竹取翁と万葉集のお勉強

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柿本朝臣人麻呂の歌並びに人麻呂歌集の歌 22

2013年05月19日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
柿本朝臣人麻呂の歌並びに人麻呂歌集の歌

集歌2471 山代 泉小菅 凡浪 妹心 吾不念
訓読 山背(やましろ)し泉し小菅(こすが)なみ浪(なみ)し妹し心し吾(わ)が思はなくに
私訳 山城にある泉川の岸の小菅。その小菅が風に波打つような、他の人へと思い乱れる貴女の気持ちを私は思ったことがありません。

集歌2472 見渡 三室山 石穂菅 惻隠 吾片念為
訓読 見渡しし三室し山し巌菅(いわすが)し惻(いた)み隠(こも)れる吾(あ)は片(かた)思(もひ)す
私訳 見渡す三室の山に生える岩菅の根がすっきり隠れる、その言葉のひびきではないが、貴女に逢えずいたわしさに包まれる私は貴女に片思いをします。
一云、三諸山之 石小菅
一(ある)は云はく、
訓読 三諸山(みもろやま)し石(いは)小菅(こすげ)
私訳 神の宿る山の岩小菅

集歌2473 菅根 惻隠 吾結為 我紐緒 解人不有
訓読 菅(すが)し根し惻(いた)み隠(こも)れし吾結(ゆ)ひし我が紐し緒し解(と)く人あらじ
私訳 菅の根がすっかり隠れる、その言葉のひびきではないが、貴方に逢えなく痛ましさに包まれる私が結んだこの私の紐の緒を解く人は、貴方以外は誰もいません。

集歌2474 山菅 乱戀耳 令為乍 不相妹鴨 年経乍
訓読 山菅(やますが)し乱れ恋のみせしめつつ逢はぬ妹かも年し経につつ
私訳 山の菅が風に乱れるように、想い乱れる恋だけをさせるだけで逢えない愛しい貴女です。年月は過ぎますが。

集歌2475 我屋戸 甍子太草 雖生 戀忘草 見未生
訓読 我が屋戸(やと)し軒しした草生(お)ひたれど恋忘れ草見るに生ひなく
私訳 私の家の軒瓦にシダ草は生えてきたけれど、恋の苦しさを忘れさせると云う忘れ草は庭を見渡してもまだ生えてきません。

集歌2476 打田 稗數多 雖有 擇為我 夜一人宿
訓読 打田(うつた)には稗し数多(あまた)しただあれど択(え)らえし我れぞ夜しひとり寝む
私訳 耕した田には稗が沢山生えると云うけれど、貴女に稗のような無用な者として選ばれた私は、えい、しょうがない、このように独りで夜を過ごそう。

集歌2477 足引 名負山菅 押伏 君結 不相有哉
訓読 あしひきし名負ふ山菅(やますげ)押し伏せて君し結ばば逢はずあらめやも
私訳 足を引くような名を持った穴師の山の山菅を押し伏せて、貴女のために草を結べば逢えないことは無いでしょう。

集歌2478 秋柏 潤和川邊 細竹目 人不顔面 君無勝
訓読 秋(あき)柏(かしは)潤(うる)は川辺(かはべ)し小竹(しの)し目し他人(ひと)には忍べ君し勝(か)たなし
私訳 秋になり食器に使うような広葉樹の葉が色づく川辺の、その篠竹で編んだ目のように、他人の目には想いを隠していられるが、貴方には想いを隠すことは出来ない。
注意 原文の「君無勝」は、一般には「公无勝」と表記しますが、ここでは原文のままに訓んでいます。「無」と「无」とは通用では同義です。

集歌2479 核葛 後相 夢耳 受日度 年経乍
訓読 さね葛(かづら)後(のち)も逢はむと夢(いめ)のみに祈誓(うけ)ひわたりて年し経につつ
私訳 さね葛の蔓が離れていても後で絡み合うように、再び、貴方ときっと逢おうと、夢の中で誓っているうちに年月が過ぎてしまった。

集歌2480 路邊 壹師花 灼然 人皆知 我戀孋
訓読 道し辺(へ)し壹師(いちし)し花しいちしろし人皆知りぬ我(あ)が恋(こひ)孋(うるはし)
私訳 道の傍らに咲くいちしの花の、その言葉のひびきではないが、いちしろく(=はっきりと)、人々が皆、気が付いてしまた。私の恋する麗しい貴女のことを。
注意 原文の「我戀孋」の「孋」は「儷」に通じるとされ、つれあいや夫婦の意味となるようです。ここでは個人の語感の好みから「コヒツマ」ではなく「コヒウルハシ」と訓んでいます。
或本謌云、灼然 人知尓家里 継而之念者
ある本の歌に云ふには、
訓読 いちしろし人知りにけり継ぎにし念へば
私訳 はっきりと人は気が付いたようだ、絶えず貴女のことを想っていると。

集歌2481 大野 跡状不知 印結 有不得 吾眷
訓読 大野らにたどきも知らず標結(しめゆ)ひてありかつましじ吾(わ)れ眷(かへりみ)る
私訳 広い野原に訳もわからず標縄を張り自分のものだと証をするように、思わずにあの娘と契りを結んだ。この気持ちを、どうしていいのか判らない。私はその娘に恋をしている。

集歌2482 水底 生玉藻 打靡 心依 戀比日
訓読 水底(みなそこ)し生(お)ふる玉藻しうち靡き心し寄りて恋ふるこのころ
私訳 水底に生える美しい藻がゆらゆら靡くように、私の心は貴女に靡いて恋い慕うこの頃です。

集歌2483 敷栲之 衣手離而 玉藻 靡可宿濫 和乎待難尓
訓読 敷栲し衣手(ころもて)離(か)れに玉藻なす靡きか寝(ね)らむ吾(わ)を待ちかてに
私訳 夜寝る敷く栲の上で互いの衣を体に掛け合うこともない。あの娘は、美しい藻のような黒髪を靡かせて寝ているのだろうか。私を待ちわびて。

集歌2484 君不来者 形見為等 我二人 殖松木 君乎待出牟
訓読 君来ずは形見にせむと我が二人殖ゑし松の木君を待ち出(い)でむ
私訳 貴方が訪れないのなら、貴方と思って貴方と二人のつもりで植えた、枝を結ぶとまた逢える云う松の木。その松の木へ貴方を待ちに出かけましょう。

集歌2485 袖振 可見限 吾雖有 其松枝 隠在
訓読 袖振らば見ゆべき限り吾(われ)しあれどその松が枝(え)し隠(かく)らひにけり
私訳 心を引き寄せると云う袖を貴女が振るならば、見える限り私は貴女を探しますが、その貴女の姿は松の枝葉で隠れています。

集歌2486 珍海 濱邊小松 根深 吾戀度 人子姤
試訓 珍(うづ)し海浜辺(はまへ)し小松(こまつ)根を深み吾(あれ)恋ひわたる人し子(こ)し姤(きみ)
私訳 近江の大津宮の貴い海の浜辺のかわいい小松の根が深くはるように、深く深く私は貴女に恋をしています。私の想いのままにならない娘である貴女。
注意 原文の「珍海」と「人子姤」は、人麻呂の近江時代の歌として解釈して、原文のままに訓んでいます。また、集歌2486の歌と或る本の歌とを同じ訓みの歌とは認識していません。そのため、集歌2486の歌の「人子姤」の「姤」を、難訓として「或る本の歌」に合わせる形での「ゆゑに」とは訓んでいません。
或本謌云、血沼之海之 塩干能小松 根母己呂尓 戀屋度 人兒故尓
或る本の歌に曰はく、
訓読 茅渟(ちぬ)し海し潮干(しおひ)の小松ねもころに恋ひわたる人し子ゆゑに
私訳 茅渟の海の潮の干いた海岸の小松の根が這えるようにねんごろに慕いつづけましょう。私の想いのままにならなく、まだ、幼い貴女ゆえに。

集歌2487 平山 子松末 有廉叙波 我思妹 不相止看
訓読 奈良山し小松し末(うれ)しうれむそは我が思(も)ふ妹に逢はず看(み)む止(や)む
私訳 奈良山の小松の末(うれ=若芽)、その言葉のひびきではないが、うれむそは(どうしてまあ)、成長した貴女、そのような私が恋い慕う貴女に逢えないし、姿をながめることも出来なくなってしまった。
注意 原文の「不相止看」の「看」は、一般に「者」の誤字として「不相止者」と表記し「逢はず止みなむ」と訓みます。ここでは原文のままに訓んでいます。

集歌2488 磯上 立廻香瀧 心哀 何深目 念始
訓読 礒し上(へ)し立み香(か)る瀧(たぎ)ねもころに何しか深め思ひ始(そ)めけむ
私訳 磐のほとりを取り囲む清らかな急流が深いように、ねんごろに、想いを深めてその娘を本当に愛し始めたのだろうか。
注意 原文の「香瀧」の「瀧」は、一般に「樹」の誤字として「香樹」と表記し、さらに「天木香樹」の言葉から類推して「むろの木」と訓みます。ここでは原文のままに訓んでみました。

集歌2489 橘 本我立 下枝取 成哉者 問子等
訓読 橘し下(もと)に我(われ)立て下枝(しづえ)取り成(な)らむや君と問ひし子らはも
私訳 この橘の木の下に私を立たせ、下枝を手に取って、「私は貴方と結ばれるのでしょうか、ねえ、貴方」と聞いた貴女。


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