竹取翁と万葉集のお勉強

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田辺福麻呂歌集を鑑賞する  関連歌

2011年02月14日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
田辺福麻呂歌集 関連歌

 これより以下に紹介する歌は、田辺福麻呂歌集とは直接には関係ありません。田辺福麻呂とその周辺の人々との歌の交流について、万葉集の中から抜き出したものです。また、万葉集の特徴で巻十七以降の巻々は、歌集としての体裁を持っていません。何らかの記録や誰かの日記を、参考資料として残したような形をしています。そのため、和歌集と云うよりも、資料としての方が重要なようです。その万葉集の編纂の性格上、ここでの歌からは、田辺福麻呂の身分、交流していた人々等の一部を覗うことが出来ます。
 こうした時、素人の推定で天平勝宝年間に原万葉集は、橘諸兄を企画者、丹比国人を編集責任者、大伴家持と大原今城を編集局員として誕生したと妄想しています。この妄想を前提に、天平二十年に当時の代表的歌人である田辺福麻呂が、橘諸兄の依頼で越国(富山)の大伴家持の許を訪ね、宴で「古き歌」を披露し合うというような状況には興味をそそられます。また、ここで紹介する集歌4032の歌から集歌4062の歌までの歌々は、田辺福麻呂本人が記録したものではなく、そのすべてが田辺福麻呂が越国(富山)の大伴家持の許を訪ねたときの大伴家持側での歌の交流の記録です。感覚として久米朝臣広縄が速記をしたのではないかと思っています。

天平廿年春三月廾三日、左大臣橘家之使者造酒司令史田邊史福麻呂饗于守大伴宿祢家持舘。爰作新謌、并便誦古詠、各述心緒
標訓 天平二十年の春三月二十三日に、左大臣橘家の使者造酒司(さけのつかさの)令史(さかん)田邊(たなべの)史(ふひと)福麻呂(さきまろ)を守大伴宿祢家持の舘(やかた)に饗(あへ)す。爰(ここ)に新しき謌を作り、并せて便(すなは)ち古き詠(うた)を誦(よ)みて、各(おのおの)の心緒(おもひ)を述べたり。

集歌4032 奈呉乃宇美尓 布祢之麻志可勢 於伎尓伊泥弖 奈美多知久夜等 見底可敝利許牟
訓読 奈呉(なこ)の海に船しまし貸せ沖に出でて波立ち来(く)やと見て帰り来(こ)む
私訳 奈呉の海に船をしばらく貸してくれ。沖に漕ぎ出て行って波が起こり立って打ち寄せてくるのを眺めて帰って来よう。

集歌4033 奈美多弖波 奈呉能宇良末尓 余流可比乃 末奈伎孤悲尓曽 等之波倍尓家流
訓読 波立てば奈呉の浦廻(うらみ)に寄る貝の実なき恋にぞ年は経(へ)にける
私訳 波が立つと奈呉の浜辺に打ち寄せて来る貝の、その甲斐無く実らない恋をして年が過ぎてしまった。

集歌4034 奈呉能宇美尓 之保能波夜非波 安佐里之尓 伊弖牟等多豆波 伊麻曽奈久奈流
訓読 奈呉の海に潮の早(はや)干(ひ)ばあさりしに出でむと鶴(たづ)は今ぞ鳴くなる
私訳 奈呉の海に潮が見る間に早く引いたならば、餌をあさりに行こうと、鶴は今鳴いているようです。

集歌4035 保等登藝須 伊等布登伎奈之 安夜賣具左 加豆良尓藝武日 許由奈伎和多礼
訓読 霍公鳥(ほとときす)いとふ時なし菖蒲(あやめくさ)蘰(かづら)に着む日こゆ鳴き渡れ
私訳 ほととぎすの声を嫌に思う時はありません。だから、菖蒲の花を蘰に身に着ける薬狩りの日には、ここに啼き渡ってほしい。

右四首、田邊史福麻呂
注訓 右の四首は、田邊史福麻呂


于時期之明日、将遊覧布勢水海仍述懐各作謌
標訓 時に明日を期(ちぎ)りて、布勢(ふせ)の水海(みずうみ)に遊覧せむとし、仍(よ)りて懐(おもひ)を述べて各(おのおの)の作れる謌

集歌4036 伊可尓安流 布勢能宇良曽毛 許己太久尓 吉民我弥世武等 和礼乎等登牟流
訓読 いかにある布勢の浦ぞもここだくに君が見せむと我れを留(とど)むる
私訳 どれほど美しく在るのでしょうか、布勢の浦よ。これほどに布勢の浦である貴方が私にその景色を眺めさせようと私を足止めにする。
右一首、田邊史福麻呂
注訓 右の一首は、田邊史福麻呂


集歌4037 乎敷乃佐吉 許藝多母等保里 比祢毛須尓 美等母安久倍伎 宇良尓安良奈久尓
一云 伎美我等波須母
訓読 乎敷(をふ)の崎榜(こ)ぎ徘徊(たもとほ)り終日(ひねもす)に見とも飽(あ)くべき浦にあらなくに
一(ある)は云はく、君が問はすも
私訳 乎敷の崎を船を操って遊覧し一日中眺めていても、見飽きるような入り江ではありません。
或るいは云うに「貴方がお尋ねになりますが」
右一首、守大伴宿祢家持
注訓 右の一首は、守大伴宿祢家持

集歌4038 多麻久之氣 伊都之可安氣牟 布勢能宇美能 宇良乎由伎都追 多麻母比利波牟
訓読 玉(たま)櫛笥(くしげ)いつしか明けむ布勢の海の浦を行きつつ玉も拾(ひり)はむ
私訳 美しい櫛を収める箱をいつかは開けるように、いつの間にか夜が開けた。勢の海の浦に出かけて行って、美しい玉を捜しましょう。

集歌4039 於等能未尓 伎吉底目尓見奴 布勢能宇良乎 見受波能保良自 等之波倍奴等母
訓読 音のみに聞きて目に見ぬ布勢の浦を見ずは上(のぼ)らじ年は経(へ)ぬとも
私訳 噂だけを聞いて見た事の無い布勢の浦を見ないうちには都には上りません。今年が暮れても。

集歌4040 布勢能宇良乎 由伎底之見弖婆 毛母之綺能 於保美夜比等尓 可多利都藝底牟
訓読 布勢の浦を行きてし見てば百磯城(ももしき)の大宮人に語り継ぎてむ
私訳 布勢の浦を出かけて行って眺めたら、沢山の岩を積み上げる大宮に使える宮人に語り伝えましょう。

集歌4041 宇梅能波奈 佐伎知流曽能尓 和礼由可牟 伎美我都可比乎 可多麻知我底良
訓読 梅の花咲き散る園(その)に我れ行かむ君が使を片待ちがてら
私訳 梅の花が咲いて散る、その庭園に私は行ってみたいものです。貴方からの誘いの使者を待ちかねて。

集歌4042 敷治奈美能 佐伎由久見礼婆 保等登伎須 奈久倍伎登伎尓 知可豆伎尓家里
訓読 藤波の咲き行く見れば霍公鳥(ほととぎす)鳴くべき時に近づきにけり
私訳 藤の波のような花房が咲きだしているのを見ると、ほととぎすが鳴く季節に近づいたようです。

右五首、田邊史福麻呂
注訓 右の五首は、田邊史福麻呂

集歌4043 安須能比能 敷勢能宇良末能 布治奈美尓 氣太之伎奈可須 知良之底牟可母
一頭云 保等登藝須
訓読 明日の日の布勢の浦廻(うらみ)の藤波にけだし来鳴かす散らしてむかも
一(ある)頭(かしら)に云はく、 ほととぎす
私訳 明日、見に行く日に布勢の入り江に咲く藤波にほととぎすは来て鳴き声を響かすことなく、ただ、花だけを風に散らせてしまうのでしょうか。

或る頭の句に云うに「ほととぎす」
右一首、大伴宿祢家持和之
注訓 右の一首は、大伴宿祢家持の之(これ)に和(こた)へたる。
前件十首謌者、廿四日宴作之
注訓 前(さき)の件(くだり)の十首の謌は、廿四日の宴(うたげ)に之を作れり。

廿五日、徃布勢水海、道中馬上口号二首
標訓 廿五日に、布勢(ふせ)の水海(みずうみ)に徃き、道中の馬の上にして口号(くちぶさ)めし二首
集歌4044 波萬部余里 和我宇知由可波 宇美邊欲利 牟可倍母許奴可 安麻能都里夫祢
訓読 浜辺(はまへ)より我が打ち行かば海辺より迎へも来ぬか海人(あま)の釣舟
私訳 浜辺に沿って私が屋敷から打ち出て行くと、海辺から出迎えの船が来ないでしょうか。そんな漁師の釣り船よ。

集歌4045 於伎敝欲里 美知久流之保能 伊也麻之尓 安我毛布支見我 弥不根可母加礼
訓読 沖辺(おきへ)より満ち来る潮のいや増しに我が思ふ君が御船かも彼(かれ)
私訳 沖から満ち来る潮がひたひたかさを増すように、しきりに想いが増すように私が尊敬する貴方、その貴方が乗る御船でしょうか。あれは。

至水海遊覧之時、各述懐作謌
標訓 水海(みずうみ)に至りて遊覧(みそなは)す時に、各(おのおの)の懐(おもひ)を述べて作れる謌
集歌4046 可牟佐夫流 多流比女能佐吉 許支米具利 見礼登裳安可受 伊加尓和礼世牟
訓読 神さぶる垂姫(たるひめ)の崎榜(こ)ぎ廻り見れども飽(あ)かずいかに我れせむ
私訳 時代が経ち古めかしい垂姫の崎を、船を操り回り眺めますが見飽きることがありません。さて、私はこれ以上どうしましょう。
右一首、田邊史福麻呂
注訓 右の一首は、田邊史福麻呂

集歌4047 多流比賣野 宇良乎許藝都追 介敷乃日波 多努之久安曽敝 移比都支尓勢牟
訓読 垂姫(たるひめ)の浦を榜ぎつつ今日の日は楽しく遊べ言ひ継ぎにせむ
私訳 垂姫の入り江を船を操りながら、今日の一日を楽しく風流を楽しんでください。そして、人々に語り継ぎましょう。
右一首、遊行女婦土師
注訓 右の一首は、遊行女婦(うかれめの)土師(はにし)

集歌4048 多流比女能 宇良乎許具不祢 可治末尓母 奈良野和藝敞乎 和須礼氏於毛倍也
訓読 垂姫(たるひめ)の浦を榜(こ)ぐ船梶間(かじま)にも奈良の吾家(わぎへ)を忘れて思へや
私訳 垂姫の入り江を操り行く船の梶を挿す僅かな梶間ほどにも、奈良の私の家の(貴女の)ことを私がすっかり忘れるでしょうか。
右一首、大伴家持
注訓 右の一首は、大伴家持

集歌4049 於呂可尓曽 和礼波於母比之 乎不乃宇良能 安利蘇野米具利 見礼度安可須介利
訓読 おろかにぞ我れは思ひし乎布(をふ)の浦の荒礒(ありそ)の廻(めぐ)り見れど飽(あ)かずけり
私訳 いい加減に私は思っていた、この乎布の入り江の荒磯を船を廻らし眺めるが飽きることはありません。
右一首、田邊史福麻呂
注訓 右の一首は、田邊史福麻呂

掾久米朝臣廣縄之舘、饗田邊史福麻呂宴謌四首
標訓 掾久米朝臣廣縄の舘にして、田邊史福麻呂を饗(あへ)したる宴(うたげ)の謌四首
集歌4052 保登等藝須 伊麻奈可受之弖 安須古要牟 夜麻尓奈久等母 之流思安良米夜母
訓読 霍公鳥(ほととぎす)今鳴かずして明日(あす)越えむ山に鳴くとも験(しるし)あらめやも
私訳 ほととぎすよ。今、ここで啼かないで、明日、都へと越えて行くあの山で啼いたとしても、甲斐がないものを。
右一首、田邊史福麻呂
注訓 右の一首は、田邊史福麻呂

集歌4053 許能久礼尓 奈里奴流母能乎 保等登藝須 奈尓加伎奈可奴 伎美尓安敝流等吉
訓読 木(こ)の暗(くれ)になりぬるものを霍公鳥(ほとときす)何か来(き)鳴かぬ君に逢へる時
私訳 木立の下が暗く茂る季節になったのに、ホトトギスよ。どうして、やって来て啼かない。貴方に歓談している時に。
右一首、久米朝臣廣縄
注訓 右の一首は、久米朝臣廣縄

集歌4054 保等登藝須 許欲奈枳和多礼 登毛之備乎 都久欲尓奈蘇倍 曽能可氣母見牟
訓読 霍公鳥(ほとときす)こよ鳴き渡れ燈火(ともしび)を月夜(つくよ)に擬(なそ)へその影も見む
私訳 ホトトギスよ。ここに啼きながら飛び渡ってこい。灯火を月の光になぞらえて、その姿を見てみたい。

集歌4055 可敝流末能 美知由可牟日波 伊都波多野 佐加尓蘇泥布礼 和礼乎事於毛婆婆
訓読 帰廻(かへるみ)の道行かむ日は五幡(いつはた)の坂に袖振れ我れをし思はば
私訳 都へ帰る九十九折(つづらおり)の路を行く日には、五幡の坂で気持ちを送る袖を振ってください。私を、もし、思い出したならば。
右二首、大伴宿祢家持
注訓 右の二首は、大伴宿祢家持
前伴謌者、廿六日作之
注訓 前(さき)に伴なふ謌は、二十六日に之を作れる。

太上皇御在於難波宮之時謌七首 清足姫天皇也
標 太上皇(おほきすめらみこと)の難波の宮に御在(いま)しし時の謌七首 清足姫の天皇なり
左大臣橘宿祢謌一首
標訓 左大臣橘宿祢の謌一首
集歌4056 保里江尓波 多麻之可麻之乎 大皇乎 美敷祢許我牟登 可年弖之里勢婆
訓読 堀江には玉敷かましを大君を御船(みふね)榜(こ)がむとかねて知りせば
私訳 堀江には美しい玉を敷いたのですが、大君よ。御船を操り遡ると、前々から知っていましたら。

御製謌一首 和
標訓 御(かた)りて製(つく)らしし謌一首 和(こた)へたまへり
集歌4057 多萬之賀受 伎美我久伊弖伊布 保里江尓波 多麻之伎美弖々 都藝弖可欲波牟
或云 多麻古伎之伎弖
訓読 玉敷かず君が悔(く)いて云ふ堀江には玉敷き満(み)てて継ぎて通(かよ)はむ
或(ある)は云はく、玉(たま)扱(こ)き敷(し)きて
私訳 美しい玉を敷かなかったと貴方が後悔して云う、その堀江には美しい玉を敷き満たして、何度も通って来ましょう。
或いは云うには「美しい玉をしごきちりばめて」
右一首件謌者、御船泝江遊宴之日、左大臣奏并御製
注訓 右の一首の件(くだり)の謌は、御船(おほみふね)の江(かは)を泝(さかのぼ)りて遊宴(うたげ)せし日、左大臣の奏(たてまつ)れり、并せて御(かた)りて製(つく)らせる。

御製謌一首
標訓 御(かた)りて製(つく)らしし謌一首
集歌4058 多知婆奈能 登乎能多知波奈 夜都代尓母 安礼波和須礼自 許乃多知婆奈乎
訓読 橘のとをの橘八つ代にも吾(あ)れは忘れじこの橘を
私訳 橘の、枝もたわわな橘よ、幾代にも私は忘れない。この橘を。

河内女王謌一首
標訓 河内(かふちの)女王(おほきみ)の謌一首
集歌4059 多知婆奈能 之多泥流尓波尓 等能多弖天 佐可弥豆伎伊麻須 和我於保伎美可母
訓読 橘の下(した)照(て)る庭に殿(との)建てて酒みづきいます我が大王(おほきみ)かも
私訳 橘の根元も輝くように美しい庭に御殿を建てて、酒を杯に盛っていらっしゃる吾等の大王よ。

粟田女王謌一首
標訓 粟田(あはたの)女王(おほきみ)の謌一首
集歌4060 都奇麻知弖 伊敝尓波由可牟 和我佐世流 安加良多知婆奈 可氣尓見要都追
訓読 月待ちて宅(いへ)には行かむ我が插(さ)せる明(あか)ら橘影に見えつつ
私訳 月の出を待って貴方の屋敷に行きましょう。私が髪に挿した清らかな橘、月の光に貴方が見て判るように。
右件謌者、在於左大臣橘卿之宅、肆宴御謌并奏謌。
注訓 右の件(くだり)の謌は、左大臣橘卿の宅(いへ)に在(いま)して、肆宴(とよのほあかり)きこしめし御謌(おほみうた)并せて奏(たてまつ)れる謌。

集歌4061 保里江欲里 水乎妣吉之都追 美布祢左須 之津乎能登母波 加波能瀬麻宇勢
訓読 堀江より水脈(みを)引きしつつ御船(みふね)さす賎男(しづを)の伴は川の瀬申(もう)せ
私訳 堀江から水の流れを辿りながら御船を操る作業員の男達は、川の浅瀬を知らせなさい。

集歌4062 奈都乃欲波 美知多豆多都之 布祢尓能里 可波乃瀬其等尓 佐乎左指能保礼
訓読 夏の夜は道たづたづし舟に乗り川の瀬ごとに棹(さを)さし上(のほ)れ
私訳 夏の夜は水路がはっきりしない。小舟に乗って川の浅瀬毎に棹を指して道順を示しなさい。
右件謌者、御船以綱手泝江遊宴之日作也。傳誦之人田邊史福麻呂是也
注訓 右の件(くだり)の謌は、御船(おほみふね)の綱手を以ちて江(かは)を泝(さかのぼ)りて遊宴(うたげ)したまひし日に作れる。傳(つた)へ誦(よ)める人は田邊史福麻呂、これなり。


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