竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その27

2009年05月13日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その27

原文 秋僻而 山邊尾徃者 名津蚊為迹 我矣思經蚊
訓読 秋さりて 山辺を行けば 懐かしと 我れを思へか(27)
私訳 秋めいて山辺を行くと懐かしいと私を思うのか

 この長歌のもじり歌の訓読みやその解釈には、倭皇后の御歌ほど差異は出ないと思います。それで、次の集歌3303の歌が浮かんで来ました。

(読み人知れず)
集歌3303 里人之 吾丹告樂 汝戀 愛妻者 黄葉之 散乱有 神名火之 此山邊柄 烏玉之 黒馬尓乗而 河瀬乎 七湍渡而 裏觸而 妻者會登 人曽告鶴
訓読 里人(さとびと)の 吾に告(つ)ぐらく 汝(な)が恋ふる 愛(うつく)し夫(つま)は 黄葉(もみぢは)の 散り乱(まが)ひたる 神名火(かむなび)の この山辺(やまへ)から ぬばたまの 黒馬に乗りて 川の瀬を 七瀬渡りて うらぶれし 夫(つま)は逢ひきと 人ぞ告(つ)げつる
私訳 里人が私に告げるには、貴女が恋しがる愛しい恋人は黄葉の葉が散り乱れる神名火のこの山辺の道を通って、真っ黒な黒馬に乗って、川の渡りの早い流れの瀬を幾つも渡って来て、貴女に逢えなくてしょんぼりしいたと、そんな貴女の恋人に逢ったと人は私に告げたことよ。

反歌
集歌3304 不聞而 黙然有益乎 何如文 公之正香乎 人之告鶴
訓読 聞かずして黙然(もだ)あらましを何しかも君が正香(ただか)を人の告げつる
私訳 あの人の噂話を聞かないで逢えない寂しさを黙っていたのに、どうして愛しいあの人の話題を人は私に告げるのでしょう。

 この集歌3303の歌は読み人知れずの歌ですが、長歌のもじり歌に使われていることからすると和歌の歴史の中で重要な位置を占める歌のようです。一般には、この歌は、その使われている言葉の「ぬばたまの」、「黒馬に乗りて」や「うらぶれて」などの言葉のイメージから死んだ夫の幽霊が妻の許を訪れたかのような理解で、この歌を日本最初の幽霊を詠った和歌と解釈するものもありますが、そうではありません。
 この歌が和歌の歴史で重要な位置にあるのは、過去に詠われた歌の世界を題材にその詠われた世界を本歌取りして詠った歌なのです。つまり、この歌が持つ二つの特徴で、和歌の歴史の中で重要な位置を占めるのです。一つ目は、本歌取りして、本歌の歌の世界を想像して詠った想像歌であること。二つ目は、歌番3303の歌が詠われたときに本歌取りの技法の条件が成立していたことから、過去に詠われた本歌取りされた相聞歌がすでに多くの人によって共通の認識であったことです。

 本来、私の理解では、恋人同士の恋の相聞歌は私的な歌で公表するものではないはずですが、歌番3303の歌から推測すると何らかの公表された相聞の歌集があったか、私達が思う相聞歌が私的な男女間での相聞歌ではなくて、ある文化的なサロンや宴会での公表される歌であったかのどちらかです。いずれにしろ、歌番3303の歌に本歌取りの技法が使われている以上は、先行する男女の恋の相聞歌が歌番3303の歌が詠まれたときに人々の共通の認識であったことは確実です。
そして、この歌は短い長歌とその反歌の組歌になっていますが、長歌は漢文の標を和歌にしたような説明的な歌となっていますし、反歌は歌の内容は女性の立場で詠った歌ですが、その表現の「黙然」や「正香」の漢語の使い方から推定で教養ある貴族の男性の作歌です。この歌々はそのような表現方法や用字からも興味深い歌です。
 参考に、この説明に辿り着いた理由を以下に説明していますが長いです。ここは、端折ることをお勧めします。


「神名火」を考える 神名火は固有名詞か

普段の解説において、集歌3303の歌にある「神名火」の言葉は、神南備の当て字であろうとして「神南備」と理解するのが大勢です。その神南備の言葉は、大辞林では次のように説明しています。
(ア) 神の鎮座する山の意
(イ) 奈良県生駒郡斑鳩町にある山。紅葉・時雨の名所。三室山。
(ウ) 奈良県高市郡明日香村の雷の丘、または甘橿の丘。飛鳥神社の旧鎮座地。三諸山。神岳。

 このように大辞林では神南備の言葉は一般名称としての山の美称か、固有名称とする時は二箇所の候補地を挙げています。
では、万葉集ではどうでしょうか。万葉集から「神名火」の言葉を拾って見ると全部で七首ほど見つけることが出来ました。それが、次に示す歌です。この内、大辞林の(ウ)の明日香川が流れる甘橿の丘付近と思われるのが、集歌969、1466、2162、2715と3266との五首です。なお、集歌2715の歌の「打廻の崎」は集歌1557の歌の「明日香河 逝廻丘之」の情景と同じと捉えています。また、集歌1466の歌の「磐瀬の社」と木々のない「毛無の岳」の感覚から開発が進んだ甘橿の丘を想像しています。まず、三室山ではありません。
七首の内の残り二首で、集歌3224は私の個人的な感覚では(イ)の三室山か龍田山の感覚がありますし、集歌2657の歌は詠った本人はともあれ(ア)の一般名称のような感があります。
こうして見ますと、万葉歌人の感覚では「神名火」の言葉は、固有名詞で明日香川が流れる甘橿の丘付近を示すのではないでしょうか。万葉集では「神南備」の表記は神名備、神南備、甘名備、甘南備の用字で、「神の名が備わる」山のような一般名称としての使い方が大勢ですので、「神名火」とは言葉の使い方が違うようです。

三年辛未大納言大伴卿在寧樂家思故郷歌二首
集歌969 須臾 去而見壮鹿 神名火乃 淵者淺而 瀬二香成良武
訓読 須臾(しましく)も去(い)きて見てしか神名火の淵(ふち)は浅(あ)さびて瀬にかなるらむ

志貴皇子御謌一首
集歌1466 神名火乃 磐瀬之社之 霍公鳥 毛無乃岳尓 何時来将鳴
訓読 神名火の磐瀬(いわせ)の社(もり)の霍公鳥(ほととぎす)毛無(けなし)の岳(おか)にいつか来鳴かむ

集歌2162 神名火之 山下動 去水丹 川津鳴成 秋登将云鳥屋
訓読 神名火の山下(やました)響(とよ)み行く水にかはづ鳴くなり秋と言はむとや

集歌2657 神名火尓 紐呂寸立而 雖忌 人心者 間守不敢物
訓読 神名火に神籬(ひもろき)立てて斎(いは)へども人の心は守り敢(あ)へぬもの

集歌2715 神名火 打廻前乃 石淵 隠而耳八 吾戀居
訓読 神名火の打廻(うちみ)の崎の石淵(いあはぶち)の隠(こも)りてのみや吾(わ)が恋ひ居(を)らむ

集歌3224 獨耳 見者戀染 神名火乃 山黄葉 手折来君
訓読 ひとりのみ見れば恋しみ神名火の山の黄葉(もみぢは)手折(たを)りけり君

集歌3266 春去者 花咲乎呼里 秋付者 丹之穂尓黄色 味酒乎 神名火山之 帶丹為留 明日香之河乃 速瀬尓 生玉藻之 打靡 情者因而 朝露之 消者可消 戀久毛 知久毛相 隠都麻鴨
訓読 春されば 花咲ををり 秋づけば 丹(に)の穂にもみつ 味酒(うまさけ)を 神名火山の 帯(おび)にせる 明日香の川の 速き瀬に 生(お)ふる玉藻の うち靡き 心は寄りて 朝露の 消(け)なば消ぬべく 恋ひしくも しるくも逢へる 隠妻(こもりつま)かも

集歌2715の歌の「打廻の崎」に対する参考歌
故郷豊浦寺之尼私房宴謌三首
標訓 故郷の豊浦寺の尼の私房にして宴(うたげ)せる歌三首
集歌1557 明日香河 逝廻丘之 秋芽子者 今日零雨尓 落香過奈牟
訓読 明日香川逝(い)き廻(み)る岳(おか)の秋萩は今日(けふ)降る雨に落(ち)りか過ぎなむ
右一首、丹比真人國人。


「ぬばたまの黒馬に乗りて」を考える

 集歌3303の長歌の句に「神名火之 此山邊柄」の訓読み「神名火の この山辺から」とあるように、作歌者は恋人に逢いに来る男は明日香川が流れる甘橿の丘付近を居住の中心とする人物と場の設定をしています。そして、その男は七つの早瀬を渡り、遥々と恋人に逢いに来るのです。ただし、歌にあるように遥々来たのですが、事前の約束がなかったのか恋人に逢えずにしょんぼりと元来た道を引き返していくのです。
 ここで、資料-Aの歌を紹介したいと思います。明日香川が流れる甘橿の丘付近を故郷とした大伴旅人の歌です。この歌は、大伴旅人の人生最晩期の歌で、奈良の都から明日香の故郷を思っての歌です。この大伴旅人は後期万葉集の中心を為す人物で、万葉歌人では知らない人がいないような歌人です。
 私の想像ですが、「神名火の この山辺から」の句を聞くと、万葉歌人は大伴旅人を思ったのではないでしょうか。少なくとも、丹比国人や中臣宅守はそのように思ったでしょう。この「神名火の この山辺から」の句から「大伴」の名が浮かんだ時、万葉歌人には同時代の人物として大伴旅人の兄妹の坂上郎女の名前も思い浮かんだと思います。

資料-A
三年辛未大納言大伴卿在寧樂家思故郷歌二首
標訓 (天平)三年辛未、大納言大伴卿(旅人)の奈良の家(いへ)に在(あ)りて故(ふる)き郷(さと)を思(しの)ふる歌二首
集歌969 須臾 去而見鹿 神名火乃 淵者淺而 瀬二香成良武
訓読 須臾(しましく)も去(い)きて見てしか神名火(かむなび)の淵(ふち)は浅(あ)さびて瀬にかなるらむ
私訳 ちょとだけでも行って見てみたいものだ、あの神名火の辺の淵は浅瀬のような瀬になっているだろうか

集歌970 指進乃 粟栖乃小野之 芽花 将落時尓之 行而手向六
訓読 指進(さしづみ)の栗栖(くるす)の小野(をの)の萩の花落(おつ)らむ時にし行きて手向(たむけ)けむ
私訳 指進の栗栖の小野に萩の花が盛りを過ぎて散る頃に、神名火山の辺の淵を見にいって神名火山に手向けをしよう

 大伴旅人の起想は少し強引かもしれませんが大伴坂上郎女の名前が思い浮かべた時、元正天皇の時代の「棚機女(たなはたつめ)」の宴で披露された藤原麿と大伴郎女との華やかな歌合わせの歌が七首あります。それが、資料-Bの歌々です。少し、難解ですが集歌523の歌の「好渡人者年母」の「よく渡る人は年にも」の訓読みで、神代の昔から年に一度、天の川を渡る彦星の意味合いがあります。それに、直接に対応するのが、集歌525の「年尓母有粳」の「年にもあらぬか」の訓読みです。当時は、まだ平安期の七夕を「しちせき」と読む「乞巧奠(きこうでん)」の宴の意味合いより、より古色のある「棚機女(たなはたつめ)」の宴の意味合いの方が強かったのではないでしょうか、それで、七夕馬(たなはたむま)が歌で詠われたのでしょう。集歌525の歌の「夜干玉之 黒馬之来夜者」の「ぬばたまの黒馬来る夜は」の訓読みは、七夕馬がくるその七夕の暗闇の中を漆黒の馬が来る夜はとの意訳が出来ます。大伴郎女の歌四首を読むと判るように、大伴郎女は藤原麿とは歌の上では七夕の織姫と彦星以下の男女の関係で、年に一度も逢ってはいないのです。
 藤原麿と大伴郎女との歌を持って、二人に男女の関係が逢ったとしたら少し早とちりです。集歌528の歌の左注の「藤原麿大夫、郎女を娉へし」は「藤原麿大夫が郎女に求婚したとき」と解釈しますから、男女の仲は不明です。もし、江戸時代の人のように歌会で歌を交換したらその相手と同衾したとするのは、すこし、過激な想像です。
 なお、大伴郎女の歌は、一世代前の人麻呂時代の棚機女の宴での集歌2076や集歌2062の歌を参考に作られた雰囲気があります。

資料-B
京職藤原大夫贈大伴郎女謌三首  卿諱曰麿也
標訓 京職、藤原大夫の大伴郎女に贈れる歌三首  卿の諱(いみな)を麿というなり
集歌522 咸嬬等之 珠篋有 玉櫛乃 神家武毛 妹尓阿波受有者
訓読 娘女らが珠篋(たまくしげ)なる玉櫛(たまくし)の神さびけむも妹に逢はずあれば
私訳 娘女たちが美しい箱に入れて大切にしている櫛が美しい娘女の髪に相応しいように、私はまるで恋人に逢えない天上の彦星のような神様めいてしまったのだろうか、貴女に逢わないでいると

集歌523 好渡 人者年母 有云乎 何時間曽毛 吾戀尓来
訓読 よく渡る人は年にもありといふを何時(いつ)の間(ま)にぞも吾が恋ひにける
私訳 上手に川を渡る彦星は年に一度は恋人と逢うことがあると云うらしい、そんな彦星と織姫が逢う、そのようなわずかな間なのに、私は貴女に恋をしている

集歌524 蒸被 奈胡也我下丹 雖臥 与妹不宿者 肌之寒霜
訓読 むし衾(ふすま)和(な)ごやが下に臥(ふ)せれども妹とし寝(ゐ)ねば肌し寒しも
私訳 体を暖かく蒸すような寝具の柔らかいものを被って寝ているけれど、貴女と共寝をしないので肌寒いことです。

大伴郎女和謌四首
標訓 大伴郎女の和(こた)へたる歌四首
集歌525 狭穂河乃 小石踐渡 夜干玉之 黒馬之来夜者 年尓母有粳
訓読 佐保川(さほかわ)の小石(こいし)踏み渡りぬばたまの黒馬(くろま)来る夜は年にもあらぬか
私訳 佐保川の小石を踏み渡って、七夕馬がくるその七夕の暗闇の中を漆黒の馬が来る夜のように年に一度はあってほしいものです
説明 この四首の歌は藤原麿の贈答歌三首に答えたもの

集歌526 千鳥鳴 佐保乃河瀬之 小浪 止時毛無 吾戀者
訓読 千鳥鳴く佐保(さほ)の川瀬のさざれ波止む時も無し吾が恋ふらくは
私訳 千鳥が鳴く佐保の川の瀬の小波が止むこともない、私の恋のように

集歌527 将来云毛 不来時有乎 不来云乎 将来常者不待 不来云物乎
訓読 来(こ)むと云ふも来(こ)ぬ時あるを来(こ)じと云ふを来(こ)むとは待たじ来(こ)じと云ふものを
私訳 私の許に来ると云っても来ないときがあるのに、私の許に来ないと云うのを来るだろうと貴方を待ちません、私の許に来ないと云われるのに

集歌528 千鳥鳴 佐保乃河門乃 瀬乎廣弥 打橋渡須 奈我来跡念者
訓読 千鳥鳴く佐保(さほ)の川門(かわと)の瀬を広み打橋渡す汝(な)が来(く)と念(おも)へば
私訳 千鳥鳴く佐保の川の渡りの瀬は広いので、川に杭を打って橋も架けましょう、貴方が私の許に来ると想うと
右、郎女者、佐保大納言卿之女也。初嫁一品穂積皇子、被寵無儔。而皇子薨之後時、藤原麿大夫娉之郎女焉。郎女、家於坂上里。仍族氏号曰坂上郎女也。
注訓 右の、郎女(いらつめ)は、佐保大納言卿の女(むすめ)なり。初め一品穂積皇子に嫁(とつ)ぎ、寵(うつくし)びを被むること儔(たぐひ)なかりき。皇子の薨(みまか)りしし後に藤原麿大夫、郎女を娉(よば)へし。郎女は、坂上の里に家(す)む。その族氏(うから)号(な)けて坂上郎女といへり。

参考歌 七夕の歌
集歌2076 天漢 瀬乎早鴨 烏珠之 夜者闌尓乍 不合牽牛
訓読 天の川瀬(かわせ)を早みかもぬばたまの夜は更けにつつ逢はぬ彦星

集歌2062 機 躁木持徃而 天漢 打橋度 公之来為
訓読 機(はたもの)のまね木持ち行きて天の川打橋(うつはし)渡す君が来むため


「読み人知れずの集歌3303の歌」の鑑賞

集歌3303 里人之 吾丹告樂 汝戀 愛妻者 黄葉之 散乱有 神名火之 此山邊柄 烏玉之 黒馬尓乗而 河瀬乎 七湍渡而 裏觸而 妻者會登 人曽告鶴
訓読 里人(さとびと)の 吾に告(つ)ぐらく 汝(な)が恋ふる 愛(うつく)し夫(つま)は 黄葉(もみぢは)の 散り乱(まが)ひたる 神名火(かむなび)の この山辺(やまへ)から ぬばたまの 黒馬に乗りて 川の瀬を 七瀬渡りて うらぶれし 夫(つま)は逢ひきと 人ぞ告(つ)げつる
私訳 里人が私に告げるには、貴女が恋しがる愛しい恋人は黄葉の葉が散り乱れる神名火のこの山辺の道を通って、真っ黒な黒馬に乗って、川の渡りの早い流れの瀬を幾つも渡って来て、貴女に逢えなくてしょんぼりしいたと、そんな貴女の恋人に逢ったと人は私に告げたことよ。

反歌
集歌3304 不聞而 黙然有益乎 何如文 公之正香乎 人之告鶴
訓読 聞かずして黙然(もだ)あらましを何しかも君が正香(ただか)を人の告げつる
私訳 あの人の噂話を聞かないようにして逢えない寂しさを黙っていたのに、どうして愛しいあの人の話題を人は私に告げるのでしょう。

 長々しい前説から、御察しの通りです。長歌の集歌3303と反歌の集歌3304の歌は、藤原麿と大伴郎女との贈答歌七首の知的なダイジェスト版ですし、その後日談です。集歌527の歌にあるように、当てにならない男の年に一度あるかなしかの訪れが不意にあったのに、「七湍渡」の文字が暗示する七夕の夜に「ぬばたまの黒」が示す天の川が隠れるように男は女に逢えなかったとしています。また、歌の「黄葉の 散り乱ひたる 神名火の」の句は、大伴旅人が詠う集歌970の歌の「萩の花落らむ時にし」の句に呼応するものでしょう。
反歌となる集歌3304の歌は女性の立場の歌のようですが、その使われている「不聞」、「黙然」や「正香」のような漢文や漢語の多用は男性歌人によるものでしょう。私は、感覚的に旅人の酒を讃える歌十三首の匂いを感じます。読み人知れずの作品ですが、旅人の臭いのする作品です。そして、この歌は万葉集の歌の中で三層構造を持っていることになります。

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