竹取翁と万葉集のお勉強

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田辺福麻呂歌集を鑑賞する  田邊福麿之謌集廿一首

2011年02月10日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
讃久邇新京謌二首并短歌
標訓 久邇(くに)の新しき京(みやこ)を讃(ほ)むる謌二首并せて短歌

集歌1050 明津神 吾皇之 天下 八嶋之中尓 國者霜 多雖有 里者霜 澤尓雖有 山並之 宜國跡 川次之 立合郷跡 山代乃 鹿脊山際尓 宮柱 太敷奉 高知為 布當乃宮者 河近見 湍音叙清 山近見 鳥賀鳴慟 秋去者 山裳動響尓 左男鹿者 妻呼令響 春去者 岡邊裳繁尓 巌者 花開乎呼理 痛可怜 布當乃原 甚貴 大宮處 諾己曽 吾大王者 君之随 所聞賜而 刺竹乃 大宮此跡 定異等霜

訓読 現(あき)つ神 吾が皇(すめろぎ)の 天の下 八島(やしま)の中(うち)に 国はしも 多(さわ)くあれども 里はしも 多(さわ)にあれども 山並みの 宜(よろ)しき国と 川なみの たち合ふ郷(さと)と 山背(やましろ)の 鹿背山(かせやま)の際(ま)に 宮柱 太敷き奉(まつ)り 高知らす 布当(ふたぎ)の宮は 川近み 瀬の音(と)ぞ清(きよ)き 山近み 鳥が音(ね)響(とよ)む 秋されば 山もとどろに さ雄鹿(をしか)は 妻呼び響(とよ)め 春されば 岡辺(おかへ)も繁(しじ)に 巌(いはほ)には 花咲きををり あなおもしろ 布当(ふたぎ)の原 いと貴(たふと) 大宮所 うべしこそ 吾が大王(おほきみ)は 君がまに 聞かし賜ひて さす竹の 大宮(おほみや)此処(ここ)と 定めけらしも

私訳 身を顕す神である吾等の皇が天下の大八洲の中に国々は沢山あるが、郷は沢山あるが、山並みが願いに適い宜しい国と、川の流れが集る郷と、山代の鹿背の山の裾に宮柱を太く建てられて、天まで高だかに統治なされる布当の都は、川が近く瀬の音が清らかで、山が近く鳥の音が響く。秋になれば山も轟かせて角の立派な牡鹿の妻を呼ぶ声が響き、春になれば丘のあたり一面に岩には花が咲き豊かに枝を垂れ、とても趣深い布当の野の貴いところよ。大宮所、もっともなことです。吾等が大王は、君の進言をお聞きになられて、すくすく伸びる竹のような勢いのある大宮はここだと、お定めになられたらしい。


反謌二首
集歌1051 三日原 布當乃野邊 清見社 大宮處 (一云 此跡標刺) 定異等霜
訓読 三香(みか)の原布当(ふたぎ)の野辺(のへ)を清(きよ)みこそ大宮所 (一(ある)は云はく、ここと標(しめ)刺し) 定めけらしも

私訳 三香の原の布当の野辺が清らかなので大宮所と(或いは云く、ここの場所だと境界を)定められたのでしょう。


集歌1052 弓高来 川乃湍清石 百世左右 神之味将 大宮所
訓読 豊き川の瀬清(きよ)し百世(ももよ)さへ神の味はふ大宮所

私訳 物部の人々が弓を掲げ、豊かな川の流れは清らかです。百代の後に至るまでも神が祝福する大宮所よ。



集歌1053 吾皇 神乃命乃 高所知 布當乃宮者 百樹成 山者木高之 落多藝都 湍音毛清之 鴬乃 来鳴春部者 巌者 山下耀 錦成 花咲乎呼里 左牡鹿乃 妻呼秋者 天霧合 之具礼乎疾 狭丹頬歴 黄葉散乍 八千年尓 安礼衝之乍 天下 所知食跡 百代尓母 不可易 大宮處

訓読 吾が皇(きみ)の 神の命(みこと)の 高知らす 布当(ふたぎ)の宮は 百樹(ももき)成(な)し 山は木高(こだか)し 落ち激(たぎ)つ 瀬の音(と)も清し 鴬の 来鳴く春へは 巌(いはほ)には 山下(した)光(ひか)り 錦なす 花咲きををり さ雄鹿(をしか)の 妻呼ぶ秋は 天(あま)霧(ぎ)らふ 時雨(しぐれ)をいたみ さ丹つらふ 黄(もみち)葉(は)散りつつ 八千年(やちとせ)に 生(あ)れ衝(つ)かしつつ 天の下 知らしめさむと 百代(ももよ)にも 易(かは)るましじき 大宮所

私訳 吾等の皇子で神の命が天まで高く統治なされる、その布当の宮は、多くの木々が生い茂り、山には木が高く生え、流れ落ちる激流の瀬の音も清らかで、鶯がやって来て啼く春になると、岩には山の麓を輝かせるように錦のような色取り取りに花が咲きたわみ、角の立派な牡鹿が妻を鳴き呼ぶ秋には、空に霧が立ち、時雨がしきりに降り、美しく丹に染まる黄葉は散り行き、数千年に生まれ継ぎながら天下を統治なされるでしょうと、百代にも遷り易ることがあるはずも無い、ここ大宮です。


反謌五首
集歌1054 泉河 徃瀬乃水之 絶者許曽 大宮地 遷徃目
訓読 泉川往(い)く瀬の水の絶えばこそ大宮所遷(うつ)ろひ往(い)かめ

私訳 泉川の流れ往く瀬の水が絶えることがあるならば、ここ大宮は遷り易り往くでしょう。


集歌1055 布當山 山並見者 百代尓毛 不可易 大宮處
訓読 布当山(ふたぎやま)山並み見れば百代(ももよ)にも易(かは)るましじき大宮所

私訳 布当山の、その山並みを見れば、百代にも遷り易ることがあるはずも無い、ここ大宮です


集歌1056 盛嬬等之 續麻繁云 鹿脊之山 時之徃去 京師跡成宿 (盛は、女+盛)
訓読 女子(をみな)らが続麻(うみを)懸(か)くといふ鹿背(かせ)の山時の往(い)ければ京師(みやこ)となりぬ

私訳 妙齢の女達が績麻を懸ける「かせ」と云う鹿背の山よ、時が過ぎ行くと今は盛りの都となった。


集歌1057 鹿脊之山 樹立矣繁三 朝不去 寸鳴響為 鴬之音
訓読 鹿背(かせ)の山樹立(こだち)を繁(しげ)み朝さらず来鳴き響(とよ)もす鴬の声

私訳 鹿背の山の木立は茂っている、朝毎に飛び来て啼き響かす鶯の声よ。


集歌1058 狛山尓 鳴霍公鳥 泉河 渡乎遠見 此間尓不通 (一云 渡遠哉 不通者武)
訓読 狛山(こまやま)に鳴く霍公鳥泉川渡りを遠(とほ)みここに通(かよ)はず (一(ある)は云はく、渡り遠みか通はずはらむ)

私訳 狛山に啼くホトトギスは、泉川の渡りが広く遠いので、ここには通って来ない。(あるいは云うに「渡りが広く遠いのか、それで通わないのだろう」という。)



春日悲傷三香原荒墟作謌一首并短謌
標訓 春日(はるひ)に、三香(みか)の原の荒れたる墟(あと)を悲傷(いた)みて作れる謌一首并せて短謌

集歌1059 三香原 久邇乃京師者 山高 河之瀬清 在吉迹 人者雖云 在吉跡 吾者雖念 故去之 里尓四有者 國見跡 人毛不通 里見者 家裳荒有 波之異耶 如此在家留可 三諸著 鹿脊山際尓 開花之 色目列敷 百鳥之 音名束敷 在果石 住吉里乃 荒樂苦惜哭

訓読 三香(みか)の原 久迩(くに)の京師(みやこ)は 山高み 川の瀬清み 住みよしと 人は云へども 在(あ)りよしと 吾は念(おも)へど 古(ふ)りにし 里にしあれば 国見れど 人も通はず 里見れば 家も荒れたり 愛(は)しけやし 如(かく)ありけるか 三諸(みもろ)つく 鹿背(かせ)の山の際(ま)に 咲く花の 色めづらしく 百鳥(ももとり)の 声なつかしく 在(あ)り果(はて)し 住みよき里の 荒るらく惜しも

私訳 三香の原にある久邇の京は、山が高く、川の瀬は清らで、住むのに良い処と人は云うけれど、滞在するに良いと私は思うけれど、既に過去の里になってしまったので、この土地を見ても人はやって来ず、人里を見ると家は荒れ果てている。愛しくもこのようになってしまったのか、神々しい鹿背の山のほとりに咲く花は色美しく、多くの鳥の鳴き声は心地好く、滞在していたこの住みやすい里が、荒れ果てていくのが残念です。


反謌二首
集歌1060 三香原 久邇乃京者 荒去家里 大宮人乃 遷去礼者
訓読 三香(みか)の原久迩(くに)の京(みやこ)は荒れにけり大宮人の遷(うつろ)ひぬれば

私訳 三香の原にある久邇の京は荒れ果ててしまった。大宮人が遷っていってしまったので。


集歌1061 咲花乃 色者不易 百石城乃 大宮人叙 立易去流
訓読 咲く花の色は易(かは)らずももしきの大宮人ぞ立ち易(かは)りさる

私訳 咲く花の色は変わることもない。多くの岩を積み作る大宮の宮人だけが立ち替わり去って行った。



難波宮作謌一首并短謌
標訓 難波(なにはの)宮(みや)にして作れる謌一首并せて短謌

集歌1062 安見知之 吾大王乃 在通 名庭乃宮者 不知魚取 海片就而 玉拾 濱邊乎近見 朝羽振 浪之聲参 夕薙丹 櫂合之聲所聆 暁之 寐覺尓聞者 海石之 塩干乃共 汭渚尓波 千鳥妻呼 葭部尓波 鶴鳴動 視人乃 語丹為者 聞人之 視巻欲為 御食向 味原宮者 雖見不飽香聞

訓読 やすみしし 吾が大王(おほきみ)の あり通ふ 難波の宮は 鯨魚(いさな)取り 海(うみ)片付きて 玉(たま)拾(ひり)ふ 浜辺を清み 朝羽(あさは)振る 浪の声(ね)せむ 夕凪に 櫂合(かあ)ひの声(ね)聞く 暁(あかとき)の 寝覚(ねざめ)に聞けば 海石(いくり)の 潮干(しほひ)の共(むた) 汭渚(くます)には 千鳥妻呼び 葦辺(あしへ)には 鶴(たづ)鳴き響(とよ)む 見る人の 語りにすれば 聞く人の 見まく欲(ほ)りする 御食(みけ)向(むこ)ふ 味原(あぢふ)の宮は 見れど飽かぬかも

私訳 この国を平らかに統治なされる吾等の大王が、御通いなされる難波の宮は、鯨のような大きな魚を採る海が引き、美しい石を拾う浜辺は清らかで、朝に鳥が羽ばたき、浪の寄せ来る音が聞こえ、夕凪に船を漕ぐ櫂の調子を合わせる声が聞こえる、暁の目覚めに聞くと、海の岩を見せながら潮が引くと共に浜に現れる曲がりくねった川の洲には千鳥が妻を呼び、葦辺には鶴の鳴き声が響く、この景色を見る人が物語りにすると、それを聞く人は、一目見たみたいと思う、天皇が治められる味原の宮は、見ていても見飽きることがありません。


反歌二首
集歌1063 有通 難波乃宮者 海近見 童女等之 乗船所見
訓読 あり通ふ難波の宮は海(うみ)近(ちか)み童女(わらはをみな)の乗れる船見ゆ

私訳 御通いなされる難波の宮は海が近いので、童女たちが乗った船が見える。


集歌1064 塩干者 葦邊尓参 白鶴乃 妻呼音者 宮毛動響二 (参は、足+参)
訓読 潮干(しほひ)れば葦辺に参(さへ)く白鶴(しらたづ)の妻呼ぶ声は宮もとどろに

私訳 潮が引けば葦辺により来る白鶴の妻を呼び声が、宮に響き渡る。

 西本願寺本の原文の漢字を尊重すると歌の感情が変わります。例えば、集歌1063の歌の「童女等之乗船所見」の句に、現在の訓読み万葉集では「海」の一字を足し「海童女等之乗船所見」とします。この「海」の字の一字を足すことで、見る景色は全くに変わります。原文では華美に飾った船に着飾った貴族の女の子を眺めていますが、訓読み万葉集では粗末な漁民の船に乗る裸に近い漁民の女の子を見ています。
 歌の鑑賞では、難波の海辺の美しさを詠った感情を見て、西本願寺本の原文の漢字を尊重した方が良いとしています。



過敏馬浦時作謌一首并短謌
標訓 敏馬(みぬめ)の浦を過し時に作れる謌一首并せて短謌
集歌1065 八千桙之 神乃御世自 百船之 泊停跡 八嶋國 百船純乃 定而師 三犬女乃浦者 朝風尓 浦浪左和寸 夕浪尓 玉藻者来依 白沙 清濱部者 去還 雖見不飽 諾石社 見人毎尓 語嗣 偲家良思吉 百世歴而 所偲将徃 清白濱

訓読 八千桙(やちほこ)の 神の御世より 百船(ものふね)の 泊(は)つる泊(とまり)と 八島国(やしまくに) 百船人(ももふねひと)の 定めてし 敏馬(みぬめ)の浦は 朝風に 浦浪(うらなみ)騒き 夕浪に 玉藻は来寄る 白(しら)真子(まなこ) 清き浜辺(はまへ)は 去(い)き還(かへ)り 見れども飽かず 諾(うべ)しこそ 見る人ごとに 語り継ぎ 偲(しの)ひけらしき 百代(ももよ)経て 偲(しの)はえゆかむ 清き白浜

私訳 伊邪那岐、伊邪那美の八千矛で大八島国を御創りなされた神の御世から、多くの船が泊まる湊として、この八島の国々のたくさんの船を操る人たちが定めてきた敏馬の浦は、朝風に浦には浪が立ち、夕方の浪に玉藻が来寄せる。白砂の清らかな浜辺は、行き帰りに見るが見飽きることが無い。なるほど、見る人がそれぞれに、語り継ぎ思い出にしてきたようだ。百代も過ぎても人は旅の思い出にするでしょう、この清らかな白浜を。


反謌二首
集歌1066 真十鏡 見宿女乃浦者 百船 過而可徃 濱有七國
訓読 真澄鏡(まそかがみ)敏馬(みぬめ)の浦は百船(ももふね)の過ぎて往(い)くべき浜ならなくに

私訳 願うと見たいものを見せると云う真澄鏡、しかし、敏馬の浦は、多くの船が寄ることなく通り過ぎて行く浜ではないのだが。


集歌1067 濱清 浦愛見 神世自 千船湊 大和太乃濱
訓読 浜(はま)清(きよ)み浦(うら)愛(うるは)しみ神世(かむよ)より千船(ちふね)の湊(みなと)大(おほ)和太(わだ)の浜

私訳 浜は清らかで、入り江は美しい、神代から多くの船が泊まる湊だよ、大和太の浜は。

右廿一首、田邊福麿之謌集中出也
注訓 右の二十一首は、田辺(たなべの)福麿(さきまろ)の歌集の中(うち)に出づ。


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