竹取翁と万葉集のお勉強

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明日香新益京物語 宮務め

2014年04月06日 | 実験 小説で万葉時代を説明する 
宮務め

 大和の国の形が次第に整って来た。
 同時に宮中の大和人は百済人が好む唐風ではなく、自分たちの大和の歌や芸能を欲するようになって来た。葛城大王が治めた大津宮は百済人の官人が多数を占めたため、勢い、宮中の宴では唐風の漢詩文が主流であり、また、大唐や百済の習いで男の文化であった。
 一方、大和の国風は母系社会を背景に持つため男女が平等に参加する。大海人大王は、自ら大和歌を詠う姿が示すように大和歌を愛し、国風の芸能を好んだ。その大海人大王の好みに習い、宮中の妃や夫人たちも大王との宴や朝廷の儀礼の後の肆宴に集うために、身の回りを飾る大和歌を能くする女官を持つ必要に迫られた。

 そうした中、宮中の女達にある噂話が流れた。
「あの倭の歌垣上手の高市皇子の舎人柿本人麻呂が、日中、堂々とこの飛鳥から巨勢の朝妻邑に住む女の許に通っている。それも、まめに、少なくとも六日に一度は通う。相手の女も大和歌が得意だとのこと。それで歌好きな人麻呂が通っているそうな。ただ、相手の女はあの巨勢比等の娘で里に謹慎の罰を受けている。で、人麻呂はその女を飛鳥に呼ぶことが許されんそうな」
 その噂話が皇后鵜野皇女の耳にまで聞こえた。柿本人麻呂の歌上手の評判は知っているし、人麻呂が整えた祭り歌の話を聞いたこともある。
 皇后は皇太后天皇倭姫の側近で歌上手の鏡姫王を呼び寄せた。
「姫王、今度、主を呼び寄せて労をかける」
「君、いえ、恐れ入ります」
「さて、主、お訊ねする。主は柿本人麻呂の歌を聞いたことがあるか」
「君、聞いたことはありまする。里の祭りでこのような歌が詠われております」
 鏡姫女は皇后に人麻呂の歌を披露した。

人祖未通女兒居守山邊柄 朝ゞ通公不来哀
訓読 人し親未通女(をとめ)児(こ)据ゑて守(も)る山辺(やまへ)から 朝(あさ)な朝(さ)な通ひし公(きみ)し来ねばかなしも
私訳 他所の親がその家の少女を番小屋に泊まらせて獣から田畑を守る山の裾の方から、毎朝毎朝、通ってくるはずの貴方様がその番小屋に留まって御姿をお見せにならないと哀しいことです。

天在一棚橋何将行 穉草妻所云足牡嚴
訓読 天しある一つ棚橋(たなはし)いかにか行かむ 若草し妻そと云はば足(あし)荘厳(よそひ)せむ
私訳 天にあるような一枚板の棚橋をどのように渡って行きましょう。若草のような初々しい貴女が「私は貴方の妻よ」へと云へば足飾りをして装っていきましょう。

 皇后は云う、
「上手なものじゃ、口に残って、心地よい」
「ところで、主はその人麻呂が通う巨勢の朝妻邑に住む女の噂を聞いたことはあるか」
 その問いに鏡姫王は答える、
「君、吾もその噂は聞いたことがありまする」
「では、その女子を知っておるか」
「君、いえ、それは存じません」
「そこでじゃ、主に苦労を掛けるが、その女子を調べてくれんか。特に大和歌をな」
「主が、時に宮を留守にすることを、倭姫殿には前もって挨拶をしてある」
「それはそれは、御用意の良いことで。それでは断る訳にもいきますまい」
「それに君の所望もありましょうが、吾も歌上手の人麻呂の女子に興味があります。さっそく、調べてみましょう」

 数日後、鏡姫王が嬉しそうに皇后鵜野皇女を訪ねて来た。
「君、調べました。女子は噂通り巨勢臣比等の娘で、綽名を忍坂巨勢媛とか、巨勢媛とか呼ばれております。まだ、十九とのこと」
「忍坂巨勢媛か、すると母は忍坂の里の者か」
「君、そうであります。忍坂の里、忍坂部のものでございまする」
「忍坂部の者なら、謹慎の罪を許すのは、さほど難しくはないであろう。で、大和歌の詠いはどうであった」
「君、娘に会いましたが、恥ずかしがって、中々、歌を披露してくれませんでしたが、やっとのことで、娘から一つ、貰って来ました」
 そう云うと鏡姫王は歌を披露した、

巨勢媛の歌
雷神小動刺雲雨零耶君将留
訓読 鳴る神し少し響(とよ)みてさし曇り雨し降らぬや君し留(とど)めむ
私訳 雷神の鳴らす雷の音がかすかに響いて、空も曇ってきて、雨が降ってこないでしょうか。そうすれば、貴方のお帰りを引き留めましょう。

人麻呂の歌
雷神小動雖不零吾将留妹留者
訓読 鳴る神し少し響(とよ)みて降らずとも吾は留(とま)らむ妹し留(とど)めば
私訳 雷神の鳴らす雷の音がかすかに響いて雨が降らなくても、私はこのまま留まりましょう。貴女が引き留めるのなら。

「それともう一つ、その娘の妻問いの時の歌を大津宮時代に巨勢臣比等の屋敷で仕えていた女子が覚えていて教えてくれました」
 続けて、鏡姫王は巨勢の里に戻っていた大津宮で側仕えの女から聞き出した歌を披露した。

真珠眼遠兼念一重衣一人服寐
訓読 真珠(またま)まな遠(をち)をし兼ねて思へこそ一重(ひとへ)し衣(ころも)一人着て寝(ぬ)る
私訳 美しい珠のように目を丸るめ、その目で遠くを見るように、心を凝らして貴方を想い、一枚の衣を独りで掛けて夜を寝ます。

「姫王、その娘は、今、十九か。達者なものだのう。歌上手な柿本人麻呂が、わざわざ、飛鳥から朝妻邑まで通う訳がわかるような気がする」
「そうでございます。吾も巨勢媛の歌達者に感心しました」
「もし、君が手元に置かれるなら、この吾はその娘と、度々、会える楽しみが生まれます。是非とも、君の手元に置かれますように」

 皇后は、大海人大王に無心し、その忍坂巨勢媛の謹慎の罰を赦して貰った。そして、官女として皇后の宮に局を与え、傍に仕えさせた。
 罪人としての謹慎が解けた巨勢媛は、母が住む忍坂の里に戻った。そこから宮中に通う。宮務めは、二日続けて宮中の局に泊り、後、一日休みを頂き、忍坂の里に戻る。人麻呂はその忍坂の里に巨勢媛を妻問った。今は朝妻邑の時代とは違い、夕闇に紛れて妻問い、朝焼けの前に帰って行く。
 そして、官女となった巨勢媛と左大臣高市皇子の舎人である人麻呂は宮中でも会う。人麻呂は小伯仙の錦で飾った青冠を被り白袴に紺の袍の官衣に身を正し、媛は白い和栲の小袖に緋の袴を着、朱の袍を羽織っている。共に凛々しく、美しい。

その巨勢媛は詠う、
皇祖乃神御門乎懼見等侍従時尓相流公鴨
訓読 皇祖(すめろき)の神し御門(みかど)を畏(かしこ)みと侍従(さもら)ふ時に逢へる君かも
私訳 皇祖から受け継ぐ神の帝は恐れ多い、その朝廷(みかど)で侍従している時に、逢える貴方ですね。

早敷哉誰障鴨玉桙路見遺公不来座
訓読 愛(は)しきやし誰が障(さ)ふれかも玉桙し道見忘れて君し来まさぬ
私訳 ああ愛おしい。誰かが邪魔をしているのでしょうか。それとも御門で立派な大王の桙を建てる宮中への道を忘れたのでしょうか、肝心の貴方が遣って来ません。

人麻呂も応える、
真祖鏡雖見言哉玉限石垣淵乃隠而在麗
訓読 真澄鏡(まそかがみ)見とも言はめや玉かぎる石垣淵(いはがきふち)の隠(こも)りたる妻
私訳 見たい姿を見せると云う真澄鏡に、その姿を見せなさいと言いましょう。美しい岩を積み上げた宮殿にこもっている私の妻である貴女。


 男女の仲での巨勢媛の立ち位置が変わった。大津宮から朝妻の里の時代では深閨の姫として、巨勢媛は、ただ、背の君である人麻呂がする妻問いを待つ立場であった。が、今は違う。朝廷から官位を頂く官女と云う職業夫人として、あるいは、男と対等な女として、恋人と接する立場となった。
 違和感があるかも知れないが、武家社会が成立するまで日本の女は男と対等に財産を相続し、家産を経営した。場合により、家産を持つ女は自分の意思で多くの若き男の中から選択し、夫として、時に己の性を満たす男として、その男を家に養うことも出来た。婚姻においても男女同等であった。
 巨勢媛は詠う。詠うその歌は、深閨の姫が後朝の歌の返しとして詠うようなたぐいのものではない。男の膚の温もりを知る女の情熱を込めて詠った。

巨勢媛より、
公目見欲是二夜千歳如吾戀哉
訓読 公(きみ)し目し見まく欲(ほ)りしてこの二夜(ふたよ)千歳(ちとせ)し如く吾(わ)は恋ふるかも
私訳 私の寝間で、貴方に、直接、お逢いしたいと願って、この二夜がまるで千年のように感じるほどに私は貴方を恋い慕っています。

打日刺宮道人雖満行吾念公正一人
訓読 うち日さす宮道(みやぢ)し人し満ち行けど吾(わ)が思(も)ふ君しただひとりのみ
私訳 日が輝く宮殿への道を人はあふれるように歩いて行くが、私がお慕いする男性はただ一人、貴方だけです。

 朱雀三年(674)、人麻呂はおよそ二十八歳、対する巨勢媛は二十一歳になった。二人は日本文学史に残る和歌の妙手である。その二人は互いの溢れる和歌の感性と知性に惹かれた。
 だが、人麻呂も巨勢媛も、まだ、若い。人麻呂は媛の柔らかみを求め、媛は人麻呂の男の逞しさを求めた。そして、巨勢媛は、その男の逞しさが夜床で与える愛の喜びを知っている。
 その媛は人麻呂に男の逞しさからの死ぬほどの愛の喜びを求めた。

巨勢媛より、
戀為死為物有者我身千遍死反
訓読 恋ひしせし死(し)ぬせしものしあらませば我が身し千遍(ちたび)死にかへらまし
私訳 貴方に抱かれ恋の行いをして、そのために死ぬのでしたら、私の体は千遍も死んで生き還りましょう。

烏玉是夜莫明朱引朝行公待苦
訓読 ぬばたましこの夜な明けそ朱(あか)らひく朝(あさ)行く君し待たば苦しも
私訳 漆黒の闇のこの夜よ明けるな、貴方によって私の体を朱に染めている、その朱に染まる朝焼けの早朝に帰って行く貴方を、また次に逢うときまで待つのが辛い。

 激動の時代、左大臣高市皇子の舎人である人麻呂は、夜毎、巨勢媛の許を訪れることは難しい。皇后菟野皇女の付き人である巨勢媛は宮中で、度々、使いで姿を見せる人麻呂に視線を送る。人麻呂もまた、さりげない仕草で巨勢媛の視線に応える。巨勢媛には、それが辛い。また、今夜、一人寝の夜が侘しい。
 訪れれば、男の逞しさをこの身に残して行く人麻呂に昼に会う。だが、その人麻呂の妻問う間隔は、今の媛には間遠く感じた。そして、媛は人麻呂を責めた。

眉根削鼻鳴紐解待哉何時見念吾
訓読 眉根(まよね)掻き鼻(はな)ひ紐(ひも)解(と)け待つらむか何時(いつ)かも見むと思へる吾を
私訳 眉毛を整え、化粧をして小鼻を鳴らし、上着の衣の紐を解いて、貴方を待っていましょう。何時、いらっしゃるのかと、思っています。私は。

君戀浦經居悔我裏紐結手徒
訓読 君し恋ひうらぶれ居(を)れば悔(くや)しくも我(わ)が下紐(したひも)し結(ゆ)ふ手いたづら
私訳 貴方を慕って逢えないことを寂しく思っていると、悔しいことに夜着に着替える私の下着を留める下紐を結ぶ手が空しい。

布細布枕動夜不寐思人後相物
訓読 敷栲し枕動(と)みて夜も寝(い)ねず思ふ人には後(のち)し逢ふもの
私訳 夜の敷き栲に添える主のいない貴方の枕を眺めると気が落ち着かず夜も眠れない。恋い慕う貴方には、後できっと逢えるのですが。

敷細布枕人事問哉其枕苔生負為
訓読 敷栲し枕し人し事(こと)問(と)ふやその枕には苔(こけ)生(む)しにたり
私訳 夜の敷き栲に添える枕を、貴方がここを訪れたとき、驚いて私にきっと尋ねるでしょう。貴方が使う、その枕には苔が生えていると。

 人麻呂もずるい。言い訳をし、そして、詫びた。

立座態不知雖念妹不告間使不来
訓読 立ちて坐(ゐ)てたづきも知らず思へども妹し告げねば間使(まつかひ)し来(こ)ず
私訳 立っていても座っていてもこの恋を表すことの方法を知らずに貴女を慕っていても、貴女にそれを告げなくては、その貴女から便りの使いだって来ません。

璞之年者竟杼敷白之袖易子少忘而念哉
訓読 あらたまし年は果(は)つれど敷栲(しきたへ)し袖交(か)へし子し忘れて思へや
私訳 貴女と何もなく今年は終わってしまったけれど、夜寝る床の栲で衣を脱いでお互いの体に掛け合った愛しい貴女を、忘れてしまったと思っていますか。

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