竹取翁と万葉集のお勉強

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笠朝臣金村歌集を鑑賞する 神亀三年(726)の歌 幸於播磨國印南野

2011年01月06日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
神亀三年(726)の歌 幸於播磨國印南野
 続日本紀によると、神亀三年十月七日から播磨国印南野へ御幸し、十月十九日に難波宮を経て、十月二十九日に奈良の京に戻られています。このために、万葉集とは一月のずれがあります。
 歌の景色としては、名寸隅(明石市)の浜から対岸に見える淡路島の松帆の浜辺に立つ煙を見ているようです。ここでは、その浜に棚引く煙を見ての想像の歌と解釈しています。なお、この播磨国印南野へ御幸にも山部宿祢赤人は随行していたようで、笠金村の集歌935の歌に続いて「吾大王」の表記を持つ大分の歌を残しています。参考に紹介します。

三年丙寅秋九月十五日、幸於播磨國印南野時、笠朝臣金村作謌一首并短謌
標訓 三年丙寅秋九月十五日に、播磨國の印南野に幸しし時に、笠朝臣金村の作れる謌一首并せて短謌

集歌935 名寸隅乃 船瀬従所見 淡路嶋 松帆乃浦尓 朝名藝尓 玉藻苅管 暮菜寸二 藻塩焼乍 海末通女 有跡者雖聞 見尓将去 餘四能無者 大夫之 情者梨荷 手弱女乃 念多和美手 俳徊 吾者衣戀流 船梶雄名三

訓読 名寸隅(なきすみ)の 船瀬(ふなせ)ゆ見ゆる 淡路島(あはぢしま) 松帆(まつほ)の浦に 朝凪に 玉藻刈りつつ 夕凪に 藻塩焼きつつ 海(あま)未通女(をとめ) ありとは聞けど 見に行かむ 縁(よし)の無ければ 大夫(ますらを)の 情(こころ)は無しに 手弱女(たわやめ)の 思ひたわみて 徘徊(たもとほ)り 吾はぞ恋ふる 船梶(ふなかぢ)を無み

私訳 名寸隅の船を引き上げる浜から見える淡路島、その松帆の浦では朝の凪には玉藻を刈り、夕方の凪には藻塩を焼く、そんな漁師のうら若い娘女がいると聞くのだが、彼女に会いに行く機会がないので、朝廷の立派な男がするような乙女に恋する気持ちは失せ、か弱い女のように恋焦がれる気持ちも萎え、恋心はさまよい、私は噂の乙女に恋をする。船も、それを操る梶もないので。


反謌二首
集歌936 玉藻苅 海未通女等 見尓将去 船梶毛欲得 浪高友
訓読 玉藻刈る海(あま)未通女(をとめ)ども見に行かむ船梶(ふなかぢ)もがも浪高くとも

私訳 玉藻を刈る漁師のうら若い娘女たちに会いに行こう。船やそれを操る梶があるならば、浪が高くとも。


集歌937 徃廻 雖見将飽八 名寸隅乃 船瀬之濱尓 四寸流思良名美
訓読 行き廻(めぐ)り見とも飽かめや名寸隅(なきすみ)の船瀬(ふなせ)の浜にしきる白浪

私訳 行ったり来たりして眺めていて飽きるでしょうか、名寸隅の船を引き上げる浜に次ぎ次ぎと打ち寄せる白波よ。


参考歌
山部宿祢赤人作謌一首并短謌
標訓 山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌

集歌938 八隅知之 吾大王乃 神随 高所知流 稲見野能 大海乃原笶 荒妙 藤井乃浦尓 鮪釣等 海人船散動 塩焼等 人曽左波尓有 浦乎吉美 宇倍毛釣者為 濱乎吉美 諾毛塩焼 蟻徃来 御覧母知師 清白濱

訓読 やすみしし 吾(わ)が大王(おほきみ)の 神ながら 高知らせる 印南野(いなみの)の 大海(おほみ)の原の 荒栲の 藤井の浦に 鮪(しび)釣ると 海人(あま)船散(さ)動(わ)き 塩焼くと 人ぞ多(さは)にある 浦を良(よ)み 諾(うべ)も釣はす 浜を良み 諾も塩焼く あり通ひ 見ますもしるし 清き白浜

私訳 四方八方をあまねく御照覧される吾らの大王は、神ではありますが、天まで高らかに知らしめす印南野の大海の原にある、荒栲を作る藤、その藤井の浦で鮪を釣ろうと海人の船があちらこちらに動き廻り、海水から塩を焼くとして人がたくさん集まっている、浦が豊かなので誠に釣りをする。浜が豊かなので誠に海水から塩を焼く。このようにたびたび通い御覧になるもその通りである。この清らかな白浜よ。


反謌三首
集歌939 奥浪 邊波安美 射去為登 藤江乃浦尓 船曽動流
訓読 沖つ浪(なみ)辺(へ)波(なみ)安み漁(いざり)すと藤江(ふじえ)の浦に船ぞ動(さわ)ける

私訳 沖に立つ浪、岸辺に寄す波も穏やかで、漁をすると藤江の浦に漁師の船がざわめいている。


集歌940 不欲見野乃 淺茅押靡 左宿夜之 氣長有者 家之小篠生
訓読 印南野(いなみの)の浅茅(あさぢ)押しなべさ寝(ぬ)る夜の日(け)長くしあれば家し偲(しの)はゆ

私訳 印南野の浅茅を押し倒して、寝るその夜が長く感じるので、留守にした家が偲ばれます。


集歌941 明方 潮干乃道乎 従明日者 下咲異六 家近附者
訓読 明石(あかし)潟(かた)潮干(しおひ)の道を明日(あす)よりは下咲(したゑ)ましけむ家近づけば

私訳 明石の干潟、その潮が引いた道を行くと、明日からは心が浮き浮きするでしょう。留守した家が近づくと思うと。


過辛荷嶋時、山部宿祢赤人作謌一首并短謌
標訓 辛荷(からに)の嶋を過し時に、山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌

集歌942 味澤相 妹目不數見而 敷細乃 枕毛不巻 櫻皮纒 作流舟二 真梶貫 吾榜来者 淡路乃 野嶋毛過 伊奈美嬬 辛荷乃嶋之 嶋際従 吾宅乎見者 青山乃 曽許十方不見 白雲毛 千重尓成来沼 許伎多武流 浦乃盡 徃隠 嶋乃埼々 隈毛不置 憶曽吾来 客乃氣長弥

訓読 味さはふ 妹が目離(か)れて 敷栲(しきたへ)の 枕も纏(ま)かず 桜皮纏(ま)き 作れる舟に 真梶(まかぢ)貫(ぬ)き 吾が榜(こ)ぎ来れば 淡路の 野島(のしま)も過ぎ 印南(いなみ)嬬(つま) 辛荷(からに)の島の 島の際(ま)ゆ 吾家(わぎへ)を見れば 青山(あをやま)の そことも見えず 白雲も 千重(ちへ)になり来ぬ 漕ぎ廻(た)むる 浦のことごと 往(い)き隠(かく)る 島の崎々 隈(くま)も置かず 思ひぞ吾が来る 旅の日(け)長み

私訳 たくさんのアジ鴨のその目のようにはっきりと愛しい貴女の姿を見ることが久しくなり、敷いた栲に枕を並べ貴女を手に捲かないかわりに、桜の皮を巻いて造った舟に立派な梶を挿し込んで、私が乗る舟を操って来ると、淡路の野島も過ぎて、印南妻、辛荷島の島の際から我が家の方向を見ると、青く見える山並みがどこの場所かも判らず、白雲も千重に重なりあっている。舟を漕ぎまわる浦のすべてで、舟の進みに隠れる島の岬の、その舟が廻り行く岬毎に旅の思い出が私の心に遣って来る。旅の日々が長くなったことよ。


反謌三首
集歌943 玉藻苅 辛荷乃嶋尓 嶋廻為流 水烏二四毛有哉 家不念有六
訓読 玉藻刈る辛荷(からに)の島に島廻(しまみ)する鵜(う)にしもあれや家念(おも)はずあらむ

私訳 美しい藻を刈る辛荷の島で、磯を泳ぎ回る鵜でもあれば、こんなに故郷の家を懐かしく思わないでしょう。


集歌944 嶋隠 吾榜来者 乏毳 倭邊上 真熊野之船
訓読 島(しま)隠(かく)る吾が榜(こ)ぎ来れば乏(とも)しかも大和(やまと)へ上(のぼ)る真(ま)熊野(くまの)の船

私訳 島陰に大和の山並みが隠れてしまった。私が乗る舟を操って来ると、思わず吾を忘れてしまったことです。大和を目掛けて上っていく立派な熊野仕立ての船よ。


集歌945 風吹者 浪可将立跡 伺候尓 都太乃細江尓 浦隠居
訓読 風吹けば浪か立たむと伺候(さもろひ)に都太(つた)の細江(ほそえ)に浦(うら)隠(かく)り居(を)り

私訳 風が吹くので荒波が立つだろうと様子を覗って、都太にある小さな入り江の浦に避難しています。


過敏驚浦時、山部宿祢赤人作謌一首并短謌
標訓 敏驚(みぬめ)の浦を過し時に、山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌

集歌946 御食向 淡路乃嶋二 直向 三犬女乃浦能 奥部庭 深海松採 浦廻庭 名告藻苅 深見流乃 見巻欲跡 莫告藻之 己名惜三 間使裳 不遣而吾者 生友奈重二
訓読 御食(みけ)向(むか)ふ 淡路の島に 直(ただ)向(むか)ふ 敏馬(みぬめ)の浦の 沖辺(おきへ)には 深海松(ふかみる)採り 浦廻(うらみ)には 名告藻(なのりそ)刈る 深海松の 見まく欲(ほ)しと 名告藻の 己(おの)が名惜しみ 間(まつ)使(つかひ)も 遣(や)らずて吾(あ)は 生けりともなしに

私訳 御食を大和の朝廷に奉仕する淡路の島にまっすぐに向かい合う敏馬の浦の沖で深海松を採り、浦の磯廻りで名告藻を刈る。深海松の名のように深く貴女を見たいと、名告藻のその名のように名乗る自分の名前が惜しで言い伝えの使いも遣らないのでは、生きている意味が無いでしょう。


反謌一首
集歌947 為間乃海人之 塩焼衣乃 奈礼名者香 一日母君乎 忘而将念
訓読 須磨(すま)の海女(あま)の塩焼く衣(ころも)の馴(な)れなばか一日(ひとひ)も君を忘(わす)る念(おも)はむ

私訳 須磨の海女が塩焼くときに着ている衣が萎えているように、その言葉のように貴女と体を馴れ親しまらせたら、一日だけでも貴女を忘れるなどとは思いません。

右、作歌年月未詳也。但、以類故載於此歟。
注訓 右は、作歌の年月未だ詳(つばび)らかならず。ただ、類(たぐひ)をもちての故に此に載せるか。


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