竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その11

2009年04月26日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その11

原文 蟻衣之 寶之子等蚊 打栲者
訓読 あり衣の 宝(たから)の子らか 未必(うつたへ)は(11)
私訳 美しい衣を纏った宝のように大切で触れてはいけない人だからか いや、かならずしも

手には触れてはいけない大切な宝の意味合いと「うつたへ」の言葉の響きから、集歌0517の歌を拾ってみました。「打栲者」の「うつたへは」の読みを砧で栲を打って柔らかくする動作である「栲を打つ」と解釈しないで、万葉集の歌らしく「未必」の「うつたへ」と解釈するのが、他の普段の解説と違うところです。また、宝のような女性は、貴重で大切なものですから手で触れる=抱く行為はしてはいけません。

大納言兼大将軍大伴卿謌一首
標訓 大納言兼大将軍大伴卿の歌一首
集歌0517 神樹尓毛 手者觸云乎 打細丹 人妻跡云者 不觸物可聞
訓読 神樹(かむき)にも手は触(ふ)るといふを未必(うつたへ)に人妻といへば触れぬものかも
私訳 神罰が下る神樹にも手は触れることが出来るのに、かならずしも、人妻と云うだけで抱かないわけではない。

石川郎女謌一首 即佐保大伴大家也
標訓 石川郎女の歌一首 即ち大伴佐保の大家(おほとじ)なり
集歌518 春日野之 山邊道乎 与曽理無 通之君我 不所見許呂香聞
訓読 春日野(かすがの)の山辺(やまへ)の道を恐(おそり)なく通ひし君が見えぬころかも
私訳 春日の野辺の山沿いの道を夜に恐れることなく通ってこられた貴方だったのに、お見えにならないこの頃です。

この歌の大納言大将軍大伴卿とは、壬申の乱で大和国で活躍した大伴安麻呂のことです。万葉集で有名な大伴旅人と坂上郎女の父親で、家持の祖父になります。この血筋だけでも万葉集から外すわけにはいきません。
また、壬申の乱に関して、壬申の乱では敵対した大友皇子軍の物部麻呂と大海人皇子軍の大伴安麻呂が天武天皇の時代以降は同僚の官僚となり、文武天皇・元明天皇の時代は右大臣は石上麻呂、大納言は大伴安麻呂のような地位で長親王や舎人親王の下で政治を行なっています。
他の資料に載らない大伴田主の名が万葉集の歌に見えますが、この大伴田主は大伴安麻呂と巨勢郎女との間の子ではないかとの推測があります。私の空想的な推理からは、巨勢郎女は人麻呂の詠う「軽の里の妻」と思っていますから、大伴安麻呂と巨勢郎女と人麻呂には恋の三角関係があったのではないかとも、私は推理しています。
その大伴安麻呂と巨勢郎女との相聞の歌が次の歌です。

大伴宿祢娉巨勢郎女時謌一首 大伴宿祢諱曰安麻呂也難波朝右大臣大紫大伴長徳卿之第六子平城朝任大納言兼大将軍薨也
標訓 大伴宿祢の巨勢郎女を娉(よば)ひし時の歌一首 大伴宿祢は諱(いみな)を安麿といえり。難波の朝(みかど)の右大臣大紫大伴長徳卿の第六子にして平城(なら)朝(みかど)の大納言兼(あわせて)大将軍に任(ま)けられて薨(みまか)れり。
集歌101 玉葛 實不成樹尓波 千磐破 神曽著常云 不成樹別尓
訓読 玉葛(たまかづら)実の成(な)らぬ木にはちはやぶる神ぞ着(つ)くといふならぬ樹ごとに
意訳 美しい藤蔓の花の実の成らない木には、恐ろしい神が取り付いていると言いますよ。実の成らない木にはどれも。

巨勢郎女報贈謌一首 即近江朝大納言巨勢人卿之女也
標訓 巨勢郎女の報(こた)へ贈れる歌一首 即ち近江(あふみの)朝(みかど)の大納言巨勢(こせ)人(ひと)卿(まえつきみ)の女(むすめ)なり
集歌102 玉葛 花耳開而 不成有者 誰戀尓有目 吾孤悲念乎
訓読 玉葛(たまかづら)花のみ咲きて成らずあるは誰が恋にあらめ吾(わ)が恋ひ念(おも)ふを
意訳 美しい藤蔓の花だけが咲いて実が成らないようなのは誰の恋心でしょうか。私は恋心を感じているのに。

 さて、面白いことですが、先の集歌517の歌は「神樹にも手は触るといふを」と詠いだしていますが、集歌518の石川郎女の歌では「神」の話題はありません。まだ、歌の時代は天平時代ではありませんから、春日山にはまだ有名な神社は無い時代です。返って、春日山より率川の三枝神社の方が当時としては有名ですから方向が少し違います。
また、集歌517と集歌518との歌で詠っている恋の景色が、なぜかずれています。集歌517の歌は恋しているけれど貴女が抱けないと云う雰囲気ですが、集歌518の歌は恋の成就の後の破局のような雰囲気です。それに、石川郎女について、標では大伴安麻呂と一緒に住み大伴一族を切り盛りする刀自の立場の妻なのですが、集歌517の歌では離れて住む人妻です。なにか、夫々の歌や標の内容がバラバラで違和感があります。
それよりも、私は集歌0517の歌は集歌102の返歌とする方が相応しいと思うのですが。ただそのとき、集歌0517の歌から巨勢郎女は誰かの人妻になってしまいます。
 少し、いたずらの呆れた訳に付き合ってください。

訓読 玉葛(たまかづら)実の成(な)らぬ木にはちはやぶる神ぞ着(つ)くといふならぬ樹ごとに
呆訳 美しい藤蔓の花の実の成らない木には恐ろしい神が取り付いていると言いますよ。実の成らない木にはどれも。それと同じように、貴女を抱きたいと云う私の思いを成就させないと貴女に恐ろしい神が取り付きますよ。

訓読 玉葛(たまかづら)花のみ咲きて成らずあるは誰が恋にあらめ吾(わ)が恋ひ念(おも)ふを
呆訳 美しい藤蔓の花のような言葉の花だけがたくさんに咲くだけで、実際に恋の実が実らなかったのは誰の恋心でしょうか。私は貴方の私への恋心を感じていましたが。

訓読 神樹(かむき)にも手は触(ふ)るといふを未必(うつたへ)に人妻といへば触れぬものかも
呆訳 むやみに触ると神罰が下るという神の樹にも人は手で触れると云います。かならずしも、人妻と云うだけで貴女を抱かないわけではありません。貴女には、もう、ちはやぶる神のような「あの人」が憑いていますから。

人麻呂の石見国の赴任中に大伴安麻呂が巨勢郎女へ恋をして振られたのであれば事件です。ですが、大伴旅人や家持にとっては少し気恥ずかしい事件です。

蛇足ですが、ご承知のことと思いますが万葉集の時代では辞源などの解説にあるように集歌101の歌の標の「娉ひし」の意味は「求婚」や「婚約」が本来の意味で「夜這い」の意味はありませんから、集歌101と集歌102との歌からは大人の男女の仲を見つけることは出来ません。

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