竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
初めてのお人でも、それなりのお人でも、楽しめると思います。

笠朝臣麿  譬喩謌二首、卿に贈れる謌と大宰府烏梅の宴の歌

2011年01月31日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
譬喩謌二首
 集歌391の歌と集歌393の歌は、万葉集巻三の譬喩歌の分類において、それぞれ一首単独で採歌された歌です。このため、これらの歌を鑑賞する上で、それぞれの歌に譬喩する世界を見る必要があります。
 例えば、集歌391の歌で使われる漢語としての「木」と「樹」では、その意味が違います。丁寧にお祭りして伐る立派な材料になる樹木とままに伐る立木の差があります。普段の解説では集歌391の歌は女性の婚姻の比喩ではないかとしていますが、漢語の感覚からは外国にも通用する人材を、ままに下役人に使っているような比喩が窺えます。なお、足柄山に注目すると、不遇な人材は武蔵国や常陸国の人だったのでしょうか。
 次に集歌393の歌は、詠い手と聞き手とが、何かの前兆を見て、その行方を想像し、その後を期待しています。ほのかに見た女性との恋の行方でしょうか、それとも、仏法が説く仏の貴さでしょうか。素人の感覚では、仏教典から仏陀の姿を想像して尊ぶ沙弥である満誓の姿を見てしまいます。


造筑紫觀世音寺別當沙弥満誓謌一首
標訓 造筑紫觀世音寺の別當沙弥満誓の謌一首
集歌391 鳥総立 足柄山尓 船木伐 樹尓伐歸都 安多良船材乎
訓読 鳥(とり)総(ふさ)立(た)て足柄山に船木(ふなき)伐(き)り樹(き)に伐(き)り行きつあたら船木(ふなき)を

私訳 鳥総を立てて足柄山で船を作る材木を伐る作業に対して、単なる生えている立木として伐りにわざわざ都から行った。立派な船の材木を(得るためなのに)。


満誓沙弥月謌一首
標訓 満誓沙弥の月の謌一首
集歌393 不所見十方 孰不戀有米 山之末尓 射狭夜歴月乎 外見而思香
訓読 見えずとも誰れ恋ひざらめ山の末(ま)にいさよふ月を外(よそ)に見てしか

私訳 たとえその姿が直接に見えなくても、誰が恋慕をしないでいられるでしょうか。山際に出かかっている月の明かりから月の姿を想像して、その姿を思い描くではありませんか。



卿に贈れる謌
 この歌は、天平二年暮れから三年春頃の歌です。沙弥満誓が奈良の京に戻った大伴旅人に贈る歌二首に対して、万葉集ではその返歌二首が残されています。
 なお、大伴旅人が詠う返歌には、別れの悲しさと懐かしさがありますが、同時に軽い遊び心を歌の表記に取り入れています。奈良時代の風流人の漢字表記の遊びも楽しんでください。

太宰帥大伴卿上京之後沙弥満誓贈卿謌二首
標訓 太宰帥大伴卿の上京の後に、沙弥満誓の卿に贈れる謌二首

集歌572 真十鏡 見不飽君尓 所贈哉 旦夕尓 左備乍将居
訓読 真澄鏡(まそかがみ)見飽かぬ君に後れてや朝(あした)夕(ゆふべ)にさびつつ居(を)らむ

私訳 見たい物を見せると云う真澄鏡で日々見ても見飽きることがない貴方に、私はここに残されて、朝に夕べにさびしく暮らして行くでしょう。


集歌573 野干玉之 黒髪變 白髪手裳 痛戀庭 相時有来
訓読 ぬばたまの黒髪変(かは)り白髪(しらけ)ても痛(いた)き恋には逢ふ時ありけり

私訳 真っ黒な黒光りする黒髪が変わり白髪となる年になっても、このような辛い恋慕の想いに逢うことがあるのですね。


参考歌
大納言大伴卿和謌二首
標訓 大納言大伴卿の和(こた)へたる謌二首
集歌574 此間在而 筑紫也何處 白雲乃 棚引山之 方西有良思
訓読 ここにありて筑紫(つくし)や何処(いづち)白雲のたなびく山の方(かた)にしあるらし

私訳 ここ都にいて筑紫はどちらの方向になるのだろう。白雲のたなびく山の西の彼方にあるのだろう。


集歌575 草香江之 入江二求食 蘆鶴乃 痛多豆多頭思 友無二指天
訓読 草香江(くさかえ)の入江に求食(あさ)る葦(あし)鶴(たづ)のあなたづたづし友無しにして

私訳 草香江の入江に餌をあさる葦べの鶴のように、ああ心もとないことよ。多くの友は遠くに無くして。



大宰府烏梅の宴の歌
 この集歌821の歌は、大宰府で開かれた烏梅の宴で詠われた三十二首の歌の中の一首です。
 この宴は、日本の和歌の歴史では非常な重要なもので、日本最初の和歌を一字一音の万葉仮名を使って表記してから、その歌を口唱して詠うことを目的に行われた大和歌を詠う会の宴です。ここで、私は歌の表記が先で口唱は後としていて、口唱する歌を書記が一字一音の万葉仮名で速記したとする立場ではありません。
 ご存じのように、一字一音の万葉仮名で表記された歌は、それを表記する筆記体により、楷書の万葉仮名、草書連綿、草仮名、平仮名と意図的に区分が可能ですが、その歌の本質に相違はありません。ただし、この一字一音の万葉仮名で表記された歌は、その調べの美しさが歌の命となり、歌自体の奥行は漢語を含む表記に比べ浅くなります。現在の和歌は、人麻呂の漢詩のような表記する和歌と旅人が行った一字一音の万葉仮名での調べの和歌の中間に位置します。

集歌821 阿乎夜奈義 烏梅等能波奈乎 遠理可射之 能弥弖能々知波 知利奴得母與斯 (笠沙弥)
訓読 青柳(あほやぎ)梅との花を折り插頭(かざ)し飲みての後(のち)は散りぬともよし (笠沙弥)

私訳 青柳と梅との枝や花枝を、手折って皆の前に飾って眺め、この宴会で酒を飲んだ後は花が散ってしまってもしかたがない。



参考歌 烏梅の宴で詠われた三十二首
(大貳紀卿)
集歌815 武都紀多知 波流能吉多良婆 可久斯許曽 烏梅乎乎岐都々 多努之岐乎倍米
訓読 正月(むつき)立ち春の来(き)たらば如(かく)しこそ梅を招(を)きつつ楽しきを経(へ)め
私訳 正月の立春がやって来たら、このように梅の花が咲くのを招き、そして客を招き、楽しい風流の宴の一日を過ごしましょう。

(少貳小野大夫)
集歌816 烏梅能波奈 伊麻佐家留期等 知利須義受 和我覇能曽能尓 阿利己世奴加毛
訓読 梅の花今咲ける如(ごと)散り過ぎず吾(わ)が家(いへ)の苑(その)にありこせぬかも
私訳 梅の花は今咲いているように散り去ることなく吾が家の庭に咲き続けてほしいよ。

(少貳粟田大夫)
集歌817 烏梅能波奈 佐吉多流僧能々 阿遠也疑波 可豆良尓須倍久 奈利尓家良受夜
訓読 梅の花咲きたる苑(その)の青柳(あほやぎ)は蘰(かづら)にすべく成りにけらずや
私訳 梅の花の咲く庭に、青柳もまた、蘰に出来るように若芽を付けた枝を垂らしているではないか。

(筑前守山上大夫)
集歌818 波流佐礼婆 麻豆佐久耶登能 烏梅能波奈 比等利美都々夜 波流比久良佐武
訓読 春さればまづ咲く屋戸(やと)の梅の花独り見つつや春日(はるひ)暮らさむ
私訳 春になると最初に咲く屋敷の梅の花よ、私独りで眺めながら、ただ、春の一日を暮らしましょう。

(豊後守大伴大夫)
集歌819 余能奈可波 古飛斯宜志恵夜 加久之阿良婆 烏梅能波奈尓母 奈良麻之勿能怨
訓読 世間(よのなか)は恋繁しゑや如(かく)しあらば梅の花にも成らましものを
私訳 この世の中は私から女性に恋することが多いなあ。このようであるのなら人に恋われる梅の花になれたら良いのに。

(筑後守葛井大夫)
集歌820 烏梅能波奈 伊麻佐可利奈理 意母布度知 加射之尓斯弖奈 伊麻佐可利奈理
訓読 梅の花今盛りなり思ふどちかざしにしてな今盛りなり
私訳 梅の花は今が盛りです。親しい友よ梅の花枝を飾って眺めましょう。花は今が盛りです。

(笠沙弥)
集歌821 阿乎夜奈義 烏梅等能波奈乎 遠理可射之 能弥弖能々知波 知利奴得母與斯
訓読 青柳(あほやぎ)梅との花を折りかざし飲みての後(のち)は散りぬともよし
私訳 青柳と梅との枝や花枝を、手折って皆の前に飾って眺め、この宴会で酒を飲んだ後は花が散ってしまってもしかたがない。

(主人)
集歌822 和何則能尓 宇米能波奈知流 比佐可多能 阿米欲里由吉能 那何列久流加母
訓読 吾(わ)が苑(その)に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも
私訳 私の庭に梅の花が散る。遥か彼方の天より雪が降って来たのだろうか。

(大監伴氏百代)
集歌823 烏梅能波奈 知良久波伊豆久 志可須我尓 許能紀能夜麻尓 由企波布理都々
訓読 梅の花散らくは何処(いづく)しか清(す)がにこの城(き)の山に雪は降りつつ
私訳 梅の花が散るのは何処でしょう。それにしてもこの城の山に雪は降りつづくことよ。

(小監阿氏奥嶋)
集歌824 烏梅乃波奈 知良麻久怨之美 和我曽乃々 多氣乃波也之尓 于具比須奈久母
訓読 梅の花散らまく惜しみ吾(わ)が苑(その)の竹(たけ)の林に鴬鳴くも
私訳 梅の花の散ることを惜しんで、私の庭の竹の林に鴬が鳴くことよ。

(小監土氏百村)
集歌825 烏梅能波奈 佐岐多流曽能々 阿遠夜疑遠 加豆良尓志都々 阿素比久良佐奈
訓読 梅の花咲きたる苑(その)の青柳(あほやぎ)を蘰(あづら)にしつつ遊び暮らさな
私訳 梅の花の咲く庭の青柳の若芽の枝を蘰にして、一日を宴会で過ごしましょう。

(大典史氏大原)
集歌826 有知奈比久 波流能也奈宜等 和我夜度能 烏梅能波奈等遠 伊可尓可和可武
訓読 うち靡く春の柳と吾(わ)が屋戸(やと)の梅の花とを如何(いか)にか分(わ)かむ
私訳 春風に若芽の枝を靡かせる春の柳と私の屋敷の梅の花の美しさを、どのように等別しましょうか。

(小典山氏若麻呂)
集歌827 波流佐礼婆 許奴礼我久利弖 宇具比須曽 奈岐弖伊奴奈流 烏梅我志豆延尓
訓読 春されば木末(こぬれ)隠(かく)れて鴬ぞ鳴きて去(い)ぬなる梅が下枝(しづゑ)に
私訳 春がやって来ると木の梢の葉に姿も隠れてしまって、鴬は、鳴いて飛び去って行く。梅の下の枝の方に。

(大判事丹氏麻呂)
集歌828 比等期等尓 乎理加射之都々 阿蘇倍等母 伊夜米豆良之岐 烏梅能波奈加母
訓読 人ごとに折りかさしつつ遊べどもいや愛(め)づらしき梅の花かも
私訳 宴会の人毎に梅の花枝を手折って広間に飾って、宴で風流を楽しんでいるが、なお、愛すべきは梅の花よ。

(藥師張氏福子)
集歌829 烏梅能波奈 佐企弖知理奈波 佐久良婆那 都伎弖佐久倍久 奈利尓弖阿良受也
訓読 梅の花咲きて散りなば桜花継ぎて咲くべくなりにてあらずや
私訳 梅の花は咲いて散ってしまったら、桜の花が続いて咲くようになっているではないか

(筑前介佐氏子首)
集歌830 萬世尓 得之波岐布得母 烏梅能波奈 多由流己等奈久 佐吉和多留倍子
訓読 万代(よろづよ)に年は来経(きふ)とも梅の花絶ゆることなく咲きわたるべし
私訳 万代の後まで年は区切りを付けてあらたまり来るとも、梅の花は絶えることなく咲きつづけなさい。

(壹岐守板氏安麻呂)
集歌831 波流奈例婆 宇倍母佐枳多流 烏梅能波奈 岐美乎於母布得 用伊母祢奈久尓
訓読 春なれば宜(うべ)も咲きたる梅の花君を思ふと夜眠(よい)も寝(ね)なくに
私訳 春になれば、まことによく咲いた梅の花よ。あなたを思ふと夜も安心して寝られないものを

(神司荒氏稲布)
集歌832 烏梅能波奈 乎利弖加射世留 母呂比得波 家布能阿比太波 多努斯久阿流倍斯
訓読 梅の花折りてかさせる諸人(もろひと)は今日の間(あひだ)は楽しくあるべし
私訳 今日の宴会で梅の花枝を手折りかざして指し示す人々は、今日の一日は楽しいことでしょう。

(大令史野氏宿奈麻呂)
集歌833 得志能波尓 波流能伎多良婆 可久斯己曽 烏梅乎加射之弖 多努志久能麻米
訓読 毎年(としのは)に春の来らばかくしこそ梅をかさして楽しく飲まめ
私訳 毎年の春がやって来たら、このように梅の花枝を宴の中央に飾って楽しく酒を飲みましょう

(小令史田氏肥人)
集歌834 烏梅能波奈 伊麻佐加利奈利 毛々等利能 己恵能古保志枳 波流岐多流良斯
訓読 梅の花今盛りなり百鳥(ももとり)の声の恋(こい)しき春来るらし
私訳 梅の花は今が盛りです。多くの鳥の声の恋しい春が来たらしい。

(藥師高氏義通)
集歌835 波流佐良婆 阿波武等母比之 烏梅能波奈 家布能阿素比尓 阿比美都流可母
訓読 春さらば逢はむと思ひし梅の花今日(けふ)の遊びに相見つるかも
私訳 春がやって来たら逢おうと思っていた梅の花のあなた。今日の宴会であなたに逢うことが出来るでしょう。

(陰陽師礒氏法麻呂)
集歌836 烏梅能波奈 多乎利加射志弖 阿蘇倍等母 阿岐太良奴比波 家布尓志阿利家利
訓読 梅の花手折りかさして遊べども飽き足らぬ日は今日(けふ)にしありけり
私訳 梅の花枝を手折り広間に飾って宴会に臨んでも、なお、風流に飽きることのない日は、今日なのだなあ。

(笇師志氏大道)
集歌837 波流能努尓 奈久夜汗隅比須 奈都氣牟得 和何弊能曽能尓 汗米何波奈佐久
訓読 春の野に鳴くや鴬なつけむと吾(わ)が家(いへ)の苑(その)に梅が花咲く
私訳 春の野に鳴くよ。その鴬を呼び寄せようと、私の家の庭に梅の花が咲くことよ

(大隅目榎氏鉢麻呂)
集歌838 烏梅能波奈 知利麻我比多流 乎加肥尓波 宇具比須奈久母 波流加多麻氣弖
訓読 梅の花散り乱(みだ)ひたる岡(をか)びには鴬鳴くも春かたまけて
私訳 梅の花の散り乱れる岡べには、鴬が鳴くことよ。春の気配が濃く。

(筑前目田氏真上)
集歌839 波流能努尓 紀理多知和多利 布流由岐得 比得能美流麻提 烏梅能波奈知流
訓読 春の野に霧立ちわたり降る雪と人の見るまで梅の花散る
私訳 春の野を一面に霧が立ち渡り、降る雪と人が見間違えるように梅の花が散る。

(壹岐目村氏彼方)
集歌840 波流楊那宜 可豆良尓乎利志 烏梅能波奈 多礼可有可倍志 佐加豆岐能倍尓
訓読 春(はる)柳(やなぎ)鬘(かづら)に折りし梅の花誰れか浮かべし酒坏の上に
私訳 春の柳の若芽の枝を鬘に手折り、梅の花を誰れもが浮かべている。酒坏の上に。

(對馬目高氏老)
集歌841 于遇比須能 於登企久奈倍尓 烏梅能波奈 和企弊能曽能尓 佐伎弖知流美由
訓読 鴬の音(ね)聞くなへに梅の花吾家(わがへ)の苑(その)に咲きて散る見ゆ
私訳 鴬の音を聞くにつれて、梅の花が我が家の庭に咲きて散っていくのを見る。

(薩摩目高氏海人)
集歌842 和我夜度能 烏梅能之豆延尓 阿蘇比都々 宇具比須奈久毛 知良麻久乎之美
訓読 吾(わ)が屋戸(やと)の梅の下枝(しづゑ)に遊びつつ鴬鳴くも散らまく惜しみ
私訳 私の家の梅の下枝に遊びながら鴬が鳴くことよ。上枝(ほつえ)に鳴けと梅の花が散るのを惜しんでいるように。

(土師氏御道)
集歌843 宇梅能波奈 乎理加射之都々 毛呂比登能 阿蘇夫遠美礼婆 弥夜古之叙毛布
訓読 梅の花折りかさしつつ諸人(もろひと)の遊ぶを見れば都しぞ思(も)ふ
私訳 梅の花枝を手折り宴場に飾って、この宴会で人々が梅の花を見ながら風流を楽しむのを見ると、都での宴の様子が想像されます。

(小野氏國堅)
集歌844 伊母我陛邇 由岐可母不流登 弥流麻提尓 許々陀母麻我不 烏梅能波奈可毛
訓読 妹が家(へ)に雪かも降ると見るまでにここだも乱(まが)ふ梅の花かも
私訳 私の愛しい貴女の家に雪が降るのかと見間違うように、一面に散り乱れる梅の花よ。

(筑前拯門氏石足)
集歌845 宇具比須能 麻知迦弖尓勢斯 宇米我波奈 知良須阿利許曽 意母布故我多米
訓読 鴬の待ちかてにせし梅が花散らずありこそ思ふ子がため
私訳 鴬が花が咲くのを待ちかねていた梅の花よ。その花を散らさずにあってほしい。私が恋いしているあの子に見せるために。

(小野氏淡理)
集歌846 可須美多都 那我岐波流卑乎 可謝勢例杼 伊野那都可子岐 烏梅能波那可毛
訓読 霞立つ長き春日(はるひ)をかさせれどいや懐(なつか)しき梅の花かも
私訳 霞が立つ長き春の日に梅の花枝を手折り、こうして飾っていますが、ますます心が引かれる梅の花よ。



コメント   この記事についてブログを書く
« 笠朝臣麿  沙弥満誓の謌一首 | トップ | 笠朝臣子君  集歌4227の謌 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集」カテゴリの最新記事