竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その32

2009年05月18日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その32

原文 還等氷見乍 誰子其迹哉 所思而在
訓読 返らひ見つつ 誰が子ぞとや 思はえてある(32)
私訳 振り返りながら、「誰なんだろうあの人は」と思われている

竹取翁の長歌の中の一節に「誰なんだろうあの人は」があります。私は、これは万葉集の中の歌を紹介するものと考え、これを「振り返りながら、『誰なんだろうあの人は』と思われている」と解釈しました。このように解釈することで、次の譬喩歌の区分の雨に寄せる歌である集歌2240の歌が想像できます。では、なぜ、この歌が万葉集を代表する歌なのでしょうか。

(人麻呂歌集)
集歌2240 誰彼 我莫問 九月 露沾乍 君待吾
訓読 誰ぞかれと我れをな問ひそ九月(ながつき)の露に濡れつつ君待つ吾を
私訳 誰だろうあの人は、といって私を尋ねないで。九月の夜露に濡れながら、あの人を待っている私を。

 この歌の背景を紹介しますと、この集歌2240の歌は人麻呂歌集の歌として万葉集に載っていますが、秋の相聞の歌として五首が一組の歌となっています。二人の間での歌の交換の分類ですが、内容は二人の恋人同士の恋文の交換の趣です。

秋相聞
集歌2239 金山 舌日下 鳴鳥 音谷聞 何嘆
訓読 秋山のしたひが下に鳴く鳥の声だに聞かば何か嘆かむ
意訳 秋の山の夕日の下に鳴く鳥のように、せめて貴女の声だけでも聞けたらどうして嘆くでしょう。

集歌2240 誰彼 我莫問 九月 露沾乍 君待吾
訓読 誰そ彼とわれをな問ひそ九月の露に濡れつつ君待つわれそ
意訳 誰だろうあの人は、といって私を尋ねないで。九月の夜露に濡れながら、あの人を待っている私を。

集歌2241 秋夜 霧發渡 凡々 夢見 妹形牟
訓読 秋の夜の霧立ちわたりおぼほしく夢にそ見つる妹が姿を
意訳 秋の夜霧が立ち渡って景色がおぼろになるように、ぼんやりだが夢の中に見た。愛しい恋人の姿を。

集歌2242 秋野 尾花末 生靡 心妹 依鴨
訓読 秋の野の尾花が末の生ひ靡き心は妹に寄りにけるかも
意訳 秋の野の尾花の穂先が鞘から伸び開いて靡くように、私の心は愛しい恋人に靡き寄ってしまったようだ。

集歌2243 秋山 霜零覆 木葉落 歳唯行 我忘八
訓読 秋山に霜降り覆ひ木の葉散り年は行くともわれ忘れめや
意訳 秋の山に霜が降り木々を覆い、木の葉も散りさって、この年も過ぎ行くとしても、私が貴女を忘れることがあるでしょうか。

 さて、どのように、感じられましたでしょうか。これらの歌々は、二人の関係を旧暦九月の黄葉の時期から十二月下旬の霜の時期までを示していますし、集歌2240の「露に濡れつつ君待つわれそ」から、二人の男女関係は男が夜に女の許に通う仲であることを示しています。
 当時、山上憶良の貧窮問答の歌からは庶民は三世代が同じ小屋でごろ寝する風情ですが、ここでの相聞の世界は、次の旋頭歌で詠うような適齢期の娘が新室で男を夜に待つ風情です。相聞の歌の雰囲気は、親と同じ屋根の下での同居ではないようです。

集歌2351 新室 壁草苅邇 御座給根 草如 依逢未通女者 公随
訓読 新室(にひむろ)の壁草(かべくさ)刈りに坐(いま)し給(たま)はね 草のごと寄り合ふ未通女(をとめ)は君がまにまに

 ただ、歌の感情からは、二人が頻繁には逢っていないように感じられます。まず、これらの歌々には、夜をともに過ごす若い男女では一番重要なはずのきぬぎぬの別れの後感がありません。男が夜に女の許に密かに通うのが前提の相聞の歌なのですが、その朝の別れが歌に見えないのは不思議ですが、それでいて二人は相思相愛の関係なのです。
さて、どんな関係だったのでしょうか。官僚の家族のような特殊な立場でない限り、古代では遠距離恋愛はありえない世界です。夜這う関係でありながら二人は頻繁に逢う関係でもないのですが、恋歌の交換はしてますから何らかの連絡はあります。

 ここで突拍子もありませんが、すべて男性が女性に対して歌を詠んだとの見方も歌の表記からは可能です。ただ、この場合は、集歌2240の歌の解釈は、男性が待ち合わせた場所で女性の訪れを待つ風景となります。

集歌2240 誰彼 我莫問 九月 露沾乍 君待吾
訓読 誰そ彼とわれをな問ひそ九月の露に濡れつつ君待つわれそ
意訳 「誰だろうあの人は」といって私を尋ねないで下さい。九月の夜露に濡れながら恋人を待っている私を。

すると、これは女性から男性の許を訪れるという漢詩の世界で、男性が女性の許を尋ねる大和歌の世界ではありません。古事記や日本書紀の神話にもあるように、場所はどこであれ、女性は男性の訪れを待つ受身が古風ですし、歌のルールです。
ここから可能性として、これらの歌々は実際の恋の歌ではなくなり、すべて男性が思いを詠ったことになります。つまり、人麻呂歌集のこの作歌者は、漢詩の六国の宋斉時代の子夜四時歌などを参考にして想像の相聞の和歌を詠い、五首連歌の形で歌物語の世界を創作したことになります。
 歌の表記方法は略体歌の形ですので五首連歌は持統天皇前期頃に位置する歌と想像されますから、持統天皇の宮廷には歌物語を楽しむ世界があったのでしょう。こうした時、集歌2240の歌はその歌物語の最初に位置するのではないでしょうか。そうであるならば、万葉集を代表する歌として竹取翁の長歌で取り上げて示すのは、至極、自然です。

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