竹取翁と万葉集のお勉強

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柿本朝臣人麻呂の歌並びに人麻呂歌集の歌 12

2013年03月03日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
柿本朝臣人麻呂の歌並びに人麻呂歌集の歌

献忍壁皇子謌一首  詠仙人形
標訓 忍壁皇子に献(たてまつ)れる歌一首  仙人(やまひと)の形(かた)を詠めり
集歌1682 常之陪尓 夏冬往哉 裘 扇不放 山住人
訓読 とこしへに夏冬行けや 裘(かはころも)扇放たぬ山し住む人
私訳 永遠に夏と冬がやって来るためか、皮の衣も扇も手放さない山に住む人よ。

献舎人皇子謌二首
標訓 舎人皇子に献(たてまつ)れる歌二首
集歌1683 妹手 取而引与治 球手折 吾刺可 花開鴨
訓読 妹し手し取りに引き攀(よ)ぢふさ手折りわが插頭(かざ)すべく花咲けるかも
私訳 あの子の手を取って引き寄せるように捩って花の房を手折ろう。私が髪飾りに刺せば花が美しく咲くだろう。(私が少女を抱いて女にすれば、美しい乙女になるだろう。)

集歌1684 春山者 散過去鞆 三和山者 未含 君待勝尓
訓読 春山は散り過ぎぬとも三輪山はいまだ含めり君待ちかてに
私訳 今は春の山の花は散っていますが、三輪山の花は未だ蕾のままです。貴方をお待ちして。(三輪山の傍に住む少女は、貴方に抱かれるのを待つように、未だ、少女のままです。)

泉河邊間人宿祢作謌二首
標訓 泉川の辺(ほとり)にして間人宿禰の作れる歌二首
集歌1685 河瀬 激乎見者 玉藻鴨 散乱而在 川常鴨
訓読 川し瀬し激(たぎち)を見れば玉藻かも散り乱(まが)ひたる川し常かも
私訳 川の浅瀬の激しい流れを見ると美しい川藻でしょうか。それとも、玉のような水しずくのような川面はいつもの川の表情でしょうか。

集歌1686 孫星 頭刺玉之 嬬戀 乱祁良志 此川瀬尓
訓読 彦星し插頭(かざし)し玉し嬬恋し乱れにけらしこの川し瀬に
私訳 天の川を渡る彦星が髪に挿した美しい玉が、恋しい恋の想いに心が乱れてこぼれたのでしょう。この川の浅瀬の流れに。

鷺坂作謌一首
標訓 鷺坂にして作れる歌一首
集歌1687 白鳥 鷺坂山 松影 宿而往奈 夜毛深往乎
訓読 白鳥(しらとり)し鷺坂山し松蔭し宿りに行かな夜も深け行くを
私訳 白い鳥の鷺の、その鷺坂山の松の木陰に野宿して行きましょう。夜が更けていくので。

名木河作謌二首
標訓 名木川にして作れる歌二首
集歌1688 炙干 人母在八方 沾衣乎 家者夜良奈 羈印
訓読 炙(あぶ)り干す人もあれやも濡衣を家は寄らな旅し印し
私訳 濡れた衣を焚火に炙って干す人もいるでしょうが、この濡れた衣(それを着た私)を貴女の家へ寄せて行きましょう。苦しい旅の証として。

集歌1689 在衣邊 着而榜尼 杏人 濱過者 戀布在奈利
訓読 在(あ)る衣辺(いへ)し着つに漕がさね杏人(ありひと)し浜し過ぎれば恋しく在(あ)りなり
私訳 貴女が居る家、そのような言葉のひびき。在り合わせの衣を纏って船を漕ぎなさい、杏人よ。その言葉のひびきではないが、その「有り人」の浜を漕ぎ行くと、以前に逢った貴女が恋しくなります。

高島作謌二首
標訓 高島にして作れる歌二首
集歌1690 高嶋之 阿渡川波者 驟鞆 吾者家思 宿加奈之弥
訓読 高島し阿渡(あと)川波(かわなみ)は騒くともわれは家(いへ)思(も)ふ宿(たび)し悲しみ
私訳 高島の阿渡川の川浪が音高く騒いでいても、それでもしみじみ、私は家を思い出します。旅の辛さに。

集歌1691 客在者 三更刺而 照月 高嶋山 隠惜毛
訓読 旅なれば夜中(やなか)し指しに照る月し高島山し隠らく惜しも
私訳 旅なので大和では夜通し照る月が、ここでは夜半に高島山に隠れて行くのが惜しいことです。

紀伊國作謌二首
標訓 紀伊国にして作れる歌二首
集歌1692 吾戀 妹相佐受 玉浦丹 衣片敷 一鴨将寐
訓読 吾(わ)が恋ふる妹し逢はさず玉し浦に衣(ころも)片(かた)敷(し)き独りかも寝(ね)む
私訳 私が恋しい貴女は逢ってくださらず、美しい玉の浦で私の衣だけの片身で、鴨は二匹で仲良く寝ますが、今夜は私は独りで寝るのでしょう。

集歌1693 玉匣 開巻惜 吝夜牟 袖可礼而 一鴨将寐
訓読 玉櫛笥(たまくしげ)開けまく惜(を)しき吝(お)しむ夜を袖(そで)し離(か)れしに独りかも寝(ね)む
私訳 美しい櫛を納める箱を開けて見せるのを慈しむように私に貴女が衣を開けるのを、貴女と逢える機会を吝しむこの夜を共寝の袖を交わすことをしないで、独りで今夜は寝るのでしょう。

鷺坂作謌一首
標訓 鷺坂にして作れる歌一首
集歌1694 細比礼乃 鷺坂山 白管自 吾尓尼保波弖 妹尓示
訓読 細領巾(たくひれ)の鷺坂山し白(しろ)躑躅(つつじ)吾に色付(にほ)はて妹に示さむ
私訳 美しい白領巾のような鷺坂山の白い躑躅。私の衣に色を染めて行きましょう。恋人に見せたいから。

泉河作謌一首
標訓 泉川にして作れる歌一首
集歌1695 妹門 入出見川乃 床奈馬尓 三雪遺 未冬鴨
訓読 妹し門入り出見川の常滑(とこなめ)にみ雪残れりいまだ冬かも
私訳 貴女が家の門を入り出りするのを見る。その言葉のひびきのような、出見川(=泉川)の滑らかな川の岩に雪が残っている。暦と違って、未だ、冬なのでしょう。

名木河作謌三首
標訓 名木川にして作れる歌三首
集歌1696 衣手乃 名木之川邊乎 春雨 吾立沾等 家念良武可
訓読 衣手の名木し川辺を春雨し吾立ち濡ると家(いへ)思(も)ふらむか
私訳 旅で萎えた衣の袖のように心も萎える名木の川辺で冷たい春雨に私が濡れると、貴女の住む家を想うでしょう。

集歌1697 家人 使在之 春雨乃 与久列杼吾乎 沾念者
訓読 家人し使にあるらし春雨の避くれど吾を濡らすと思(も)へば
私訳 雪や雨は天からの使いと云います。私の家の人である貴女からの使いなのでしょう。冷たい春の雨を避けようと思うけれど、それでもこのように春雨が私の衣を濡らすと思うと。

集歌1698 炙干 人母在八方 家人 春雨須良乎 間使尓為
訓読 炙(あぶ)り干す人もあれやも家人し春雨すらを間使にする
私訳 濡れた衣を焚火に炙って干す人もいますが、私の家の人である貴女は、私の濡れた衣を干すようにと貴女の家へと誘うかのように、春雨さえも便りの使いとする。

宇治川作謌二首
標訓 宇治川にして作れる歌二首
集歌1699 巨椋乃 入江響奈理 射目人乃 伏見何田井尓 雁渡良之
訓読 巨椋(おほぐら)の入江響(とよ)むなり射目(いめ)人(ひと)の伏見が田井に雁渡るらし
私訳 巨椋の入江に鳴き声が響く。射目に身を隠す人が伏す、その伏見の田井に雁が飛び渡るようだ。

集歌1700 金風 山吹瀬乃 響苗 天雲翔 雁相鴨
訓読 秋風し山吹し瀬の響るなへに天雲翔ける雁し逢ふかも
私訳 秋風が山から吹く、その言葉のひびきではないが、山吹が生える宇治川の瀬の川音が響き渡ると、天雲を飛び翔ける雁が見えるでしょう。

献弓削皇子謌三首
標訓 弓削皇子に献(たてまつ)れる歌三首
集歌1701 佐宵中等 夜者深去良斯 雁音 所聞空 月渡見
訓読 さ夜中と夜は深けぬらし雁し音し聞ゆる空し月渡る見ゆ
私訳 真夜中へと夜は深けたようだ。雁の鳴き声が聞こえる空に月が渡り往くのが見える。

集歌1702 妹當 茂苅音 夕霧 来鳴而過去 及乏
訓読 妹しあたり茂き雁し音(ね)夕霧し来鳴きに過ぎぬすべなきまでに
私訳 恋人が住むあたりにたくさんの雁の鳴き声。その雁が夕霧の中に飛び来て鳴いて行く。その様を思うと吾を忘れるほどに。

集歌1703 雲隠 雁鳴時 秋山 黄葉片待 時者雖過
訓読 雲隠り雁鳴く時し秋山し黄葉(もみち)片待つ時は過ぐれど
私訳 雁が雲間を飛び鳴き行く時期は、秋山の黄葉の季節を待つような初秋の時ですが、今はその季節を過ぎています。

献舎人皇子謌二首
標訓 舎人皇子に献(たてまつ)れる歌二首
集歌1704 球手折 多武山霧 茂鴨 細川瀬 波驟祁留
訓読 ふさ手折(たを)り多武(たむ)し山霧しげみかも細川(ほそかは)し瀬し波し騒ける
私訳 さあ、乙女と云う花の房を手折ろう。多武山を山霧が覆っているのだろうか、細川の瀬の川波の音が騒がしいことよ。(これから花を手折りに行く想いに、心も騒がしいことよ)

集歌1705 冬木成 春部戀而 殖木 寶成時 片待吾等叙
訓読 冬ごもり春べを恋ひに殖ゑし木し実しなる時し片待つ吾ぞ
私訳 冬に木が芽を付けるように、春の訪れを恋しく想うから植えた木のその花が咲き、実が育つ時を心待ちにする私達です。

舎人皇子御謌一首
標訓 舎人皇子の御歌一首
集歌1706 黒玉 夜霧立 衣手 高屋於 霏微麻天尓
訓読 ぬばたまし夜霧し立ちぬ衣手し高屋(たかや)し上(うへ)に棚引くまでに
私訳 漆黒の闇に夜霧が立ち渡り、布を裁ち縫う衣手の、その袖で高く指す高屋の上まで棚引くほどに。

鷺坂作謌一首
標訓 鷺坂にして作れる歌一首
集歌1707 山代 久世乃鷺坂 自神代 春者張乍 秋者散来
訓読 山城し久世の鷺坂神代より春ははりつつ秋は散りけり
私訳 山城の久世の鷺坂は、神代から春は花が咲き乱れ、秋は黄葉が散り往く。

泉河邊作謌一首
標訓 泉川の辺(ほとり)にして作れる歌一首
集歌1708 春草 馬乍山自 越来奈流 雁使者 宿過奈利
訓読 春草し馬咋(うまくひ)山ゆ越え来なる雁し使(つかひ)は宿(やどり)過ぐなり
私訳 春の草の、その草を馬が咋(は)む。その名のような咋山を越えて飛び来る雁、その雁書のことわざではないが、気になる人からの使者がここに宿って帰って行きました。

献弓削皇子謌一首
標訓 弓削皇子に献(たてまつ)れる歌一首
集歌1709 御食向 南渕山之 巌者 落波太列可 削遺有
訓読 御食(みけ)向ふ南淵山(みなふちやま)し巌(いはほ)には落(ふ)りしはだれか消え残りたる
私訳 昔、皇極天皇が雨乞いの四方拝の儀式をされた南淵山の巌が白く見えるのは、巌に降った雪がまだらに消え残っているからでしょうか。
右、柿本朝臣人麻呂之謌集所出
注訓 右は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ
注意 注訓の「右」は集歌1664の歌から集歌1709の歌までと考えています。一般には集歌1682の歌から集歌1709の歌までと考えます。

集歌1710 吾妹兒之 赤裳泥塗而 殖之田乎 苅将蔵 倉無之濱
訓読 吾妹児(わぎもこ)し赤(あか)裳(も)ひづちに殖ゑし田を刈りて蔵(おさ)めむ倉無し浜
私訳 私の愛しい娘が赤い裳裾を泥で汚して種を播いた田で穂を刈って納めましょう。もう難波大蔵が焼け失せてしまった、その倉無の浜で。

集歌1711 百傳之 八十之嶋廻乎 榜雖来 粟小嶋者 雖見不足可聞
訓読 百づたし八十(やそ)し島廻(しまみ)を漕ぎ来れど粟(あは)し小島は見れど飽かぬかも
私訳 百へと続く八十、その沢山の島の周りを漕ぎ来るが、粟の小島は何度見ても見飽きることはありません。
右二首、或云、柿本朝臣人麻呂作。
注訓 右の二首は、或は「柿本朝臣人麻呂の作なり」といへり。

登筑波山詠月一首
標訓 筑波山に登りて月を詠める一首
集歌1712 天原 雲無夕尓 烏玉乃 宵度月乃 入巻吝毛
訓読 天つ原雲なき夕(ゆふ)にぬばたまの夜渡る月の入らまく惜(を)しも
私訳 天の川原に雲が出ていない夕べに、漆黒の夜を渡って往く月が山の端に隠れていくのが残念です。

幸芳野離宮時謌二首
標訓 芳野の離宮(とつみや)に幸(いでま)しし時の謌二首
集歌1713 瀧上乃 三船山従 秋津邊 来鳴度者 誰喚兒鳥
訓読 滝し上(へ)の三船し山ゆ秋津辺(あきつへ)し来鳴き渡るは誰(たれ)呼子(よぶこ)鳥(どり)
私訳 激流の上流の先の三船の山の、その秋津の野辺に来鳴き渡って行くのは、誰を呼ぶのか、呼子鳥よ。

集歌1714 落多藝知 流水之 磐觸 与杼賣類与杼尓 月影所見
訓読 落ち激(たぎ)つ流るる水し磐(いは)し触(ふ)れ淀める淀に月し影見ゆ
私訳 流れ落ち渦巻き流れる水が磐に触れて流れを淀む、その淀に月の影が映るのが見える。
右三首、作者未詳。
注訓 右の三首は、作者いまだ詳(つばら)らかならず。

槐本謌一首
標訓 槐本(ゑにすもと)の歌一首
集歌1715 樂波之 平山風之 海吹者 釣為海人之 袂變所見
訓読 楽浪(ささなみ)し比良(ひら)山風し海(うみ)吹けば釣りする海人(あま)し袖返し見し
私訳 楽浪のある比良山から山風が淡海に吹くと、沖で釣りをする海人の袖が風に翻るのが見える。

山上謌一首
標訓 山上(やまのうへ)の歌一首
集歌1716 白那弥之 濱松之木乃 手酬草 幾世左右二箇 年薄經濫
訓読 白波し浜松し木の手(た)向(む)け草(くさ)幾世(いくよ)さへにか年し経ぬらむ
私訳 白波の寄せる浜の浜松の木に結ばれた手向けの幣よ。あれからどれほどの世代の年月が経ったのでしょうか。
右一首、或云、川嶋皇子御作謌。
注訓 右の一首は、或は云はく「川嶋皇子の御(かた)りて作(つく)れる歌なり」といへり。

春日謌一首
標訓 春日(かすが)の歌一首
集歌1717 三川之 淵瀬物不落 左提刺尓 衣手湖 干兒波無尓
訓読 三川(みつかは)し淵(ふち)瀬(せ)もおちず小網(さで)さすに衣手(ころもて)湖(ひづ)き干(ほ)す兒はなみに
私訳 三川で淵や瀬も残さずに小さな網を刺すと、袖は水が溜まるほどに濡れても、それを乾かす子供達は居ない。

高市謌一首
標訓 高市(たけち)の歌一首
集歌1718 足利思伐 榜行舟薄 高嶋之 足速之水門尓 極尓濫鴨
訓読 率(あとも)ひて榜(こ)ぎ行く舟は高島(たかしま)し阿渡(あと)し水門(みなと)に泊(は)てるらむかも
私訳 船人を率いて帆を操り行く舟は、高島の阿渡の湊に停泊するのでしょうか。

春日蔵謌一首
標訓 春日蔵(かすがのくら)の歌一首
集歌1719 照月遠 雲莫隠 嶋陰尓 吾船将極 留不知毛
訓読 照る月を雲な隠しそ島(しま)蔭(かげ)に吾(あ)が船(ふね)泊(は)てむ泊(とまり)知らずも
私訳 照る月を雲よ隠さないでくれ、島蔭に私が乗る船が榜ぎ行くが、停泊する処が判らなくなる。
右一首、或本云、小辨作也。或記姓氏無記名字、或称名号不称姓氏。然依古記便以次載。凡如此類、下皆放焉。
注訓 右の一首は、或る本に云はく「小辨(せうべん)の作なり」といへり。或は姓氏(うぢ)を記して名字(な)を記すことなく、或は名号(な)を称えて姓氏(うぢ)を称えず。然れども古記(こき)に依りて、便(すなは)ち次(ついで)を以ちて載す。凡てかくの如き類(たぐひ)は、下(しも)皆これに放(なら)へ。

元仁謌三首
標訓 元仁(ぐわんにん)の歌三首
集歌1720 馬屯而 打集越来 今日見鶴 芳野之川乎 何時将顧
訓読 馬(むま)並(な)めにうち群(む)れ越え来(き)今日(けふ)見つる吉野し川をいつかへり見む
私訳 馬を並べて集って道を越え来た、今日見るこの吉野の川を、次はいつ再び見るでしょうか。

集歌1721 辛苦 晩去日鴨 吉野川 清河原乎 雖見不飽君
訓読 苦しくも暮れゆく日かも吉野川清き川原を見れど飽かなくに
私訳 残念ですが暮れ行く夕日なのでしょう。吉野川の清らかな川原を見ると見飽きることはないのですが。

集歌1722 吉野川 河浪高見 多寸能浦乎 不視歟成嘗 戀布莫國
訓読 吉野川川浪(かはなみ)高(たか)み激(たぎ)の浦を見ずかなりなむ恋しけなくに
私訳 吉野川の川の浪は高く、激流の中の淀みを見ることもないのでしょう。後で残念に思わないと良いのですが。

絹謌一首
標訓 絹(きぬ)の歌一首
集歌1723 河蝦鳴 六田乃河之 川楊乃 根毛居侶雖見 不飽君鴨
訓読 かわづ鳴く六田(むた)の川し川(かは)楊(やなぎ)のねもころ見れど飽(あ)かぬ君かも
私訳 カジカ蛙が鳴く六田の川の川楊を心行くまで眺めるように、心行くまで思い浮かべても飽きることがない貴方です。

嶋足謌一首
標訓 嶋足(しまたり)の歌一首
集歌1724 欲見 来之久毛知久 吉野川 音清左 見二友敷
訓読 見まく欲(ほ)り来(こ)しくも著(しる)く吉野川音(おと)し清(さや)けさ見るに乏(とも)しく
私訳 見たいと思ってやって来た甲斐があり、吉野川の流れの音の清かさを聞き見ると、心が奪われてしまう。

麻呂謌一首
標訓 麻呂(まろ)の歌一首
集歌1725 古之 賢人之 遊兼 吉野川原 雖見不飽鴨
訓読 古(いにしへ)し賢(か)しこき人し遊びけむ吉野し川原見れど飽かぬかも
私訳 昔の高貴な御方がおいでになった吉野の川原は、美しく眺めていても見飽きることがありません。
右、柿本朝臣人麻呂之謌集出。
注訓 右は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。
注意 注訓の「右」を集歌1712の歌から集歌1725の歌までと考えています。一般には集歌1725の歌だけを示すと考えます。

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