竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その5

2009年04月21日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その5

原文 於是蚊寸垂 取束 擧而裳纒見 解乱 童兒丹成見
訓読 ここにかき垂れ 取り束(たか)ね 上げても巻きみ 解き乱り 童に為(な)しみ(05)
私訳 髪の毛を櫛で梳かして、それを取り束ねて上げて巻き髪にして、また、それを解き乱して子供のようなお下げ髪にして

 長歌のもじりと同じ世界を万葉集の歌の中に見つけると、集歌0123の三方沙弥の歌に辿り着きました。ほぼ、もじり歌と集歌0123の歌からの三首が示す世界は同じです。
 さて、ここで示す三方沙弥は、直接に記録としてその人物を紹介するものはありません。このため、歴史書に「三方沙弥」の同名の記述が無いから正体不明の人物と解説する人もいます。一方、集歌4227の歌の左注から藤原房前(総前)との関係を見出し、続日本紀と懐風藻から山田史三方の通称と見る見方があります。このように議論はありますが、私は、三方沙弥を山田史御方三方と同一人物として、ここでの説明を行なっていきます。
山田史三方は仏教僧侶として新羅で学問を修め、後にその学問の才能から還俗し文章学士、博士、大学頭となっています。和銅三年(710)に従五位下に昇位していますから、当時の一般的な昇任時期からすると三十五歳から四十歳位での昇位しょうか。その後、行政官である周防守を経て東宮侍従に山上憶良と共に就任していますが、山田史三方は養老六年(722)頃に発覚した周防国の官物盗難事件の当時の周防守としての行政管理責任の罪を問われます。この処罰は勅命により過去の学問への功績からその罰と弁償責任を免除されています。なお、これ以降は政界から失脚しているようで記録がありませんが、万葉集の歌からの推定で藤原房前の秘書になっていた可能はあります。
山田史三方は歌人としては奈良時代の漢詩集である懐風藻の中心的な歌人で、和歌よりも漢詩の詩人です。なお、万葉集の和歌歌人では三方沙弥、懐風藻では山田史三方の名前で登場し、懐風藻に長文の序を持つ新羅客の宴、七夕の宴、三月三日の宴の漢詩三首が残っています。

 さて、竹取翁の歌で、集歌0123からの三首は万葉集の歌を代表する歌とされています。では、なぜ、この歌が万葉集を代表する歌なのでしょうか。そこを見てみたいと思います。

三方沙弥娶園臣生羽之女、未經幾時臥病作謌三首
標訓 三方沙弥の園臣生羽の女を娶きて、いまだ幾の時を経ずして病に臥して作れる歌三首
集歌0123 多氣婆奴礼 多香根者長寸 妹之髪 此来不見尓 掻入津良武香  (三方沙弥)
訓読 束(た)けば解(ぬ)れ束(た)かねば長き妹が髪このころ見ぬに掻(か)き入れつらむか
私訳 束ねると解け束ねないと長い、まだとても幼い恋人の髪。このころ見ないのでもう髪も伸び櫛で掻き入れて束ね髪にしただろうか。

集歌0124 人皆者 今波長跡 多計登雖言 君之見師髪 乱有等母  (娘子)
訓読 人皆(ひとみな)は今は長しと束(た)けと言へど君が見し髪乱れたりとも
私訳 他の人は今はもう長いのだからお下げ髪を止めて束ねなさいと云うけれども、貴方が御覧になった髪ですから、乱れたからとまだ束ねません。

集歌0125 橘之 蔭履路乃 八衢尓 物乎曽念 妹尓不相而  (三方沙弥)
訓読 橘の蔭(かげ)履(ふ)む路の八衢(やちまた)に物をぞ念(おも)ふ妹に逢はずして
私訳 橘の木陰の下の人が踏む分かれ道のように想いが分かれて色々と心配事が心にうかびます。愛しい恋人に逢えなくて。

 まず、歌の標を見てみますと、「いまだ幾の時を経ずして病に臥して作れる歌三首」とあります。これが万葉集の歌の中で重要なのでしょう。歌の標に示すように集歌0124の歌は「娘子」の気持ちでの歌ですが、作歌者は三方沙弥です。万葉集の編集者はこれが新しいと判断して、集歌0123からの三首は万葉集の歌を代表する歌としたのでしょう。
 歌の評に「園臣生羽の女を娶きて」とありますから、妻は三方沙弥の家に住む女性と思って良いでしょう。集歌0123の歌の内容そのものですと妻問う婚の風景が見える「娉」の字の方が相応しいのですが、「娶」の字を使い「作謌三首」と記したのは、三首とも作歌者が三方沙弥だからでしょう。
 私は和歌や詩歌への感性が乏しいため判断は出来ませんが、懐風藻の解説書では三方沙弥の作る漢詩は正統で手馴れたものがあるとされています。当時は、まだ唐においても正確に韻を踏む五言絶句の漢詩スタイルの確立時期で詩歌の模索期とされています。それと同様に日本でも和歌や歌謡の模索期だったと思われます。
 集歌0123からの三首は、一人で詠う歌垣の歌の形ですが、相手の人物像を想定し、その想定した人物に相応しい感情を歌に興しています。それまでの歌謡や歌謡に基づく組の和歌は、あくまで男女の口歌が先にありますが、この歌は三方沙弥の想像が先です。それも女心に非常に巧みです。
 この歌は、宮廷の宴会で披露されたのでしょう。そして、女心を打ったのでしょうか、宮廷采女の一人である豊嶋采女がこの歌が気に入って常に口ずさんでいたと、伝承にもなっています。

集歌1027 橘 本尓道履 八衢尓 物乎曽念 人尓不所知
訓読 橘の本(もと)に道踏む八衢(やちまた)に物をぞ念(おも)ふ人に知らえず
私訳 橘の木の下にある道の人が踏み通る八つの分かれ道のようにあれこれと物思いにふけることよ。その相手には判ってもらえないのに。
右一首、右大辨高橋安麻呂卿語云 故豊嶋采女之作也。但或本云三方沙弥、戀妻苑臣作歌也。然則、豊嶋采女、當時當所口吟此謌歟。
注訓 右の一首は、右大弁高橋安麻呂卿が語りて云はく、「故への豊嶋采女の作なり」といへり。但し或る本に云はく、「三方沙弥が、妻の苑臣に恋して作れる歌」といへり。然らば則ち、豊嶋采女、時に当たり所に当たり口吟し此の歌を詠へりか。

 実際の三方沙弥と園臣生羽の娘との結婚生活は、次の歌で示す雰囲気ではないでしょうか。推定で、この歌は和銅三年(710)四月に周防守として赴任する時の別れの歌と思われます。

三方沙弥謌一首
集歌0508 衣手乃 別今夜従 妹毛吾母 甚戀名 相因乎奈美
訓読 衣手(ころもて)の別(わ)く今夜(こよひ)ゆ妹も吾もいたく恋ひむな逢ふよしを無み
私訳 お互いの衣を体に掛け寝た、その衣を着て別れていく今夜よ、貴女も私もひどく恋しいが、私が旅立つ明日からは逢う機会がありません。

 また、次のような藤原房前から依頼されて三方沙弥が作った長歌とその反歌があります。この歌は推定で天平元年(729)二月癸酉(12)に依頼された歌です。歌は、ある人を思いもかけずに亡くした悲しみの歌です。私は、雪を元正天皇に仕えた人と思っています。クーデター当日の夜半の歌です。

集歌4227 大殿之 此廻之 雪莫踏祢 數毛 不零雪曽 山耳尓 零之雪曽 由米縁勿 人哉莫履祢 雪者
訓読 大殿の この廻(もとは)りの 雪な踏みそね しばしばも 降らぬ雪ぞ 山のみに 降りし雪ぞ ゆめ寄るな 人やな踏みそね 雪は
私訳 大殿のこのまわりの雪を踏むな。しばしばは降らない貴重な雪だ。山にしか降らない雪だ。けっして近寄るな。人よ、踏むな。雪を。

反謌一首
集歌4228 有都々毛 御見多麻波牟曽 大殿乃 此母等保里能 雪奈布美曽祢
訓読 ありつつも見(め)したまはむぞ大殿のこの廻(もとは)りの雪な踏みそね
私訳 いつまでも御覧になるであろう。この大殿のまわりの雪を踏むな。
右二首謌者、三形沙弥、承贈左大臣藤原北卿之語、作誦之也。聞之傳者、笠朝臣子君。復後傳讀者、越中國掾久米朝臣廣縄是也
注訓 右の二首の歌は、三形沙弥の、贈左大臣藤原北卿の語を承け、依りて誦めり。聞きて伝ふるは笠朝臣子君。また後に伝へ読むは、越中國の掾久米朝臣廣縄、これなり。


*参考資料 懐風藻の詩歌*
贈正一位左大臣藤原朝臣總前 三首より
五言 秋日於長王宅宴新羅客 一首 賦得難字
訓読 秋日長王の宅において新羅の客を宴す 一首 賦に難の字を得たり

職貢梯航使         貢の職 梯航に使し
從此及三韓         此從り 三韓に及ぶ
岐路分衿易         岐路 衿を分つこと易す
琴樽促膝難         琴樽 膝を促むるは難し
山中猿叫斷         山中 猿叫斷へ
葉裏蝉音寒         葉裏 蝉音寒し
贈別無言語         別に贈るに言語無し
愁情幾萬端         情を愁るに幾く萬端


大學頭從五位下山田史三方 三首より一首

五言 秋日於長王宅宴新羅客 一首並序
訓読 秋日長王の宅において新羅の客を宴す  一首並せて序

君王以敬愛之沖衿、     君王敬愛の沖衿を以つて
廣闢琴樽之賞        廣く琴樽の賞を闢く
使人承敦厚之榮命、     使人敦厚の榮命を承け
欣戴鳳鸞之儀        鳳鸞の儀を欣戴す
於是琳瑯滿目、蘿薜充筵   是に於て琳瑯目に滿ち、蘿薜筵に充つ
玉爼彫華、列星光於煙幕   玉爼華を彫りて、星光を煙幕に列ね
珍羞錯味、分綺色於霞帷   珍羞味を錯へて、綺色を霞帷に分つ
羽爵騰飛、混賓主於浮蟻   羽爵騰飛して、賓主を浮蟻に混じ
清談振發、忘貴賤於窗雞   清談振發して、貴賤を窓雞に忘る
歌臺落塵、郢曲與巴音雜響  歌臺に塵を落して、郢曲と巴音と響を雜へ
笑林開靨、珠輝其霞影相依  笑林に靨を開けば、珠輝と其の霞影相依る
于時、露凝旻序、風轉商郊  時に、露旻序に凝り、風商郊に轉ず
寒蝉唱而柳葉飄、      寒蝉唱へて柳葉飄り
霜雁度而蘆花落       霜雁度りて蘆花落つ
小山丹桂、流彩別愁之篇   小山の丹桂、彩を別愁の篇に流し
長坂紫蘭、散馥同心之翼   長坂の紫蘭、馥を同心の翼に散ず
日云暮矣、月將除焉     日云に暮れむとし、月將に除せんとす
醉我以五千之文、      我を醉むるに五千の文を以てし
既舞踏於飽之地      既に飽の地に舞踏し
博我以三百之什、      我を博むるに三百の什を以てし
且狂簡於劔志之場      且つ劔志の場に狂簡す
請寫西園之遊、       請う西園の遊を寫し
兼陳南浦之送        兼て南浦の送を陳ぶ
含毫振藻、式贊高風、    毫を含みて藻を振り、以つて高風を贊す
云爾            と云うことしかり

白露懸珠日         白露 珠を懸くる日
黄葉散風朝         黄葉 風に散ずる朝
對揖三朝使         對し揖す 三朝の使
言盡九秋韶         言に盡す 九秋の韶
牙水含調激         牙水 調べを含み激し
虞葵落扇飄         虞葵 扇に落ちて飄る
已謝靈臺下         すでに謝す 靈臺の下
徒欲報瓊瑤         徒らに瓊瑤に報いむと欲す

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