竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 竹取翁の長歌 もじり歌紹介 4/4

2009年04月13日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 竹取翁の長歌 もじり歌紹介 4/4

 竹取翁の歌の内の長歌 集歌3791の説明です。

飛び翔ける すがるのごとき 腰細(こしほそ)に 取り装ほひ(23)
私訳 飛び回るするが蜂のような腰細の娘が身なりを取り装い

(読み人知れず)
詠上総末珠名娘子一首并短謌
訓読 しなが鳥 安房(あほ)に継ぎたる 梓弓(あずさゆみ) 周淮(すゑ)の珠名(たまな)は 胸別(むねわ)けの 広き吾妹(わぎも) 腰細(こしほそ)の すがる娘子(をとめ)の その姿(かほ)の 端正(きらきら)しきに 花のごと 咲(ゑ)みて立てれば 玉桙(たまほこ)の 道往(ゆ)く人は 己(おの)が行く 道は去(い)かずて 召(よ)ばなくに 門(かど)に至りぬ さし並ぶ 隣の君は あらかじめ 己妻(おのつま)離(か)れて 乞(こ)はなくに 鍵(かぎ)さへ奉(まつ)る 人皆(みな)の かく迷(まと)へれば 容(かほ)艶(よ)き 縁(より)てぞ妹は 戯(た)はれてありける

説明 歌の言葉と同じものを万葉集に求めました。先の集歌1740の歌が畿内の河内地方のものに対してこれは関東の房総地方のものです。


真十鏡(まそかがみ) 取り並(な)め懸けて 己(おの)か欲(ほ)し 返へらひ見つつ(24)
私訳 真澄鏡と取り並べ懸けて、お前が欲しいと思い返し見ながら

訓読 真澄鏡(まそかがみ)懸(か)けて偲(しぬ)へと奉(まつ)り出す形見のものを人に示(しめ)すな

説明 歌の「真十鏡 取り並め懸けて」を「真澄鏡を並べ懸けて」と取らないで「真澄鏡と取り並べ懸けて」と訓読みすると、集歌3765の歌の世界です。形見の品からこの集歌3765の歌は中臣朝臣宅守の狭野弟上娘子への贈答歌のほか六十三首という膨大な歌の中の一首で、その贈答歌の世界は古今和歌集の真名序の云う「色好みの家」の世界です。この贈答歌にそれぞれ場の説明の標か、左注が付くと平安王朝の伊勢物語の世界です。ただ、私の感覚ではこの贈答歌群は、恋の歌ではありません。万葉集「宇梅之波奈」の誕生秘話です。目録と本文の標とで指す世界が違います。


春さりて 野辺を廻(めぐ)れば おもしろみ(25)
私訳 春もおわりの野辺を廻りいくと景色に風流がある

訓読 島山を い行き廻(めぐ)れる 川副(そ)ひの 丘辺(おかへ)の道ゆ 昨日(きのふ)こそ 吾が越え来(こ)しか 一夜(ひとよ)のみ 寝(ね)たりしからに 峯(を)の上(うへ)の 桜の花は 瀧(たぎ)の瀬ゆ 散らひて流る 君が見む その日までには 山下(やまおろし)の 風な吹きそと うち越えて 名に負(お)へる杜(もり)に 風祭(かざまつり)せな

説明 歌の春の野辺を廻る景色の風流から、集歌1751の歌を取っています。また、この風景は万葉集巻頭の御御製で雄略天皇が見た景色と同じです。高橋連虫麻呂歌集の歌とされています。この高橋連虫麻呂は万葉集の歌々の中で特殊な位置を占めています。


我れを思へか 背の千鳥(つとり) 来鳴き翔らふ(26)
私訳 私を思うのか背の君の千鳥がここに来て鳴き飛び交う

訓読 鯨魚(いさな)取り 淡海(あふみ)の海(うみ)を 沖放(さ)けて 漕ぎ来る船 辺(へ)附きて 漕ぎ来る船 沖つ櫂(かひ) いたくな撥ねそ 辺(へ)つ櫂 いたくな撥ねそ 若草の 嬬(つま)の 念(おも)ふ鳥立つ

説明 古式豊かな天皇の大御葬(おほみはふり)に詠われる倭建命の千鳥の歌を歌に見ました。万葉集で倭建命の千鳥の歌をひいて天智天皇への挽歌として詠ったのが、この集歌0153の歌です。大御葬における「若草乃 嬬之 念鳥立」の意味も判らずに、「若草乃 嬬之」を「若草のようだった夫」と誤訳してはいけません。万葉集は日本の和歌集です。


秋さりて 山辺を行けば 懐かしと 我れを思へか(27)
私訳 秋めいて山辺を行くと懐かしいと私を思うのか

訓読 里人(さとびと)の 吾に告(つ)ぐらく 汝(な)が恋ふる 愛(うつく)し夫(つま)は 黄葉(もみぢは)の 散り乱(まが)ひたる 神名火(かむなび)の この山辺(やまへ)から ぬばたまの 黒馬に乗りて 川の瀬を 七瀬渡りて うらぶれて 夫(つま)は逢ひきと 人ぞ告(つ)げつる

説明 万葉人で秋に山辺を行く人が少ないので、集歌3303の歌を取ってみました。歌の背景を眺めると、旅人、藤原麿、坂上郎女の姿がおぼろに見えてきます。


天雲も 行き棚引く(28)
私訳 天雲の流れ行き棚引いて

訓読 天雲(あまぐも)の棚引(たなび)く山の隠(こも)りたる吾が下心(したごころ)木(こ)の葉知るらむ

説明 歌の言葉のままの集歌1304の歌です。集歌1304の歌は神武天皇の皇后である伊須氣余理比賣(いすきよりひめ)の「狭井河よ 雲立ちわたり 畝傍山 木の葉騒ぎぬ 風吹かむとす」の歌からの譬喩歌ですので、神武天皇の御世を暗示させています。


還へり立ち 道を来れば(29)
私訳 帰ろうと道を歩いて来ると

訓読 吾妹子が屋戸(やと)の籬(まがき)を見に行かばけだし門(かと)より返(かへ)してむかも

説明 歌の意味と「還へす」と「道を来る」の言葉から集歌0781の歌を見つけました。万葉集での数少ない天平十三年(741)の大養徳恭仁の大宮を詠う歌です。


打日刺す 宮女(みやをみな)(30)
私訳 輝く日が照る宮殿の官女

訓読 うち日さす宮道(みやぢ)を人は満ち行けど吾(わ)が思ふ君はただひとりのみ

説明 「打日刺」の言葉と宮殿の官女から、集歌2382の歌を探し出しました。人麻呂歌集での恋物語の相手を示します。日本における古今最高のラブレター集です。


さす竹の 舎人(とねり)壮士(をとこ)も 忍ぶらひ(31)
私訳 さす竹の皇子の舎人の男たちも悲しさを耐えつつ

訓読 天地の 初めの時 ひさかたの 天の河原に 八百万(やほよろづ) 千万(ちよろづ)神の 神集(かむつど)ひ 集ひ坐(い)まして 神分(かむあが)ち 分(あが)ちし時に さしのぼる 日女の命 天をば 知らしめすと 葦原の 瑞穂の国を 天地の 寄り合ひの極(きはみ) 知らしめす 神の命(みこと)と 天雲の八重雲別きて 神下(かむくだ)し 坐(い)ませ奉(まつ)りし 高照らす 日の皇子は 飛ぶ鳥の 浄(きよみ)の宮に 神ながら 太敷きまして 天皇(すめろき)の 敷き坐(い)ます国と 天の原 石門(いはと)を開き 神登り 坐(い)ましにしかば 吾(わ)が王(おほきみ)皇子の命(みこと)の 天の下 知らし食(め)しせば 春花の 貴(たふと)くあらむと 望月(もちつき)の 満(たたは)しけむと 食(お)す国 四方(よも)の人の 大船の 思ひ憑(たの)みて 天つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほし食(め)せか 由縁(つれ)もなき 真弓の岡に 宮柱 太敷きいまし 御殿(みあから)を 高知りまして 朝ごとに 御言(みこと)問はさぬ 日月の 数多(まね)くなりぬる そこ故(ゆゑ)に さす竹の 皇子の宮人 ゆくへ知らにす

説明 歌の言葉のままです。舎人の壮士ですから五位以上の大夫ではありません。その舎人の男達は言葉の意味する通りに「皇子の宮人」です。さす竹の皇子の宮人が、別れの悲しみを耐え忍ぶのです。懐かしく偲ぶのではありません。なお、「一云(あるいはいはく)」の方を取っています。


返らひ見つつ 誰が子ぞとや 思はえてある(32)
私訳 振り返りながら、「誰なんだろうあの人は」と思われている

訓読 誰ぞかれと我れをな問ひそ九月(ながつき)の露に濡れつつ君待つ吾を

説明 歌の世界と同じ内容の歌を、万葉集の中から見つけてみました。この歌が作られた時期を想定すると、日本の歌の歴史で民謡・歌謡の世界から創作の歌物語への重要な位置にあると思われます。


古(いにしへ)の 狭幸(ささき)し我れや 愛(は)しきやし(33)
私訳 昔に少し幸せを感じた私ですが、愛しいでしょう

訓読 古(いにしへ)に恋ふる鳥かも弓絃葉(ゆづるは)の御井(みゐ)の上より鳴き渡り行く
訓読 古(いにしへ)に恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし吾(わ)が念(おも)へるごと
訓読 み吉野の玉松(たままつ)が枝(え)は愛(は)しきかも君が御言(みこと)を持ちて通はく

説明 歌の「狭々寸為」を「ささきし」と読んでの「小幸し」です。ここから、「いにしへ」、「さき」、「はしき」の言葉と歌の意味から、集歌0111から0113までの三首組み歌を想像しました。これらの歌は、和歌だけで遠距離の歌心の交換をした最初に位置すると思われます。同じ時代の二人ですが遠距離と同様に時間を越えると、丹比国人や紀貫之の歌論に辿り着きます。


今日(けふ)やも子らに 不知(いさ)にとや 思はえてある(34)
私訳 今日は、あの子に「貴方はどうしたのだろう」と不審に思われているだろう

訓読 水鳥(みずとり)の鴨の棲む池の下樋(したひ)無(な)みいぶせき君を今日(かふ)見つるかも

説明 歌の意味する世界から、万葉集の集歌2720の歌を見つけてきました。この歌は、ある歌を紹介するために特別に繋ぎの歌として作られた可能性があります。その場合、大津皇子への哀悼の歌に繋がります。


古(いにしへ)の 賢(さか)しき人も(35)
私訳 昔の賢い人たちも
説明 この歌を説明する万葉集の歌は集歌0339の歌ですが、この歌は十三首の歌が組になっていますので、先に十三首の歌を紹介して、歌との説明をします。

訓読 古(いにしへ)の七(なな)の賢(さか)しき人たちも欲(ほ)りせしものは酒にしあるらし

説明 歌と同じ言葉を万葉集の集歌0339の歌から拾って見ました。この歌は本来十三首が一組の歌で鎮魂と悲痛な心の訴えの世界ですが、漢文・故事と和歌との融合の歌でもあります。漢詩的な鑑賞方法を求められる新たな和歌のジャンルです。

 択ばれた三十五首の歌には、何かしら万葉集で欠かせない理由があるのが透けて見えてきます。
 当然、これはとぼけた妄想であってはいけない世界です。妄想に足があれば、普段の万葉集は「寛永の万葉調歌集」のもじり歌集になります。

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