竹取翁と万葉集のお勉強

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笠朝臣金村歌集を鑑賞する  天平元年(729)の歌 冬十二月謌

2011年01月13日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
天平元年(729)の歌 冬十二月謌
 正史となる続日本紀には天平元年十一月七日以降の記事がありません。従いまして、この十二月に何があったのかは知ることが出来ません。
 さて、大王の御命恐みと歌は詠いますから、役所の人が何らかの都合で急に石上神社に訪れたようです。それで、冬十二月の夜に宿泊設備の用意もなかったのでしょう。石上神社のある丘から遥かに奈良の都の灯りを見ての歌でしょうか。冬の寒さに寝るに寝られず、その寝られない故に、暖かい恋人の肌に恋しているのでしょうか。
 ただ、歌の「虚蝉乃世人有者」の表現には、大王の権威は無く、いやいや、従っている雰囲気があり、大王と共にあると云うような感覚の人麻呂時代とは違います。また、同じ笠金村の歌でも集歌369の和ふる歌やその元となる集歌368の石上大夫の歌とも、その感情は違います。

天平元年己巳冬十二月謌一首并短謌
標訓 天平元年己巳冬十二月の謌一首并せて短謌

集歌1787 虚蝉乃 世人有者 大王之 御命恐弥 礒城嶋能 日本國乃 石上 振里尓 紐不解 丸寐乎為者 吾衣有 服者奈礼奴 毎見 戀者雖益 色色山上復有山者 一可知美 冬夜之 明毛不得呼 五十母不宿二 吾歯曽戀流 妹之直香仁

訓読 現世(うつせみ)の 世の人なれば 大王(おほきみ)の 命(みこと)恐(かしこ)み 礒城嶋(しきしま)の 日本(やまと)の国の 石上(いそのかみ) 振(ふる)の里に 紐解(と)かず 丸寝(まるね)をすれば 吾の衣(き)る 服(ころも)は穢(なれ)ぬ 見るごとに 恋はまされど 色(いろ)に出(い)でば 人知りぬべみ 冬の夜の 明(あ)かしもえぬを 寝(い)も寝(ね)ずに 吾はぞ恋ふる 妹が直香(ただか)に

私訳 現世の世を生きる人なので、大王の御命令を謹んで承って、礒城嶋の大和の石上の布留の里に上着の紐を解くこともせず、ごろ寝をすると、私が着る服はよれよれになった。貴女が紐を結んだこの衣を見る度に恋心は増さるけど、表情に出せば人は知るでしょう。冬の長き夜の明かし難いのを寝るに寝られず、私は恋慕う、愛しい貴女の目に映る姿に。


反謌
集歌1788 振山従 直見渡 京二曽 寐不宿戀流 遠不有尓
訓読 布留山(ふるやま)ゆ直(ただ)に見わたす京(みやこ)にぞ寝(い)も寝(ね)ず恋ふる遠くあらなくに

私訳 石上の布留山から、直接に見渡せる奈良の京に居る、夜に寝ることも出来ずに貴女を慕う。そんなに遠くでもないのに。


集歌1789 吾妹兒之 結手師紐乎 将解八方 絶者絶十方 直二相左右二
訓読 吾妹子が結(ゆ)ひてし紐を解(と)かめやも絶えば絶ゆとも直(ただ)に逢ふさへに

私訳 私の愛しい貴女が結んだ紐を解くことがあるでしょうか。紐が切れるなら切れたとしても、直接に貴女に逢へるなら。
右件五首、笠朝臣金村之謌中出。
注訓 右の件(くだり)の五首は、笠朝臣金村の謌の中に出ず。


参考
 集歌1787の歌の「色色山上復有山者」で、戯訓として「色色」は「色二」で「色に」と、また「山上復有山」は「出」と訓むようです。
 そして、集歌1787の歌の標では十二月の歌となっていますので、場合により十二月寅日(十日)かもしれません。そうしますと遅れの石上神社での鎮魂祭の景色となり、大嘗祭または新嘗祭の前夜となります。日柄ですと十一月二十九日は乙卯で同気同性の隠の木で病弱を示しますが、十二月十一日が丁卯で木生火の相性で良日となるようで、仲冬の寅より十二月寅日が鎮魂祭の日柄として好ましくなります。


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