竹取翁と万葉集のお勉強

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漢字に注目して歌を楽しむ

2017年05月05日 | 初めて万葉集に親しむ
漢字に注目して歌を楽しむ

 次に、現在までその歌で使われる漢字の読み方の定まっていない歌を紹介します。この歌は三句目の「徃褐」をどのように読むかが問題となっています。つまり、ある種の難訓歌の読解です。

集歌二五五六
原歌 玉垂之 小簀之垂簾乎 徃褐 寐者不眠友 君者通速為
定訓 たま垂れのをすの垂れ簾をいきかちぬ寝はなさずとも君はかよはせ
解釈 美しく垂らしたかわいい簾を通れずにおまえを抱いて寝ることは出来なくても、かの君は通わせなさい
本編解釈
訓読 玉垂(たまたれ)の小簾(をす)の垂簾(たれす)を往(い)き褐(かち)む寝(い)は眠(な)さずとも君は通はせ
私訳 美しく垂らすかわいい簾の内がだんだん薄暗くなっていきます。私を抱くために床で安眠することが出来なくても、ねぇ、貴方、私の許に通って来てください。

 さて、この歌は若い女性から恋人の男性の許に今夜に妻問うことを願う内容であることを踏まえて下さい。当時の決まり事として、身分ある男性が妻問う時には先駆けとなる使者が男性の許から女性の家に送られ、その使者がもたらす先触れを受けて、女性はあれこれと準備をするのが通例です。水道も電気も無い時代、来客の食事や寝所、さらに女性自身の夜の身支度などの準備には時間がかかるのです。恋人関係から入婿状態になるまでは、いきなりの訪問では妻問われる女性を含めそのような準備は出来ないのです。
 こうした時、この歌が詠われた時間帯を想像します。「褐」の漢字を使う古語に「かちむ」と云う言葉があり、それは「赤みを帯びた黒色にする、だんだん暗くなる」のような意味合いを表す言葉です。およそ、乙女の部屋らしく装飾された垂簾の掛かった夕暮れ近い室内の状況を想像させられます。そうした時、若い女性の許には、前回、男が妻問ったときに約束した訪問の連絡がまだ遣って来きていないと思われます。そうした時間帯での、女が詠う歌です。男からの妻問ひの連絡を、今か今かと待つのに、だんだん、室内がほの暗くなっていく、その気が急く情景です。
 対して一般には、原歌の漢字表記とは違いますが、四句目の「寝はなさずとも」の解釈から、簾を押し通って入れない風情を想像して「往き勝(か)ちぬ」と訓じます。他方、本編では原歌の漢字表記通りに「往き褐(かち)む」と訓じて歌を解釈します。さらにこの歌を原歌表記から鑑賞しますと、五句目の「君者通速為」の表現で「通はせ」と音表記するのに「速為」と万葉仮名の漢字を選択して表現しています。これは「速く来て下さい」と云う感情を表すためと思われます。これらを訓読の漢字交じり平仮名歌への翻訳から鑑賞しますと、歌を詠った恋しい男を待つ女性の、気が急く感情が十分に伝わらないと思います。このように使われるキーワードとなる漢字に思いを馳せ、その漢字が持つ意味から新たな歌の世界を見つけるのもまた、大人の楽しみではないでしょうか。
 なお、発音においては「往き褐む」は平安時代末期以降の貴族の人々にとって、漢語の匂いがきつく、美しい言葉はありません。歌意よりも詠いでの歌の調べを重視する平安時代最末期以降の和歌人としては朗詠では「往き勝ちぬ」が許容できる範囲だったと考えられます。そのために歌は三句目の「徃褐」の表記が平安時代最末期の貴族たちには納得がいかず、今日まで読めない表記となっていたと考えられます。万葉集の現代語訳された歌には、時として、美しく歌を詠うために変更された歌があるかもしれないと云うことを知って下さい。
 どうでしょうか、先ほどの性愛を詠う歌もそうですが、このように万葉集の歌が漢語と万葉仮名と云う漢字だけで表現された歌であることを知り、その使われる漢字と云う表語文字には漢字が持つ力を利用して隠れた意図が潜んでいることに気付くと、何か人より得した気持ちになりませんか。そして、自分でもそれを見つけようと思いませんか。この万葉集を楽しむ大人のゲームを理解して頂ければと思います。

 万葉集の歌が漢語と万葉仮名と云う漢字だけで表現された歌であることを知ると、万葉集の歌の中にもっと面白い大人のゲームを楽しむことができます。例として紹介した集歌一〇二の歌の中に「恋」と「孤悲」との異なる表記をしていました。このように万葉集では同じ事物を示す時、漢語や万葉仮名を使って異なる表記で意図する感情を表現することがあります。そして、時には、その異なる表記が歌の解釈で重要な意味を持つ場合があります。
 ここでは、男女が歌を交す相聞歌と云うジャンルから、その一例を紹介します。

巻十二 集歌三〇五八と集歌三〇五九の相聞歌二首
集歌三〇五八
原歌 内日刺 宮庭有跡 鴨頭草之 移情 吾思名國
訓読 うち日さす宮にはあれど鴨頭草(つきくさ)のうつろふ情(こころ)吾(あ)が思はなくに
私訳 きらきらと日の射す大宮に勤めて多くの殿方と接するけども、ツユクサのように褪せやすい気持ちを貴方に対して私は思ってもいません。

集歌三〇五九
原歌 百尓千尓 人者雖言 月草之 移情 吾将持八方
訓読 百(もも)に千(ち)に人は言ふとも月草(つきくさ)のうつろふ情(こころ)吾(われ)持ためやも
私訳 あれやこれやと人は貴女と男たちとの関係をうわさ話にするけれど、ツユクサが褪せやすいと云うような、そんな疑いを、私が持っていましょうか。

 集歌三〇五八の歌の三句目の「鴨頭草(つきくさ)」は、現在の露草(ツユクサ)を意味し、別に万葉集では「空草」、「月草」、「鴨跖草」とも表記します。この鴨頭草と云う漢字表記でツユクサを表す時は、言葉を使う意識の内にその花の形状があり、言葉の意味合いにおいて、ツユクサの花の構造との比較から「男女の性交渉」を暗示します。先に紹介しました艶本『遊仙窟』に「十娘忽見鴨頭鐺子、因詠曰、嘴長非為啜、項曲不由攀。但令脚直上、他自眼雙翻」(内容は江戸四八手の「壽本手又は鶺鴒本手」を示唆します)と云う文章があり、ここでの「鴨頭」は隠語として男性器を示唆します。つまり、漢字表記からすると宮仕えする女が男に対して、噂話に登るような他の男へと気移りするような尻軽女では無いと云う歌意になります。
 その応歌となる集歌三〇五九の歌の三句目ではツユクサを鴨頭草の表記ではなく、月草の表記に変えています。男女の恋歌相聞で、女が性交をイメージさせる鴨頭草の表記を使って尻軽女では無いと云う歌を詠った時、その内容を踏まえて性のイメージを取り除いて月草と表記を変えたことが風流人と思われます。そして、同時に月が雲に隠れるような疑念の気持は持たないと告げるのが大切です。
 この心の機微を示す「鴨頭草」と「月草」の表現を、同じ表記の「月草」の言葉で括ってしまっては万葉集での相聞歌の感情がなくなります。男女の相聞歌として並べられる二つの歌で、訓読み万葉集では同じ訓読みをするのに、なぜ、特徴だって鴨頭草と月草との異なる表記の使い分けがあるのかと疑問を持つと、ここでのような個々の言葉の語源まで探って、心の機微を想像すると云う万葉集を楽しむ大人のゲームとすることが出来ます。
参 考に万葉集の歌が漢語と万葉仮名と云う漢字とで表現された歌との認識を持ちますと、原歌の「宮庭有跡 鴨頭草之」の表現の鑑賞では、露草の言葉を調べるときに「鴨跖草」の単語から見つけられる奈良時代の露草は漢方薬や染料として中国から輸入された栽培植物であることを思い出して下さい。そうすると、原歌の「宮庭有跡」の表現が絶妙であることに気付くはずです。きっと、歌を詠った女性は日常の庭の情景を見たままに詠ったのでしょうが、私たちは、奈良時代の宮廷の庭が想像できて楽しくなります。

 紹介しましたこの鴨頭草と月草の例は同訓異字語ですが、逆に同字違訓語の例が巻十二にあります。それが次の二首相聞の組歌です。歌の背景をこれから筑紫へと旅立つ男が妻問いした翌朝の男女の会話と想像して、男女の愉快ですが甘い相聞を堪能して下さい。二首目の十月を神無月と読まないのがミソです。古く、十月を時雨月(しぐれつき)とも別称していましたから、逆に洒落て十月雨と記して「しぐれあめ」と読ました可能性があります。一方、標準の訓読み万葉集では二首ともに「十月」を神無月と訓むために、西本願寺本万葉集の歌の記述を「十月雨 〃間毛不置」から「十月 雨間毛不置」へと変えてしまいました。当然、訓読み万葉集と西本願寺本万葉集では歌の感情が違います。およそ、「徃褐」と同じですが「十月雨(しぐれあめ)」と云う言葉は鎌倉時代の歌人にとって「神無月(かむなつき)」の言葉に対して「調べに雅」がないのでしょう。そのため、訓読み万葉集では歌意より調べを優先して「十月 雨間毛不置」と校訂したと思われます。ただ、それでは男女で交わす言葉遊びの相聞歌の面白みが無くなります。

巻十二 集歌三二一三と集歌三二一四の相聞歌
集歌三二一三
原歌 十月 鍾礼乃雨丹 沾乍哉 君之行疑 宿可借疑 (女)
訓読 十月(かむなつき)時雨(しぐれ)の雨に濡れつつや君し行かむか宿(やど)か借(か)らむか
私訳 神無月の時雨の雨に濡れながら愛しい貴方は、ここから帰って行くのでしょうか。途中で雨宿りの宿を借りることがあるのでしょうか。

集歌三二一四
原歌 十月雨 〃間毛不置 零尓西者 誰里之間 宿可借益 (男)
訓読 十月(しぐれ)雨(あめ)雨(あま)間(ま)も置かず降りにしは誰(たれ)里し間(ま)宿(やど)か借らまし
私訳 突然の神無月の時雨の雨があちらこちらで間も置かずに降ったならば、だれの郷の所(他の女性の家の意味)で雨宿りの宿を借りましょうか。

 言葉遊びの例とするとき、先の集歌三二一三と集歌三二一四の二首相聞歌については、校訂をした側からしますと本編の主張に疑義があるでしょう。如何にも恣意的な鑑賞で、万葉集中に「十月」と記して「しぐれ」と訓じる例は他にあるのか問われるとありません。また、万葉集では九月を時雨の季節感とするものが多数で、十月を時雨の時期とするものは少数です。しかしながら、本編では漢字文字表記を尊重し、原歌を改変しないことを原則とします。そのルールからしますと、平安時代初期にはすでに時雨を初冬十月のものとする季節感 時雨月と云う言葉からしますと、本編の鑑賞もまた少しの可能性はあると考えます。言葉遊びの中での可能性です。
 他方、次に示す歌は同じく巻一二に載る二首相聞の組み歌ですが、その解釈において標準的なものと本編とでは違いはありません。非常に判り易い歌です。ただ、この組歌二首も軽い言葉遊びが歌にあります。

集歌三二一九
原歌 豊國乃 聞之長濱 去晩 日之昏去者 妹食序念
訓読 豊国(とよくに)の企救(きく)し長浜行き暮(くら)し日し暮(く)れゆけば妹をしぞ思ふ
私訳 豊国の名高い企救にある長浜へ行き日々を過ごし、そんな日が暮れ行くと愛しい貴女のことばかりが思い出されます。

集歌三二二〇
原歌 豊國能 聞乃高濱 高々二 君待夜等者 左夜深来
訓読 豊国(とよくに)の企救(きく)の高浜高々(たかだか)に君待つ夜らはさ夜更けにけり
私訳 豊国の名高い企救にある高浜、その名のように背を伸ばし遥か彼方を望みながら愛しい貴方の帰りを待つ夜は、次第に更けて行きました。

 集歌三二一九の歌では「長く貴女と離れて暮らしている」と云うことを暗示させるために「長浜」と企救の浜を称しています。一方、湊で背伸びをして遥か彼方の貴方が乗って帰ってくるその船の姿を見たいという感情から「高浜」と称しています。歌は難波と筑紫を結ぶ瀬戸内海航路の九州側の湊 企救の浜をテーマとしていますが、別れが長くなったことと背伸びをするかのように貴方の帰り船を見守っていることとを巧みに表現しています。また、「去晩 日之昏去者」に対して「君待夜等者 左夜深来」と漢字文字として応答をしています。これもある種の言葉遊びです。
 このような言葉遊びの歌は、翻訳し漢字交じり平仮名歌である訓読み万葉集にしてしまうと、本来の原歌が持つ面白みを感じられないかもしれません。そのため、本編では煩雑のようですが原歌、その訓読み歌、さらに私訳を組みとして紹介します。このようにすることで、原歌からの楽しみと、鑑賞への容易なアプローチを担保できると考えています。

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