竹取翁と万葉集のお勉強

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高橋連虫麻呂歌集を鑑賞する  武蔵、常陸の歌三首

2010年12月04日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
武蔵、常陸の歌三首
 歌々を鑑賞した感覚から、これらの歌は人と連れだっての風流の歌と思っています。独り、東の国を旅しての歌ではなく、風流を分かち合える人と旅した時の歌ではないでしょうか。単なる土地を寿ぐ歌だけではないような感覚です。
 高橋蟲麿は大伴旅人の伴をして初夏の季節と晩秋の歌垣の時の二回ほど筑波山に登ったようですので、初夏から晩秋にかけて東の国々を巡視したのではないでしょうか。そして、大伴旅人は常陸の国の鹿島から船に乗り、高橋蟲麿を後に残して奈良の京へと帰って行っています。ここらから、ここでは、これら三首は大伴旅人の東国巡視の折りの歌と解釈しています。

見武蔵小埼沼鴨作謌一首
標訓 武蔵(むさし)の小埼(をさき)の沼の鴨を見て作れる謌一首
集歌1744 前玉之 小埼乃沼尓 鴨曽翼霧 己尾尓 零置流霜乎 掃等尓有斯
訓読 埼玉(さきたま)の小埼(をさき)の沼に鴨ぞ羽(は)霧(き)るおのが尾に降り置ける霜を掃(はら)ふとに有らし

私訳 埼玉の小埼の沼の水に浮かぶ鴨が飛沫を上げて羽を振るわせ、自分の尾に降りた霜を払うかのようです。



那賀郡曝井謌一首
標訓 那賀郡(なかのこほり)の曝井(さらしゐ)の謌一首
集歌1745 三栗乃 中尓向有 曝井之 不絶将通 従所尓妻毛我
訓読 三栗(みつくり)の那賀(なか)に向へる曝井(さらしゐ)の絶えず通(かよ)はむそこに妻もが

私訳 栗のイガの中に実が三つあるような、那賀に向かって流れる川の源の曝しの泉の水が絶えることがないように、私は絶えず通って来ましょう。そこに愛しい貴女がいるから。



手綱濱謌一首
標訓 手綱(たづな)の濱の謌一首
集歌1746 遠妻四 高尓有世婆 不知十方 手綱乃濱能 尋来名益
訓読 遠妻(とほつま)し多珂(たか)にありせば知らずとも手綱(たづな)の浜の尋ね来なまし

私訳 遠くに住む愛しい貴女が多珂にいるしたら、場所を知らなくても手綱の浜のように、人の手伝(てずな)を頼って尋ねて来ましょう。


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