竹取翁と万葉集のお勉強

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柿本朝臣人麻呂の歌並びに人麻呂歌集の歌 3

2012年12月30日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
柿本朝臣人麻呂の歌並びに人麻呂歌集の歌 3

柿本朝臣人麿妻依羅娘子与人麿相別歌一首
標訓 柿本朝臣人麿の妻依羅娘子の人麿と相別れたる歌一首
集歌140 勿念跡 君者雖言 相時 何時跡知而加 吾不戀有牟
訓読 な思ひと君は言へども逢はむ時何時と知りてかわが恋ひずあらむ
私訳 そんなに思い込むなと貴方は云いますが、貴方と逢う時は「今度は何時」と数えながら私は貴方に恋をしているのではありません。いつも、貴方に逢いたいのです。もう、貴方は旅立つのですか。


大寶元年辛丑、幸干紀伊國時結松歌一首(柿本朝臣人麿歌集中出也)
標訓 大寶元年辛丑、紀伊国に幸(いでま)しし時に結び松の歌一首(柿本朝臣人麿歌集の中に出づ)
集歌146 後将見跡 君之結有 磐代乃 子松之宇礼乎 又将見香聞
訓読 後見むと君し結べる磐代(いはしろ)の小松し枝末(うれ)をまたも見むかも
私訳 後でまた見ようと貴方が結んだ磐代の小松の枝を、貴方はまた見られたでしょうか。


日並皇子尊殯宮之時、柿本朝臣人麿作歌一首并短歌
標訓 日並皇子尊の殯宮(あらきのみや)の時に、柿本朝臣人麿の作れる歌一首并せて短歌
集歌167 天地之 初時 久堅之 天河原尓 八百萬 千萬神之 神集 ゞ座而 神分 ゞ之時尓 天照 日女之命(一云、指上 日女之命) 天乎婆 所知食登 葦原乃 水穂之國乎 天地之 依相之極 所知行 神之命等 天雲之 八重掻別而(一云、天雲之 八重雲別而) 神下 座奉之 高照 日之皇子波 飛鳥之 浄之宮尓 神髄 太布座而 天皇之 敷座國等 天原 石門乎開 神上 ゞ座奴(一云、神登 座尓之可婆) 吾王 皇子之命乃 天下 所知食世者 春花之 貴在等 望月乃 満波之計武跡 天下(一云、食國) 四方之人乃 大船之 思憑而 天水 仰而待尓 何方尓 御念食可 由縁母無 真弓乃岡尓 宮柱 太布座 御在香乎 高知座而 明言尓 御言不御問 日月之 數多成塗 其故 皇子之宮人 行方不知毛(一云、刺竹之 皇子宮人 帰邊不知尓為)

訓読 天地し 初めし時 ひさかたし 天つ河原に 八百万(やほよろづ) 千万(ちよろづ)神(かみ)し 神集ひ 集ひ座して 神分ち 分ちし時に 天照らす 日女(ひるめ)し尊(みこと)(一は云はく、さしのぼる 日女し命) 天をば知らしますと 葦原の 瑞穂し国を 天地し 寄り合ひし極 知らします 神し命と 天雲し 八重かき別けて(一は云はく、天雲し 八重雲別けて) 神下し 座(いま)せまつりし 高照らす 日し皇子は 飛鳥し 浄(きよ)しし宮に 神ながら 太敷きまして 天皇(すめろぎ)し 敷きます国と 天つ原 石門(いはと)を開き 神あがり あがり座(いま)しぬ(一は云はく、神登り いましにしかば) わご王(おほきみ) 皇子し命の 天つ下 知らしめしせば 春花し 貴からむと 望月の 満(みつ)はしけむと 天つ下(一は云はく、食(を)す国し) 四方(よも)し人の 大船し 思ひ憑みて 天つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほしませか 由縁もなき 真弓の岡に 宮柱 太敷き座し 御殿を 高知りまして 朝ごとに 御言問はさぬ 日し月し 数(まね)多くなりぬる そこゆゑに 皇子し宮人 行方知らずも(一は云はく、さす竹し 皇子し宮人 ゆくへ知らにす)

私訳 天地が初めて現れたとき、遠く彼方の天の川原に八百万・一千万の神々が神の集会にお集まりになり、それぞれの神の領分を分かたれたとき、日が差し昇るような太陽の女神は天を統治なされると、葦原の豊かに稲穂を実らせる国を天と地が接する地上の果てまで統治なされる神の皇子として、天雲の豊かに重なる雲を掻き分けて、この地上に神として下りなされていました天まで高くその輝きで照らされる日の皇子は、飛ぶ鳥の浄御原の宮に、神でありながら宮殿を御建てになられ、天の皇子が統治なされる国と天の原への磐門を開き、天の原に神登られなされるので、私の王である皇子様は天下を治めなされると春に花が咲くように貴くあられるだろう、満月のように人々を満たされるだろうと、皇子が御統治なされる国のすべての人は、大船のように思い信頼して、大嘗祭を行う天の水を天を仰いで待っていると、どのように思われたのか、理由もないのに、真弓の丘に御建てになられた宮殿を天まで高くお知らせになられて、毎朝に皇子のお言葉を賜ることのない日月が沢山になって、そのために、竹のように繁栄する皇子に仕える宮人は、どうしたらいいのか判らない。

反歌二首
集歌168 久堅乃 天見如久 仰見之 皇子乃御門之 荒巻惜毛
訓読 ひさかたの天見るごとく仰ぎ見し皇子の御門し荒れまく惜しも
私訳 遥か彼方の天空を見るように仰ぎ見た皇子の住んでいらっしゃた宮殿の御門が荒れていくのが惜しまれる

集歌169 茜刺 日者雖照有 鳥玉乃 夜渡月之 隠良久惜毛
訓読 あかねさす日は照らせどぬばたまの夜渡る月し隠らく惜しも
私訳 茜色に染まるように昇る日は照らすけれど、漆黒の夜を渡る月のように隠れていくのが惜しまれる。
或本云、以件歌為後皇子尊殯宮之時歌反也
注訓 或る本に云はく「件(くだん)の歌を以ちて、後皇子尊の殯宮(あらきのみや)の時の歌の反と為せり」なり。

或本歌一首
注訓 或る本の歌一首
集歌170 嶋宮 勾乃池之 放鳥 人目尓戀而 池尓不潜
訓読 島し宮勾(まがり)の池し放ち鳥人目に恋ひて池に潜(かづ)かず
私訳 皇子が住まわれた島の宮よ。勾の池に放してある鳥が皇子に再び見られるのを求めて水に潜ろうとしない。


柿本朝臣人麿獻泊瀬部皇女忍坂部皇子歌一首并短歌
標訓 柿本朝臣人麿の泊瀬部皇女・忍坂部皇子に献(たてまつ)れる歌一首并せて短歌
集歌194 飛鳥 明日香乃河之 上瀬尓 生玉藻者 下瀬尓 流觸経 玉藻成 彼依此依 靡相之 嬬乃命乃 多田名附 柔庸尚乎 釼刀 於身副不寐者 烏玉乃 夜床母荒良無(一云、何礼奈牟) 所虚故 名具鮫魚天 氣留敷藻 相屋常念而(一云、公毛相哉登) 玉垂乃 越乃大野之 旦露尓 玉裳者泥打 夕霧尓 衣者沽而 草枕 旅宿鴨為留 不相君故

試訓 飛(と)ふ鳥し 明日香の河し 上つ瀬に 生ふる玉藻は 下つ瀬に 流れ触らばふ 玉藻なす か寄りかく寄り 靡かひし 嬬(つま)の命(みこと)の たたなづく 柔(にぎ)庸(つね)すらを 剣(つるぎ)刃(たち) 身に副(そ)へ寝ずば ぬばたまの 夜床も荒るらむ(一は云う、涸れなむ) そこ故に 慰めて けるしくも 逢ふやと思ひて(一は云う、公も相ふやと) 玉垂の 越の大野し 朝露に 玉裳はひづち 夕霧に 衣は沽(か)れて 草枕 旅宿かもする 逢はぬ君ゆゑ

試訳 飛ぶ鳥の明日香の河の上流の瀬に生える美しい藻、下流の瀬に流れ触れ合う美しい藻が、このように寄りそのように寄るように靡かれた妻の夫の皇子に重ねあった柔肌をいつものごとくに剣刃のように皇子の身に寄り添って夜を共に過ごされることもないと、漆黒の夜の床の様子は乱れるでしょう。そのために、心慰めて「きっと再び逢うことが出来る」とお思いになって、差し通す薬玉を薬狩する越の大野の朝露に、美しい裾裳は濡れ、夕霧に衣はみすぼらしくなって、草を枕にするような旅の宿のように夜通しいらっしゃるのか、もう、逢えない皇子のために。

注意 原文の「柔庸尚乎」の「庸」は「膚」の誤記として「柔膚(にきはだ)すらを」と訓みます。また、「名具鮫魚天」の「鮫魚(さめ)」は「鮫(さめ)」と「兼(かね)」の二字の誤記として「慰め兼ねて」と訓みます。「氣留敷藻」の「留」は「田」の誤記として「けだしくも」と訓みます。「衣者沽而」の「沽」は「沾」の誤記として「衣は濡れて」と訓みます。ここは、すべて原文のままに訓んでいます。

反歌一首
集歌195 敷妙乃 袖易之君 玉垂之 越野過去 亦毛将相八方
訓読 敷栲の袖かへし君玉垂(たまたれ)し越野過ぎゆくまたも逢はめやも
私訳 二人の休む敷栲の床でお互いの衣の袖を掛け合って貴方。野辺送りの葬送の玉垂を身に付けて越野を行列は行きますが、また、再び、貴方に逢えるでしょうか。
一云、乎知野尓過奴
一は云はく、越野に過ぎぬ
右或本曰、葬河嶋皇子越智野之時、献泊瀬部皇女歌也。日本紀曰、朱鳥五年辛卯秋九月己巳朔丁丑、浄大参皇子河嶋薨。
注訓 右は或る本に曰はく「河嶋皇子を越智野に葬(はふ)りし時に、泊瀬部皇女に献(たてまつ)れる歌なり」といへり。日本紀に曰はく「朱鳥五年辛卯の秋九月己巳の朔の丁丑、浄大参皇子河嶋薨(かむあが)りましぬ」といへり。

明日香皇女木瓲殯宮之時、柿本人麻呂作歌一首并短歌
標訓 明日香皇女の木瓲(きのへ)の殯宮(あらきのみや)の時に、柿本人麿の作れる歌一首并せて短歌
集歌196 飛鳥 明日香乃河之 上瀬 石橋渡(一云、石浪) 下瀬 打橋渡 石橋(一云、石浪) 生靡留 玉藻毛叙 絶者生流 打橋 生乎為礼流 川藻毛叙 干者波由流 何然毛 吾生乃 立者玉藻之 如許呂 臥者川藻之 如久 靡相之 宣君之 朝宮乎 忘賜哉 夕宮乎 背賜哉 宇都曽臣跡 念之時 春部者 花折挿頭 秋立者 黄葉挿頭 敷妙之 袖携 鏡成 唯見不献 三五月之 益目頬染 所念之 君与時ゞ 幸而 遊賜之 御食向 木瓲之宮乎 常宮跡定賜 味澤相 目辞毛絶奴 然有鴨(一云、所己乎之毛) 綾尓憐 宿兄鳥之 片戀嬬(一云、為乍) 朝鳥(一云、朝霧) 往来為君之 夏草乃 念之萎而 夕星之 彼往此去 大船 猶預不定見者 遺問流 情毛不在 其故 為便知之也 音耳母 名耳毛不絶 天地之 弥遠長久 思将往 御名尓懸世流 明日香河 及万代 早布屋師 吾王乃 形見何此為

訓読  飛ふ鳥し 明日香の河し 上つ瀬に 石橋(いははし)渡し(一に云はく、石浪し) 下つ瀬に 打橋渡す 石橋し(一に云はく、石浪し) 生ひ靡ける 玉し藻もぞ 絶ゆれば生ふる 打橋し 生(お)ひををれる 川し藻もぞ 枯るればはゆる 何しかも 吾が生(お)ひの 立てば玉藻し ごとしころ 臥せば川藻し ごとしひさ 靡びきあひしし 宣(の)ぶし君し 朝宮を 忘れ給ふや 夕宮を 背(そむ)き給ふや うつそみと 思ひし時し 春しへは 花折りかざし 秋立てば 黄葉(もみぢ)かざし 敷栲(しきたへ)し 袖たづさはり 鏡なす 見れども飽かず 望月し いや愛(め)づらしみ 思ほしし 君と時々 幸(いでま)して 遊び給ひし 御食(みけ)向ふ 城上(きのへ)し宮を 常宮(とこみや)と 定め給ひて あぢさはふ 目(め)辞(こと)も絶えぬ 然(しか)りかも(一に云はく、そこをしも) あやに悲しみ ぬえ鳥し 片恋嬬し(一に云はく、為しながら) 朝鳥し(一に云はく、朝霧し) 通はす君し 夏草の 思ひし萎えて 夕(ゆふ)星(つつ)し か行きかく行き 大船し たゆたふ見れば 遣(や)り問(と)ふる 情(こころ)もあらず そこ故に せむすべ知れや 音のみも 名のみも 絶えず 天地し いや遠長く 思ひ行かむ み名に懸かせる 明日香河 万代(よろづよ)までに 愛(は)しきやし わご王(おほきみ)の 形見かこれは

私訳 飛ぶ鳥の明日香川の川上には石橋を渡し、川下には杭を打って木橋をかける。石橋のたもとに生えて靡く玉藻は、なくなればまた生え育つ。木橋のたもとに生えている川藻も、枯れてはまた芽生えて来る。それなのに、私を養われる、立つと玉藻のようで、身を横たえると川藻のような、その皇女が靡いてお慕いした相応しい夫君が、貴女と過ごした朝宮をどうしてお忘れになるのでしょう。また、貴女と過ごす夕宮をお嫌いになるでしょうか。この世の現実のことと思われた時には、春は花を折り髪にかざし、秋になると黄葉を髪にかざして、夜の敷いた床の栲の上でお互いの袖を交わして、鏡のように見ても飽きない満月のように、ますます慕わしくお思いになっていた夫君とともに、時々に、お出ましになり遊ばれた。その皇女に御食を捧げる城上の宮を永遠の宮とお決めになり、二匹の味鴨が寄り添うように貴女が夫君に寄り添い、お目にかかることも何か申される辞もなくなってしまった。そのためでしょう、いいようもなく悲しく、ぬえ鳥が片恋する妻、その朝鳥が心を妻に通わすように亡き妻に心を通わす夫君が、夏草のように悲しみしおれ、夜空の星が移り行き、大船が揺れるように心が揺れ動いているのを見ると、行ってお気持ちを尋ねる思いもありません。そのために、夫君に対してどのようにすれば良いのでしょうか。皇女のお噂だけでも、御名だけでもいつまでも天地のともに永久にお慕いしていきましょう。お名前にかかわる明日香川は、万年の後までも夫君の愛しい皇女の形見でしょうか。ここは。

注意 口調を優先したため、句切れが普段のものと違っています。

短歌二首
集歌197 明日香川 四我良美渡之 塞益者 進留水母 能杼尓賀有萬思
訓読 明日香川しがらみ渡し塞(せ)かませば流るる水ものどかあらまし
私訳 明日香川に塞を渡して流れを止めたら、流れ去るはずの水も留めて心は平安を保てるでしょう。
一云、水乃 与杼尓加有益
一は云はく、水のよどにかあらまし

集歌198 明日香川 明日谷(一云、左倍) 将見等 念八方(一云、念香毛) 吾王 御名忘世奴(一云、御名不所忘)
訓読 明日香川明日だに(一(ある)は云はく、さへ)見むと思へやも(一は云はく、思へかも)吾(われ)し王(おほきみ)御名(みな)忘れせぬ(一は云はく、御名忘らえぬ)
私訳 明日香川、せめて明日もお目にかかれるでしょうと思いましょう。私の皇女の御名は忘れることはありません。

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