竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集巻五を鑑賞する  集歌793から集歌799まで

2012年08月04日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻五を鑑賞する

はじめに
 万葉集巻五の歌を鑑賞しますが、例によって、紹介する歌は、原則として西本願寺本の原文の表記に従っています。そのため、紹介する原文表記や訓読みに普段の「訓読み万葉集」と相違するものもありますが、それは採用する原文表記の違いと素人の無知に由来します。また、勉学に勤しむ学生の御方にお願いですが、ここでは大和歌の原文、訓読、それに対応する現代語訳や序などに示す漢文とそれに応じる訓と訳があり、それなりの体裁はしていますが、正統な学問からすると紹介するものは全くの「与太話」であることを、ご了解ください。つまり、コピペには全く向きません。あくまでも、大人の楽しみでの与太話で、学問ではありません。
 この巻五は、ある意味、それぞれの歌に付けられた前置漢文の序をどのように解釈するかを問う巻です。つまり、前置漢文の序や書簡文が主体で大和歌はその付属のような、非常に特異な編纂をされた巻です。そのために素人ではありますが、独善で序や書簡文の訓読と私訳を載せさせて頂いています。当然、この巻五は漢文の序に重きがありますから、その漢文訳が間違っていれば大和歌の解釈も間違いとなります。他方、主体となる漢文の序を無視した大和歌の解釈もまた存在しません。つまり、漢文の序が示す世界と大和歌の示す世界とが一致しなければ、それは別な新たに創作された「訓読み万葉集」の世界となります。
 なお、飛鳥・奈良時代の倭の士大夫は、遣唐使として赴いた大唐に於いて、すぐに宮廷サロンのメンバーに迎え入れられたとの話があります。ここから、万葉人の使う漢文・漢語は、晋・唐時代の中国語と理解しています。平安中期以降の和製漢語としての「凶問」、「紅顔」、「龍門」など言葉の意味合いとは違う可能性があると考えます。ここについては、弊ブログ「山上憶良 日本挽歌を鑑賞する」で、漢語と和製漢語での言葉の解釈の相違について説明をしていますので参照願います。

雜謌
標 雑歌(くさぐさのうた)

大宰帥大伴卿報凶問歌一首
標訓 大宰帥大伴卿の凶問(きょうもん)に報(こた)へたる歌一首

禍故重疊 凶問累集 永懐崩心之悲 獨流断腸之泣 但依兩君大助傾命纔継耳 (筆不盡言 古今所歎)
序訓 禍故(くわこち)重疊(ようてふ)し、凶問(きょうもん)累集(るいじふ)す。永(ひたふる)に崩心の悲しびを懐(むだ)き、獨り断腸の泣(なみだ)を流す。ただ兩君の大きなる助(たすけ)に依りて、傾命を纔(わづか)に継ぐのみ。(筆の言を盡さぬは、古今の歎く所なり)

私訳 禍の種が度重なり、京からの死亡通知が机に積み上がります。いつまでも、心が崩れ落ちるような深い悲しみを胸の内に抱き、独り 身を切り裂くような辛い涙を流しています。ひたすら、両君の大きなご助援により、私の命をかけて、これから、我が使命を継いで行くだけです。(手紙で伝えたいことを伝えきれないのは、昔も今も、そのもどかしさを嘆くところです。)


集歌793 余能奈可波 牟奈之伎母乃等 志流等伎子 伊与余麻須万須 加奈之可利家理
訓読 世間(よのなか)は空(むな)しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり

私訳 人の世が空しいものと思い知らされた時、いよいよ、ますます、悲しいことです。

神亀五年六月二十三日


(前置漢文 序)
盖聞、四生起滅、方夢皆空、三界漂流、喩環不息。所以、維摩大士在手方丈、有懐染疾之患、釋迦能仁、坐於雙林、無免泥亘之苦。故知、二聖至極、不能拂力負之尋至、三千世界、誰能逃黒闇之捜来。二鼠走、而度目之鳥旦飛、四蛇争侵、而過隙之駒夕走。嗟乎痛哉。紅顏共三従長逝、素質与四徳永滅。何圖、偕老違於要期、獨飛生於半路。蘭室屏風徒張、断腸之哀弥痛、枕頭明鏡空懸、染均之涙逾落。泉門一掩、無由再見。嗚呼哀哉。
愛河波浪已先滅
苦海煩悩亦無結
従来厭離此穢土
本願託生彼浄刹

序訓 盖し聞く、四生(ししやう)の起き滅ぶることは、夢の皆空しきが方(ごと)く、三界の漂ひ流るることは、環(たまき)の息(や)まにが喩(ごと)し。所以(かれ)、維摩大士は手に方丈が在りて、染疾(せんしつ)の患(うれへ)を懐(むだ)くことあり、釋迦能仁(のうにん)は、雙林に坐して、泥亘(ないをん)の苦しみを免るること無し。故(かれ)知る、二聖の至極も、力負(りきふ)の尋ね至るを拂ふこと能はず、三千の世界に、誰か能く黒闇(こくあん)の捜(たづ)ね来(きた)るを逃れむと。二つの鼠走り、目を度(わた)る鳥旦(あさ)に飛び、四つの蛇争ひ侵して、隙(げき)を過ぐる駒夕(ゆふへ)に走る。嗟乎(ああ)、痛(いたま)しき哉。紅顏は三従と長(とこしへ)に逝(ゆ)き、素質(そしつ)は四徳と永(とこしへ)に滅ぶ。何そ圖(はか)らむ、偕老(かいらう)の要期(えうご)に違ひ、獨飛(どくひ)して半路に生きむことを。蘭室(らんしつ)の屏風は徒(いたづ)らに張りて、腸を断つ哀しび弥(いよいよ)痛く、枕頭の明鏡空しく懸りて、染均(せんゐん)の涙逾(いよいよ)落つ。泉門一たび掩(おほ)はれて、再(また)見るに由無し。嗚呼、哀しき哉。

愛河(あいか)の波浪は已先(すで)に滅え
苦海の煩悩もまた結ぼほることなし
従来(このかた)、この穢土(ゑど)を厭離(えんり)す
本願(ほんがん)をもちて、生を彼(そ)の浄刹(じょうせつ)に託(よ)せむ

私訳 このように聞いている。すべての生きとし生けるものが生まれ死滅し、それは夢が皆空しいのと同じようだと。精神にあっては欲界・色界・無色界の三界の世界を心が漂い流れ、その円環に安らぐことがないのと同じようだと。それ故に、維摩大士の神力の手の内に方丈が在り、衆生の病疾の苦しみに思い巡らせること(=衆生に病疾の苦しみがあれば、菩薩もまたそれを思って病疾の苦しみがある)があり、釈迦能仁は双林(菩提樹と榕樹)に座禅を組み開悟するが、衆生を涅槃(=煩悩を超越し、さとりの境地に入ること)へ誘う苦しみから免れることは無い。と。
そこで知る。二人の聖人の解脱の極みをしても、隠したものを担い去ると云う「力負」が捜し来ることに逆らうことが出来ないように何がしら抜かりがあるのに、仏が照らすと云う総ての世界である三千世界において、誰が禍をもたらすと云う天部の黒闇女が捜し来ることから逃れることが出来るであろうか。
人の月日は昼と夜を表す二匹の鼠が争うように走り去り、人の生は目前を飛び渡る鳥のように一朝にして飛び去り、地水火風を表す四つの大蛇は互いに争い領分を侵し変化し、一生は間隙を一瞬に過ぎて行く馬のように一夕にして走り去って逝く。なんと、悲しいことだろう。
紅顔の少年は婦徳の女性と死出の世界へと長途に逝き、美しき白き肌の女性は四つの婦徳の心得とともに永遠に消える。どのようにしたら良いのであろうか。夫人が夫と共に年老いられるでしょうとの期待に反して、私独りが生き残り独り鳥となって残りの半生を生きていくことを。夫人の閨房の屏風は空しく張られ、断腸の悲しみはいよいよ深く、枕辺の化粧の明鏡は意味もなく懸けられ、皇帝が亡くなられたことを嘆く妃の竹をも染める涙のような悲しみの涙がますます流れる。二度と開くことのない泉路への門は既に閉じられ、再び、逢う術はない。なんと、悲しいことでしょう。

愛するものと別れる愛別離苦の苦悩が波のように次々と襲い来ることは無くなり、この世の四苦八苦の煩悩も、もう、訪れることはない。古来、この穢悪に満ちたこの世を嫌い離れたいと願っていた。仏の本願に頼って、生をその維摩大士が示す浄き国土に寄せよう。

注意 原文の「維摩大士在手方丈」は、一般に「在手」を「在土」と仏説を変えて「維摩大士在土方丈」として「維摩大士は方丈にありて」と訓みます。可能なら弊ブログ「山上憶良 日本挽歌を鑑賞する」を参照ください。


日本挽謌一首
標訓 日本(やまと)の挽謌一首
集歌794 大王能 等保乃朝廷等 斯良農比 筑紫國尓 泣子那須 斯多比枳摩斯提 伊企陀尓母 伊摩陀夜周米受 年月母 伊摩他阿良祢婆 許々呂由母 於母波奴阿比陀尓 宇知那毗枳 許夜斯努礼 伊波牟須弊 世武須弊斯良尓 石木乎母 刀比佐氣斯良受 伊弊那良婆 迦多知波阿良牟乎 宇良賣斯企 伊毛乃美許等能 阿礼乎婆母 伊可尓世与等可 尓保鳥能 布多利那良毗為 加多良比斯 許々呂曽牟企弖 伊弊社可利伊摩須

訓読 大王(おほきみ)の 遠(とほ)の朝廷(みかど)と しらぬひ 筑紫の国に 泣く子なす 慕(した)ひ来(き)まして 息だにも いまだ休めず 年月も いまだあらねば 心ゆも 思はぬ間(あひだ)に うち靡き 臥(こ)やしぬれ 言(い)はむすべ 為(せ)むすべ知らに 石木(いはき)をも 問ひ放(さ)け知らず 家ならば 形はあらむを 恨めしき 妹(いも)の命(みこと)の 在(あ)れをばも 如何にせよとか 鳰鳥(にほとり)の 二人並び居(ゐ) 語らひし 心背(そむ)きて 家離(さか)り座(い)ます

私訳 大王の遠い宮殿として知られる白日別(しらぬわけ)の国の、その筑紫の国に、親を乞う泣く子のように筑紫の国を(貴方=旅人は)慕い来まして、その息もまだ整えるほど休める暇もなく、(旅人の娘である貴女と奈良の京でお別れして)年月もいまだ経っていないので、心根にもまったく想像もしていない間に、草を靡かせ倒すように、貴女は臥せるように亡くなってしまった。言いようもなく為す術もなく、石や木に問うても、せんなく、家にいらしたのでしたら貴女のお姿があるでしょうが、恨めしい。愛しい貴女が生きていたならば、私は何をすれば良いのでしょうか。鳰鳥のように、(あの御方と貴女は)二人連れ添って語らっていた。私の思いに反して、その貴女は亡くなられ家から遠離っていらっしゃいます。


反謌
集歌795 伊弊尓由伎弖 伊可尓可阿我世武 摩久良豆久 都摩夜左夫斯久 於母保由倍斯母
訓読 家に行きて如何(いか)にか吾(あ)がせむ枕(まくら)付(つ)く妻屋(つまや)寂(さぶ)しく思ほゆべしも

私訳 貴女の家に行って、どのように私はしましょうか。貴女が亡くなられ横になっている妻屋で寂しく想ったとしても。


集歌796 伴之伎与之 加久乃未可良尓 之多比己之 伊毛我己許呂乃 須別毛須別那左
訓読 愛(は)しきよし如(か)くのみからに慕(した)ひ来(こ)し妹(いも)が情(こころ)の術(すべ)もすべなさ

私訳 「愛しいことは、このように」と、ばかり慕っていた愛しい貴女の亡くなられた時の、その貴女の想いを思うと、どうしようもないことです。


集歌797 久夜斯可母 可久斯良摩世婆 阿乎尓与斯 久奴知許等其等 美世摩斯母乃乎
訓読 悔しかもかく知らませばあをによし国内(くぬち)尽(ことごと)見せましものを

私訳 残念なことです。こうなると判っていたならば青葉が照り輝く美しい大和の国を、ことごとく、お見せしましたものを。


集歌798 伊毛何美斯 阿布知乃波那波 知利奴倍斯 和何那久那美多 伊摩陀飛那久尓
訓読 妹(いも)が見し楝(あふち)の花は散りぬべし吾(わ)が泣く涙いまだ干(ひ)なくに

私訳 愛しい貴女が見た楝の花。その(妹に)逢いたいと想う思い出の花は、もう、散り去ったでしょう。私の泣く涙は未だに乾くことがないのに。


集歌799 大野山 紀利多知和多流 和何那宜久 於伎蘇乃可是尓 紀利多知和多流
訓読 大野山(おほのやま)霧立ち渡る吾(わ)が嘆く沖瀟(おきそ)の風に霧立ち渡る

私訳 大野の山に霧が立ち渡って逝く。私の嘆きの溜息が風となり霧が立ち渡って逝く。

神龜五年七月廿一日 筑前國守山上憶良上
訓読 神亀五年七月廿一日、筑前國守山上憶良上(たてまつ)る

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