよ他の時よりまして、今こそ「カツコヒ(片恋)」と鳴いてください。
注意 「杜」は「社」の誤読からの平安以降の用法との説がある


集歌1948 木晩之 暮闇有尓 (一云 有者) 霍公鳥 何處乎家登 鳴渡良武
訓読 木(こ)の晩(くれ)の夕闇(ゆふやみ)なるに (一(ある)は云はく、「なれば」) 霍公鳥(ほととぎす)いづくを家(いへ)と鳴き渡るらむ

私訳 木々が茂り暗くなるような、そんな夕暮れ時にホトトギスよ、どこを「カツコヒ(片恋)」とその鳴き声を聞かせる家として鳴き渡っていくのか。


集歌1949 霍公鳥 今朝之旦明尓 鳴都流波 君将聞可 朝宿疑将寐
訓読 霍公鳥(ほととぎす)今朝(けさ)の朝明(あさけ)に鳴きつるは君聞きけむか朝寝(あさゐ)か寝(ね)けむ

私訳 ホトトギスが今朝の朝明けに私の想いである「カツコヒ(片恋)」と鳴いたのを貴方は聞きましたでしょうか。それとも朝寝して寝ていたのでしょうか。


集歌1951 慨哉 四去霍公鳥 今社者 音之干蟹 来喧響目
訓読 慨(うれた)きや醜(しこ)の霍公鳥(ほととぎす)今こそば声の嗄(が)るがに来鳴き響(とよ)めめ

私訳 恨めしい。融通の利かないホトトギスよ、今こそは、ここにいるあの人の前でその声が枯れるほどに飛び来て「カツコヒ(片恋)、カツコヒ」と鳴き声を響かせて。


集歌1950 霍公鳥 花橘之 枝尓居而 鳴響者 花波散乍
訓読 霍公鳥(ほととぎす)花橘の枝に居て鳴き響(とよ)もせば花は散りつつ

私訳 ホトトギスが花橘の枝に居て、その鳴き声を響かせると花は散っていく。
注意 歌順は、西本願寺本では、集歌1949、1951、1950の順となっている。


集歌1952 今夜乃 於保束無荷 霍公鳥 喧奈流聲之 音乃遥左
訓読 今夜のおほつかなきに霍公鳥(ほととぎす)鳴くなる声の音の遥(はる)けさ

私訳 今夜の恋して心細い想いの中に、ホトトギスの「それはカツコヒ(片恋)」と鳴いている声の響きが遥かに聞こえる。


集歌1953 五月山 宇能花月夜 霍公鳥 雖聞不飽 又鳴鴨
訓読 五月(さつき)山(やま)卯の花月夜(つくよ)霍公鳥(ほととぎす)聞けども飽(あ)かずまた鳴かぬかも

私訳 五月の山。その山に卯の花(有の花)が咲き、月明かりの夜。そんな夜にホトトギスの鳴く声を聞いても聞き飽きることはありません。また、鳴かないものでしょうか。


集歌1954 霍公鳥 来居裳鳴香 吾屋前乃 花橘乃 地二落六見牟
訓読 霍公鳥(ほととぎす)来(き)居(ゐ)も鳴かぬか吾(あ)が屋前(やと)の花橘の地(つち)に落ちむ見む

私訳 ホトトギスと飛び来り居て鳴かないものでしょうか。私の庭先の花橘の花弁がひらひらと散るのを見たいものです。


集歌1955 霍公鳥 厭時無 菖蒲 蘰将為日 従此鳴度礼
訓読 霍公鳥(ほととぎす)厭(いと)ふ時無し菖蒲(あやめくさ)蘰(かづら)にせむ日こゆ鳴き渡れ

私訳 ホトトギスよ、お前の鳴き声を厭うようなことはありません。五月の薬狩りの、菖蒲を蘰にするこの日に、ここに「カツコヒ(片恋)、カツコヒ」と鳴きながら飛び渡って来い。


集歌1956 山跡庭 啼而香将来 霍公鳥 汝鳴毎 無人所念
訓読 大和には啼きてか来らむ霍公鳥(ほととぎす)汝(な)が鳴くごとに亡(な)き人念(おも)ほゆ

私訳 大和の里には啼きながら飛び来ているでしょう。ホトトギスよ、お前が鳴くたびに今亡き人を思い出す。


集歌1957 宇能花乃 散巻惜 霍公鳥 野出山入 来鳴令動
訓読 卯の花の散らまく惜(を)しみ霍公鳥(ほととぎす)野に出で山に入り来鳴き響(とよ)もす

私訳 卯の花(有の花)が散るのを惜しんでホトトギスが野原に出たり山に入ったりして飛び来て、その鳴き声を響かせる。


集歌1958 橘之 林乎殖 霍公鳥 常尓冬及 住度金
訓読 橘の林を植ゑむ霍公鳥(ほととぎす)常に冬まで住(す)み渡るがね

私訳 橘の林を植えましょう。ホトトギスが常に冬までここに住み続けるでしょうから。


集歌1959 雨晴之 雲尓副而 霍公鳥 指春日而 従此鳴度
訓読 雨(あま)晴(は)れし雲にたぐひて霍公鳥(ほととぎす)春日(かすが)をさして此(こ)ゆ鳴き渡る

私訳 雨が晴れ流れ行く雲に添うようにホトトギスが春日の里を目指してここから鳴き渡って行く。

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