竹取翁と万葉集のお勉強

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柿本朝臣人麻呂の歌並びに人麻呂歌集の歌 7

2013年01月27日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
天皇御雷岳之時、柿本朝臣人麿作歌一首
標訓 天皇(すめらみこと)の雷(いかづちの)岳(をか)に御遊(いでま)しし時に、柿本朝臣人麿の作れる歌一首
集歌235 皇者 神二四座者 天雲之 雷之上尓 廬為鴨類
訓読 皇(すべらぎ)は神にし座(ま)せば天雲し雷(いづち)し上に廬(いほ)らせかもる
私訳 天皇は神でいらっしゃるので、天空の雲の中の雷岳の上に行宮で宿られていらっしゃるでしょう。
注意 原文の「廬為鴨類」は、一般には「廬為流鴨」の誤記として「廬(いほり)せるかも」と訓みます。

右或本云獻忍壁皇子也。其歌曰、
注訓 右は或る本に曰く「忍壁皇子に献れり」といへり。その歌に曰はく、
集歌235B 王 神座者 雲隠 伊加土山尓 宮敷座
訓読 王(おほきみ)し神にし座(ま)せば雲隠る雷(いかづち)山(やま)に宮敷きいます
私訳 王は神であられるので、雲に隠れる雷山の宮殿にいらっしゃる。


長皇子遊猟路池之時、柿本朝臣人麿作歌一首并短謌
標訓 長皇子の猟路の池に遊(いでま)しし時に、柿本朝臣人麿の作れる歌一首并せて短歌
集歌239 八隅知之 吾大王 高光 吾日乃皇子乃 馬並而 三獵立流 弱薦乎 猟路乃小野尓 十六社者 伊波比拜目 鶉己曽 伊波比廻礼 四時自物 伊波比拜 鶉成 伊波比毛等保理 恐等 仕奉而 久堅乃 天見如久 真十鏡 仰而雖見 春草之 益目頬四寸 吾於富吉美可聞

訓読 やすみしし わご大王(おほきみ) 高光る わご日の皇子の 馬並(な)めて み猟立たせる 弱薦(わかこも)を 猟路の小野に 猪鹿(しし)こそば い匍(は)ひ拝(をろが)め 鶉こそ い匍(は)ひ廻(もと)ほれ 猪鹿じもし い匍ひ拝み 鶉なす い匍ひ廻ほり 恐みと 仕へ奉りて ひさかたの 天見るごとく 真澄鏡(まそかがみ) 仰ぎて見れど 春草し いや愛(め)づらしき わご大王(おほきみ)かも

私訳 天下を隅々まで統治なれる我が大王は天上の世界まで高く光る我が日の御子が、馬を並べて猟にお出かけになる。若い薦を刈る猟路の野には、猪や鹿たちは御子に狩られて腹ばい拝みなさい、鶉たちは捕らえられ腹ばいまわりなさい。猪や鹿のように待ち伏せの地に伏しておがみ、鶉のように狩りの大地をはい廻って、恐れ多いこととしてお使え申し上げよう。彼方の空を望むように、清らかな鏡を仰ぐように見ても、春草の萌え出るように慕わしいわが大王

反歌一首
集歌240 久堅乃 天帰月乎 網尓刺 我大君者 蓋尓為有
訓読 ひさかたの天ゆく月を網(あみ)に刺しわご大君(おほきみ)は蓋(かさ)にせしたり
私訳 遥か彼方の天空を行く月を網に捉え、我が大君は蓋になされている。

或本反歌一首
標訓 或る本の反歌一首
集歌241 皇者 神尓之坐者 真木之立 荒山中尓 海成可聞
訓読 皇(おほきみ)は神にし坐(ま)せば真(ま)木(き)し立つ荒山中に海し成(な)すかも
私訳 皇は現御神であられるので、真木の生茂る荒山の中に雲で海(雲海)をお作りになった。


弓削皇子遊吉野時御歌一首
標訓 弓削皇子の吉野に遊(いでま)しし時の御歌一首
集歌242 瀧上之 三船乃山尓 居雲乃 常将有等 和我不念久尓
訓読 瀧し上(へ)し三船の山に居る雲の常にあらむとわが思はなくに
私訳 滝の上流にある三船山に懸かる雲が、永遠にあるとは私は思えない。

春日王奉和謌一首
標訓 春日王の和(こた)へ奉(まつ)れる歌一首
集歌243 王者 千歳尓麻佐武 白雲毛 三船乃山尓 絶日安良米也
訓読 王(おほきみ)は千歳に座さむ白雲も三船の山に絶ゆる日あらめや
私訳 王は、千年のように永遠にいらっしゃいます。そのように、あの白い雲も三船山に絶えて見えなくなる日があるでしょうか。

或本歌一首
標訓 或る本の歌一首
集歌244 三吉野之 御船乃山尓 立雲之 常将在跡 我思莫苦二
訓読 三吉野し御船の山に立つ雲し常しあらむとわが思はなくに
私訳 美しい吉野の三船山に立つ雲が、永遠にあるとは私は思えない。
右柿本朝臣人麿之歌集出
注訓 右の一首は柿本朝臣人麿の歌集に出づ。


柿本朝臣人麿羈旅歌八首
標訓 柿本朝臣人麿の羈旅(たび)の歌八首
集歌249 三津埼 浪牟恐 隠江乃 舟公宣 奴嶋尓
訓読 御津し崎波を恐み隠り江の舟公(ふなきみ)し宣(の)る奴(ぬ)し島(しまへ)へに
私訳 住江の御津の崎よ。沖の波を尊重して隠もる入江で船頭が宣言する。奴の島へと。

集歌250 珠藻刈 敏馬乎過 夏草之 野嶋之埼尓 舟近著奴
訓読 珠藻刈る敏馬を過ぎて夏草し野島し崎に舟近づきぬ
私訳 美しい藻を刈る敏馬を行き過ぎて夏草の茂る野島の崎に船は近づいた。
一本云、珠藻刈 處女乎過而 夏草乃 野嶋我埼尓 伊保里為 吾等者
一本(あるほん)に曰はく、
訓読 珠藻刈る處女(をとめ)を過ぎて夏草の野嶋が埼に廬(いほり)する吾は
私訳 美しい藻を刈る処女塚のある芦屋を行き過ぎて夏草の茂る野島ヶ崎に仮の宿りをする。私は。

集歌251 粟路之 野嶋之前乃 濱風尓 妹之結 紐吹返
訓読 淡路し野島し崎の浜風に妹し結びし紐吹きかへす
私訳 淡路の野島の崎に吹く浜風に貴女が結んだ約束の紐が貴女の想いを載せて吹き返す。

集歌252 荒栲 藤江之浦尓 鈴寸釣 白水郎跡香将見 旅去吾乎
訓読 荒栲し葛江(ふぢえ)し浦に鱸釣る海人とか見らむ旅行くわれを
私訳 荒栲を造る葛のその藤江の浦で鱸を釣る海人だろうかと思うだろう。旅を行く私を。
一本云、白栲乃 藤江能浦尓 伊射利為流 白水郎跡香将見 旅去吾乎
一本(あるほん)に曰はく、
訓読 白栲の藤江の浦に漁(いざり)する
私訳 白栲の房の藤のその藤江の浦で漁をする

集歌253 稲日野毛 去過勝尓 思有者 心戀敷 可古能嶋所見
訓読 稲日野も行き過ぎかてに思へれば心恋しき可古の島見ゆ
私訳 稲美野も行き過ぎてしまって、ふと思うと目的としていた加古の島が見える。
一云、湖見
訓読 湖(みなと)見ゆ
私訳 湊が見える。

集歌254 留火之 明大門尓 入日哉 榜将別 家當不見
訓読 留火し明石大門に入らむ日や漕ぎ別れなむ家のあたり見ず
私訳 目印の篝を焚く明石の海峡に戻ってくる日は何時か。船を漕いで明石の海峡から別れ、家の辺りを示す大和の山並みがもう見えない。

集歌255 天離 夷之長道従 戀来者 自明門 倭嶋所見
訓読 天(あま)離(さ)る夷し長道ゆ恋ひ来れば明石し門(と)より大和島見ゆ
私訳 大和の空から離れた田舎からの長い道を大和の国を恋しく思って帰って来ると明石の海峡から大和の山並みが見えたことよ。
一本云、家門當見由
一本(あるほん)に云はく、
訓読 家門(へと)あたり見ゆ
私訳 家の辺りの大和の山並みが見えたことよ。

集歌256 飼飯海乃 庭好有之 苅薦乃 乱出所見 海人釣船
訓読 飼飯海(けひうみ)の庭好くあらし刈薦の乱れ出づ見ゆ海人の釣船
私訳 飼飯の海の海上は穏やからしい。刈る薦の茎のように散り散りになって出漁している海人の釣船よ。
一本云、武庫乃海 舳尓波有之 伊射里為流 海部乃釣船 浪上従所見
一本(あるほん)に云はく、
訓読 武庫の海舳(へ)にはあるらしいざりする海人の釣船波の上ゆ見ゆ
私訳 武庫の海よ。舳にあるのだろうか、その漁火を焚く海人の釣船をうねりの波の上に見る。
注意 原文の「武庫乃海舳尓波有之」は、「武庫乃海能 尓波好有之」、「武庫乃海 船爾波有之」などの伝があります。ここでは西本願寺本の表記を訓んでいます。

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