竹取翁と万葉集のお勉強

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柿本朝臣人麻呂の歌並びに人麻呂歌集の歌 8

2013年02月03日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
柿本朝臣人麻呂の歌並びに人麻呂歌集の歌

柿本朝臣人麿獻新田部皇子謌一首并短謌
標訓 柿本朝臣人麿の新田部皇子に獻(たてまつ)りしし歌一首并せて短歌
集歌261 八隅知之 吾大王 高輝 日之皇子 茂座 大殿於 久方 天傳来 自雪仕物 往来乍 益乃常世

訓読 やすみしし わご大王(おほきみ) 高(たか)輝(き)らす 日し皇子 しき座(い)ます 大殿し上(うへ)し ひさかたし 天伝ひ来る 雪ゆじも 往きかよひつつ いや常世まで

私訳 地上をあまねく承知される我が大王の天高く輝く日の皇子が統治なされる大殿の上に遥か彼方の天空から伝い来る雪が降るからではありませんが、この大殿に行き通いましょう。末永く永遠に。

反歌一首
集歌262 矢釣山 木立不見 落乱 雪驪 朝楽毛
訓読 矢釣山木立し見えず降りまがふ雪し驪(うるは)し朝(あした)楽(たのし)も
私訳 矢釣山の木立も見えないほど降り乱れる雪が彼方の黒雲から降り来る美しい朝も風流なものです。
注意 原文の「雪驪」は、一般には「雪驟」の誤記とします。驪は「黒雲から継がり来る美しさ」と云う語感があり、驟には「にわかに、突然に」の意味があります。また、まったく別な異伝があります。
異伝 矣駒山 木立不見 落乱 雪驟 朝楽毛
異訓 生駒山木立し見えず降りまがふ雪しさわける朝(あした)楽(たのし)も
注意 漢字「矣」は発音「yi」だそうです。

柿本朝臣人麿従近江國上来時、至宇治河邊作謌一首
標訓 柿本朝臣人麿の近江国より上(のぼ)り来し時に、宇治河の辺(ほとり)に至りて作れる歌一首
集歌264 物乃部能 八十氏河乃 阿白木尓 不知代經浪乃 去邊白不母
訓読 もののふの八十氏河の網代木にいさよう波の行く方知らず
私訳 物部八十の氏上、その宇治河の網代の木にただよいつづける波のように、何処へ行くのか判らない物部麻呂一族の行く末が不安です。

柿本朝臣人麿歌一首
標訓 柿本朝臣人麿の歌一首
集歌266 淡海乃海 夕浪千鳥 汝鳴者 情毛思奴尓 古所念
訓読 淡海(あふみ)の海(み)夕浪(ゆふなみ)千鳥(ちどり)汝(な)が鳴けば情(こころ)もしのに古(いにしへ)念(おも)ほゆ
私訳 淡海の海の夕波に翔ける千鳥よ。お前が鳴くと気持ちは深く、この地で亡くなられた天智天皇がお治めになった昔の日々を思い出す。

柿本朝臣人麿下筑紫國時、海路作歌二首
標訓 柿本朝臣人麿の筑紫国に下りし時に、海路(うなぢ)にして作れり歌二首
集歌303 名細寸 稲見乃海之 奥津浪 千重尓隠奴 山跡嶋根者
訓読 名くはしき稲見の海し沖つ波千重に隠れぬ大和島根は
私訳 名が詳しく知られる稲見の海の、沖合の波よ。そのたくさんの波間に隠れてしまった。大和の山波が。

集歌304 大王之 遠乃朝庭跡 蟻通 嶋門乎見者 神代之所念
訓読 大王(おほきみ)し遠の朝廷とあり通ふ島門を見れば神代し思ほゆ
私訳 大王が遥か昔に置かれた都の跡に、大和からはるばるやってきて、その海峡を見ると神の時代が偲ばれます。

同石田王卒之時、山前王哀傷作謌一首
標訓 同じ石田王の卒(みまか)りし時に、山前王の哀傷(かなし)びて作れる歌一首
集歌423 角障經 石村之道乎 朝不離 將帰人乃 念乍 通計萬石波 霍公鳥 鳴五月者 菖蒲 花橘乎 玉尓貫(一云、貫交) 蘰尓將為登 九月能 四具礼能時者 黄葉乎 析挿頭跡 延葛乃 弥遠永(一云、田葛根乃 弥遠永尓) 萬世尓 不絶等念而(一云、大舟之 念馮而) 將通 君乎婆明日従(一云、君乎従明日香) 外尓可聞見牟

訓読 つのさはふ 磐余(いはれ)し道を 朝さらず 帰(き)けむ人の 思ひつつ 通ひけましは ほととぎす 鳴く五月(さつき)には 菖蒲(あやめ)草(ぐさ) 花橘を 玉に貫(ぬ)き(一(あるは)は云はく、貫(ぬ)き交(か)へし) かづらにせむと 九月(ながつき)の 時雨(しぐれ)の時は 黄葉(もみぢ)を 析(を)りかざさむと 延ふ葛(ふぢ)の いや遠永(とほなが)く(一は云はく、田(た)葛(くず)し根の いや遠長(とほなが)に) 万世(よろづよ)に 絶えじと思ひて(一は云はく、大船し 思ひたのみて) 通ひけむ 君をば明日ゆ(一は云はく、君を明日香より) 外にかも見む

私訳 石のごつごつした磐余の道を朝に必ず帰って行った貴方が、想いながらあの人の許に通ったであろうことは、霍公鳥が鳴く五月には菖蒲の花や橘の花を美しく紐に貫きあの人の鬘にしようと、九月の時雨の時には黄葉を切り取ってあの人にさしかざそうと。野を延びる藤蔓のように、いっそう久方に長く万世に絶えることがないようにと想って通われた。そんな貴方を明日からは他の世の人として見る。

注意 原文の「通計萬石波」の「石」は「口」の誤記としますが、ここは原文のままとします。また「君乎従明日香」の「香」を「者」の誤記としますが、これも原文のままとします。

右一首、或云、柿本朝臣人麿作。
注訓 右の一首は、或は云はく、柿本朝臣人麿の作といへり。

或本反歌二首
標訓 或る本の反歌二首
集歌424 隠口乃 泊瀬越女我 手二纏在 玉者乱而 有不言八方
訓読 隠口(こもくり)の泊瀬(はつせ)娘子(をとめ)が手に纏(ま)ける玉は乱れてありと言はずやも
私訳 人の隠れると云う隠口の泊瀬の娘女の手に捲いている美しい玉が紐の緒が切れて散らばっていると言うのでしょうか。

集歌425 河風 寒長谷乎 歎乍 公之阿流久尓 似人母逢耶
訓読 河風し寒き長谷(はせ)を嘆きつつ君し歩(ある)くに似る人も逢へや
私訳 河風の寒い泊瀬で嘆げいていると、貴方の歩き方に似た人に逢へますか。
右二首者、或云紀皇女薨後、山前代石田王作之也。
注訓 右の二首は、或は云はく「紀皇女の薨(みまか)りましし後に、山前、石田王に代りて作れり」といへり。

柿本朝臣人麿見香具山、屍悲慟作謌一首
標訓 柿本朝臣人麿の香具山の屍(かばね)を見て、悲慟(かなし)びて作れる歌一首
集歌426 草枕 騎宿尓 誰嬬可 國忘有 家待莫國
訓読 草枕旅し宿(やど)りに誰が嬬(つま)か国忘るるか家待たなくに
私訳 草を枕にするような野宿する旅の宿りの中に、誰が妻や故郷を忘れたのでしょうか。きっと、故郷の家の人たちはここで草枕している貴方を待っているのに。
注意 原文の「家待莫國」の「莫」は「真」の誤記とし「家待たまくに」と訓みますが、ここは原文のままとします。

土形娘子火葬泊瀬山時、柿本朝臣人麿作歌一首
標訓 土形娘子を泊瀬山に火葬(ほうむ)りし時に、柿本朝臣人麿の作れる歌一首
集歌428 隠口能 泊瀬山之 山際尓 伊佐夜歴雲者 妹鴨有牟
訓読 隠口(こもくり)の泊瀬(はつせ)し山し山し際(ま)にいさよふ雲は妹にかもあらむ
私訳 人の隠れる隠口の泊瀬の山よ、その山際にただよっている雲は貴女なのでしょうか。

溺死出雲娘子葬吉野時、柿本朝臣人麿作歌二首
標訓 溺れ死(みまか)りし出雲娘子を吉野に火葬(ほうむ)りし時に、柿本朝臣人麿の作れる歌二首
集歌429 山際従 出雲兒等者 霧有哉 吉野山 嶺霏微
訓読 山し際(ま)ゆ出雲し子らは霧なれや吉野し山し嶺(みね)にたなびく
私訳 山際から、出雲一族の幼い貴女は、今は霧なのでしょうか、吉野の山の峰に棚引いている。

集歌430 八雲刺 出雲子等 黒髪者 吉野川 奥名豆風
訓読 八雲(やくも)さす出雲(いづも)し子らよ黒髪は吉野し川し沖になづさふ
私訳 多くの雲が立ち上る出雲一族の乙女の貴女、貴女の自慢の黒髪は吉野の川に中ほどに揺らめいている。

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