竹取翁と万葉集のお勉強

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明日香新益京物語 大和の風

2014年05月04日 | 実験 小説で万葉時代を説明する 
大和の風

 大海人大王は大和歌を詠い、古風の芸能を好んだ。その古風の芸能は大和の神祀りに繋がる。
 壬申の乱ごろから進めて来た大和の神祀りによる大和の統一は徐々にその成果を見せて来た。それを若いが有能な高市皇子が推し進める。大王は高市皇子の政治に安定感を感じる。そして、大海人大王は政治の実務から、大和の国体へと心の比重が移って行った。

 そうした時、今、大和の芸能が危機に瀕している。原因は大海人大王と伊勢王たちが推し進める新しい大和の神祀りの仕儀にある。古来、巫女が執る神祀りには神降ろしや神との共食では芸能が付き物であった。ただし、その芸能は粗野であり猥雑である。それは新しい清々しさと秩序の大和の神祀りの仕儀とは、相容れない。巫女と神主の立場が入れ替わるに併せて、大和の芸能もまた、その披露する場と権威を失い、衰退の危機にあった。民とともに日々の豊穣を祝う大和の国で、朝廷だけが栄えたのでは、何のための大和の統一か、それでは意味を為さない。
 大海人大王は、日々の豊穣を祝う大和の国を造る為にも民の芸能の伝統を保持する必要を感じた。
 朱雀四年(675)、その芸能を守るため、国々の祝部どもに芸能の人を飛鳥の宮に貢ぐことを命じた。この詔により、祝部どもは里の芸能の人を探し、庇護するようになった。大海人大王と伊勢王たちは、さらに工夫をした。大王は祝部どもに新しい清々しさと秩序の大和の神祀りの仕儀で天降りした神が宿る神の御社の、その前庭で神に里の芸能を馳走し、喜ばせよと命じた。
 一方、大王は貢がれた芸能から宮中儀礼に相応しい歌舞を取り入れ、洗練していった。御田植神事の神呼びの霊振りも、霊振りを舞う女子は未通娘とし、その娘を着飾らせた。黒髪を白き紙で束ね、その髪に黄銅の飾りを載せた。衣装は白栲の小袖に緋の袴を穿かせ、手に黄銅の鈴と幣を持たせる。その見目美しい五人の未通娘たちが、鈴の音清らかに、薄物の衣を靡かせ御田植の舞いを舞う。大海人大王は清らかで美しいその田舞いを、宮中の女官たちに折々の節会で御節舞として舞せた。対する、若き目映えする男どもには里の集団歌である旋頭歌を詠わせた。その男どもは集団歌を詠いながら、節会の広場を足踏み歩いた。
 同時に大海人大王は宮中で里人が楽しむ歌垣を参考に歌競いの歌会を催した。漢詩はテーマや機会で、それぞれ、独立の心を宴で披露する。一方、大王の歌競いの歌会は一つのテーマを下に男女が交互に歌を詠い、物語を紡いで行く。男女が集う歌会では、必然、歌のテーマは娉(よば)いと呼ばれる求婚歌か恋愛歌となる。そのテーマに従い、歌で物語を紡ぐことに詠い手の技量を競った。そこが、平安期以降の和歌の楽しみ方とは違う。
 そうした中、ある高貴な女主人の宮で歌会が催された。紫の袍を着た女主人を中心に左手に官服の宮人が、左手に宮中に局を持つ官女姿の宮女が、都合、十人ほどが集う。席前には酒肴が並び、舞い人が庭で舞を披露する。ときに高貴な宮人に宮中で飼う歌詠いの遊女を座で馳走する。高貴な女主人がその宮で開く歌会といっても庶民の歌垣と同じように座は乱れる。
 庭の降り出し積る雪をみて、特別に女主人の横に座を貰った濃紫の袍を着た客の宮人が女主人に、訳ありげな目配せをして詠った。

吾里尓大雪落有大原乃古尓之郷尓落巻者後
訓読 吾(わ)が里に大雪降(ふ)れり大原の古(ふ)りにし里に降らまくは後(のち)
私訳 わが明日香の里に大雪が降っている、遠く離れたお前の里の大原の古びた里に雪が降るのはもっと後だね。

女主人の返し、
吾岡之於可美尓言而令落雪之摧之彼所尓塵家武
訓読 吾(わ)が岡し御神(をかみ)に言ひて落(ふ)らしめし雪し摧(くだ)けし其処(そこ)に散りけむ
私訳 私の里にある丘に祭られる御神である竜神に言いつけて降らせた雪のかけらが、そちらに散ったのでしょう。

 女主人と客の宮人の交わす短か歌のやりとりで座がなごんだ。すると、その宮人が女子たちに競い歌を投げかけた。宮人たちが何かを期待しているかのような注目の中、ある宮女がその競い歌に歌を返した。

客の宮人、
玉桙之道去夫利尓不思妹乎相見而戀比鴨
訓読 玉桙し道行き振りに思はぬし妹を相見て恋ふるころかも
私訳 立派な鉾を立てるような官道の往来で、思いも懸けずに愛しい貴女に出会って、恋い焦がれるこの頃です。

ある宮女、
現毛夢毛吾者不思寸振有公尓此間将會十羽
訓読 現(うつつ)にも夢(いめ)にも吾(われ)は思はずき古(ふ)りたる公(きみ)にここし会はむとは
私訳 夢にも現にも私は思ってもいませんでした。昔に御付き合いした貴方にここでお会いするとは。

客の宮人、
百世下千代下生有目八方吾念妹乎置嘆
訓読 百世(ももよ)しも千代(ちよ)しも生きてあらめやも吾(あ)が念(も)ふ妹を置きて嘆(なげ)かむ
私訳 貴女が「古にし」と云っても、百年も千年も、そんなに長く生きることがあるでしょうか。私が恋い慕う貴女をここしばらく逢うこともしないままにして、貴女をそのようにしたことを嘆きます。

ある宮女、
黒髪白髪左右跡結大王心一乎今解目八方
訓読 黒髪(くろかみ)し白髪(しろかみ)さへと結ぶ大王(きみ)心ひとつを今解(と)かめやも
私訳 夜の床で私の黒髪と貴方の白髪とを添えるように、愛を契った大王(おほきみ)よ。その契って、心も身も君と一つにしたのに、今、逢わないままにして、君からその契った仲を解くことがあるのでしょうか。

 大海人大王は宮中の女どもの宮や局などでこのような競い歌を詠う歌会の開催を勧める。次第、詠い手は相手の言葉や音を継ぐだけでなく、詠いの発音と表記の相違や、表記での使う漢字に工夫を凝らし、その歌の水準を競うようになる。先の歌競いに例を採ると、鴨に対し十羽とし、十羽には百世・千代と数を織り込む。さらにその返しに黒・白・右・左と織り込む。詠みによる聞く歌だけでなく、このような表記の遊びがある。また、歌を繋いで物語性を持たす競い歌を発展させて、柿本人麻呂や大伴宿奈麿のような歌物語を詠う者も出て来た。こうした中、鏡姫王、額田姫王、巨勢媛、石川郎女などの女流歌人が宮中のサロンで競い歌の歌会を賑わせた。

 大海人大王は日本書紀に示されるように天文や遁甲などの先端の技術・科学に造詣が深かった。その影響なのか、大和の文化には面白い特徴がある。大和から大唐や新羅へと向かった使節団は多くの先端の医学・科学の書籍を持ち帰った。そして、千金方や黄帝内経などの医学書をも持ち帰ったが、その内でも内丹や房内術に特に興味を持ったようだ。そのため、なぜか、平安時代の医方心の房内篇に代表されるように、大和ではこの方面の書籍は特に大切にされ、唯一、日本にだけ現存するものが多い。この房内術は滋養保健の医療行為を解説する。勢い、壮年はその補精の医療術から若い性を求めることになる。中国では壮年の認識は男性が中心だが、大和では「男女ともに」と解釈する。大王の趣味・造詣は、宮中の官人・宮女にも広がった。
 大王が愛した、その文化の雰囲気は万葉集の歌々に色濃く残る。平安以降の和歌とは違い、万葉集の歌々は大人がする男女の性愛をおおらかに詠う。また、夜床の状況をも明け透けに詠った。そのような夜床を明け透けに詠う歌は、宮中の歌会に似つかわず、さりとて、その秘め事を他人に明かすという理由も判らない。しかし、当時の身分ある人々は、そのような大和歌を詠い、楽しみ、万葉集と云う歌集に残した。
 大海人大王が勧めた大和歌の世界をその一例を示して紹介する。

男女の相聞 その一
今谷毛目莫令乏不相見而将戀羊月久家真國
訓読 今だにも目(め)な乏(とも)しめそ相見ずて恋ひむ遥(は)る月久(ひさ)しけまくに
私訳 逢っている今だけでも顔を隠さないでくれ。互いに逢えずに恋い焦がれた遥かなこの一月の間は長かったのだから。

朝宿髪吾者不梳愛君之手枕觸義之鬼尾
訓読 朝寝(あさゐ)髪(かみ)吾(われ)は梳(けづ)らじ愛(うる)はしき君し手枕(たまくら)触れてしものを
私訳 朝の寝乱れ髪を私は梳くことはしません。愛しい貴方の腕枕にこの私の髪が触れたのですから。

夜床の歌 その一
波祢蘰今為妹之浦若見咲見慍見著四紐解
訓読 はね蘰(かつら)今する妹しうら若み笑(ゑ)みみ怒(いか)りみ着(つ)けし紐(ひも)解(と)く
私訳 成女になった印の「はね蘰」を、今、身に着ける愛しい貴女は、まだ、男女の営みに初々しいので、微笑んだり拗ねたりして、着ている下着の紐を解く。

玉勝間相登云者誰有香相有時左倍面隠爲
訓読 玉かつま逢はむと云ふは誰(たれ)なるか逢へる時さへ面(おも)隠しする
私訳 美しい竹の籠(古語で「かつま」)の中子(=身)と蓋が合う、その言葉ではないが「夜に逢いましょう」と云ったのは誰ですか。こうして抱き合っている時でも、貴女は恥ずかしいと顔を隠す。

夜床の歌 その二
得田價異心欝悒事計吉為吾兄子相有時谷
訓読 うたて異(け)に心いぶせし事(こと)計(はか)りよくせ吾が背子逢へる時だに
私訳 どうしたのでしょう、今日は、なぜか一向に気持ちが高ぶりません。何か、いつもとは違うやり方を工夫してください。ねえ、貴方。こうして二人が抱き合っているのだから。

夜床の歌 その三
緑兒之為社乳母者求云乳飲哉君之於毛求覧
訓読 緑児(みどりこ)し為こそ乳母(おも)は求むと云ふ乳(ち)飲めや君し乳母(おも)求むらむ
私訳 「緑児の為にこそ、乳母は探し求められる」と云います。でも、さあ、私の乳房をしゃぶりなさい。愛しい貴方が乳母(=乳房)を求めていらっしゃる。


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