竹取翁と万葉集のお勉強

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笠朝臣子君  集歌4227の謌

2011年02月03日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
笠朝臣子君
 集歌4228の歌の左注から想像して、笠子君は藤原房前の近習のような立場の人であったようです。何らかの事件があり、その状況を藤原房前は三形沙弥に命じて歌にさせています。その奉呈された歌を藤原房前の側で聞いていたのが、笠子君です。
 歌は非常に激しい感情です。何らかの事件で、その激しい感情を歌にしろと命じた近衛大将である藤原房前がここにいます。
御存じのように、神亀年間当時の奈良の京での軍事大権は直接には近衛大将である藤原房前にありますが、長屋王の変では奈良の京で首王(後の聖武天皇)を担いで軍を指揮したのは、その藤原房前ではなく、知造難波宮事の官職にあり奈良の京ではなく難波宮に居なければいけない藤原宇合です。普通は、このような赴任地が違い、そして、職務外行為に基づく武力行使をクーデターと云います。歌は、この時、監禁された近衛大将である藤原房前の怒りと解釈しています。
 戦前ではこのように解説することは重大な不敬罪にあたり、死罪となりますが、このような歴史的事実から、この集歌4227の歌が詠われた日を神亀六年(729)二月十二日とします。歌は笠子君から笠麿(沙弥満誓)に伝えられ、それがさらに山上憶良から大伴旅人に伝えられたと考えています。
 これもブログ「日本挽歌を鑑賞する」を参考にしていただければ幸いです。

集歌4227 大殿之 此廻之 雪莫踏祢 數毛 不零雪曽 山耳尓 零之雪曽 由米縁勿 人哉莫履祢 雪者
訓読 大殿の この廻(もとは)りの 雪な踏みそね しばしばも 降らぬ雪ぞ 山のみに 降りし雪ぞ ゆめ寄るな 人やな踏みそね 雪は
私訳 大殿のこのまわりの雪を踏むな。しばしばは降らない貴重な雪だ。仰ぎ見る山にしか降らない雪だ。けっして、近寄るな。人よ、踏むな。雪を。


反謌一首
集歌4228 有都々毛 御見多麻波牟曽 大殿乃 此母等保里能 雪奈布美曽祢
訓読 ありつつも見(め)したまはむぞ大殿のこの廻(もとは)りの雪な踏みそね

私訳 (元正上皇は)いつまでも御覧になるであろう。この大殿のまわりの雪を踏むな。

右二首謌者、三形沙弥、承贈左大臣藤原北卿之語、作誦之也。聞之傳者、笠朝臣子君。復後傳讀者、越中國掾久米朝臣廣縄是也
注訓 右の二首の歌は、三形沙弥の、贈左大臣藤原北卿の語(ことば)を承(う)け、作りて誦(よ)めり。聞きて伝ふるは笠朝臣子君。また後に伝へ読むは、越中國の掾久米朝臣廣縄、これなり。


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