竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 古今和歌集との比較 後

2009年04月08日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 古今和歌集との比較 後

「古今和歌集との比較 前」からの後編です。ここから御来場のお方は、お手数ですが「古今和歌集との比較 前」に戻られてから、以下を眺めるのをお勧めします。

玉の緒の短き心思ひ耐(あ)えず(B16)
意訳 玉を通す緒が短いように気が逸る恋煩いに耐えられない

読み人知れず
集歌1936 相不念 将有兒故 玉緒 長春日乎 念晩久
訓読 相思はずあるらむ児ゆゑ玉の緒の長き春日(はるひ)を思ひ暮らさく
意訳 私を愛してくれないあの子だから、玉を通す緒のように長い春の一日を、あの子を思って日を暮らします。
解説 玉を貫く紐の緒は長いのでしょうか、短いのでしょうか。ネックレスのように首に下げたり、手に巻いたりする玉を通す紐の緒が、人によって感じ方が違うのでしょうか。万葉集は短いはずの春の日も玉を通す紐の緒の長さは、恋人に逢いたい気持ちからするととても長いのだそうです。古今は、いや、気が逸るから短いと云っています。


猶荒魂(あらたま)の年を経て(B17)
意訳 また、気持ちが新たになる新年を迎えて

笠女郎
集歌0590 荒玉 年之經去者 今師波登 勤与吾背子 吾名告為莫
訓読 あらたまの年の経(へ)ぬれば今しはと勤(いめ)よ吾が背子吾が名告(の)らすな
意訳 気持ちが改まる新しい年が来たので、今はもう良いだろうと、私の愛しい貴方。私の名前を人に告げないで。
解説 「荒玉」と「年を経て」の言葉からの万葉集の集歌0590の歌です。口調の良い歌です。


大宮にのみ久方(ひさかた)の昼夜別かず使かふ(B18)
意訳 天皇だけに対して末長くある宮殿で昼夜を別けずにお仕えする

作者未詳
集歌0053 藤原之 大宮都加倍 安礼衝哉 處女之友者 乏吉呂賀聞
訓読 藤原の大宮仕(つか)へ生(あ)れつくや処女(をとめ)が友(とも)は羨(とも)しきろかも
意訳 藤原の大宮に仕えるべく生まれたのか。その処女の友は羨むであろうか。
解説 宮中で天皇にだけに昼夜分かたずお仕えするのは采女です。また、万葉集の集歌0053の歌で処女の意味を天皇にお仕えする采女の職にある女性と解釈しました。


反(か)へり見もせぬ(B19)
意訳 振り返って見ることもしないで

人麻呂
集歌0048 東 野炎 立所見而 反見為者 月西渡
訓読 東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えて反(か)へり見すれば月西に渡る
意訳 東の野に陽光が立つのが見えて、振り返ると月が西に傾く。
解説 人麻呂の歌がないと寂しいので、逆言(およづれ)の言葉として解釈しました。


吾が屋戸(よど)の偲ぶ草生(お)ふる(B20)
意訳 私の屋敷にこの世の憂さを忘れる偲ぶ草が生えて

笠女郎
集歌0594 吾屋戸之 暮陰草乃 白露之 消蟹本名 所念鴨
訓読 吾が屋戸(やど)の夕蔭草(ゆふかげくさ)の白露の消(け)ぬがにもとな思ほゆるかも
意訳 私の屋敷に咲く夕萱の花の白露のように消えてしまいそうに、いたずらに寂しく思えるでしょう。

解説 偲ぶ草は、忘れ草からの派生語で、万葉時代は忘れ草を漢語と故事からの萱草(カンゾウ)を指します。平安時代後期からの音からの「しのぶくさ」としての忍草や軒忍草とは違います。また、暮陰草を夕萱(ゆふすげ)と理解しました。伊勢物語の時代の古今集であることが重要です。
参照歌
集歌334 萱草 吾紐二付 香具山乃 故去之里乎 忘之為
訓読 萱草(わすれくさ)吾が紐に付く香具山の古(ふ)りにし里を忘れむがため
意訳 中国の故事に、萱草(カンゾウ)の咲く花の美しさのために物思いを忘れると云う、その萱草(わすれくさ)を私は紐に付ける。香具山の懐かしい故郷を忘れるために。
伊勢物語 第百段より
むかし、をとこ、後涼殿(こうらうでん)のはさまを渡りければ、あるやむごとなき人の御局(おんつぼね)より「忘れ草を偲ぶ草とやいふ」とて、いださせ給へりければ、たまはりて
 忘れ草生ふる野べとは見るらめどこは偲ぶなり後もたのまん


板間(いたま)有らみ零(ふ)る春雨(B21)
意訳 少しの間も無く降る春の雨

読み人知れず
集歌1870 春雨者 甚勿零 櫻花 未見尓 散巻惜裳
訓読 春雨はいたくな降りそ桜花(さくらはな)いまだ見なくに散らまく惜しも
意訳 春雨よそんなに激しく降るな。桜の花をまだ見ていないのに雨に散ってしまっては残念なことだよ。
解説 春雨が断続して降る景色を眺めています。その景色の中で、「いたま」と「いたく」の言葉の音を拾いました。


野守(のもり)は知るらむ(B22)
意訳 禁制の野を守る野守は知っているだろうか

額田王
集歌0020 茜草指 武良前野逝 標野行 野守者不見哉 君之袖布流
訓読 茜(あかね)さす武良前(むらさき)野(の)逝(ゆ)き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖振る
意訳 茜に彩る夕日が邑の前野に落ちて逝き、標野に行ったとき野守は見たでしょうか。あの人が私に合図の袖を振ったのを。
解説 万葉集の中で、山守や津守は歌のテーマにありますが、野守は珍しいテーマです。そこから、古今で「野守」と読むと万葉集の集歌0020の歌は必然です。


紀貫之の古今和歌集の真名序や仮名序にあるように、古今和歌集は万葉集と重ならない歌の古今の歌集です。つまり、紀貫之が求めた最低限の古今和歌集の歌への心得は、古今和歌集を嗜む歌人は万葉集の全歌を知っているのが前提条件です。
例えば、次の歌の区別は了解事項です。これらの歌は歌番号1002に引用されたとする万葉集の歌とその対比として私が択んだ古今和歌集の歌です。万葉集は主に元明天皇の頃で、古今和歌集は編者の時代のものを中心にしてますから、現在の仮名序の解説や和歌の理論からはますらおの古風とたおやめの新風との区分は一目瞭然です。また、直線的な写実と宮廷の文芸作品の差は歴然です。
よしんば、万葉集の歌が歌番号1002に引用されていないとしても、ここに示すものは万葉集と古今和歌集の同じテーマ毎に対比した歌です。紀貫之は当然この両方の歌を知った上で仮名序の歌論を書いています。ただ、和歌の歴史は、平安後期の藤原俊成や定家達は万葉集の歌を読めないか、その読み下しが不安定だったとしています。そして、現在の和歌の研究は、その藤原貴族たちが研究した仮名序の歌論を歌道のバイブルとしています。
どうぞ、どちらが万葉で、どちらが古今か楽しんでみてください。

春の花
上1 春風は 花のあたりを避きて吹け 心づからや 移ろふと見む
下1 春雨は いたくなふりそ桜花 いまだ見なくに 散らまくおしも

夏の花
上2 陸奥の しのぶもぢずり誰れゆゑに 乱れむと思ふ 我ならなくに
下2 わが宿の ゆふかげくさの白露の 消ぬかにもとな 思ほゆるかも

秋の黄葉
上3 秋風の 吹きにし日より音羽山 峯の梢も 色付きにけり
下3 雁がねの 来鳴きしなへに韓ごろも 龍田の山は もみちそめたり

秋の時雨
上4 白露も 時雨もいたく漏る山は 下葉残らず 色付きにけり
下4 しぐれ雨 まなくし降れば三笠山 こずゑあまねく 色付きにけり

早春の雪
上5 冬ながら 空より花の散り来るは 雲のあなたは 春にやあるらん
下5 沫雪か はだれに降ると見るさへに 流がらへ散るは なむの花そも

懐古の花
上6 色も香も 昔の濃さに匂へども 植ゑけむ人の 影ぞ恋しき
下6 やちくさに 草木をうゑてときごとに 咲ける花をし 見つつしのはむ


とぼけた作業員は、紀貫之は儀礼歌や捧呈歌、また自然を詠う歌は、歌人たちが時代を超えて「身をあはせる」と、その同じ心と力量があれば歌の姿が似てくると自覚していたと思っています。つまり、古今和歌集の歌と万葉集の歌を区別するは難しいと。返って、紀貫之はここで取り上げた万葉集の歌に大和歌の価値を認め、それを理想の世界としたと思います。この自覚があったからこそ、紀貫之は勅命の要請からの歌の重なりが生じないようにするために目録を作らざるを得なかったのではないでしょうか。
参考に、万葉集を原文から私たちの普段の物にするために万葉集(全訳注原文付)を書かれた中西進氏は、「紀貫之の歌には、濃厚に万葉歌の影がある」と的確に紀貫之の姿を指摘されています。
さて、しつこく、現在の普段の和歌の解説からは、「万葉集の歌と古今和歌集の歌において、ますらおの古風とたおやめの新風との区分は瞭然であるし、直線的な写実と宮廷の文芸作品の差は歴然。」だそうです。なお、ここで示した万葉集の歌は、斉藤茂吉氏の選定する万葉秀歌には一首も選ばれていません。



 不要でしょうが参考までに、
上1歌番号0085  春宮帯刀陣にて桜の花の散るをよめる 藤原好風
上2歌番号0724  河原左大臣
上3歌番号0256  石山に詣でける時、音羽山の紅葉を見てよめる 貫之
上4歌番号0260  守山のほとりにてよめる 貫之
上5歌番号0330  雪の降りけるをよみける 清原深養父
上6歌番号0851  主人、身まかりにける人の家の梅の花を見てよめる 貫之

下1集歌1870 春雨者 甚勿零 櫻花 未見尓 散巻惜裳
下2集歌0594 吾屋戸之 暮陰草乃 白露之 消蟹本名 所念鴨
下3集歌2194 鴈鳴乃 来鳴之共 韓衣 裁田之山者 黄始南
下4集歌1553 鍾礼能雨 無間零者 三笠山 木末歴 色附尓家里
下5集歌1420 沫雪香 薄太礼尓零登 見左右二 流倍散波 何物之花其毛
下6集歌4314 八千種尓 久佐奇乎宇恵弖 等伎其等尓 佐加牟波奈乎之 見都追思努波奈


次回から、竹取翁の歌に入っていきます。

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