竹取翁と万葉集のお勉強

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明日香新益京物語 鍛冶の里

2014年01月19日 | 実験 小説で万葉時代を説明する 
鍛冶の里

 采女の事件に前後して、半島からのきな臭い風に大和の政治は緊張を増して来た。
 大唐が、中元二年(669)に遣唐使の河内直鯨が長安での朝貢使節の折、承知した大和・大唐連合軍の盟約の確認と新羅出兵の確約を葛城大王の朝廷に迫って来た。この時、蘇我赤兄や中臣金たち、政府首脳は大和・大唐連合軍が新羅に押し寄せれば、戦いに勝てると踏んだ。そして、大和は新羅征伐への戦時体制へと突入していった。
 中元四年(671)正月、葛城大王は朝廷の人事を一新し、対新羅戦争の体制を組んだ。政府首脳は大友皇子を太政大臣とし、左大臣に蘇我赤兄、右大臣に中臣金を任命し、補佐となる御史大夫に蘇我果安、巨勢人、紀大人の三人を置いた。さらに、百済人およそ五十人を朝廷の官僚に据えた。
 大和の体制が整ったと判断した葛城大王は、六月になって大唐と傀儡百済に新羅出兵を確約する詔を下した。この詔を得た大唐の使い李守真と百済からの使人たちは七月に帰国して行った。
 朝廷は国々の国司守に大量の干飯と矢の備蓄を命令し、安芸、紀伊、志摩、西三河、敦賀の国に大船の建造を割り当てた。先の百済の役から十年、大和の里では極端な鉄不足が生じていた。そして、豪族たちは伽耶の鉄を、再び、渇望していた。

 一方、鉄が足りないはずの大和の里で、中元三年末から不思議な現象が生じていた。紀伊、志摩、西三河、美濃、北近江などでは鉄製の鍬や鋤が徐々に目につくようになっている。里人は不思議がった。どこからか、鉄鍬が現れ、里の有力な豪族に渡されて行く。鉄を貰った豪族は民を減らすような新羅出兵の機運は失せる。開拓で使う鋤や鍬などの鉄製農具が足りないから新羅伽耶へ奪いに行くのであって、その鉄製農機具があれば好き好んで命の遣り取りをする戦争に行く必要もない。

 鉄を褐鉄鉱や磁鉄鉱などの鉄鉱石から製鉄するには、複雑な社会システムが要る。
 鉄鉱石を探査する者、見つけた鉄鉱石を掘る者、その鉱石を選鉱し純度を上げる者、製鉄で使う木炭を焼く者、その炭焼きのため山で木を切り、炭窯に入るように長さを揃える者、また、製鉄で使う融剤である藻塩(ソーダ灰:炭酸ナトリウム)やぼそぼその鋳鉄から鍛冶で鍛えられる錬鉄にするための脱炭素剤となる砂鉄を整える者が必要となる。
 これらの者達は食料を自給しないから、誰かが、彼らのそれぞれの生産物と食料とを交換する必要がある。また、この複雑で相互に関係する、それぞれの生産量の調整を行う必要がある。この複雑な社会システムを管理して、初めて、鉄鉱石から鉄を鋳ることが出来る。鉄鉱石からの製鉄法は、砂鉄からのたたら製鉄よりエネルギー効率と生産性は高いが、その分、国家か、ある程度の規模の権力による社会システムの管理が必要となる。
 先の百済の役で伽耶の鍛冶職人を連れ帰った豪族たちがいたが、結局は規模としての鉄の生産に成功した者はいない。唯一、大海人皇子の指揮する近江栗東の鍛冶の里が成功した。この複雑な社会システムを動かすことが出来るのは、高市皇子を頭とする鍛冶集団だけであった。
 その鍛冶集団は、鍛冶主を頭とする柿本鍛冶、熊鷹を頭とする宗像韓鍛冶、安金を頭とする但馬の間人韓鍛冶とを中核に、大和の多くの技を為す氏族が連なる。その束ねを技師長の形で柿本人麻呂が執る。

 大海人皇子はその鍛冶の里長である高市皇子を急がせる。高市皇子は技術者集団を率いる柿本人麻呂を頼りにし、同時に増産を責めた。
 その高市皇子が時勢に合わない不思議な命令を人麻呂に下した。
「やい、人麻呂。朝廷に出す太刀と甲羅は、数、揃ったか」
「皇子、求めの太刀と甲羅は揃っております。さらに、太刀を造りましょうか」
「いや、約束の太刀と甲羅が揃えば、後は、民が使う鍬を、数、造れ」
 人麻呂は不審に思い、念を押す。
「噂で、新羅との戦は近いと云います。太刀でのうて、鍬でよろしいのか」
「おお、鍬が必要じゃ。それも民のため、数、必要じゃ」
 人麻呂は皇子の命令に納得がいかないが、太刀より鍬を作るには合意する。遠祖に新羅伽耶の血が入る柿本一族は、新羅との戦いは反対であった。
 その人麻呂が高市皇子に、増産について相談を持ちかけた。
「皇子。皇子もご存じのように、この鍛冶の里は田上山の褐鉄の鉱石(いし)を素に鉄を鋳っております。ところが、鍛冶人が木炭と褐鉄の鉱石との相性が悪いと云います」
「その鍛冶人どもは近江高島の鉄穴(かねあな)で採れる鉱石が良いと云います」
 皇子が聞く、
「人麻呂、まず、聞く。それは確かか」
「高島の鉄穴の鉱石を使い、但馬間人の韓鍛冶に試しに鋳らしてあります。結果は良きものが出ています」
「そうか、人麻呂。なら、それを使え。何ぞ、問題はあるのか」
「皇子。高島の鉄穴は、胆香瓦臣が支配する里で、里人は和珥部であります。その胆香瓦臣は坂田郡宇賀野の坂田公を通じ、大王に仕えております」
「また、その高島の鉱石は大船で高島香取の湊から大津宮の唐崎へ運び、後、小舟でこの鍛冶の里へと運ぶ必要があります」
 高市皇子は事情が呑み込めた。
 その皇子は鍛冶一族の人麻呂が出来ることと、出来ないことを整理して指示した。
「人麻呂、大船の手当てと淡海の海の路は吾が引き取る。坂田公と胆香瓦臣へは、己が使いに立て」

 皇子は淡海の海上運搬は海人一族で海上運搬を生業とする日下部を難波から淡海へ呼び寄せ、胆香瓦臣の援助で造船に使う木材と高島での湊を確保し、その後、大船の運行を開始した。
 一方、高島の鉄穴は坂田公雷の娘を高市皇子の室に、胆香瓦臣安倍を高市皇子の舎人として関係を深め、里人の和珥部には鉄鍬との交換条件で鉱石の手当てをした。
 この高島の鉄鉱石の手当てなど増産に向けての対策が実り、次第に鉄の生産量が増えて来た。その栗東の鍛冶の里の鉄を鍬刃へと変え、大海人皇子は選別的に流して行く。大海人皇子から鉄の鍬刃を貰ったものが製鉄の里を眺めると、これは継続的に生産が出来る大規模な恒久設備だと判る。つまり、大海人皇子に味方すれば己の里を開墾し耕す鉄の供給に不安は無くなる。

 余談だが、この高島の鉄穴の関係で結ばれた高市皇子と坂田公雷、胆香瓦臣安倍との関係が壬申の乱で重要な役割を果たす。その坂田公雷が壬申の乱の重要な戦闘場面で、高市皇子の切り札となった。

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