竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
初めてのお人でも、それなりのお人でも、楽しめると思います。

竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その30

2009年05月16日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その30

原文 打氷刺 宮尾見名
訓読 打日刺す 宮女(みやをみな)(30)
私訳 輝く日が照る宮殿の官女

私は、竹取翁の詠う長歌の一節の「打日刺す 宮女」を「輝く日が照る宮殿の官女」と意訳して、次の柿本朝臣人麻呂の歌集の歌から採歌されたと云う集歌2382の歌を想像しました。感覚で、ここでの歌々は古今のラブレターの最高峰ではないでしょうか。

(人麻呂歌集)
集歌2382 打日刺 宮道人 雖満行 吾念公 正一人
訓読 うち日さす宮道(みやぢ)を人は満ち行けど吾(わ)が思(も)ふ君はただひとりのみ
私訳 日が輝く宮殿への道を人はあふれるように歩いて行くが、私がお慕いする男性はただ一人、貴方だけです。

 万葉集の時代には歌垣が人々の心の中にあり、天平六年の記事にもあるように都人も歌垣で男女の交流を楽しんでいたようです。このため、万葉集に載る男女の相聞歌は宴での歌垣のような歌会の歌なのか、どうか、見極める必要があります。まず、男女の相聞歌の多くは歌会での歌合わせの歌と思われます。それらの歌々が恋の歌を詠っていても、それは現実の男女の仲ではなくて歌垣と同じ想像の世界を詠った和歌でしょう。

 さて、万葉集巻十一に柿本朝臣人麻呂の歌集から採られた百四十九首の歌々があります。先に示した集歌2382の歌はその中の一首です。ここで、歌の性格を明らかにするために、その集歌2382の歌の前後の歌を紹介したいと思います。

集歌2380 早敷哉 誰障鴨 玉桙 路見遺 公不来座
訓読 愛(は)しきやし誰が障(さ)ふれかも玉桙の道見忘れて君が来まさぬ
私訳 ああ愛おしい。誰かが邪魔をしているのでしょうか。それとも御門の立派な桙を建てる宮中への道を忘れたようで貴方が遣って来ません。

集歌2381 公目 見欲 是二夜 千歳如 吾戀哉
訓読 公(きみ)が目に見まく欲(ほ)りしてこの二夜(ふたよ)千歳(ちとせ)の如く吾(わ)は恋ふるかも
私訳 貴方の姿を直接にお目にしたいと思って、この二夜がまるで千年のように感じるように私は貴方を慕っているのでしょう。

集歌2382 打日刺 宮道人 雖満行 吾念公 正一人
訓読 うち日さす宮道(みやぢ)を人は満ち行けど吾(わ)が思ふ君はただひとりのみ
私訳 日が輝く宮殿への道を人はあふれるように歩いて行くが、私がお慕いする男性はただ一人、貴方だけです。

 この三首は、宮中に勤める官女が同じく宮中に勤める官人と恋に落ち、声は交わせないがその姿を少しでも見たいという気持ちを詠ったものと思っています。勤務の関係で男は二日ほど登庁しなかったようですが、恋する官女はそれが千年に感じたようです。まず、男性による想像の創作歌ではなく、女性の直の心の歌と思います。

集歌2386 石尚 行應通 建男 戀云事 後悔在
訓読 巌(いはほ)すら行き通(とほ)るべき建男(ますらを)も恋云ふことは後(のち)悔(くい)にけり
私訳 邪魔ならば岩であっても蹴散らして通っていくこの丈夫な男も、恋の表し方に後で悔いが残る

集歌2388 立座 態不知 雖念 妹不告 間使不来
訓読 立ちて坐(ゐ)てたづきも知らず思へども妹に告げねば間使(まつかひ)も来(こ)ず
私訳 立っていても座っていてもこの恋を表すことの方法を知らず、貴女を慕っていても貴女にそれを告げなくては、貴女から便りの使いも来ません。

 ここに示す二首は、確実に男の歌です。男が男を強く主張していた時代の恋の歌と思います。女からの情念の便りに、どう答えてよいか思案しているような男の悩みがあります。

集歌2389 烏玉 是夜莫明 朱引 朝行公 待苦
訓読 ぬばたまのこの夜な明けそ赤(あか)らひく朝(あさ)行く君を待たば苦しも
私訳 漆黒の闇のこの夜よ明けるな、貴方によって私の体を朱に染めている、その朝焼けの早朝に帰って行く貴方を、また次に逢うときまで待つのが辛い。

集歌2390 戀為 死為物 有者 我身千遍 死反
訓読 恋するに死するものにあらませば我が身は千遍(ちたび)死にかへらまし
私訳 待つのが辛く、貴方に恋してその苦しみに死ぬことがあるのでしたら、私の体は千遍も死んで生き返っているでしょう。

さて、男が男であった時代の集歌2386の歌からすると、この二首は女の歌でしょう。集歌2389の歌は、男女の夜の営みが透けて見えて官能的ですが、それゆえに次に逢うまでが切なく離れたくない女心の歌です。集歌2390の歌もまた、一途な女の歌と思います。

これらは百四十九首の歌々のさわりですが、これらの歌々には男女の情念と体臭があります。それも夜の営みに伴う喜びの体臭です。男女は共にすこぶる教養人で、漢詩や漢語は日常に使いこなしている感覚がありますが、それでいて、愛の交換日記のような歌々です。私は、これは人麻呂と隠れ妻との秘めたラブレターの歌集と思っています。日本の詩歌の中でこれほどのラブレターはないのではないでしょうか。
これは、絶対に後世に伝えるべき歌々です。

集歌2409 君戀 浦經居 悔 我裏紐 結手徒
訓読 君に恋ひうらぶれ居(を)れば悔(くや)しくも我(わ)が下紐(したひも)の結(ゆ)ふ手いたずら
私訳 貴方を慕って逢えないことを寂しく思っていると、悔しいことに夜着に着替える私の下着を留める下紐を結ぶ手が空しい。

 結んだ下着の紐を貴方に解いて貰えないのなら夜着の紐を結ぶこと自体が空しく切ない。閨で紐解く手に添える相手の男の手のぬくもりも伝わるような、こんな大人の恋の歌々です。

コメント   この記事についてブログを書く
« 竹取翁の歌のお勉強 長歌の... | トップ | 竹取翁の歌のお勉強 長歌の... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する」カテゴリの最新記事