竹取翁と万葉集のお勉強

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笠朝臣金村歌集を鑑賞する  神亀二年(725)の歌 幸于芳野離宮

2010年12月30日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
神亀二年(725)の歌 幸于芳野離宮
 万葉集ではこの神亀二年五月の吉野宮への御幸を紹介していますが、続日本紀には神亀二年五月の記事はなく、神亀元年三月一日の記事があるだけです。万葉集に載るこの神亀二年五月の吉野宮への御幸では山部赤人も歌を寄せていますから、続日本紀の編者の記事の取捨は別として、規模としては相当なものであったと推定が可能です。
 ここで、笠金村や山部赤人の詠う歌が奉呈歌であるとしますと、おもしろいことに気が付きます。それは、神亀元年の紀伊国への御幸の主体は笠金村が詠うように「天皇之行幸」ですが、この神亀二年の芳野御幸の主体は「和期大王」です。奉呈歌であるならば、高貴な人物の表記や尊称は定まっていると思うのが自然です。そうした時、さて、天皇と大王は同じ人物を示すのでしょうか。それとも政教分離が行われていて、宗教の天皇と政治の大王とは別な人物を示すのでしょうか。
 なお、神亀元年三月一日の時のものは大伴旅人の歌(集歌315)を見ることが出来ますが、その御幸の主体の表現は省かれ不明です。

神龜二年乙丑夏五月、幸于芳野離宮時、笠朝臣金村作謌一首并短謌
標訓 神亀二年乙丑夏五月に、芳野の離宮に幸しし時に、笠朝臣金村の作れる謌一首并せて短謌

集歌920 足引之 御山毛清 落多藝都 芳野川之 河瀬乃 浄乎見者 上邊者 千鳥數鳴 下邊者 河津都麻喚 百礒城乃 大宮人毛 越乞尓 思自仁思有者 毎見 文丹乏 玉葛 絶事無 萬代尓 如是霜願跡 天地之 神乎曽祷 恐有等毛
訓読 あしひきの 御山もさやに 落ち激(たぎ)つ 吉野の川の 川の瀬の 清きを見れば 上辺(かみへ)には 千鳥しば鳴く 下辺(しもへ)には かはづ妻呼ぶ ももしきの 大宮人も をちこちに 繁(しじ)にしあれば 見るごとに あやに羨(とも)しみ 玉葛(たまかづら) 絶ゆることなく 万代(よろづよ)に かくしもがもと 天地(あまつち)の 神をぞ祈(いの)る 恐(かしこ)くあれども

私訳 足を引きずるような険しい御山も清らかにあり、川の水が流れ落ちてたぎる芳野の川の、その川の瀬の清らかな様をみると、上流には千鳥がさえずり、下流には蛙が妻を呼ぶように啼く。たくさんの岩を積み上げる大宮に侍う大宮人も、あちらこちらに多くにいらっしゃるので、その姿を見るたびに、ひどく心を引かれ吾を忘れてしまい、美しい蔦葛の蔓が絶えることのないように、万代までもこのように在って欲しいと、天地の神々に確かにお願いする。私の身分では、恐れ多くはあるが。


反謌二首
集歌921 萬代 見友将飽八 三芳野乃 多藝都河内乃 大宮所
訓読 万代(よろづよ)に見とも飽かめやみ吉野の激(たぎ)つ河内(かふち)の大宮所

私訳 万代までに見ていても飽きることのないでしょう、この芳野の水が激しく流れる河内にある大宮のある場所は。


集歌922 人皆乃 壽毛吾母 三芳野乃 多吉能床磐乃 常有沼鴨
訓読 人(ひと)皆(みな)の命(いのち)も吾れもみ吉野の瀧(たぎ)の常磐(ときは)の常ならぬかも

私訳 ここに集う人が皆の寿命も、私もそうだが、この芳野の水が激しく流れる床岩のようにいつまでもあってほしいものです。


参考歌 山部赤人
山部宿祢赤人作謌二首并短謌
標訓 山部宿祢赤人の作れる謌二首并せて短謌
集歌923 八隅知之 和期大王乃 高知為 芳野宮者 立名附 青垣隠 河次乃 清河内曽 春部者 花咲乎遠里 秋去者 霧立渡 其山之 弥益々尓 此河之 絶事無 百石木能 大宮人者 常将通

訓読 やすみしし 吾(わ)ご大王(おほきみ)の 高知らす 芳野の宮は たたなづく 青垣(あおかき)隠(こも)り 川なみの 清き河内(かふち)ぞ 春へは 花咲きををり 秋されば 霧(きり)立ち渡る その山の いやますますに この川の 絶ゆることなく ももしきの 大宮人は 常に通はむ

私訳 四方八方をあまねく御承知なれれる吾々の大王が天まで高く知らせる芳野の宮は、立ち並び名を付けられるような緑豊かな山並みに囲まれ、多くの河の集まる清らかな河の内にある。春にはたくさんの花が咲き乱れ、秋には霧が立ち渡る。その山のように一層盛んに、この河の流れが絶えることがないように、たくさんの岩を積み上げる大宮に侍う大宮人は、常に通って来ましょう。

反謌二首
集歌924 三吉野乃 象山際乃 木末尓波 幾許毛散和口 鳥之聲可聞
訓読 み吉野の象(さき)の山の際(ま)の木末(こぬれ)には幾許(ここだ)も騒く鳥の声かも

私訳 み吉野の象山の山際の梢には、多くの啼き騒ぐ鳥の声が聞こえます


集歌925 烏玉之 夜之深去者 久木生留 清河原尓 知鳥數鳴
訓読 ぬばたまの夜の更けぬれば久木(ひさき)生(お)ふる清き川原に千鳥しば鳴く

私訳 漆黒の夜が更けていくと、橡の木が生える清らかな川原に千鳥がしきりに鳴く


集歌926 安見知之 和期大王波 見吉野乃 飽津之小野笶 野上者 跡見居置而 御山者 射目立渡 朝猟尓 十六履起之 夕狩尓 十里さ立 馬並而 御狩曽立為 春之茂野尓

訓読 やすみしし 吾(わ)ご大王(おほきみ)は み吉野の 秋津の小野の 野の上(へ)には 跡見(とみ)据ゑ置きて み山には 射目(いめ)立て渡し 朝猟(あさかり)に 鹿猪(しし)踏み起し 夕狩(ゆふかり)に 鳥踏み立て 馬並(な)めて 御狩ぞ立たす 春の茂野(しげの)に

私訳 世の中を平らく統治される吾らの大王は、み吉野の秋津の小野にある野の丘に跡見を据えて置き、山には射目を立たせ置いて、朝の狩りには鹿や猪を野に踏み込み追い立てて、夕方の狩りでは鳥を巣から追い立てて、馬を連ねて御狩りを起こさせることです。春の草木の茂る野に。


反謌一首
集歌927 足引之 山毛野毛 御狩人 得物矢手挟 散動而有所見
訓読 あしひきの山にも野にも御狩人(みかりひと)得物矢(さつや)手挾(たばさ)み散(さ)動(わ)きたり見ゆ

私訳 足を引きずるような険しい山にも野にも、御狩りに従う人々が手に得物や矢を持ち、あちらこちらを動き廻るのが見える。

右、不審先後。但、以便故載於此歟。
注訓 右は、先後を審(つまび)らかにせず。ただ、便(たより)を以(もち)ての故にここに載せるか。


参考歌 大伴旅人
暮春之月幸芳野離宮時中納言大伴卿奉勅作謌一首并短謌未逕奏上謌
標訓 暮春の月に芳野の離宮に幸しし時に、中納言大伴卿の勅を奉りて作れる謌一首

并せて短謌、未だ奏上を逕ざる謌
集歌315 見吉野之 芳野乃宮者 山可良志 貴有師 永可良思 清有師 天地与 長久 萬代尓 不改将有 行幸之処
訓読 み吉野の 吉野の宮は 山柄(やまから)し 貴(たふと)くあらし 永からし 清(さや)けくあらし 天地と 長く久しく 万代(よろづよ)に 変はらずあらむ 行幸(いでまし)の処

私訳 美しい吉野の草木の香しい芳野の宮は、山のゆえからか貴くあるようで、永遠にあるようで、そして、清らかにあるようです。天と地が長く久しく万年の後まで変わらずに貴くあるでしょう。この御幸なされた土地は。


反謌
集歌316 昔見之 象乃小河乎 今見者 弥清 成尓来鴨
訓読 昔見し象(きさ)の小河(をかは)を今見ればいよよ清(さや)けくなりにけるかも

私訳 昔見た象の小川を、天皇の御幸の今見ると、ますます清らかになっているようです。


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