竹取翁と万葉集のお勉強

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笠朝臣金村歌集を鑑賞する  神亀五年(728)の歌 秋八月謌

2011年01月10日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
神亀五年(728)の歌 秋八月謌
 非常に不思議な歌です。作歌者は、なぜ、「虚蝉乃代人有者(現世の 世の人なれば)」と断りを入れたのでしょう。また、なぜ、「雪零山乎将越日者(雪降る山を越えむ日は)」と旧暦八月(新暦九月)に詠う必要があったのでしょうか。神亀五年を神亀六年と読み替えたくなるような歌です。その背景として、神亀六年二月に藤原房前が集歌4227の挽歌を三形沙弥に詠わせています。
 素直に詠んでも、穿って詠んでも、解釈が難しい歌です。
 なお、歌順を制作の年代順に恣意的に入れ替えていますので、万葉集の順にはなっていません。

神龜五年戊辰秋八月謌一首并短哥
標訓 神亀五年戊辰秋八月の謌一首并せて短哥

集歌1785 人跡成 事者難乎 和久良婆尓 成吾身者 死毛生毛 君之随意常 念乍 有之間尓 虚蝉乃 代人有者 大王之 御命恐美 天離 夷治尓登 朝鳥之 朝立為管 群鳥之 群立行者 留居而 吾者将戀奈 不見久有者

訓読 人と成る ことは難(かた)きを わくらばに 成れる吾(あ)が身は 死(しに)も生(いき)も 君がまにまと 念(おも)ひつつ ありし間(あひだ)に 現世(うつせみ)の 世の人なれば 大王(おほきみ)の 命(みこと)恐(かしこ)み 天離り 夷(ひな)治めにと 朝鳥の 朝立ちしつつ 群鳥(むらとり)の 群立(むらた)ち行かば 留(と)まり居(ゐ)て 吾は恋ひむな 見ず久(ひさ)ならば

私訳 人として生まれてくることは難しいのに、たまたま人間として生まれてきた私の体は死ぬも生きるも貴方の御心のままと思ってきましたが、私はこの現世の人の世を生きる人間ですから、貴方が大王のご命令を謹んで承って、都から遠く離れた地を平らかに道理で治めるためにと、朝鳥のように朝に旅に立ち、群鳥のように供を連れ、集団になって行くと、この世に留まっている私は恋しくなってしまうでしょう。貴方に会うことが久しく絶えてしまうと。


反謌
集歌1786 三越道之 雪零山乎 将越日者 留有吾乎 懸而小竹葉背
訓読 御(み)越道(こしぢ)の雪降る山を越えむ日は留(と)まれる吾を懸(か)けて偲(しの)はせ

私訳 貴方が険しい山を越える道で、雪が降り積もるような山を越える日は留まっている私を、心に懸けて思い出してください。


参考歌
集歌4227 大殿之 此廻之 雪莫踏祢 數毛 不零雪曽 山耳尓 零之雪曽 由米縁勿 人哉莫履祢 雪者
訓読 大殿の この廻(もとは)りの 雪な踏みそね しばしばも 降らぬ雪ぞ 山のみに 降りし雪ぞ ゆめ寄るな 人やな踏みそね 雪は

私訳 大殿のこのまわりの雪を踏むな。しばしばは降らない貴重な雪だ。仰ぎ見る山にしか降らない雪だ。けっして、近寄るな。人よ、踏むな。雪を。


反謌一首
集歌4228 有都々毛 御見多麻波牟曽 大殿乃 此母等保里能 雪奈布美曽祢
訓読 ありつつも見(め)したまはむぞ大殿のこの廻(もとは)りの雪な踏みそね

私訳 (元正上皇は)いつまでも御覧になるであろう。この大殿のまわりの雪を踏むな。
右二首謌者、三形沙弥、承贈左大臣藤原北卿之語、作誦之也。聞之傳者、笠朝臣子君。復後傳讀者、越中國掾久米朝臣廣縄是也
注訓 右の二首の歌は、三形沙弥の、贈左大臣藤原北卿の語(ことば)を承(う)け、依りて誦(よ)めり。聞きて伝ふるは笠朝臣子君。また後に伝へ読むは、越中國の掾久米朝臣廣縄、これなり。


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