竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その31

2009年05月17日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その31

原文 刺竹之 舎人壮裳 忍經等氷
訓読 さす竹の 舎人(とねり)壮士(をとこ)も 忍ぶらひ(31)
私訳 さす竹の皇子の舎人の男たちも悲しさを耐えつつ

歌の言葉のままです。舎人の壮士ですから五位以上の大夫ではありません。その舎人の男達は言葉の意味する通りに「皇子の宮人」です。さす竹の皇子の宮人が、別れの悲しみを耐え忍ぶのです。懐かしく偲ぶのではありません。なお、「一云(あるいはいはく)」の方を取っています。

日並皇子尊殯宮之時、柿本朝臣人麻呂作謌一首并短謌
標訓 日並皇子尊の殯宮の時に、柿本朝臣人麻呂の作れる歌一首并せて短歌
集歌0167 天地之 初時 久堅之 天河原尓 八百萬 千萬神之 神集 々座而 神分 々之時尓 指上 日女之命 天乎婆 所知食登 葦原乃 水穂之國乎 天地之 依相之極 所知行 神之命等 天雲之 八重雲別而 神下 座奉之 高照 日之皇子波 飛鳥之 浄之宮尓 神随 太布座而 天皇之 敷座國等 天原 石門乎開 神登 座尓之可婆 吾王 皇子之命乃 天下 所知食世者 春花之 貴在等 望月乃 満波之計武跡 食國 四方之人乃 大船之 思憑而 天水 仰而待尓 何方尓 御念食可 由縁母無 真弓乃岡尓 宮柱 太布座 御在香乎 高知座而 明言尓 御言不御問 日月之 數多成塗 其故 刺竹之 皇子宮人 歸邊不知尓為
訓読 天地の 初めの時 ひさかたの 天の河原に 八百万(やほよろづ) 千万(ちよろづ)神の 神集(かむつど)ひ 集ひ坐(い)まして 神分(かむあが)ち 分(あが)ちし時に さしのぼる 日女の命 天をば 知らしめすと 葦原の 瑞穂の国を 天地の 寄り合ひの極(きはみ) 知らしめす 神の命(みこと)と 天雲の八重雲別きて 神下(かむくだ)し 坐(い)ませ奉(まつ)りし 高照らす 日の皇子は 飛ぶ鳥の 浄(きよみ)の宮に 神ながら 太敷きまして 天皇(すめろき)の 敷き坐(い)ます国と 天の原 石門(いはと)を開き 神登り 坐(い)ましにしかば 吾(わ)が王(おほきみ)皇子の命(みこと)の 天の下 知らし食(め)しせば 春花の 貴(たふと)くあらむと 望月(もちつき)の 満(たたは)しけむと 食(お)す国 四方(よも)の人の 大船の 思ひ憑(たの)みて 天つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほし食(め)せか 由縁(つれ)もなき 真弓の岡に 宮柱 太敷きいまし 御殿(みあから)を 高知りまして 朝ごとに 御言(みこと)問はさぬ 日月の 数多(まね)くなりぬる そこ故(ゆゑ)に さす竹の 皇子の宮人 ゆくへ知らにす
私訳 天地が初めて現れたとき、遠く彼方の天の川原に八百万・一千万の神々が神の集会にお集まりになり、それぞれの神の領分を分かたれたとき、日が差し昇るような太陽の女神は天を統治なされると、葦原の豊かに稲穂を実らせる国を天と地が接する地上の果てまで統治なされる神の皇子として、天雲の豊かに重なる雲を掻き分けて、この地上に神として下りなされてました天まで高くその輝きで照らされる日の皇子は、飛ぶ鳥の浄御原の宮に、神でありながら宮殿を御建てになられ、天の皇子が統治なされる国と天の原への磐門を開き、天の原に神登られなされるので、私の王である皇子様は天下を治めなされると春に花が咲くように貴くあられるだろう、満月のように人々を満たされるだろうと、皇子が御統治なされる国のすべての人は、大船のように思い信頼して、大嘗祭を行う天の水を天を仰いで待っていると、どのように思われたのか、理由もないのに、真弓の丘に御建てになられた宮殿を天まで高くお知らせになられて、毎朝に皇子のお言葉を賜ることのない日月が沢山になって、そのために、竹のように繁栄する皇子に仕える宮人は、どうしたらいいのか判らない。

反歌二首
集歌0168 久堅乃 天見如久 仰見之 皇子乃御門之 荒巻惜毛
訓読 ひさかたの天見るごとく仰ぎ見し皇子の御門の荒れまく惜しも
私訳 遥か彼方の天空を見るように仰ぎ見た皇子の住んでいらっしゃた宮殿の御門が荒れていくのが惜しまれる

集歌0169 茜刺 日者雖照有 鳥玉乃 夜渡月之 隠良久惜毛
訓読 あかねさす日は照らせどぬばたまの夜渡る月の隠らく惜しも
私訳 茜色に染まるように昇る日は照らすけれど、漆黒の夜を渡る月のように隠れていくのが惜しまれる

(或本以件歌為後皇子尊殯宮之時歌反也)
注訓 (或る本に件(くだり)の歌を以ちて後(のちの)皇子(みこの)尊(みこと)の殯宮(あらきのみや)の時の歌の反と為せり)
或本歌一首
集歌0170 嶋宮 勾乃池之 放鳥 人目尓戀而 池尓不潜
訓読 島の宮勾(まがり)の池の放ち鳥人目に恋ひて池に潜かず
私訳 皇子が住まわれた島の宮よ。勾の池に放してある鳥が皇子に再び見られるのを求めて水に潜ろうとしない。


 最初に、この「日並皇子尊の殯宮の時の歌」は基本的には草壁皇子への挽歌ですが、歌の前半の「神上 〃座奴」の「神あがり あがり座しぬ」までは、草壁皇子の父親である天武天皇の事跡を詠っていて、歌の後半が草壁皇子に対する挽歌に相当する部分です。
 そして、最も重要なことは歌の前半で示す「天照 日女之命」である「天照らす日女の尊」と「葦原乃 水穂之國乎 天地之 依相之極 所知行 神之命」である「葦原の 瑞穂の国を 天地の 寄り合ひの極 知らします 神の命」とは、天上の天河原での神々の集いでは対等の立場です。ここが、重要なのです。「天照らす日女の尊」は天上の世界を統治し、「神の命」である「高照らす日の皇子」は地上の世界で天と地がその境を接するまでの範囲の「葦原の瑞穂の国」を統治します。
ここには、「天照らす日女の尊」は天上の国を分配された天上の神、「高照らす日の皇子」は地上の国を分配された天上の神の、その対比する姿しかありません。つまり、「日並皇子尊の殯宮の時の歌」には天孫降臨の話は、どこにもありません。「高照日之皇子」であられる天武天皇は天上の神として神々から分配を受けた地上の国に自らの意思で降り立ち、その統治が順調に行くと天上に帰っていくのです。それは、神下りであり、神上りの姿です。
これは、古事記の天孫降臨の神話から一歩進んだ現御神(あきつみかみ)の神下りであり、神上りなのです。持統三年(689)の「日並皇子尊の殯宮の時」以降は、天皇は大王ではなく現御神であられるのです。また、天皇とは「天の皇子」を意味します。中国の皇帝は天命により人民から選ばれてその位に就きますが、日本の天皇はその天命と同じ意味合いの現御神であられるのです。そのため、中国には人が人を滅ぼす革命がありますが、人が神を滅ぼすことが出来ないように日本では革命はありえないのです。
 そして、この「天皇は現御神であられる」との新しい思想を理解しないと、歌の後半部分の「四方之人乃 大船之 思憑而 天水 仰而待尓」の「四方の人の 大船の 思ひ憑みて 天つ水 仰ぎて待つに」の意味が判らないと思います。
天武天皇は現御神であられますが、その子の草壁皇子はまだ人間です。人麻呂の歌は、人間である草壁皇子が現御神の天皇に成られることを信じて、人々は「天つ水」を仰ぎ待っているとしています。では、この人々が待つ「天つ水」とは何でしょうか。
ここで、少し視線を変えて「天つ水」について見ます。
さて、天皇の皇位継承での日継の儀式で、もっとも重要なのは大嘗祭を執り行うことです。その大嘗祭の神事で奏上される祝詞が中臣寿詞で、その一節に「皇御孫尊 御膳都水 宇都志國 水 天都水 加 奉申」とあり、その訓読みは「皇御孫の尊の御膳つ水は、現し國の水に天つ水を加へて奉らむと申せ」です。意味するところは、大嘗祭での天皇になられる皇子が御使用になる御膳に使う水は、地上の水と天上の水を混ぜて使いなさい。と云うことです。つまり、人麻呂が詠う「天つ水」とは、大嘗祭で使う水のことを意味します。それで、地上のすべての人々はきっと大嘗祭が行われ日並皇子は天皇の位に就かれると信じていたわけです。
なお、神事におけるこの「天つ水」は「天からの水」と解釈しての「雨つ水」を意味しません。人々が仰ぎて待つからと「雨水」と解釈してはいけないのです。中臣寿詞は、「天つ水」とはどのようなものかを明確に次のように規定しています。

中臣寿詞より抜粋
天玉櫛事依奉 此玉櫛刺立 自夕日至朝日照 天都詔刀太諸刀言以告 如此告。麻知弱蒜由都五百篁生出 自其下天八井出 此持 天都水所聞食事依奉。
訓読 天の玉櫛(たまくし)を事依(ことよ)し奉(まつ)りて、此の玉櫛を刺立て、夕日より朝日照るに至るまで、天つ詔(のり)との太詔(ふとのり)と言(ごと)を以て告(の)れ。此に告らば、麻知(まち)は弱蒜(わかひる)に斎(ゆ)つ五百(いほ)篁(たかむら)生(お)ひ出でむ。其の下より天の八井(やゐ)出でむ。此を持ちて、天つ水と聞こし食せと、事依し奉りき。
意訳 神聖な玉串の神意をお授けになって、「この玉串を刺し立てて、夕日の沈むときから朝日の刺し照るときまで、中臣連の遠祖の天児屋命の祝詞と忌部首の遠祖の太玉命の祝詞を声を挙げて申し上げなさい。そのように祝詞を申し上げれば、トで顕れる場所には若い野蒜と神聖な沢山の真竹の子が生えて出ている。その下から神聖な天の八井が湧き出るでしょう。これを持って、天つ水と思いなさい」と神意をお授けになった。

この神事を行なうことで、地上に「天の八井」と云う御井の水が湧き出るのです。
もう少し中臣寿詞からこの大嘗祭の神事について触れますと、「天つ水と国つ水」で造る重要なものは「日時を撰び定めて献る悠紀主基の黒木白木の大御酒」です。ここで、四神思想において「黒」は玄武の色で天上を意味し、「白」は白虎の色で地上を意味しますから、「天つ水と国つ水」で造る「黒木白木の大御酒」とは「天上の酒と地上の酒」を現すと思われます。
大嘗祭の神事ではこの「黒木白木の大御酒」を以って相嘗(共に飲食)するのですから、大嘗祭とは神々と日継皇子が皇子が用意した日本酒で宴会を開いて神の仲間入り(現御神)をすることを意味しているのでしょう。

 長くなりましたが、人麻呂が詠う「日並皇子尊の殯宮の時の歌」は、現御神の思想と大嘗祭の神事を最初に明確に詠った歌なのです。外見は、草壁皇子の挽歌のようですが、実態は現御神である万世一系の天皇制の宣言であり、その皇位継承の方法論です。
 このような意味合いにおいて、非常に難しい歌ですし、厳しい歌です。また、人麻呂の身分や地位が推測できる重要な歌です。


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