竹取翁と万葉集のお勉強

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柿本朝臣人麻呂の歌並びに人麻呂歌集の歌 11

2013年02月24日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
柿本朝臣人麻呂の歌並びに人麻呂歌集の歌

泊瀬朝倉宮御宇大泊瀬幼武天皇御製謌一首
標訓 泊瀬朝倉宮に天の下知(し)らしめしし大泊瀬幼武天皇の御製謌一首
集歌1664 暮去者 小椋山尓 臥鹿之 今夜者不鳴 寐家良霜
訓読 夕されば小倉し山に臥す鹿し今夜は鳴かず寝ねにけらしも
私訳 夕方になると小倉の山に棲む鹿が、今宵は鳴かない。もう、棲家で寝てしまったようだ。
右、或本云、崗本天皇御製。不審正指。因以累載。
注訓 右は或る本に云はく、「崗本天皇の御製なり」といへり。正指(せいし)を審(つまび)らかにせず。これに因りて以ちて累ねて載す。

崗本宮御宇天皇幸紀伊國時謌二首
標訓 崗本宮に天の下知(し)らしめしし天皇(すめらみこと)の紀伊国に幸(いでま)しし時の歌二首
集歌1665 為妹 吾玉拾 奥邊有 玉縁持来 奥津白波
訓読 妹しためわれ玉拾ふ沖辺なる玉寄せ持ち来沖つ白波
私訳 愛しい恋人のために私は玉を拾う。沖辺にある玉を寄せ持って来る沖の白波よ。

集歌1666 朝霧尓 沾尓之衣 不干而 一哉君之 山道将越
訓読 朝霧に濡れにし衣干さずして独りか君し山道越ゆらむ
私訳 朝霧に濡れた衣を干すこともなく、独りで貴方が山道を越えて行くようです。
右二首、作者未詳
注訓 右の二首は、作者いまだ詳(つばひ)らかならず。

大寶元年辛丑冬十月、太上天皇大行天皇幸紀伊國時謌十三首
標訓 大宝元年辛丑の冬十月に、太上天皇(おほきすめらみこと)大行天皇(さきのすめらみこと)の紀伊国に幸(いでま)しし時の歌十三首
集歌1667 為妹 我玉求 於伎邊有 白玉依来 於伎都白浪
訓読 妹しため我玉求む沖辺(おきへ)なる白玉寄せ来(こ)沖つ白浪
私訳 貴女のために私は真珠の玉が欲しい。沖の方から白い真珠の玉を波とともに寄せて来い。沖に立つ美しい玉のような波立つ白浪よ。
右一首、上見既畢。但、謌辞小換、年代相違。因以累載。
注訓 右の一首は、上に見ゆること既に畢(をは)りぬ。ただ、歌の辞(ことば)小(すこ)しく換(かは)り、年代相(あひ)違(たが)へり。これに因りて以ちて累ねて載す。

集歌1668 白埼者 幸在待 大船尓 真梶繁貫 又将顧
訓読 白崎は幸(さき)をあり待つ大船に真梶(まかぢ)繁(しじ)貫(ぬ)きまたかへり見む
私訳 由良の白崎は御幸のふたたびの訪れを待っている。大船に立派な梶を差し込んで船を出し、また紀伊国の御幸の帰りに見ましょう。

集歌1669 三名部乃浦 塩莫満 鹿嶋在 釣為海人 見戀来六
訓読 三名部(みなべ)の浦潮(しほ)な満ちそね鹿島なる釣りする海人(あま)を見て帰り来(こ)む
私訳 紀伊国の三名部の浦に磯の道を閉ざす潮よ満ちるな。鹿嶋で釣をする海人を見に行って来たいから。

集歌1670 朝開 滂出而我者 湯羅前 釣為海人乎 見反将来
訓読 朝(あさ)開(ひら)き漕ぎ出に我は由良(ゆら)し崎釣りする海人(あま)を見変(みかへ)り来まむ
私訳 朝が開け船を漕ぎ出すから、私は由良の岬で釣をする海人の色々な姿を見ることが出来るでしょう。

集歌1671 湯羅乃前 塩乾尓祁良乎志 白神之 磯浦箕乎 敢而滂動
訓読 由良(ゆら)の崎潮(しほ)干(ひ)にけらし白神(しらかみ)し礒し浦廻(うらみ)を敢(あ)へに漕ぐなり
私訳 由良の岬の潮は引き潮のようです。白浪が打ち寄せる白神の磯の浦の辺りを、敢えて船を楫を漕いでいく。

集歌1672 黒牛方 塩干乃浦乎 紅 玉裙須蘇延 往者誰妻
訓読 黒牛潟(くろうしがた)潮干(しほひ)の浦を紅(くれなゐ)し玉裳(たまも)裾(すそ)引(ひ)き行くは誰(た)が妻
私訳 黒牛の潟の潮が干いた浜辺を紅の美しい裳の裾を引いて歩いているのは誰の恋人でしょうか。

集歌1673 風莫乃 濱之白浪 従 於斯依久流 見人無
訓読 風莫(かぜなし)の浜し白波いたづらしここし寄せ来(く)る見る人しなみ
私訳 風があっても風莫の浜と呼ばれる浜の白波は、ただ無性に寄せてくる。見る人もいないのに。
一云、於斯依来藻
訓読 一(あるひ)は云はく、ここに寄せ来も
右一首、山上臣憶良類聚歌林曰、長忌寸意吉麿、應詔作此謌。
注訓 右の一首は、山上臣憶良の類聚歌林に曰はく「長忌寸意吉麿、詔(みことのり)に応(こた)へてこの歌を作る」といへり。

集歌1674 我背兒我 使将来歟跡 出立之 此松原乎 今日香過南
訓読 我が背子が使(つかひ)来(こ)むかと出立(いでたち)しこの松原を今日(けふ)か過ぎなむ
私訳 私の愛しい子が父からの便りの使いが来ないかと家の外に出て立つように、まだかまだかと待っていた出立のこの松原を今日は行き過ぎます。

集歌1675 藤白之 三坂乎越跡 白栲之 我衣手者 所沾香裳
訓読 藤白(ふぢしろ)し御坂を越ゆと白栲し我が衣手(ころもて)は濡れにけるかも
私訳 藤白の御坂を越えると、有馬皇子の故事を思うと白栲の私の衣の袖は皇子を思う涙に濡れるでしょう。

集歌1676 勢能山尓 黄葉常敷 神岳之 山黄葉者 今日散濫
訓読 背の山に黄葉(もみち)常敷く神岳(かむたけ)し山し黄葉(もみちは)は今日か散るらむ
私訳 有馬皇子の藤白の御坂の山は黄葉で覆われています、大和の明日香の雷丘の黄葉はもう散っているでしょうか。

集歌1677 山跡庭 聞往歟 大我野之 竹葉苅敷 廬為有跡者
訓読 大和には聞こえ往(い)かぬか大我野(おほがの)し竹葉(たかは)刈り敷き廬(いほり)せりとは
私訳 大和にはその評判が聞こえているでしょうか、大我野にある珍しい竹葉を刈り取って仮の宿に敷いていることを。

集歌1678 木國之 昔弓雄之 響矢用 鹿取靡 坂上尓曽安留
訓読 紀(き)し国し昔弓雄(さつを)し響矢(なりや)用(も)ち鹿取り靡けし坂上(さかへ)にぞある
私訳 紀の国で、昔、弓の勇者が神の響矢で鹿を取り従わせた熊野荒坂です。

集歌1679 城國尓 不止将往 妻社 妻依来西尼 妻常言長柄
訓読 紀(き)し国にやまず通(かよ)はむ妻し杜(もり)妻寄しこせね妻と言(い)ひながら
私訳 紀の国には止むことなくいつも通いましょう。仁徳天皇の妻の磐姫命皇后の御綱柏の社の故事のように、妻を御綱柏を採りに寄せ来させましょう。貴女は妻と言ひながら。
一云、嬬賜尓毛 嬬云長良
訓読 一(あるひ)は云はく、妻賜はにも妻と言ひながら
右一首、或云、坂上忌寸人長作。
注訓 右は一首は、或は云はく「坂上忌寸人長の作なり」といへり。

後人謌二首
標訓 後(のこる)人(ひと)の歌二首
集歌1680 朝裳吉 木方往君我 信土山 越濫今日曽 雨莫零根
訓読 朝も吉(よ)し紀(き)へ行く君が信土山(まつちやま)越ゆらむ今日(けふ)そ雨な降りそね
私訳 今朝は日よりも良いようです。紀の国に行く貴方が大和と紀の国との境の信土山を今日は越えていく。雨よ降らないで。

集歌1681 後居而 吾戀居者 白雲 棚引山乎 今日香越濫
訓読 後(おく)れ居(い)に吾(わ)が恋ひ居(を)れば白雲し棚(たな)引(ひ)く山を今日(けふ)か越ゆらむ
私訳 後に残って居るので私が貴方を恋慕っていると、彼方に見える白雲の棚引く山を、貴方は今日は越えるのでしょうか。


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