竹取翁と万葉集のお勉強

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和歌を楽しむ

2017年05月03日 | 初めて万葉集に親しむ
和歌を楽しむ

 本編は『万葉集』と云う和歌集を本来の姿から純粋に楽しむことを目的に、その方法を提案するものです。従いまして、他人に紹介する知識として万葉集の歌を知ることを期待されているお方には、全く役に立たないものです。あくまで、純粋に知的好奇心からの知への渇望を満たす方法の一つとして、万葉集の鑑賞方法を提案するものとなっています。このような目的の為、引用する歌はその解説の目的に合わせて引用しますので、有名歌より無名歌が多数となります。およそ、本編は有名歌の朗読や暗記を目的とはしていません。
 また、純粋に万葉集を楽しむことを目的としている為、本質的には和歌を指導する人の個人的な好き嫌いが基準となる秀歌鑑賞と云うような従来的な鑑賞方法は取ってはいません。ここでその個人的な好き嫌いが基準となると云う状況を説明するために万葉集を代表する歌人として紹介される大伴家持の歌を紹介します。最初のものは藤原定家選定の小倉百人一首の載る中納言家持の歌で、平安時代最末期から大正時代初頭まで大伴家持の代表歌とされたものです。二首目の歌は、ほぼ、小倉百人一首のものが家持の作品ではないことが確認された昭和時代初頭以降に、読み人知れずの歌を家持のものとするのは古典文学として正しくないとして改めて万葉集から家持の代表作として推薦されたもので、現在の家持の評価の基盤となった歌です。

大正時代までの代表作
小倉百人一首 藤原定家選定 六番歌 中納言家持
解釈 かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける

昭和期以降の代表作
万葉集 巻十八 集歌四二九二
原歌 宇良々々尓 照流春日尓 比婆理安我里 情悲毛 比等里志於母倍婆
解釈 うらうらに 照れる春日に ひばり上がり 心悲しも ひとりし思へば

 個人の好き嫌いが秀歌鑑賞の原動力となる感性からの鑑賞方法では、時代と共に生じる社会環境の推移やそれに伴う人々の生活変化に従って、その秀歌凡歌の基準が変わります。例えば、和歌道を基準として平安時代最末期から大正時代初頭まで大伴家持の代表歌とされた「かささぎ」の歌は、実は大伴家持の歌ではありません。歌は平安時代中期ごろに編まれた「家持集」と云う歌集からのもので、実際は誰が詠った歌なのは不明な読み人知れずの平安時代の歌なのです。どうも、平安時代中期ごろまでは万葉集に載る本物の家持の歌を鑑賞していましたが、平安時代中期以降 家持への評判に対し実作の歌が持つ和歌感覚が時代に合わず、当時の人々が想像する家持像に合わせ、その時代が要請する和歌感覚の歌をあちらこちらから集めて「家持集」と云う歌集を作ってしまいました。「かささぎ」の歌はその「家持集」から藤原俊成・定家親子が選んだ秀歌なのです。同じような出来事が柿本人麻呂の歌でも生じています。次の歌は人麻呂の代表作の一つと数えられるほどに有名であり藤原公任の三十六人撰に載る歌ですが、これも人麻呂による確かな作品ではありません。古今和歌集 歌番号四〇九の注記から人麻呂の歌かもしれないとされるだけですし、本来の古今和歌集の表記は漢字交じり平仮名表記ではありません。

三十六人撰 藤原公任選定
解釈 ほのぼのと明石の浦の朝ぎりに島がくれ行く舟をしぞ思ふ
古今 ほのほのとあかしのうらのあさきりにしまかくれいくふなをしそもふ

 また、柿本人麻呂と並んで評される山部赤人の歌に例を取りますと、平安時代の好みと現代人の好みは一致しません。ここにも秀歌を判定・評論する時代毎の歌人の感性の変化があるのです。

平安貴族が好んだ歌 集歌一四二四
原歌 春野尓 須美礼採尓等 来師吾曽 野乎奈都可之美 一夜宿二来
訓読 春の野にすみれ摘みにとこし吾そ野をなつかしみ一夜寝にける

現代人が好む歌 集歌三一八
原歌 田兒之浦従 打出而見者 真白衣 不盡能高嶺尓 雪波零家留
訓読 田子し浦ゆうち出(で)に見れば真白ひそ不尽(ふじ)の高嶺(たかね)に雪は降りける

 紹介しましたように、個人の好き嫌いが鑑賞の原動力となる感性からの鑑賞方法では、時代の要請で歌人の詠う歌が変えられたり、創作されたりする可能性もありますし、代表歌もまた変わる可能性があります。およそ、感性からの鑑賞方法はあくまで相対的なものです。本編では、そのような時代と共に揺らぎうつろう個人が持つ感性に依存する和歌の鑑賞ではなく、時代を超える知性による鑑賞方法を提案します。そのため、紹介する鑑賞方法は、一般に紹介される万葉集の入門書からすると特異なものとなっています。
 もう少し、この個人の好き嫌いが鑑賞の原動力となることについて触れますと、万葉集につぎのようなバレ歌があります。歌は一字一音万葉仮名歌に準じる表記スタイルで、これは次の時代の古今和歌集の歌表記スタイルにつながるものです。

集歌三四四〇
原歌 許乃河泊尓 安佐菜安良布兒 奈礼毛安礼毛 余知乎曽母弖流 伊弖兒多婆里尓
訓読 この川に朝菜(あさな)洗ふ子汝(なれ)も吾(あれ)も同輩児(よち)をぞ持てるいで児(こ)給(たは)りに
私訳 この川にしゃがみ朝菜を洗う娘さん。お前もおれも、それぞれの分身を持っているよね。さあ、お前の(股からのぞかせている)その分身を私に使わせてくれ。

 確かにこれも和歌ですが、このような歌を宮中での公式行事で披露する訳にもいきません。では、どのような和歌なら公の場で披露できるのでしょうか。和歌を鑑賞する人ではそれぞれに歌への判定基準が違うでしょうから非常に難しい問題です。少し見方を変えますと、その場その場で詠われる和歌において、どのような歌が秀歌かなのかと云うものと似たものがあります。この問題に対して、平安時代初期となる『延喜十三年亭子院歌合』などがある種の答えになるかもしれません。平安時代中期以降の「歌合」は、あるテーマに対して左右に対峙する歌人が和歌を詠い、その優劣を判者が判定を下しその根拠を示します。ところが、この亭子院歌合、また同時代となる『寛平御時后宮歌合』や『是貞親王家歌合』では、どうも、和歌を善く詠う歌人たちがそれぞれに思う秀歌を持ち寄り、その持ち寄った歌を左右二首一組とし、歌の優劣を宮中サロンなどで評論したようなのです。その意味での「歌合」で「撰歌合(せんかあわせ)」とも称します。そのため、亭子院歌合では同じ左右二首一組の番組ですが同じ歌人が詠った歌が載せられています。およそ、一般的に理解される後年の歌合とは趣が違います。

亭子院歌合 二月八番
左  凡河内躬恒
歌番号一五 
原歌 さくらはな いかてかひとの をりてみぬ のちこそまさる いろもいてこめ
解釈 桜花 いかでか人の 折りてみぬ のちこそまさる 色もいでこめ

右  凡河内躬恒
歌番号一六 
原歌 うたたねの ゆめにやあるらむ さくらはな はかなくみてそ やみぬへらなる
解釈 うたた寝の 夢にやあるらむ 桜花 はかなく見てぞ やみぬべらなる

 つまり、一字一音万葉仮名歌で歌う古今和歌調の歌は、歌を表記する漢字文字ではなく詠ったときの調べと掛詞と云う同音異義語を持つ大和言葉での発声からの言葉遊びを楽しむものですから、歌の優劣の判定には絶対的な根拠はありません。個人の好き嫌いが鑑賞の原動力です。そのためでしょうか、古今和歌集成立までにいろいろな歌合の宴が設けられ、天皇などの御前で詠うべき和歌の基準として数多くの歌の比較を行うことから「秀歌」と云う統一した価値観を作り上げたのでしょう。その秀歌判定基準の集大成が古今和歌集の仮名序と考えますし、古今和歌集自体がその参照すべき例題集と考えます。だから、伝統に於いて和歌は古今和歌集に学ぶ必要があるとされたと思います。ただし、この価値観の共有は平安時代中期 紫式部、清少納言、藤原道長たちの時代までです。
 歴史では紀貫之が為した秀歌判定基準とも云えるこの古今和歌集の仮名序に、藤原定家が注釈を加え、その注釈付き仮名序を拝受することが和歌道の王道となっています。一字一音万葉仮名歌で歌う古今和歌調の歌では、その鑑賞において「秀歌」と云う統一した価値観の共有が必要です。これは多くの歌を比較することで体得する、ある種の教育訓練です。この教育訓練を和歌道と呼びますと、藤原定家と云う一歌人の感性による古今和歌集の解釈が、今日の和歌解釈の判定基準になっている可能性があります。他方、今日の古今和歌集の研究では本来の古今和歌集の歌とそれを解釈した藤原定家が残した写本版の古今和歌集の歌が一致しないものがあります。さらに同音でも使う万葉仮名歌は同じではありません。つまり、平安時代初期に位置する紀貫之の和歌への感性と鎌倉時代初期の藤原定家の感性は同じではないのです。

 歌番号二の歌の比較
「高野切」
表記 曽天悲知弖 武春比之美川乃 己保礼留遠 波留可太遣不乃 可世也止久良武
読下 そてひちて むはひしみすの こほれるを はるかたけふの かせやとくらむ
「古今和歌集 汲古書院」
表記 袖比知天 武寸比之水乃 己保礼留遠 春立計不乃 風也止久覧
読下 袖ひちて むすひし水の こほれるを 春立けふの 風やとくらむ
 
 歌番号二二〇の歌の比較
「秋萩帖」
表記 安幾破起乃 之多者以都久 以末餘理処 悲東理安留悲東乃 以祢可転仁數流
読下 あきはきの したはいつく いまよりそ ひとりあるひとの いねかてにする
「古今和歌集 汲古書院」
表記 安幾者幾乃 志多者色川久 今与利也 比止利安留人乃 以祢可天尓寸留
読下 あきはきの したは色つく 今よりや ひとりある人の いねかてにする

 万葉集の歌は一字一音万葉仮名歌を例外とし、本来は表語文字の力を持つ漢語と万葉仮名だけで表記された和歌です。一方、例外としました一字一音万葉仮名歌は漢字と云う文字だけで表記された和歌ですが、それは漢字が持つ表語文字の力を否定して音だけを採用した特殊な歌です。この流れが古今和歌集で集大成しており、古今和歌集の歌は漢字が持つ表語文字の力を一切否定した音だけを指定する万葉仮名だけで表現された歌です。そのため、一字一音万葉仮名歌の『万葉集』の歌と『古今和歌集』の原歌を楷書スタイルで紹介しますと、その区別は困難になります。

 万葉集巻五 集歌八二二 大伴旅人 (西暦七三〇年)
原歌 和何則能尓宇米能波奈知流比佐可多能阿米欲里由吉能那何列久流加母
読下 わかそのにうめのはなちるひさかたのあめよりゆきのなかれくるかも
解釈 わが苑に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも (新訓万葉集 佐佐木信綱)

 万葉集巻二十 集歌四二九七 大伴家持 (西暦七五三年)
原歌 乎美奈弊之安伎波疑之努藝左乎之可能都由和氣奈加牟多加麻刀能野曽
読下 をみなへしあきはきしぬきさをしかのつゆわけなかむたかまとののそ
解釈 をみなへし秋萩凌ぎさを鹿の露別け鳴かむ高円の野ぞ (新訓万葉集 佐佐木信綱)

 高野切 古今和歌集 歌番号二 紀貫之 (西暦九〇二年頃、十世紀初頭)
原歌 曽天悲知弖武春比之美川乃己保礼留遠波留可太遣不乃可世也止久良武
読下 そてひちてむすひしみつのこほれるをはるかたけふのかせやとくらむ
解釈 袖ひちてむすびし水のこほれるを春かた今日の風やとくらむ (本編独自)

 秋萩帖 古今和歌集 第一紙第一首 歌番号二二〇(西暦九〇〇年代末頃、十世紀末)
原歌 安幾破起乃之多者以都久以末餘理処悲東理安留悲東乃以祢可転仁數流
読下 あきはきのしたはいつくいまよりそひとりあるひとのいねかてにする
解釈 秋萩の下葉慈く今よりそ独りある人の寝ねかてにする (本編独自)

 弊ブログ「竹取翁と万葉集のお勉強」では、万葉集の歌においてこの一字一音万葉仮名歌を大伴旅人調の「調べの和歌」とし、それ以外のものを柿本人麻呂調の「表記する和歌」と区分しています。「調べの和歌」は確かに一字一音万葉仮名で表記されていますが、漢字が持つ表語文字の力を排除します。あくまで歌を詠った時の調べを指示するだけです。
 一方、人麻呂調の「表記する和歌」はその真逆で漢字が持つ表語文字の力を最大限に活用するような歌です。例えば次の歌の末句「吾孤悲念乎」の「孤悲」は発声では「こひ」で「恋」を意味しますが、一方で実らぬ片思いの恋と云う意味合いで「孤悲」と云う表現でもあるのです。

集歌一〇二
原歌 玉葛 花耳開而 不成有者 誰戀尓有目 吾孤悲念乎
訓読 玉葛(たまかづら) 花のみ咲きて 成らざるは 誰(た)が恋ならめ 我(あ)は恋ひ思(おも)ふを
私訳 美しい藤蔓の花のような言葉の花だけがたくさんに咲くだけで、実際に恋の実が実らなかったのは誰の恋心でしょうか。私は貴方の私への恋心を感じていましたが。

 また次の集歌一〇八八の歌は見逃せば何のことはない歌ですが、初句の「足引之」は「足を引くような険しい山」と云うものと「痛足(あなし)」と云う比喩を隠し地名の「穴師」とものを想像させています。さらに三句目「響苗」には稲妻を想像させるものがあり、言葉は語をつなぐ作用と同時に川瀬の響きの中に雷鳴を感じさせています。このように確かに漢字は言葉の音を示しているのですが、同時に漢字が持つ表語文字の力を使って歌を表現しています。

集歌一〇八八
原歌 足引之山河之瀬之響苗尓弓月高雲立渡
訓読 あしひきし山川し瀬し響るなへに弓月が嶽し雲立ち渡る
私訳 足を引く、そのような険しい山の、山川の瀬音が激しくなるにつれて、雷鳴が響く弓月が嶽に雲の立ち渡るのが見える。

 さらに集歌五七五の歌を楽しんで見てください。歌は天平二年 大伴旅人が大宰府から奈良の都に帰京したときのもので、大宰府から贈られた送別の歌に応えたものです。四句目「痛多豆多頭思」を漢文調に鑑賞しますと、「遥か彼方の人々の頭が豆粒のように見たのを思い出すと心が痛む」となりますし、五句目「友無二指天」には普段には雌雄の鶴が共に寄り添うのがただ一匹で友を呼んでいると景色があり、そのような気持ちでの歌ですと贈答歌に対し十二分に応えたものとなります。非常に原歌は遊び心を持つ歌ですが、斉藤茂吉氏はその「万葉秀歌」で訓読み万葉集の歌に対して「非常に漢文調で硬い歌」と評論しています。およそ、原歌から軽みを持つ遊びの歌とするか、硬い漢文調に翻訳されたもので評論するかは、鑑賞の立場です。

集歌五七五
原歌 草香江之入江二求食蘆鶴乃痛多豆多頭思友無二指天
訓読 草香江(くさかえ)し入江に求食(あさ)る葦鶴(よしたづ)のあなたづたづし友無しにして
私訳 草香江の入江に餌をあさる葦べの鶴のように、ああ心もとないことよ。友は遠くにして。

 このような歌が人麻呂調の「表記する和歌」の特徴です。「定訓」と云う訓読みされ「漢字交じり平仮名」表記の歌では見えて来ない世界です。本編では原歌からこのような鑑賞を行うことを提唱するものです。
 従来の万葉集歌の鑑賞は、歌を人が想像する万葉調の口調を持つ漢字交じり平仮名の歌へと翻訳し、その歌を疑似一字一音万葉仮名歌の「調べの歌」として、新古今和歌調に吟唱したりして楽しみます。本来の原歌を表記する漢字文字には特別に注目はしません。歌を詠うと云うものからしますと、本編が主張します万葉集の読解の方法はまったくに特異なものですが、万葉集の原歌と云うものが表語文字である漢語と漢字だけで表現されていることからしますと、本編が主張します鑑賞方法から目を逸らすことは出来ないと考えます。

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