竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その7

2009年04月22日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その7

原文 墨江之 遠里小野之 真榛持 丹穂之為衣丹
訓読 住吉(すみのゑ)の 遠里小野の ま榛(はり)持ち にほほし衣(きぬ)に(07)
私訳 住吉から遠い里の小さな野にある榛の木実を持ってきて衣を染めましょう

 この長歌のもじり歌の一節から、私は次の集歌1156の歌を見つけてきました。万葉集を編纂した人が選んだ集歌1156の歌ですから、その意味合いとして万葉集からは絶対に外してはいけない歌なのでしょう。その集歌1156の「住吉の遠里小野の真榛」の歌ですが、数多くの万葉集の歌々の中でも、読み人知れずの無名の歌でもあります。
 では、なぜ、この歌が万葉集の中から絶対に外してはいけない歌なのでしょうか、普段目にする訓読みとその意訳では、特別に技巧を凝らしたとか、歴史に残す事件の歌でもないように思えます。そこで、なぜ、この歌が万葉集の中から絶対に外してはいけない歌なのかを調べて見たいと思います。
 以下に紹介する意訳は、訳者の違いによる言葉の解釈のばらつきを防ぎ、意訳の水準を一定に保つために、講談社文庫の「万葉集(全訳注原文付)中西進」に載る訓読みと意訳をそのまま紹介します。

集歌1156 住吉之 遠里小野之 真榛以 須礼流衣乃 盛過去
訓読 住吉(すみのゑ)の遠里(とほさと)小野(をの)の真榛(まはり)もち摺(す)れる衣(ころも)の盛り過ぎゆく
意訳 住吉の遠里の小野の美しい榛で摺り染にした衣が色あせていく―盛りの年も過ぎていくよ

 このように普段に目にする「住吉の遠里小野の真榛」の歌は特別な歌ではないようです。また、この集歌1156の歌は、主に「住吉の遠里小野」の地名と「真榛もち摺れる衣」の動作の二つのフレーズで成り立っていていますから、歌に重要な隠された意味があるとすると「真榛もち摺れる衣」のフレーズに何かがあるはずです。
 そこで、「真榛もち摺れる衣」のフレーズに何かがあるとして、万葉集の中から衣を染める行為について調べると、おもに「にほふ」、「染める」と「摺る」の三つの言葉があります。その三つの「衣を染める行為」の言葉の歌を、それぞれ二首づつ万葉集の中から択んで見ました。それが、次の歌です。

衣を染めるのに「にほふ」の事例
集歌57 引馬野尓 仁保布榛原 入乱 衣尓保波勢 多鼻能知師尓
訓読 引馬野(ひくまの)ににほふ榛原(はりはら)入り乱れ衣(ころも)色付(にほは)せ旅のしるしに
意訳 引馬野に美しく色づいている榛原の中に分け入って、さあ皆よ衣を染めるがよい、旅のしるしとして。

集歌1192 白栲尓 丹保布信土之 山川尓 吾馬難 家戀良下
訓読 白栲ににほふ信土(まつち)の山川にわが馬なづむ家(いへ)恋ふらしも
意訳 白い色に映える真土の、信土山の山川に私の馬は行きなずむ。家人が恋うているらしいよ。

衣を染めるのに「染める」の事例
集歌395 託馬野尓 生流紫 衣染 未服而 色尓出来
訓読 託馬野(つくまの)に生(お)ふる紫草(むらさき)衣(きぬ)に染(そ)めいまだ着ずして色に出(い)でにけり
意訳 託馬野に生えるという紫草で衣を染めるように、まだ着ないうちから、早くも人目についてしまいましたよ。

集歌569 辛人之 衣染云 紫之 情尓染而 所念鴨
訓読 韓人(からひと)の衣(ころも)染(そ)むといふ紫(むらさき)の情(こころ)に染(そ)みて思ほゆるかも
意訳 韓の人が衣を染めるという紫のように、心にしみて忘れがたいことよ。

衣を染めるのに「摺る」の事例
集歌1255 月草尓 衣曽染流 君之為 綵色衣 将摺跡念而
訓読 月草(つきくさ)に衣(ころも)ぞ染(し)むる君がため綵色(まだら)の衣(ころも)摺(す)らむと思(おも)ひて
意訳 まず月草で衣を染めることだ。あなたのために色どり美しい衣を摺ろうと思って。

集歌1339 鴨頭草丹 服色取 揩目伴 移變色登 称之苦沙
訓読 鴨頭草(つきくさ)に衣(ころも)色どり摺(す)らめども移(うつ)ろふ色といふが苦しさ
意訳 鴨頭草色に衣を美しく摺りたいのだが、変わりやすい色だというのが不本意なことよ。

 これらの意訳から推測すると、現在の正統な万葉集の解釈では「にほふ」、「染める」と「摺る」の三つの言葉の間に、「衣を染める行為」の言葉において特別な意味合いの差はないと想われます。それで、万葉集の研究では古今和歌集以前の時代のようには集歌1156の歌が注目されないのでしょう。
 ここで、飛鳥時代から奈良時代の人々が「摺り衣」を、どのように位置付けていたかを示す重要な記事があります。それが、次の日本書紀の天武天皇の時代の記事です。

日本書紀の朱鳥元年(686)正月二日の記事
朱鳥元年春正月壬寅朔癸卯、御大極殿、而賜宴於諸王卿。是日、詔曰、朕問王卿、以無端事。仍對言得實、必有賜。於是、高市皇子被問以實對。賜蓁指御衣三具・錦袴二具、并絁二十匹・絲五十斤・綿百斤・布一百端。
訓読 朱鳥(あかみとりの)元年(はじめのとし)の春(はる)正月(むつき)の壬寅の朔癸卯に、大極殿(おほあんどの)に御(おはしま)して、宴(とよのあかり)を諸王(もろもろのおほきみ)卿(まえつきみ)に賜ふ。是の日に、詔(みことのり)して曰はく、「朕(われ)、王(おほきみ)卿(まえつきみ)に問ふに、無端事(あとなしこと)を以てす。仍(よ)りて対(こた)へて言(まう)すに実(まこと)を得ば、必ず賜ること有(あ)らむ」とのたまふ。是に、高市皇子、問はれて実を以て対ふ。蓁指(はりすり)の御衣(おほみそ)三(み)具(よそひ)・錦の袴(はかま)二(ふた)具(よそひ)、并せて絁(ふとぎぬ)二十(はたち)匹(むら)・糸五十(いそ)斤(はかり)・綿百(もも)斤(はかり)・布一百(もも)端(むら)を賜ふ。
(日本書紀 坂本太郎ら校注 岩波文庫より)

この記事の「賜蓁指御衣三具」の「蓁指の御衣」は、延喜式衣服令の服色に蓁と記し「はりそめ」と読むことから「榛摺り染め」の御衣のことを示すそうです。つまり、榛摺り染めの御衣とは、古来からの木葉の摺り染めの技法で作られた神事や朝儀の儀礼で着服する礼服を示します。それで、天武天皇からの恩賜の品の筆頭に挙げられているわけです。
たたし、困ったことに榛の実や樹皮から染料を取り、普段着として褐濃緑色に衣を染めることもしたようです。そこで、万葉集の歌では榛の「摺り衣」か、「染め衣」か見極める必要があるようです。なお、平安時代にはこの古式の摺り染め衣の風は廃れたようで、紀貫之の時代までしか「榛摺り衣」の意味が理解出来なかったようです。それで、江戸・明治期の訓読みには、「摺り衣」と「染め衣」の区分が無いようです。
つまり、同じ榛でも神事や願い事に関係する場合は榛の葉の「摺り衣」で、実用として色褪せない普段着の場合は榛の実や樹皮から採った染料で染めた「染め衣」の区別があったと思われます。この区別で、「染める」と「摺る」の二つの言葉が使われている集歌1255の歌を試訳してみますと、次のようになります。

集歌1255 月草尓 衣曽染流 君之為 綵色衣 将摺跡念而
訓読 月草(つきくさ)に衣(ころも)ぞ染(し)むる君がため綵色(まだら)の衣(ころも)摺(す)らむと念(おも)ひて
試訳 露草で衣を染めましょう、貴方のために。大切な神事で着用する紋の鮮やかな衣を摺り染めると思って。

 どうでしょう、「染める」と「摺る」の二つの言葉の間には、ただ、動作として衣を染める行為と愛を獲得するために神に祈りながら衣に色を付ける行為との差があるのではないでしょうか。
 この「染める」と「摺る」の二つの言葉の間には日常と神事との差があるとして、集歌1156の歌の私訳を示すと次のようになります。

集歌1156 住吉之 遠里小野之 真榛以 須礼流衣乃 盛過去
訓読 住吉(すみのゑ)の遠里(とほさと)小野(をの)の真榛(まはり)もち摺(す)れる衣(ころも)の盛り過ぎゆく
私訳 住吉から遠い里の小さな野にある神聖な榛の葉で摺り染めた儀服のその衣の色も褪せて、難波宮の盛りが過ぎて逝った

 難波宮は歴史的には、孝徳天皇の時代と聖武天皇の時代の二度、皇都になっています。その聖武天皇の時代の難波宮を後期難波宮とも云い、その建設には橘諸兄が強く関わると云われています。この後期難波宮が正式な皇都とされたのは天平十六年(744)二月二十六日から十六年十二月晦日までの僅かな期間です。
 集歌1156の歌は、その幻のような難波宮の繁栄を懐かしんだ歌のようです。万葉集は孝謙天皇の御下問により橘諸兄が指揮し、丹比国人が中心になって編んだ歌集ですから、「摺れる衣の盛り過ぎゆく」の言葉は「橘奈良麻呂の変」で没落していった万葉集ゆかりの人々を映しているのかもしれません。このような推測があるならば、後編万葉集「宇梅之波奈」は元明天皇の奈良宮から聖武天皇の難波宮までの歌を集めたものですから、集歌1156の歌は時代を説明し、後編万葉集「宇梅之波奈」を閉めるのに必要な歌になるのでしょう。
さて、竹取翁の歌で集歌1156の歌を示唆した集歌3801の歌の私訳は、いままでの説明から次のようになります。

集歌3801 墨之江之 岸野之榛丹 々穂所經迹 丹穂葉寐我八 丹穂氷而将居
訓読 住吉(すみのゑ)の岸野の榛(はり)ににほふれどにほはぬ我れやにほひて居らむ
私訳 住吉の岸の野の榛に黄葉の季節が来ても、薄墨の榛で染めた衣を着るような低い身分で儀式にも参列できない私ですが、住吉の岸の野の榛の美しさは感じています。

 集歌3801の歌は、衣の色、季節の木々の黄葉の色、儀式で着る衣の比喩、同じ榛でも「染める」と「摺る」との違いが示す身分の差など、非常に凝った歌となっています。

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