竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その10

2009年04月25日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その10

原文 打十八為 麻續兒等
訓読 賭博為し 麻続(をみ)の子ら(10)
私訳 賭博をした、麻続の子たちは

歌の「打十八為」を「とはちなし」と読んで「賭博為し」と訓読みしました。そして、刑罰を受けた麻続の子を探すと集歌0023と集歌0024の歌です。左注の説明が歌にぴったりです。
なお、持統三年十二月に双六博打の禁止令が出ていますので、博打は当時も社会問題だったようです。

(読み人知れず)
麻續王流於伊勢國伊良虞嶋之時、人哀傷作謌
標訓 麻續王の伊勢国の伊良虞の嶋に流さえし時に、人の哀(かなし)み傷(いた)みて作れる歌
集歌0023 打麻乎 麻續王 白水郎有哉 射等籠荷四間乃 珠藻苅麻須
訓読 打麻(うつそ)を麻續王(をみのおほきみ)白水郎(あま)なれや伊良虞(いらこ)の島の玉藻刈ります
私訳 麻を打ち麻續王は海人なのだろうか、伊良湖の島の玉藻を刈っていらっしゃる

麻續王聞之感傷和謌
標訓 麻續王のこれを聞きて感じ傷みて和(こた)へたる歌
集歌0024 空蝉之 命乎惜美 浪尓所濕 伊良虞能嶋之 玉藻苅食
訓読 現世(うつせみ)の命を惜しみ浪に濡れ伊良虞(いらご)の島の玉藻刈り食(は)む
私訳 この世の自分の命を惜しんで、浪に濡れ伊良湖の島の玉藻を刈り取って食べるのだ
右、案日本紀曰、天皇四年乙亥夏四月戊戌朔乙卯、三位麻續王有罪、流于因幡。一子流伊豆嶋、一子流血鹿嶋也。是云配于伊勢國伊良虞嶋者、若疑後人縁歌辞而誤記乎。
注訓 右は、日本紀を案(かんが)ふるに曰はく、天皇四年乙亥の夏四月戊戌の朔の乙卯、三位麻續王罪有り、因幡に流す。一子を伊豆の嶋に流し、一子を血鹿(ちしか)の嶋に流す。といへり。ここに伊勢國の伊良虞の嶋に配すといふは、若(けだ)し疑(うたが)うふらく後の人の歌の辞(ことば)に縁(より)りて誤り記せるか。

 また、万葉集にはこのような歌があり、この大宮人は麻續王のことを詠ったのではないかと思っています。

集歌0041 釵著 手節乃埼二 今日毛可母 大宮人之 玉藻苅良武
訓読 くしろ着く手節(たふせ)の崎に今日もかも大宮人の玉藻刈るらむ
私訳 美しいくしろを手首に着ける、手節の岬で今日もあの大宮人の麻續王は玉藻を刈っているのでしょうか。

 この集歌41の歌が詠われたのが持統天皇六年ですので歌の大宮人が麻續王のことだとすると、都の人たちにとって集歌23や集歌24の歌は有名だったと思われます。
 なお、この麻續王の事件は、正史では麻続王の事件として次のように載せられています。

天武四年(675)四月辛卯(18) 三位麻続王有罪、流于因幡。一子流伊豆嶋。一子流血鹿嶋。

 この日本書紀の記事では、麻続王は罪があって因幡国(鳥取県)への流刑、その子の一人は伊豆嶋(静岡県三島市)への、もう一人の子は血鹿嶋(長崎県平戸市)への流刑となっています。万葉集の左注に良く似た記録ですが、麻続王が麻續王に、その配流先が因播国が伊勢國の伊良虞の嶋に代わっています。また、万葉集の左注の「天皇四年乙亥夏四月戊戌朔」の日付に注目すると、天皇四年四月が天武四年(675)乙亥四月甲戌朔と持統四年庚寅(690)夏四月丁未朔のどちらかでしょうから天武四年のことでしょうが、四月戊戌は誤記かもしれません。
 ここで、麻續王が神麻續部の氏上を示すなら少し風景が変わってきます。麻續氏は伊勢皇大神宮の神御衣を麻で和妙・荒妙を織り造る部民です。それを前提に歌を読みなおすと、麻續王の流刑とは関係のない神嘗祭の歌になります。

集歌0023 打麻乎 麻續王 白水郎有哉 射等籠荷四間乃 珠藻苅麻須
訓読 打麻(うつそ)を麻續王(をみのおほきみ)白水郎(あま)なれや伊良虞(いらこ)の島の玉藻刈ります
私訳 麻を打ち神御衣を織る麻續王は海人なのだろうか、伊良湖の島の玉藻を刈っていらっしゃる

集歌0024 空蝉之 命乎惜美 浪尓所濕 伊良虞能嶋之 玉藻苅食
訓読 現世(うつせみ)の命(みこと)を惜しみ浪に濡れ伊良虞(いらご)の島の玉藻刈り食(め)す
私訳 今の世での神の御言を大切にして、私は浪に濡れ神嘗祭の神餞に供える伊良湖の神島の玉藻を刈って奉じるのだ。

 つまり、万葉集の左注が「若し疑うふらく、後の人の歌の辞に縁りて誤り記せるか。」と記すように、歌と標が違う可能性が大きいと思われます。そのとき、麻続王と麻續王は別人となり、麻続王は三位の位の皇族の王で、麻續王は神御衣を織る部民の氏上です。
なお、いたずらで、歌の標の漢文は次のようにも読めます。

麻續王流於伊勢國伊良虞嶋之時、人哀傷作謌
標訓 麻續王の伊勢国の伊良虞の嶋で(足を滑らして潮に)流さえし時に、人の(麻續王の)傷を哀みて歌を作れる
麻續王聞之感傷和謌
標訓 麻續王のこれを聞きて(磯に足を滑らした)傷みを感じ歌で和(こた)へる

そして、左注も標のいたずらを受けて、「誤り記せるか。」と記したかもしれません。つまり、伊良湖の神島へ神嘗祭の何かの都合で出かけていって足を滑らして海に落ちた麻續王を囃す人と負け惜しみを云う麻續王との見方も可能です。
いたずらだと、集歌41の歌はこんな意味になります。

集歌0041 釵著 手節乃埼二 今日毛可母 大宮人之 玉藻苅良武
訓読 くしろ着く手節(たふせ)の崎に今日もかも大宮人の玉藻刈るらむ
私訳 美しいくしろを手首に着ける手節の岬で、今日も、あの大宮人の麻續王が足を滑らせて玉藻を刈ったように、慣れない磯の岩に足を滑らせて玉藻を刈っているのでしょうか。

 遊びです。

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