竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
初めてのお人でも、それなりのお人でも、楽しめると思います。

竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その8

2009年04月23日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その8

原文 狛錦 紐丹縫著
訓読 高麗錦 紐に縫ひつけ(08)
私訳 到来の高価な高麗製の錦を紐に縫い付けて

この竹取翁の長歌の一節「高麗錦 紐に縫ひつけ」は、次の集歌2982の歌を暗示していると思っています。ところが、この集歌2982の歌が日本の和歌の歴史に重要な役割や欠くことの出来ない作歌の歌ではありません。他の竹取翁の長歌で暗示されるもじり歌の本歌は、作歌者が山上憶良であり、大伴旅人であり、そして柿本人麻呂です。また、歌物語や歌日記の源流であったりします。
では、この集歌2982の歌は、日本の和歌の歴史に必要と思えるような、その訴えるものは何でしょうか。歌の訓読みと私訳は次の通りで、特に特徴のある歌ではありません。

(読み人知れず)
集歌2982 針者有杼 妹之無者 将著哉跡 吾乎令煩 絶紐之緒
訓読 針はあれど妹しなければ着(つ)けめやと吾を煩(なやま)す絶ゆし紐の緒
私訳 縫い付ける針はあるだけで恋人はもういないのに、縫い付けてほしいとばかりに私を思い悩ます取れてしまった紐の緒よ

この歌自体が特別でないとすると、歌の内容が重要なのでしょう。そこで、集歌2982の歌の詠う世界を万葉集から探してみました。それが次の阿倍女郎と中臣東人との掛け合いの歌です。野外の歌垣ではなく屋内の歌垣の景色で、集歌0514から集歌0516までの三首が組になった歌垣の歌です。
ちょうど、集歌2982の歌がこの三首の歌の世界を要約したような雰囲気です。もし、長歌の一節「高麗錦 紐に縫ひつけ」が集歌2982の歌を暗示し、集歌2982の歌が集歌0514から集歌0516までの三首の歌を要約するのですと、集歌2982の歌は歴史に必要な歌になるでしょう。集歌2982の歌は、元明天皇期に光る女流歌人の阿倍女郎を紹介する歌となります。

阿倍女郎謌一首
標訓 阿倍女郎の歌一首
集歌0514 吾背子之 盖世流衣之 針目不落 入尓家良之 我情副
訓読 吾が背子が著(け)せる衣(ころも)の針目(はりめ)落ちず入りにけらしも我が情(こころ)副(そ)ふ
私訳 私の愛しい貴方がお着ける衣の針の目が不揃いにならないように念入りに縫った針の目に入ってしまったようです。私の貴方を思う心を添えて。

中臣朝臣東人贈阿倍女郎謌一首
標訓 中臣朝臣東人の阿倍女郎に贈れる歌一首
集歌0515 獨宿而 絶西紐緒 忌見跡 世武為便不知 哭耳之曽泣
訓読 独(ひと)り宿(ね)て絶えにし紐をゆゆしみと為(せ)むすべ知らに哭(ね)のみしぞ泣く
私訳 今、独りで夜を過ごし貴女との夜の営みが絶えていると、貴女と誓ったのに取れてしまった衣の紐がはばかられると、どうしていいのか判らなくて恨めしく泣いています。

阿倍女郎答謌一首
標訓 阿倍女郎の答たる歌一首
集歌0516 吾以在 三相二搓流 絲用而 附手益物 今曽悔寸
訓読 吾が持てる三相(みつあひ)に搓(よ)れる糸もちて附(つ)けてましもの今ぞ悔しき
私訳 約束の紐が取れたことを気にして下さるな。私が持っている丈夫な三つ縒りの糸で縫い付けてあげればよかったのに、今になって悔やまれます。

 この三首は、何処かの宴会の席で歌われた歌垣の歌です。中臣東人との歌垣から想像すると元明天皇の和銅年間から養老年間の間になるのでしょうか。歌垣の詠いだしは不明ですが、集歌0514の恋人のために衣を縫う景色から、集歌0515の衣の紐が取れたの発想に展開しています。当時としては、前日の夜に男女が共に夜を過ごして別れの朝に操の印の紐を結ぶ景色があります。それを、男は独りで夜を過ごしているのだけど、操の紐が解けたと言い訳をしています。裏には「貴女と私は頻繁に夜を過ごす恋仲ですね。」という歌の表現上での約束があります。
 それに対して、集歌0516の歌で阿倍女郎は、「紐が取れたのは本当の衣の紐で、男女の契りの紐ではない、貴方の衣は縫っても男女の契りは結んでない」と切り返しています。ほぼ、公開される男女の恋歌としてはお手本になる歌ですし、阿倍女郎の機知がここにあります。そして、宴会の笑いと落ちがあります。まず、時代を代表する女流です。
 次に、同じ阿倍女郎が詠ったと思われる歌が三首あります。これらの歌は人麻呂調の歌風です。これが重要です。これらの歌には漢文・漢詩が見え隠れしています。まだ和歌が大衆のものではなく、人麻呂のくびきの下、一部の知識階級の時代の作品です。そして、作歌者は女流です。上代からの額田王、阿倍女郎、大伴坂上郎女とつながる女流歌人のリングの一つと思っています。

阿倍女郎屋部坂謌一首
標訓 阿倍女郎の屋部坂の歌一首
集歌0269 人不見者 我袖用手 将隠乎 所焼乍可将有 不服而来来
訓読 人見ずは我が袖もちて隠(かく)さむを焼けつつかあらむ着(き)せずて来にき
私訳 他の人が見ていないのなら私の衣の袖で貴方の体を隠しましたものを、貴方は私に今も恋焦がれていますか、夜に共寝もせず私の衣で貴方を包まずに私は帰ってきましたが。

安倍女郎謌二首
集歌0505 今更 何乎可将念 打靡 情者君尓 縁尓之物乎
訓読 今更(いまさら)に何をか思はむうち靡き情(こころ)は君に寄りにしものを
私訳 今更に何をためらいましょう、愛する気持ちは打ち靡いて私の心は貴方に寄り添っているのに

集歌0506 吾背子波 物莫念 事之有者 火尓毛水尓母 吾莫七國
訓読 吾が背子は物な念(おも)ひそ事しあらば火にも水にも吾(われ)無けなくに
私訳 私の大切な貴方、そんなに思い込めないでください。何事が起きたとしても、火の中にも水の中にも何処にでも私はいますから。

 参考に、万葉集に大伴家持から安倍女郎に贈った歌がありますが、先の阿倍女郎と同一人物かは不明ですが、もし、同一人物ですと弓削皇子と額田王の霍公鳥の歌を思い出します。その時、歌は歌の先生への挨拶で、恋ではありません。恋とするときに安倍女郎が阿倍女郎と同じ人ですと、大伴家持は母親のような年上の初老の女性と恋をしたことになります。

大伴宿祢家持贈安倍女郎謌一首
標訓 大伴宿祢家持の安倍女郎に贈れる歌一首
集歌1631 今造 久邇能京尓 秋夜乃 長尓獨 宿之苦左
訓読 今造る久邇(くに)の京(みやこ)に秋の夜の長きにひとり寝(ぬ)るが苦しさ
私訳 今造っている久邇の京で秋の長い宵闇を貴女なしで独りで過ごすことは辛いことです。

コメント   この記事についてブログを書く
« 竹取翁の歌のお勉強 長歌の... | トップ | 竹取翁の歌のお勉強 長歌の... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する」カテゴリの最新記事