竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その26

2009年05月12日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その26

原文 我矣思經蚊 狭野津鳥 来鳴翔經
訓読 我れを思へか 背の千鳥(つとり) 来鳴き翔らふ(26)
私訳 私を思うのか背の君の千鳥がここに来て鳴き飛び交う

私は、原文の「狭野津鳥」を「せのつどり」と読み、「背の千鳥」と訓読みしています。これは普段に目にする読みとは、少し、違っています。
ここで、「我れを思へか 背の千鳥 来鳴き翔らふ」と訓読みした理由の説明のために、古事記に天皇の大御葬に関する記事の一節を次に示します。

古事記 倭建命の薨去の時の記事  (古事記祝詞 日本古典文学大系 岩波書店)
原文 是四歌者、皆歌其御葬也。故、至今其歌者、歌天皇之大御葬也。
訓読 是の四歌(ようた)は、皆其の御葬(みはふり)に歌ひき。故、今に至るまで其の歌は、天皇の大御葬(おほみはふり)に歌ふなり。

とあります。そして、この大御葬に歌うとされる四歌が次の歌です。

原文 那豆岐能多能 伊那賀良邇 伊那賀良爾 波比母登富呂布 登許呂豆良
読下 なづきの田 稲幹(いながら)に 稲幹に 匍(は)ひ廻(もとほ)ろふ 野老蔓(ところづら)

原文 阿佐士怒波良 許斯那豆牟 蘇良波由賀受 阿斯用由久那
読下 浅小竹(あさじ)原(のはら) 腰なづむ 空は行かず 足よ行くな

原文 宇美賀由氣婆 許斯那豆牟 意富迦波良能 宇惠具佐 宇美賀波 伊佐用布
読下 海處(うみが)行けば 腰なづむ 大河原(おほかはら)の 植ゑ草 海處はいさよふ

原文 波麻都知登理 波麻用波由迦受 伊蘇豆多布
読下 浜つ千鳥 浜よは行かず 磯伝う

同時に、古事記は亡くなった倭建命は八尋白智鳥に身を変え、大和に向けて天を翔けたと記述しています。当然、古事記の記述から明治天皇までの正統な天皇の大御葬には、倭建命の故事があることになります。なお、大正天皇の時はあらたに大御葬の歌が作られたそうです。
この正統な天皇の大御葬の規定から、天智天皇の大御葬のときに詠われた倭媛太后の御歌を見てみますと、

(倭媛)太后御謌一首
標訓 (倭媛)太后の御歌(おほみうた)一首
集歌0153 鯨魚取 淡海乃海乎 奥放而 榜来船 邊附而 榜来船 奥津加伊 痛勿波祢曽 邊津加伊 痛莫波祢曽 若草乃 嬬之 念鳥立
訓読 鯨魚(いさな)取り 淡海(あふみ)の海(うみ)を 沖放(さ)けて 漕ぎ来る船 辺(へ)附きて 漕ぎ来る船 沖つ櫂(かひ) いたくな撥ねそ 辺(へ)つ櫂 いたくな撥ねそ 若草の 嬬(つま)の 念(おも)ふ鳥立つ
私訳 大きな魚を取る淡海の海を、沖遠くを漕ぎ来る船、岸近くを漕ぎ来る船、沖の船の櫂よそんなに水を撥ねるな、岸の船の櫂よそんなに水を撥ねるな、若草のような妻が思い出を寄せる八尋白智鳥が飛び立つ

これが、私の解釈です。普段のものとは違います。参照として、次に伝統の意訳を二人ほど紹介します。私の私訳は古事記に載る天皇の大御葬の規定から行っていますが、伝統の意訳は別な角度からの意訳です。そのため、伝統の意訳においては、皇后と天皇が入れ替わっています。このため、大御葬における「鳥がなぜ大御葬で飛ぶのか」の理解に差が出てきます。

久松潜一氏の意訳 万葉秀歌より
淡海の海を沖の方に離れて榜いで来る船よ。岸辺にそうて榜いで来る船よ。沖の船の櫂をひどくはねないで下さい。岸辺の船の櫂をひどくはねないで下さい。夫君の愛された鳥が、その櫂の音に驚いて飛び立ってしまうといけませんから。

中西進氏の意訳 万葉集より
鯨をとる海ともいうべき淡海の海、その沖遠く漕ぎ来る船よ、岸近く漕ぎ来る船よ。沖船の櫂、ひどく波を立てるな、岸船の櫂、ひどく波を立てるな。若草のようだった夫がいとしんだ、あの鳥が飛び立ってしまうものを。

 この独善の私の解釈で、集歌3791の竹取翁の長歌の一節の「我矣思經蚊 狭野津鳥 来鳴翔經」を「われをおもへか せのつとり きなきかけらふ」と読み、「我れを思へか 背の千鳥 来鳴き翔らふ」と訓読みしています。つまり、次の理解です。

訓読 我れを思へか 背の千鳥(つとり) 来鳴き翔らふ
私訳 私を思うのか背の君の千鳥がここに来て鳴き飛び交う

この世界は、倭建命が八尋白智鳥に身を変え大和に向けて天を翔けた故事を歌う大御葬の歌を聞いた倭媛太后が目の前に広がる淡海の海を見ての、倭建命に天智天皇の姿を重ねた歌の世界と思っています。この派生歌が、過ぎ去りし大津宮を訪れた時の有名な人麻呂の次の歌です。

集歌266 淡海乃海 夕浪千鳥 汝鳴者 情毛思努尓 古所念
訓読 淡海(あふみ)の海夕浪(ゆふなみ)千鳥(ちどり)汝(な)が鳴けば情(こころ)もしのに古(いにしへ)念(おも)ほゆ
私訳 淡海の海の夕波に翔ける千鳥よ。お前が鳴くと気持ちは深く、この地で亡くなられた天智天皇がお治めになった昔の日々を思い出す。

 このように解釈すると、天智天皇の挽歌でありますし、大津京の時代を代表する歌となります。まず、万葉集に必要な歌となります。

 詰まらないことですが、倭媛太后の御歌からは、天智天皇の時代に古事記の原型が存在していたことが判りますし、それが大宮人の共通の知識であったことも判ります。

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