竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その25

2009年05月11日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その25

原文 春避而 野邊尾廻者 面白見
訓読 春さりて 野辺を廻(めぐ)れば おもしろみ(25)
私訳 春もおわりの野辺を廻りいくと景色に風流がある

歌の春の野辺を廻る景色の風流から、集歌1751の歌を取っています。また、この風景は万葉集巻頭の御御製で雄略天皇が見た景色と同じです。
歌は高橋連虫麻呂歌集からの採歌で、神亀元年(724)三月二十三日の難波宮への催造司の設置を受けて、長屋王の難波宮の着工に関係する行事に参加した後に奈良の京への帰途での歌です。現在の信貴山から三室山の山桜の季節は四月中旬までとのことですから、推定した歌の三月二十三日(新暦四月二十日)の季節は桜の散る時期にぴったりです。

(読み人知れず)
難波經宿明日還来之時謌一首并短哥
標訓 難波に經宿(やど)りて明日(あくるひ)還り来(こ)し時の歌一首并せて短歌
集歌1751 嶋山乎 射徃廻流 河副乃 丘邊道従 昨日己曽 吾超来壮鹿 一夜耳 宿有之柄二 峯上之 櫻花者 瀧之瀬従 落堕而流 君之将見 其日左右庭 山下之 風莫吹登 打越而 名二負有社尓 風祭為奈
訓読 島山を い行き廻(めぐ)れる 川副(そ)ひの 丘辺(おかへ)の道ゆ 昨日(きのふ)こそ 吾が越え来(こ)しか 一夜(ひとよ)のみ 寝(ね)たりしからに 峯(を)の上(うへ)の 桜の花は 瀧(たぎ)の瀬ゆ 散らひて流る 君が見む その日までには 山下(やまおろし)の 風な吹きそと うち越えて 名に負(お)へる杜(もり)に 風祭(かざまつり)せな
私訳 島山をめぐって流れいく川沿いの丘の裾の道を通って、たしか昨日に私は越えて来た。その昨夜の一夜だけ過ごしただけで、峯の上の桜の花は激しい川の流れに散り流れて逝く、貴方が見るその日までは山からの吹き下ろしの風よ吹くなと、丘を越えて風神の名を持つ龍田の杜で風祭りをしよう

反謌
集歌1752 射行相乃 坂之踏本尓 開乎為流 櫻花乎 令見兒毛欲得
訓読 い行(ゆき)会(あ)ひの坂の麓(ふもと)に咲きををる桜の花を見せむ児もがも
私訳 行き会う国境の坂の麓に咲き誇っている桜の花を見せるような女性がほしいな

 この歌は、養老神亀時代を代表する高橋連虫麻呂の歌であることと、長屋王と雄略天皇に関係するとして竹取翁の歌のもじり歌に採用されたのでしょうか。歌自身は、淡いパステル画のような色彩に富んだ非常に美しい春の野辺の歌です。残念なことに場面に相応しい美しい若い女性の姿は、読み手の心の内にあると反歌は詠って、その姿を見せていません。
 この歌の場において信貴山系南の龍田道の峠で国見をするなら、万葉集の巻頭を飾る雄略天皇の御製の歌は常識の内です。高橋連虫麻呂は雄略天皇の皇后若日下部王への妻問ひを想像しつつ、想い人の姿を描いたと思います。

 詰まらないことですが、原文の「春避而」を「春さりて」と読み「春もおわりの」と解釈しています。歌が詠われたのが旧暦三月二十三日ですと、あと七日で四月になり暦では夏です。それで「避」の漢字の意味合いで「春を避けて」夏になる感覚になります。

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