竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
初めてのお人でも、それなりのお人でも、楽しめると思います。

校訂で歌意が変わった歌を知る

2017年05月08日 | 初めて万葉集に親しむ
校訂で歌意が変わった歌を知る

 ここまでに紹介しました「表記する歌」が内包する漢字文字の解釈への複雑さを踏まえた上で、歌で使われる漢字一文字の内の一画が違うために歌全体の歌意が変わる歌の事例を紹介します。歌は有名な大津皇子と石川郎女との相聞歌とされる集歌一〇七と集歌一〇八の二首組歌です。最初のものが西本願寺本に載る原歌で、次が校本万葉集による西本願寺本の誤記を訂正したものです。

集歌一〇七
原歌 足日木乃 山之四付二 妹待跡 吾立所沽 山之四附二
校本 足日木乃 山之四付二 妹待跡 吾立所沾 山之四附二

集歌一〇八
原歌 吾乎待跡 君之沽計武 足日木能 山之四附二 成益物乎
校本 吾乎待跡 君之沾計武 足日木能 山之四附二 成益物乎

 この二つの相聞歌の西本願寺本と校本万葉集とでの違いは、「沽」と「沾」との漢字の、ほんの僅かな漢字一字での一画の差です。ほんのわずかな相違と思われるでしょうが、そうではありません。それは「沽」と「沾」とでは漢字の意味が違うために「山之四付」や「山之四附」の解釈が変わるからです。それぞれの漢字の意味を確認しますと、「沽」の意味は「対価を払って手に入れる、苦労して手に入れる」ですが、「沾」の意味は「うるおう、しめり気をおびる」です。従って、「沽」に対して「山之四付」は「山の雌伏」と解釈し、「沾」に対しては「山之四付」は「山の雫」と解釈するようになります。この解釈に対応して、二首目の石川郎女が大津皇子の歌に答えた句の「山之四附二 成益物乎」の解釈が、劇的に相違します。「沽」では「貴方が待つ山の雌伏に行けたら良いのですが」と解釈しますが、「沾」では「貴方を濡らしたその山の雫に私が成れたら良いのですが」と解釈するようになります。当然、西本願寺本を下にしてこの歌を鑑賞する場合は、大津皇子と石川郎女との間に特別な男女関係は想定しません。一方、校本万葉集を下にしてこの歌を鑑賞する場合は二人の間に女体を濡らすような濃密な男女関係を想定しますし、その二人の親密な肉体関係を理解することを歌の鑑賞の成果として要求します。このために、今日ではこの校本万葉集によって、石川郎女は恋多き女(宮武外骨に代表される明治から昭和の文化人は淫売女又は売春婦と罵ります)とみなされています。
 伝本としては元暦校本や仙覚本系が「沽」派で、金沢本や細井本が「沾」派です。ただし、平安時代最末期以降に付けられた訓じでは「沽」の漢字に対して「ぬれぬ」ですから、万葉集が読めなくなった平安時代最末期以降に訓じを間違えたか、漢字の誤記なのかは難しいところです。本来、「沽」が正しいとしますと、平安時代最末期以降に訓じを間違え、その間違えた訓じに合わせるために「沽」の字を「沾」へと直したとの推理が可能になります。なお、歌の調べとしては校本万葉集の方が優艶です。紫式部や藤原道長の平安時代中期以降に古典文学継承に対する文化の断絶があり、鎌倉時代初期には万葉集は原歌から読解することは困難になっていました。そのような藤原俊成や定家たち鎌倉時代の貴族たちは実態に於いて訓めない万葉集の歌を正確に訓むより朗詠での歌の調べを優先した感がありますので、歌本来の歌意を大事にするより朗詠での調べを優先して歌の言葉を改変した可能性は否定できません。
 万葉集が「漢字だけで表現された和歌」であると云う原点に立ち戻りますと、なぜ西本願寺本と校本万葉集とで漢字表記が違い、なぜ西本願寺本では「沽」の漢字に対して「ぬれぬ」の訓を与えたのかを考え時、ここに万葉集を楽しむ大人のゲームが現れます。

西本願寺本の相聞歌 集歌一〇七と集歌一〇八の二首組歌
原歌 足日木乃 山之四付二 妹待跡 吾立所沽 山之四附二
訓読 あしひきの山の雌伏(しふく)に妹待つと吾立ち沽(か)れぬ山の雌伏に
私訳 「葦や檜の茂る山の裾野で愛しい貴女を待っている」と伝えたので、私は辛抱してじっと立って貴女を待っている。山の裾野で。

原歌 吾乎待跡 君之沽計武 足日木能 山之四附二 成益物乎
訓読 吾を待つと君が沽(か)れけむあしひきの山の雌伏に成らましものを
私訳 「私を待っている」と貴方がじっと辛抱して待っている、その葦や檜の生える山の裾野に私が行ければ良いのですが。

校本万葉集の相聞歌 集歌一〇七と集歌一〇八の二首組歌
原歌 足日木乃 山之四付二 妹待跡 吾立所沾 山之四附二
訓読 あしひきの山のしづくに妹待つと吾立ち濡れし山のしづくに
意訳 あしひきの山の雫に、妹を待つとて私は立ちつづけて濡れたことだ。山の雫に。

原歌 吾乎待跡 君之沾計武 足日木能 山之四附二 成益物乎
訓読 吾を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくに成らましものを
意訳 私を待つとてあなたがお濡れになったという山のしずくに、私もなりたいものです。

 参考に、西本願寺本万葉集と校本万葉集とで、歌を鑑賞する時にほんの僅か漢字一字の差でその歌心が変わる例として、他にも次のようなものがあります。

集歌二九五五
西本願寺本
原歌 夢可登 情班 月數多二 干西君之 事之通者
訓読 夢かとも情(こころ)は新(あら)た月(つき)数(あま)たに離(か)れにし君し事(こと)し通へば
私訳 これは夢なのでしょうかと、お慕したいする思いは蘇りました。幾月も縁が絶えてしまった貴方からの使いが通って来ると。

校本万葉集
原歌 夢可登 情斑 月數多 干西君之 事之通者
訓読 夢かとも情(こころ)は惑(まと)ふ月(つき)数(まね)く離(か)れにし君が事(こと)の通へば
意訳 夢ではないかと心が騒ぎました。何ヶ月も離れ途絶えていたあなたから便りが届いたのですもの

 西本願寺本の二句目「情班」の表現に対して校本万葉集では「情斑」とします。さらに三句目も「月數多二」と「月數多」の相違があります。漢語で「班」は「布也、賦也」の意味以外に「次也、別也」と云うものがあり、日本語でも「はん」、「分かつ、分配する」などとします。本編では「次也、別也」から、気持ちが新たになるとしています。対して「斑」は漢語では「斑者、辬之俗、駁文也」と紹介し、日本語では「まだら」と訓じ「まだら、ぶち」などします。校本万葉集では「濃淡のある様」から「惑う」と意訳します。
 次に集歌二九八六の歌の二句目に注目しますと西本願寺本では「引見縦見」ですが、標準の校本万葉集では「引見緩見」となっています。日本語において弓を引くに対して「縦」と云う漢字よりも反対語となる「緩」と云う漢字が相応しいとするのが標準ではないでしょうか。この考え方では伝統の校本万葉集の表記となります。

集歌二九八六
西本願寺本
原歌 梓弓 引見縦見 思見而 既心齒 因尓思物乎
訓読 梓弓(あづさゆみ)引きみ縦(ゆる)へみ思ひ見てすでに心は寄りにしものを
私訳 梓弓の弦を引いて放つように、きっぱりと自分の気持ちを確認して、既に私の気持ちは貴女に寄り添っています。

校本万葉集
原歌 梓弓 引見緩見 思見而 既心齒 因尓思物乎
訓読 梓弓(あづさゆみ)引きみ緩(ゆる)へみ思ひ見てすでに心は寄りにしものを
意訳 弓を引いたり緩めたりするように思いあぐねていますが、わが心はすでにあなたの方に寄っています

 さて、漢字を確認しますと、『説文解字註』に「發矢曰縱」また『玉篇』に「縦 恣也、放也」との解説があります。つまり、漢字の世界では弓を引く動作に対して、弓を放つと云う「縦」の漢字を使う方が相応しいと云うことになります。万葉集の歌が漢語と漢字文字だけで表現された和歌としますと、鎌倉時代以降の校本された「緩」と云う漢字よりも西本願寺本万葉集本来の「縦」と云う漢字の方が正しいのです。するとここに校本万葉集の歌は鎌倉時代以降の新しい言葉感覚で解釈され、それにより創られた歌と云うことになりそうです。そうした時、恋した女性に贈る歌の性格は大きく変わります。原歌は恋する相手に対してはっきりと意思を決めた一途な男の気持ちを詠いますが、方や校本万葉集では逡巡する心持となります。その歌意は大きく違います。なお、万葉集では次の歌が直後に配置されますから、時に集歌二九八六と集歌二九八七とは二首組歌かもしれません。組歌では集歌二九八六の歌では一途に好きだという思いを詠い、対して集歌二九八七の歌ではその好きと云う感情を立派な男として人の噂に立たないようにとするがその気持ちを抑えきれないと詠います。

集歌二九八七
原歌 梓弓 引而不縦 大夫哉 戀云物乎 忍不得牟
試訓 梓(あずさ)弓(ゆみ)引きに縦(ゆる)へぬ大夫(ますらを)や恋といふものを忍(しの)びかねてむ
試訳 梓弓の弦を引いたのに放てない。そのように心が平静ではない。人の上に立つような立派な男子が、貴女への恋と云うものに堪えられないでいる。


コメント   この記事についてブログを書く
« 表記と朗詠とのギャップを楽... | トップ | 複数の歌を歌の集まりとして... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

初めて万葉集に親しむ」カテゴリの最新記事