竹取翁と万葉集のお勉強

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明日香新益京物語 壬申の乱 息長横河の戦い

2014年02月23日 | 実験 小説で万葉時代を説明する 
壬申の乱 息長横河の戦い

 目を、東山道の戦線に戻す。
 五日朝、巨勢比等は犬上川の陣地を出て北へ向かった。前軍将軍巨勢比等が率いる軍団は、最初の要所である佐和山の東麓を、高市皇子からの攻撃を受けることなく通過した。その後を中軍将軍蘇我果安の兵が続く。その日、先鋒の巨勢比等は中軍を率いる蘇我果安と連携し、浅井まで進出した。この日一日、結局、近江軍はなんらかの攻撃を受けることなく、無傷のまま、予定地である浅井の息長邑に陣を張った。
「おい、果安。高市皇子が東山道の将軍と聞いていたが、皇子は戦が下手じゃのう。今日、佐和山の麓で襲撃されると思ったが、なにもなかった」
「おお、比等。吾もそう思って、兵に弓を引かせていたが、なにもなかったのう。吾等の兵の数に恐れをなしたのかのう」
「どうせ、皇子の兵は田作りの農夫じゃ。楯の陰に隠れて震えておるのが、せいぜいじゃろう。雨のような矢数を飛ばし、大声で脅せば、逃げ出して終わりじゃろうて」
「そうじゃ。おい、比等。主だけが名を上げると、吾は名折れじゃ。前軍を代われ」
「馬鹿云うな、前軍はこの巨勢臣比等に決まっておる。代われるもんか」
 予定された行軍が、拍子抜けするほどに順調に進み、巨勢比等と蘇我果安とは軽口を叩くほど余裕があった。将軍がそうであるように、近江軍の兵たちは先行きに自信と安堵があった。
「果安。明日の夜半、われらの兵はここを出撃する。夜明けに横河で高市皇子の陣地を抜き、一気に不破関を奪う。七日の夜は不破じゃ」
「そうか、比等。横河の陣地を抜いたら、山部王に、この浅井の息長邑で後詰を願う。その後、吾等の兵が前軍と入れ替わり、八日の朝、美濃に進撃する。連日、新たな兵で襲いかかれば、高市皇子の兵は消える。それでこの戦は終わりじゃ。あとは、ゆるゆると、尾張国司守小子部の兵と吾等の兵で大海人皇子を挟む」
「そうよのう、果安。大海人皇子の命も、あと四日か、五日であろうかのう」
「ここが片付けば、次は新羅じゃ」
「そうじゃ、次は新羅じゃ」

 六日夜半、おびただしい松明の明かりを頼りに前軍将軍巨勢臣比等の兵が、部隊長の境部連薬を先頭に浅井の息長邑から出撃した。高市皇子の兵を威嚇するために、必要以上に松明を燃やし、行軍の雄叫びを上げる。息長邑から醒井邑を抜け柏原と進む。偵察の報告通り高市皇子の兵の姿はない。順調に巨勢比等の兵は進んだ。
 朝が開けようとする時刻、長久寺の丘を望む地点まで進出した。突撃の部隊を率いる境部連薬は兵を横に広げ、行く手の長久寺の丘に陣取る高市皇子への攻撃体制を取り、前線に弓部隊を進めた。そして、その中央後方に百済貴族で構成する騎馬隊を待機させた。騎馬隊は、弓部隊が雨嵐の如く矢を敵陣に注ぎ、敵がひるんだ瞬間、敵の中央を粉砕・突破する。そして、高市皇子軍でも太刀持ちの勇者の密度が厚い東山道の街道筋を、騎馬隊が突き抜ければ、寄せ集めの兵で構成された高市皇子の陣は一気に崩れる。それが作戦の主眼である。
 突撃の隊長、境部連薬はどなりあげる、
「最初の一撃ぞ、一撃で崩せ。敵は不抜けの田吾作じゃ。判ったか、者ども」
「一撃じゃ。一撃で高市皇子の本陣まで突き抜けるぞ」

 一方、その前日の六日朝、高市皇子の陣屋で高市皇子と村国連男依に書首根麻呂とが戦況を整理していた。
 参謀である書首根麻呂が状況と今後の見通しを披露する、
「探りの連絡では、近江の軍勢は明日の朝、ここに来る。今頃、今夜と明日の朝の飯を用意し、早々に休息を取っているであろう。近江軍は今夜半に息長邑を出発し、この柏原の野には夜明け前に着く。ただし、道は二手じゃ。長岡か、醒井か、どちらかは判らん。近いのは醒井じゃが、決めることは出来ん」
「敵の兵は、前軍の巨勢比等の兵に中軍の蘇我果安の兵の過半が加われば、最大一万五千。対する吾らは数か所の押さえに兵を割き、ここにおるのは一万」
「ただし、野である柏原で正面切って戦わねば、長久寺は狭い。兵の数より、辛抱の強さが勝負じゃ。ただ、中央の東山道を突き抜けられたら、農夫が主体の吾らの軍は崩れる」
「戦は矢交わしの後、以前に不破を襲った、あの百済の騎馬兵の突進が東山道の街道筋に来る。ここが勝負じゃ」
 軍を直接、指揮する村国男依が聞く、
「おい、根麻呂。敵は息長邑を今夜半に出軍するなら、道中、夜襲はどうじゃ」
「男依、夜襲は慣れた勇者たちでなければ出来ん。もし、敵が夜襲を警戒し、吾らが夜襲を掛けた瞬間、先駆けの兵が前進を止め、夜襲を前後で包んだら夜襲の勇者たちは、皆、死ぬ」
「その後、吾らには戦に不慣れな農夫主体の兵だけが残る。それではもう戦は出来ん」
 その解説を聞いて高市皇子が決めた、
「そうか、よう分かった。吾らは東山道を挟む左右の長久寺の丘に兵を集める。夜襲はせん」
「長久寺で決戦をする。男依と根麻呂は、この決まりで策を立てよ」
 方策が決まった。北の丘に胆香瓦臣安倍が兵三千、南の丘に和珥部臣君手が同じく兵三千、正面東山道の街道筋に村国男依が兵三千を率いる。その男依の後方に出雲臣狛が騎兵五百を率いて待機する。あとどれほどの兵かは不明だが、坂田公雷が率いる騎馬の北近江の豪族たちが須川の北方に待機する。参謀の書根麻呂は、味方する北近江の豪族たちの数を約二百騎と計算する。決定打にはならなくても近江兵の千は、その押さえに取られる。それだけでも価値はあると踏んだ。

 作戦の談合のあと、高市皇子は男依に命じて戦に参集する農夫たちを束ねている祝部どもを集めた。やがて、伊勢、美濃、北近江から参戦してきている祝部どもが集まって来た。彼らはそれぞれの里から勇者を募って、この高市皇子の軍団に加わっている。
 高市皇子がどなり、叱咤した。
「やい、皆ども、昨年、神祀りの鉄鍬で、なんぼ、田を興した。で、今年はどうじゃ」
 祝部どもが、ざわめく、十町と云う者もいれば、五町と云う者もいる。
「聞け。明日、近江と山科から百済人の兵が来る。己ら、戦に負けたら、己らの田畑は無くなると思え。負ければ百済人が取り上げる」
「そして、己らは新羅征伐の兵卒として韓国に送られ、女どもは百済兵の物じゃ」
 祝部どもが騒ぎ出した。この戦は皇子の物と思っていたが、これは吾ら自身の物と気が付いた。確かに、負ければ土地は取り上げられる。また、尾張の農夫がそうであったように、近江朝廷の兵卒として新羅に送られるであろう。
「ふざけたことを云うな、吾らの里は血の出る苦労で田畑を開いた。それを百済人が取り上げるだと。そんな奴らは、吾が叩き殺す。里の女子供を飢えさすわけにはいかん。それに今年の新たな実りを頼りに、多くの女どもが孕んでおるわい。吾らの田を守らんことには、どうにもならん」
「そうじゃ、吾の里も同じじゃ、去年が三十、今年は五十近くの子が生まれる。それが田を取られるじゃと、ふざけるな。吾はどの面下げて、里に帰れる」
「そうじゃ、そうじゃ」
 村国男依が高市皇子の後を引き取る。
「やい、負ければ田畑は無い。田畑が無くなり生きて行けぬのなら、明日、死ぬ気で百済人を押し返せ。また、矢交わしで矢に射られぬように矢盾を作れ、柵も作れ、判ったか」
「陣に戻ったら、己らの里人に云へ。明日、負ければ田畑は無い。良いか、励め」
 高市皇子の陣の空気は一変した。祝部を中心に己の里を守ると云う気概で、それぞれの陣を補強していく。里を襲う強盗から逃げるわけにはいかないように、同じ気概でこの戦いから逃げないことを前提に、陣を固める。

 その時が来た。
 近江軍の突撃隊長、境部連薬の弓部隊は、鼓の合図を下に、小者と弓手が組になり木楯を立て高市皇子の陣にそろそろと近づく。やがて、矢頃になった頃合い、木楯の横から弓手が矢を射始めた。それを合図とするかのように両軍の矢の交換が始まった。
 ハの字のような長久寺の地形を利用して高市皇子の兵は、狭間を通る東山道の街道筋を中心に展開する境部薬の兵を目掛けて丘の上から矢を射降ろす。対する近江朝廷軍の弓部隊は街道筋を防御する村国男依の兵を獲物として攻撃する。
 しばらくして、双方の弓手の疲れが見え始めたと思った、そのとたん、百済貴族でなる騎馬隊が弓部隊を率いる境部薬の後方から姿を現し、突進を開始した。弓手の疲れが弓勢を衰えさせ、その継ぎ手の間が空く。その隙を騎馬兵は黒の集団となって突進した。
 陣の後方で指揮する近江朝廷軍の先鋒を務める巨勢比等は高市皇子が率いる農夫が主体の大海人皇子軍は、塊のような黒の集団となった騎馬兵の突進に恐れを成し、我がちに逃げだすと思った。
「それ、もうすぐじゃ、騎馬の突貫で皇子の陣は崩れる。騎馬兵を恐れん農夫なんぞ、おらん」
「それ、逃げよ、それ、もうすぐじゃ、騎馬が皇子の陣に届く」
 その時、巨勢比等は信じられない光景を見た。
 逃げ散るはずの皇子の無数の兵が踏み止まる。そして、恐怖で泣き声を上げながらも互いを励まし、柵や矢盾の陰から必死に石を投げる。その石投げが騎馬兵の出足を止めた。出足が止まった騎馬兵は弓で射られ、落馬すれば農夫たちの寄ってたかって殴りつける棒で叩き殺された。
 高市皇子の兵が棒で殴り殺した騎馬兵をみて云う、
「皇子の云う通りじゃ、こいつ等は百済人じゃ。盗人、百済人に吾の田を取らせん」
 それぞれの里人を率い、参戦した祝部は怒鳴り上げる
「やい、己ら、負けたら田畑は無い。それで良いか。吾は勝つまで、ここを動かん」
「己らも、女子が恋しく、子が愛しいなら、田畑を守れ。奴らは強盗じゃ、強盗は邑の掟で、皆で叩き殺す」
「やい、己ら、励め」
 里人も怒鳴り返す、
「祝部、吾等は逃げはせん。強盗は、誰でも叩き殺す」
 高市皇子の主力の農夫たちの兵団は、ここ、あそこと祝部を中心に陣地を築き、守りを固める。攻めは出来ないが、守りは強い。その農夫たちが必死の形相で、石を投げる。弓矢は修練がいるが、石投げは誰でも出来る。貧乏な農夫たちは太刀を持っていない。武器は石と棒、それだけだ。しかし、その石投げで近江の騎馬兵の行く手を遮る。
 正面突破に失敗した百済貴族の騎馬隊が向きを変えた。近江軍の境部薬が率いる弓部隊は小者と弓手が組になり木楯を持って前進するため、すでに矢玉は少ない。頼りの騎馬兵の強行突破が失敗すると、その弓部隊は矢玉が豊富な陣地から射掛ける高市皇子の弓手の餌食になる。次第、次第に矢玉が尽き始めた境部薬の弓部隊に崩れが見え始めた。
 その様子を見た村国男依は後方に待機していた出雲臣狛の騎兵五百を近江軍へと突進させた。周囲の山々に陣取る皇子の兵は、その出雲臣狛の突進をみて、銅鑼や鼓を打ち鳴らし、どっと歓声を上げて応援した。
 出雲狛の突進が境部薬の弓部隊の崩れを拡大させた。さらに、銅鑼や鼓の響きが近江の兵に周囲を囲まれたかのような錯覚を与えた。とたん、そこを坂田公雷が率いる北近江の豪族たち騎馬兵が、北方から柏原の野に殺到してきた。書首根麻呂の予想とは違い、およそ五百の騎馬兵が一団となって境部薬の弓部隊の横腹目掛けて突進した。
 出雲狛と坂田雷の騎馬による正面と横からの十文字の突進に、巨勢比等の最精鋭の騎馬隊や選抜の弓部隊が崩れた。それを見た巨勢比等の兵は吾を先にと来た道を逃げた。醒井の道は狭い。万の兵が簡単に通過できる道幅ではない。突撃隊長である境部薬は、自然、殿の位置となった。生き残るために境部薬は手勢を集結させ、集団で逃走を図る。東山道の街道を逃げるその近江朝廷の兵を、北近江の豪族たちは左右の森から、矢を射掛けた。境部薬の手勢は次第にこぼれ、境部薬もまた、矢の餌食となった。ただ、前軍の将軍である巨勢比等は手傷を負ったが辛くも逃げ延びた。
 中軍将軍の蘇我果安は崩れ逃げてくる兵を浅井の息長邑の陣屋で食い止めようとした。が、失敗した。闇が迫る中、北と東の山々に銅鑼や鼓の音が響き渡る。高市皇子の兵がどれほどかは知れないが、蘇我果安の兵は見えない恐怖に怯え、逃げた。結果、蘇我果安は手負いの巨勢比等を抱え、犬上川東岸まで逃げた。犬上川西岸には総軍将軍である山辺王の本陣があり、ここで兵の潰走は止まった。

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