竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 竹取翁の九人の娘女たち

2009年04月14日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 竹取翁の九人の娘女たち

 竹取翁の歌の反歌では、時代の風潮は漢詩・漢文に流れ、古来からの大和歌は古臭く棄てられそうな状況です。その風潮に対して、竹取翁は大和歌を人々の心の中に取り戻すために各巻の九人の歌人の援軍を仰ぎました。その九人は、歌聖の柿本人麻呂、歌物語のジャンルと新表現法を確立した高級官僚の大伴旅人、恋に人生を賭けた諸王の安貴王、養老・神亀年間を代表する宮廷歌人として笠朝臣金村、漢文と大和歌を融合した渡来人の山上憶良、大和歌や演芸を保護・育成した天武天皇、大和歌や大和舞の伝統を守る元正天皇、大和歌を愛する庶民、そして、大和歌で太政官の定めに抗議する貴族です。
 竹取翁が要請した九人の援軍は、ほぼ、大和歌を愛するすべての身分や所属を網羅したオールスターです。そして、この九人の援軍は大和歌を愛する竹取翁の万葉集の編纂に賛同して和歌を寄せています。
 万葉集には、このように丹比国人が示すように多種多様なジャンルの歌の世界が存在します。つまり、呉竹の葉々のように常に天子のそばで愛でられ、万様の形態を持つのが万葉集なのです。そして、万世に伝わるべき歌集です。

娘子等和謌九首
標訓 (九人の神女の)娘子らの和(こた)へたる歌九首

一人目の娘子の歌  人麻呂の答え
集歌3794 端寸八為 老夫之謌丹 大欲寸 九兒等哉 蚊間毛而将居  (一)
訓読 愛(は)しきやし翁(おきな)の歌に鬱悒(おほほ)しき九(ここの)子らや感(かま)けて居(を)らむ
私訳 愛すべき老人の歌に、心が塞ぎこんでいる九人の愛すべき人々も感動しているだろう。

巻二より
訓読 秋山の したへる妹 なよ竹の とをよる子らは いかさまに 念(おも)ひ居れか 栲縄(たくなは)の 長き命を 露こそば 朝(あした)に置きて 夕(ゆふへ)は 消(き)ゆといへ 霧こそば 夕に立ちて 朝(あした)は 失(う)すといへ 梓弓 音(おと)聞く吾も 髣髴(おほ)に見し こと悔しきを 敷栲の 手枕(たまくら)まきて 剣刀(つるぎたち) 身に副(そ)へ寝(ね)けむ 若草の その嬬(つま)の子は 寂(さぶ)しみか 念(おも)ひて寝(ぬ)らむ 悔しみか 念(おも)ひ恋ふらむ 時ならず 過ぎにし子らが 朝露の如(ごと) 夕霧の如(ごと)

説明 集歌0217の歌の「騰遠依子等者」を「とをよる子らは」と読み、言葉遊びで「十を除る子らは」と訓読みします。この「十を除る子らは」を人は髣髴に見たのです。つまり、「十から除けて九」のおほほしき九人の子たちです。このような遊びでの集歌0217の歌です。解釈としては一人目と九人目が手強い相手です。


二人目の娘子の歌  大伴旅人の答え
集歌3795 辱尾忍 辱尾黙 無事 物不言先丹 我者将依  (二)
訓読 恥(はぢ)を忍び恥を黙(もだ)して事もなく物言はぬさきに我れは寄(よ)りなむ
私訳 恥辱を忍んだり、その恥辱に黙っていて、何もしなかった事をあれこれ云う前に、私も大和歌を寄せましょう。

巻三より
訓読 黙然(もだ)居(を)りて賢(さか)しらするは酒飲みて酔ひ泣きするになほ若(し)かずけり
私訳 ただ沈黙して賢ぶっているよりは、酒を飲んで酔い泣きすることにどうして及びましょう

説明 二人目の娘女が詠う歌の解釈から、大伴旅人の讃酒歌十三首を思い起こしました。長屋王が殺害されたとき何も出来ず、何も抗議できなかった旅人の沈痛な歌十三首です。死んだ長屋王と膳部王のために何かが出来るのなら、虫でも鳥でも何にでもなるという旅人の「恥(はぢ)を忍び恥を黙(もだ)して事もなく」です。大酒飲みではありません。


三人目の娘子の歌  安貴王の答え
集歌3796 否藻諾藻 随欲 可赦 皃所見哉 我藻将依  (三)
訓読 否(いな)も諾(を)も欲しきまにまに赦(ゆる)すべき顔見ゆるかも我れも寄りなむ
私訳 「赦さない」と云ふのも、「赦す」と云うのも、貴方のお気持ちのままに。貴方が私を赦免してくれそうな様子がうかがえます。私も大和歌を寄せましょう。

巻四より
訓読 遠妻(とほつま)の ここにしあらねば 玉桙の 道をた遠(とほ)み 思ふそら 安けなくに 嘆くそら 苦しきものを み空往(ゆ)く 雲にもがも 高飛ぶ 鳥にもがも 明日去(い)きて 妹に言問(こととひ) 吾がために 妹も事なく 妹がため 吾も事なく 今も見るごと 副(たぐ)ひてもがも

注訓 右は、安貴王、因幡の八上釆女を娶(ま)きて、係念(おもひ)極めて甚(はなはだ)しく、愛情尤(もっと)も盛りなりき。時に勅して不敬の罪を断(さだ)め、本郷(もとつくに)に退却(まか)らしむ。ここに王、意(こころ)を悼(いた)み怛(かなし)びていささかにこの歌を作れり。

説明 三人目の娘女の歌の「可赦 皃所見哉」の「赦」の漢字が遊びです。この「赦」から天皇から直接に罰せられ不敬の罪で遠流された安貴王を想像しました。


四人目の娘子の歌  笠朝臣金村の答え
集歌3797 死藻生藻 同心迹 結而為 友八違 我藻将依  (四)
訓読 死にも生きも同じ心と結びてし友や違はむ我れも寄りなむ
私訳 死にも生きにも同じ気持ちと誓った友人同士が、心が違うことなどありましょうか。私も大和歌を寄せましょう。

巻九より
訓読 人と成る ことは難(かた)きを わくらばに 成れる吾(わ)が身は 死(しに)も生(いき)も 公がまにまと 念(おも)ひつつ ありし間(あひだ)に 現世(うつせみ)の 世の人あれば 大王(おほきみ)の 命(みこと)恐(かしこ)み 天離る 鄙(ひな)治(おさ)めにと 朝鳥の 朝立ちしつつ 群鳥(むらとり)の 群立(むらた)ち行かば 留(と)まり居(ゐ)し 吾れは恋ひむな 見ず久(ひさ)あらば

説明 四人目の娘女の「死藻生藻」と集歌1785の歌の「死毛生毛」の言葉遊びと解釈しました。さて、どうでしょうか。


五人目の娘子の歌  山上憶良の答え
集歌3798 何為迹 違将居 否藻諾藻 友之波々 我裳将依  (五)
訓読 何為(なにせ)むと違(たが)ひは居らむ否(いな)も諾(を)も友のなみなみ我れも寄りなむ
私訳 どうして、私だけが仲間はずれをされていましょうや。承知するもしないも友の心の赴くままに。私も大和歌を寄せましょう。

巻五より
訓読 神代より 云ひ伝て来(く)らく そらみつ 大和の国は 皇神(すめかみ)の 厳(いつく)しき国 言霊(ことたま)の 幸(さき)はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり 今の世の 人も悉(ことごと) 目の前に 見たり知りたり 人多(さは)に 満ちてはあれども 高光る 日の朝廷(みかど) 神ながら 愛(めで)の盛りに 天の下 奏(もう)した賜ひし 家の子と 選(えら)ひ賜ひて 勅旨(おほみこと) 戴(いただ)き持ちて 唐国(もろこし)の 遠き境に 遣(つか)はされ 罷(まか)り坐(いま)せ 海原(うなはら)の 辺(へ)にも沖にも 神づまり 領(うしは)き坐(いま)す 諸(もろもろ)の 大御神(おほみかみ)たち 船舳(ふなへ)に 導き申(まを)し 天地の 大御神(おほみかみ)たち 大和の 大国御魂(おほくにみたま) ひさかたの 天の御空(みそら)ゆ 天翔(あまかけ)り 見渡し賜ひ 事畢(をわ)り 還(かへ)らむ日には またさらに 大御神たち 船舳に 御手(みて)うち懸けて 墨縄(すみなは)を 延(は)へたる如く あぢかをし 値嘉(ちか)の岬(さき)より 大伴の 御津の浜辺(はまび)に 直(ただ)泊(は)てに 御船は泊(は)てむ 恙無(つつみな)く 幸(さき)く坐(いま)して 早帰りませ

説明 五人目の娘女の詠う「違将居」と「友之波々」との漢字の遊びです。これは、漢詩・漢文の山上憶良の歌に合わせたのでしょうか。朋が遠く海を隔てた場所に居て、その朋は船で行き来します。その解釈からの集歌0894の好去好来の歌です。


六人目の娘子の歌  天武天皇の答え
集歌3799 豈藻不在 自身之柄 人子之 事藻不盡 我藻将依  (六)
訓読 豈(あに)もあらじおのが身のから人の子の事(こと)も尽さじ我れも寄りなむ
私訳 だからと云って。私の身分では貴女は高貴な人の妻ですから恋の思いを遂げることは出来ませんが、それでも、私も大和歌を寄せましょう。

巻一より
訓読 茜(あかね)さす武良(むら)の前野(さき)逝(ゆ)き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖振る
訓読 紫草(むらさき)の色付(にほへ)る妹を憎くあらば人嬬(ひとつま)故に吾(あ)が恋ひめやも

説明 六人目の娘女の歌を「身分からの人妻の支障があり恋が出来ない」と解釈しての集歌0021の歌です。


七人目の娘子の歌  元正太上天皇の答え
集歌3800 者田為々寸 穂庭莫出 思而有 情者所知 我藻将依  (七)
訓読 はだ薄(すすき)穂にはな出(い)でそ思ひたる心は知らゆ我れも寄りなむ
私訳 はだ薄の穂のように取り立てて言葉にださなくてもよい。お前の気持ちは判っている。私も大和歌を寄せましょう。

巻八より
訓読 はだ薄(すすき)尾花(おばな)逆葺(さかふ)き黒木(くろき)もち造れる室(むろ)は万代(よろづよ)までに

説明 七人目の娘女が歌う「はだ薄」からの、集歌1637の歌です。ただ、困ったことに延喜式では、天皇が大嘗祭を執り行う大嘗宮は黒木で室を造ることになっています。そこで、集歌1638の歌の作者が不明です。


八人目の娘子の歌  読み人知らずの答え(庶民階級)
集歌3801 墨之江之 岸野之榛丹 々穂所經迹 丹穂葉寐我八 丹穂氷而将居  (八)
訓読 住吉(すみのゑ)の岸野の榛(はり)ににほふれどにほはぬ我れやにほひて居らむ
私訳 住吉の岸の野の榛で美しく衣を染め上げても、染めた衣に心が惹かれない私です。でも、住吉の岸の野の榛の美しさは感じています。

巻七より
訓読 住吉(すみのゑ)の遠里(とほさと)小野(をの)の真榛(まはり)もち摺(す)れる衣(ころも)の盛り過ぎゆく

説明 八人目の娘女の歌う句を、ままで拾ったのが集歌1156の歌です。


九人目の娘子の歌  作者未詳の答え(貴族階級)
集歌3802 春之野乃 下草靡 我藻依 丹穂氷因将 友之随意  (九)
訓読 春の野の下草靡き我れも寄りにほひ寄りなむ友のまにまに
私訳 春の野の下草が靡き寄るように私も靡き従って染まりましょう。心を同じくする人々と共に。

巻六より
訓読 真葛(まふぢ)延(は)ふ 春日の山は うち靡く 春さりゆくと 山の上(うへ)に 霞たなびく 高円(たかまと)に 鴬鳴きぬ 物部(もののふ)の 八十伴の壮(を)は 雁が音(ね)の 来継ぐこの頃 かく継ぎて 常にありせば 友並(な)めて 遊ばむものを 馬並(な)めて 往(ゆ)かまし里を 待ちかてに 吾がする春を かけまくも あやに恐(かしこ)し 云(い)はまくも ゆゆしくあらむと あらかじめ かねて知りせば 千鳥鳴く その佐保川(さほかは)に 石(いは)に生(お)ふる 菅の根採りて 偲(しの)ふ草 祓(いは)へてましを 往(ゆ)く水に 潔身(みそき)てましを 天皇(すめろき)の 御命(みこと)恐(かしこ)み ももしきの 大宮人の 玉桙(たまほこ)の 道にも出でず 恋ふるこの頃

説明 万葉集の春の歌で、風に春草が靡き朋と野に遊ぶ歌はありそうですが、実はこの歌だけです。集歌0948の歌の景色は九人目の娘女が詠う世界と同じと思っています。世の風潮に対して貴族の人々にも異議を唱えさせています。

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