竹取翁と万葉集のお勉強

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笠朝臣麿  綿を詠ふ謌

2011年01月27日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
笠朝臣麿
 笠朝臣麿は、官僚としては現在の岐阜県から北部愛知県を中心とする一帯を行政した人物ですので、そちらの歌を詠っても良いようですが、万葉集に載る歌は大宰府での大伴旅人との交遊での歌七首が残るばかりです。経歴からすると、万葉集に残る歌に非常に偏りがあるような雰囲気です。

綿を詠ふ謌
 この歌は、取りようによっては非常な頓知があります。ここでは集歌328の歌から集歌337の歌までを一連の歌群として捉えて、大宰少弐に就任した小野老を歓迎する神亀五年初夏頃の宴会での歌としています。
 歌の雰囲気は、沙弥満誓が大伴旅人の集歌335の歌の「夢のわた」の言葉尻を捉えた上に、それに漢語の組み合わせで「身箸而」を「身は端」と「身に着ける」との両方の意味で、技巧を凝らして集歌336の歌を詠っています。その沙弥満誓が詠う頓知に対抗したのが、山上憶良が詠う有名な「宴を罷るの謌」です。その「宴を罷るの謌」は、今でも若い女を抱けるのか、どうか不安な、もうそろそろ七十歳になろうかとする病苦に苦しむ憶良が、「家で子が泣きながら待ち、その若い妻が待っている」と詠えば、大笑いの内に宴会はお開きになるのではないでしょうか。
 実に楽しく、笑いと諧謔のある風流の宴です。

沙弥満誓詠綿謌一首  造筑紫觀音寺別當俗姓笠朝臣麿也
標訓 沙弥満誓の綿を詠ふ謌一首  造筑紫觀音寺の別当、俗姓は笠朝臣麿(かさのあそみまろ)なり。

集歌336 白縫 筑紫乃綿者 身箸而 未者妓袮杼 暖所見
訓読 しらぬひ筑紫の綿(わた)は身に付けていまだは着ねど暖(あたた)かに見ゆ

私訳 不知火の地名を持つ筑紫の名産の白く縫った「夢のわだ」のような言葉の筑紫の綿(わた)の衣は、僧侶になったばかりで仏法の修行の段階は端の、箸のように痩せた私は未だに身に着けていませんが、女性のように暖かく見えます。



参考歌 大宰少弐に就任した小野老を歓迎する宴として、一連に捉えた。

太宰少貳小野老朝臣謌一首
標訓 太宰少貳の小野老朝臣の謌一首
集歌328 青丹吉 寧樂乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有
訓読 青丹(あをに)よし寧樂(なら)の京師(みやこ)は咲く花の薫(にほふ)がごとく今盛りなり

私訳 青葉が輝くように美しい奈良の都は咲く花が輝くばかりに今が盛時です。


防人司佑大伴四綱謌二首
標訓 防人司佑大伴四綱の謌二首
集歌329 安見知之 吾王乃 敷座在 國中者 京師所念
訓読 やすみしし吾(あ)が王(おほきみ)の敷きませる国の中(うち)には京師(みやこ)し念(おも)ほゆ

私訳 すべからく承知される我々の王が統治される国の中心にある京(みやこ)を偲ばれます。


集歌330 藤浪之 花者盛尓 成来 平城京乎 御念八君
訓読 葛浪(ふぢなみ)の花は盛りになりにけり平城(なら)の京(みやこ)を念(おも)ほすや君
表訳 今は藤の花が盛りの季節です。そんな京(みやこ)を想うでしょう。貴方達は。

私訳 今は藤原の花が盛りの季節です。そのような藤原が盛りな京(みやこ)を相応しいと想うでしょうか。貴方達は。


帥大伴卿謌五首
標訓 帥大伴卿の謌五首
集歌331 吾盛 復将變八方 殆 寧樂京乎 不見歟将成
訓読 吾が盛りまた変若(をち)めやもほとほとに寧樂(なら)の京(みやこ)を見ずかなりなむ

私訳 私の人生の盛りが再び帰り咲くことがあるでしょうか。ほとんどもう奈良の都を見ることはないでしょう。


集歌332 吾命毛 常有奴可 昔見之 象小河乎 行見為
訓読 吾が命も常にあらぬか昔見し象(ころ)の小河を行きて見むため

私訳 私の寿命も長くあるだろうか。昔、御幸に同行して見た吉野の阿知賀の小路の小川をまた行って見たいために。


集歌333 淺茅原 曲曲二 物念者 故郷之 所念可聞
訓読 浅茅(あさぢ)原(はら)つばらつばらにもの思(も)へば古(ふ)りにし里し念(おも)ほゆるかも

私訳 倭の三輪の浅茅の原をつくづくと過去を振り返って物思いをすると、故郷の明日香の里を想い出します。


集歌334 萱草 吾紐二付 香具山乃 故去之里乎 不忘之為
訓読 萱草(わすれくさ)吾が紐に付く香具山の古(ふ)りにし里を忘れむがため

私訳 中国の故事に、萱草(カンゾフ)の咲く花の美しさのために世の憂さを忘れると云う、その萱草(わすれくさ)を私は紐に付ける。世の憂さの無かった善き香具山の懐かしい故郷を忘れないために。


集歌335 吾行者 久者不有 夢乃和太 湍者不成而 淵有毛
訓読 吾が行きは久にはあらじ射目(いめ)のわた湍(はや)はならずて淵(ふち)にありこそ

私訳 私のこの世の寿命は長くはないであろう。射目を立てる吉野の阿知賀にある川の曲りは急流に変わることなく穏やかな流れの淵であってほしいものです。


沙弥満誓詠綿謌一首  造筑紫觀音寺別當俗姓笠朝臣麿也
標訓 沙弥満誓の綿を詠ふ謌一首  造筑紫觀音寺の別当、俗姓は笠朝臣麿(かさのあそみまろ)なり。
集歌336 白縫 筑紫乃綿者 身箸而 未者妓袮杼 暖所見
訓読 しらぬひ筑紫の綿(わた)は身に付けていまだは着ねど暖(あたた)かに見ゆ

私訳 不知火の地名を持つ筑紫の名産の白く縫った「射目(いめ)のわた」のような言葉の筑紫の綿(わた)の衣は、僧侶になったばかりで仏法の修行の段階は端の、箸のように痩せた私は未だに身に着けていませんが、女性のように暖かく見えます。


山上憶良臣罷宴謌一首
標訓 山上憶良臣の宴(うたげ)を罷(まか)るの謌一首
集歌337 憶良等者 今者将罷 子将哭 其彼母毛 吾乎将待曽
訓読 憶良らは今は罷(まか)らむ子哭(な)くらむそのかの母も吾を待つらむぞ

私訳 私たち憶良等は、今はもう御暇しましょう。子が私を待って恨めしげに泣いているでしょう。その子の母も私を待っているでしょうから。


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